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「優斗くん、日本語しゃべってる?」
『バカにしてます?』
「ちがうって。おれ、優斗くんみたいに賢くないからさぁ、日本語むずかしいなって」
『……楽しかったとか嬉しかったとか、そういう書き方でもいいと思います。仕事のときはそうもいかないですけど、肇さんが書きたいことだけを書いてみてください』
頭がいいのに、優斗くんは自分に優しくない。
「そんなのでいいのか」
『はい。小説とか感想文って、考えて出すというより自分の感じた言葉を文字にするだけなんですよ。でも行動派の人は、感情を言葉にするなんて動作を普段しないから書けなくて当然だと思います』
「自分の感じたことを文字に……」
志野に会えて嬉しい。
海にいっしょに行けて、楽しかった。
ご飯をふたりでつくった。
おいしかった。
「……あれ、変なの」
『どうかしました?』
「おれの日記、嬉しかったことしか出てこないんだ。いままで結構、辛かったはずなのになー」
『肇さんの笑顔、ずっと不自然でしたもんね』
「え? まじ?」
『マジです。気づかれないと思ってるんですか……あれで気づかない人の方が怖いですよ』
「……」
ああ、そっか。
おれも幸せになっていいんだ。
子ども時代にどれほど愛されなくても、一生不幸でいなきゃいけない理由はない。
「すごいな、優斗くん」
『よかったじゃないですか、いいことしか出てこないほど志野さんに愛されてるんですね』
「……そうかもしれない。色々うるさいけどねー」
『惚気にしか聞こえませんから。あ、俺そろそろ用事があるので』
「うん、ありがと~。じゃあね」
いつもの調子で通話を終えたおれは、すぐにスマホを投げてクッションに突っ伏した。
絶対、顔赤いじゃん……
嬉しい思い出しか出てこないほど志野に幸せをもらっている。
ダメかもしれない。
これ以上は死んでしまう。
志野と、死ぬまでずっと一緒にいたい。
「____絶対、なにかあったらすぐ逃げろ。仕事中でも気にせずかけてこい」
「うん、わかった」
翌朝、志野は早くからの撮影で家を出た。
ひとりで家にいるのは退屈だからと外出許可はもらったが、なにかあったらと何度も念を押された。
「女の子じゃないんだから」
とは言ったものの、スマホに表示された志野の名前を見ては電話をかけたくなる。
志野がいない1日はなぜだかさびしい。
いや、志野がいない頃からおれはさびしがり屋だった。
「ねえ、そこのおふたりさん。私と遊んでかなぁい?」
…………。
そういえば、おれも"あっち"側の人間だった。
金のためにやる人間がいれば、それを誇りにしている人間もいるらしい。
手をつないで歩いているカップルを見ていると、少し羨ましく思う。
きっとおれの「好き」は人とちがっていて、変なのかもしれない。
あの人たちの「好き」は、どんなものなんだろう。
「アヤ?」
「__!」
低い声が聞こえた。
どこかで聞いた声、聞いた名前。
思い出してはいけないような、嫌な予感がする。
「ああ、やっぱりアヤだ。生きていたのか」
「ッ……!」
予感は当たってしまった。
もう二度と会わないと思っていたあの顔が、おれをジッと凝視している。
白髪が増え、シワも数本増えた男は、おれの体を舐めるように視線を動かしている。
「驚いたな。私が病院へ連れていこうとしたら、知らない男たちがアヤを連れ去って行ったんだ。だから殺されてしまったのかと……」
「っ」
なにを、言ってるんだよ。
おれをゴミ捨て場に棄てたのは、あんただろ……!
声が出せない。
喉の奥がなにかに締めつけられているようで、苦しい。
記憶がフラッシュバックして、足先からふるえが起きた。
「アヤ、どうした。私のことは覚えているだろう?」
「……ッァ、……っ」
逃げないと、はやく逃げないと殺される。
なのに、足が動かない。
心臓が激しくなるばかりで、おれの言うことはなにも利いてくれない。
そのときだった。
男の手につかまれ、おれの逃げ道をふさがれたのは。
『バカにしてます?』
「ちがうって。おれ、優斗くんみたいに賢くないからさぁ、日本語むずかしいなって」
『……楽しかったとか嬉しかったとか、そういう書き方でもいいと思います。仕事のときはそうもいかないですけど、肇さんが書きたいことだけを書いてみてください』
頭がいいのに、優斗くんは自分に優しくない。
「そんなのでいいのか」
『はい。小説とか感想文って、考えて出すというより自分の感じた言葉を文字にするだけなんですよ。でも行動派の人は、感情を言葉にするなんて動作を普段しないから書けなくて当然だと思います』
「自分の感じたことを文字に……」
志野に会えて嬉しい。
海にいっしょに行けて、楽しかった。
ご飯をふたりでつくった。
おいしかった。
「……あれ、変なの」
『どうかしました?』
「おれの日記、嬉しかったことしか出てこないんだ。いままで結構、辛かったはずなのになー」
『肇さんの笑顔、ずっと不自然でしたもんね』
「え? まじ?」
『マジです。気づかれないと思ってるんですか……あれで気づかない人の方が怖いですよ』
「……」
ああ、そっか。
おれも幸せになっていいんだ。
子ども時代にどれほど愛されなくても、一生不幸でいなきゃいけない理由はない。
「すごいな、優斗くん」
『よかったじゃないですか、いいことしか出てこないほど志野さんに愛されてるんですね』
「……そうかもしれない。色々うるさいけどねー」
『惚気にしか聞こえませんから。あ、俺そろそろ用事があるので』
「うん、ありがと~。じゃあね」
いつもの調子で通話を終えたおれは、すぐにスマホを投げてクッションに突っ伏した。
絶対、顔赤いじゃん……
嬉しい思い出しか出てこないほど志野に幸せをもらっている。
ダメかもしれない。
これ以上は死んでしまう。
志野と、死ぬまでずっと一緒にいたい。
「____絶対、なにかあったらすぐ逃げろ。仕事中でも気にせずかけてこい」
「うん、わかった」
翌朝、志野は早くからの撮影で家を出た。
ひとりで家にいるのは退屈だからと外出許可はもらったが、なにかあったらと何度も念を押された。
「女の子じゃないんだから」
とは言ったものの、スマホに表示された志野の名前を見ては電話をかけたくなる。
志野がいない1日はなぜだかさびしい。
いや、志野がいない頃からおれはさびしがり屋だった。
「ねえ、そこのおふたりさん。私と遊んでかなぁい?」
…………。
そういえば、おれも"あっち"側の人間だった。
金のためにやる人間がいれば、それを誇りにしている人間もいるらしい。
手をつないで歩いているカップルを見ていると、少し羨ましく思う。
きっとおれの「好き」は人とちがっていて、変なのかもしれない。
あの人たちの「好き」は、どんなものなんだろう。
「アヤ?」
「__!」
低い声が聞こえた。
どこかで聞いた声、聞いた名前。
思い出してはいけないような、嫌な予感がする。
「ああ、やっぱりアヤだ。生きていたのか」
「ッ……!」
予感は当たってしまった。
もう二度と会わないと思っていたあの顔が、おれをジッと凝視している。
白髪が増え、シワも数本増えた男は、おれの体を舐めるように視線を動かしている。
「驚いたな。私が病院へ連れていこうとしたら、知らない男たちがアヤを連れ去って行ったんだ。だから殺されてしまったのかと……」
「っ」
なにを、言ってるんだよ。
おれをゴミ捨て場に棄てたのは、あんただろ……!
声が出せない。
喉の奥がなにかに締めつけられているようで、苦しい。
記憶がフラッシュバックして、足先からふるえが起きた。
「アヤ、どうした。私のことは覚えているだろう?」
「……ッァ、……っ」
逃げないと、はやく逃げないと殺される。
なのに、足が動かない。
心臓が激しくなるばかりで、おれの言うことはなにも利いてくれない。
そのときだった。
男の手につかまれ、おれの逃げ道をふさがれたのは。
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