薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

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人は一生の運命が決まって産まれてくる。
そんな話を誰かから聞いた。
親は選べない。友人も環境もすべて必然。
一度大きな不幸に見舞われた人間は、大人になっても不幸が続く。
それが真実なら、いま俺の目の前にいるこの男は不幸の種だ。
これからまた、おれは不幸になる。
「うーわ、なんだこの臭い。あんた起き上がれるか?  傷だらけじゃないか」
「……誰」
「おぉ、口利けんならまだ大丈夫だな。一輝、こいつ連れていくから車寄せろ」
「へいへい、相変わらず人遣い荒れーなぁ」
ああ、なるほど。
おれは拉致されるようだ。
このまま知らない場所に連れていかれ、そして強姦される。
嫌だといえば暴力を振るわれ、イエスの選択肢しか残されない。
「おいあんた、この指が何本に見える」
「…………にほん」
「3本だ。持ち上げるから吐くなよ」
強引に体を抱えあげられたおれは悲鳴をあげそうになった。
どこが痛いのかわからないほど全身が痛い。
原因は金だ。
体を売れば金をやると言った男について行くと自宅で手荒なことをされた。
指先もまともに動かない。
男はおれをどうするつもりだろう。
なにもわからない。でも、不幸は続くという言葉はたぶん当たる。
「にしても、男の割にかわいい顔してんな。志野の好きそうな顔だ」
「……ヤりたいなら、いいよ。おれは抵抗しない。げほっ、けほ」
「無理してしゃべんな、どこが痛い」
「ぜんぶ……」
「はぁ……一輝、今日はお前も付き合え」
「へいよ」
怖いとかツラいとか、おれには感じない。
それを感じたところで助けはないし、おれはずっと独りだ。いままでも、これからも。


気がつくと見覚えのない住宅街に到着していた。
辺りは薄暗く、ここでなにをされてもおれは救われない。
無駄な抵抗はとっくの昔にやめている。
車をガレージに停め、隣にいる男が先に降りた。
至るところが悲鳴をあげているのに、おれは終始無言で感情のない顔をした。
一番の特技といえば、考えを相手に悟られないことだ。
「持ち上げるぞ。痛くても我慢しろ」
「っ」
痛い、痛い痛い。
あの男、おれの体をサンドバッグのように殴りつけてきた。きっとアザだらけだ。
ただ金がほしいだけなのに、その代償があまりにも大きい。
「あんた歳はいくつだ」
「にじゅ……ご」
「成人したばっかじゃねえのか。随分とまぁ、派手にやられたな」
おれの金、どこにいったんだろう。
ああ、そうか……あの男がぜんぶ取っていった。全財産を奪って、おれはゴミ捨て場に棄てられ、そのまま逃走した。
「はは……おもしろ。おれはゴミといっしょだぁ……」


男の家は豪邸だった。
庭に噴水があり3階建て。
さらに渡り廊下でつながれた家は初めて見た。
玄関に運ばれると、これからのことを察してしまう。
「……名前と職業は話せるか」
「ん……」
「米津司郎、か。職業は」
「体売ってる……」
「は、その歳でか?」
「高校、行ってない……仕事できない」
「嘘だろ」
「おいおい、志野。悪いことは言わねえ……やっぱりこいつ返してこいよ。間違いなく後悔するぞ」
「……」
志野と呼ばれた男は、おれを一瞥したあと体を抱き上げてきた。
一輝という男がそれを止めているのに、すべて無視して寝室に運ばれる。
これからまた、痛い目に遭うのか。
そろそろ死なせてくれないかと願っても、神は存在しない。
「……ヤる、なら、痛くして」
「はぁ?」
「ナイフとか使ってもいいから……痛いのが、いい。金はいらない……」
「あんたなに言ってんだ。怪我人に手出すかよ」
「……なんで」
「なんでもクソもねえ、見てるこっちが痛々しいんだよ。おい一輝っ、消毒持ってこい」
男は変わっていた。
おれが抵抗しなければ、男はこういう場で必ず襲ってきた。痛くてもやめてほしくても誰もやめない。
なのに、この男は手を出してすらこない。
さらには消毒をするなんて言う。
「バカになっちまったのかよ、志野。そんなやべー病気持ってそうな男をかばう義理はないだろ」
「嫌なら帰ればいい。被害をこうむるのは一輝じゃないだろ」
「そ、そうだけどよ」
性欲処理じゃないなら、どうしたいのか。初めて気になった。
「……おれのこと、どうするの」
「あんたは家に泊まっていけ。どうせ住む家もないんだろう」
「ない、けど……金もない」
「なら余計にだ」
「住んで、いいの」
「ああ、金が払えないなら体で払え。怪我が治ってからでいい」
「お前ってほんと、お人好しなんだもんなぁ」
怪我が治ってから、体で払う。
この男はどれだけ気性が荒いのだろう。
怪我が治ったとたんに乱暴されるかもしれない。
それでもいい。おれにはそれ以外、生きる道がないのだから。
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