キスしてもいいですか

ひいらぎ

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「は……隼人さん。こられてたんですね」
「かわいいじゃん。紺のエプロン似合ってる」
感情があるのかわからない瞳が俺の仕事着を見つめる。
隼人さんにとって他人を褒めることはごく自然で、呼吸するのと同じだ。
俺はクラブで彼が人を褒めているところを何度も見た。
「……珍しいですね、隼人さんが彼女といるなんて」
「休みだしな。というか俺も客なんだけど、いらっしゃいませとか言ってくんねーんだ」
「え、あ、いらっしゃい、ませ」
「プフ、たどたどし」
「っ……じ、じゃあ俺は仕事に戻るんで、てわっ」
重ねた本の山を持ちあげたとき、バランスを崩して本が倒れそうになった。
けれど、それを隼人さんが瞬発力のよさで支えてくれる。
「セーフ。気をつけな」
「……ッ、ありがとうございます」
落ちついた低音、優しい目つき。
思わず見つめてしまい、あわてて視線を外す。
「要、明日は」
「……大学が、あって」
「そう」
「でも15時からなら」
「なら明日迎えにいく。じゃ」
「あ、はい。おつかれさまです……」
溜まってんのかな……隼人さん。
俺が知る限り、彼は男のセフレを好んでつくるタイプではない。いわばノンケというやつで。
クラブで女性にいい寄られても拒まず、毎日誰かしらと連絡を取り合っている。
きっと俺もそのひとりだ。
それなのに男のセフレが俺だけという事実にほんの少し有頂天となっている自分がいる。
隼人さんはモテる。とにかく人気者の彼にとって俺はその他多数の一部でしかないんだ。
「よっ、サワ!」
「おおー、サガかよ!  びっくりした」
退勤登録を済ませて店内へ戻ると、仕事を終えたサガが待ち伏せていた。
ミルクベージュの短い髪を束ねてオレンジレンズの眼鏡をしているサガはスケボーをしているときとまた違ったセンスを感じる。
「サガっておしゃれだよな。ストリート系のファッションも似合うけど、そっちのフォーマルなコーデもいけてる」
「だろだろ??  サワならわかってくれると思ったんだよ~っ、あいつらはファッションとか食えんの?  ってレベルだしよ」
「あはは、ありそう~。みんなスケボーバカって感じだよな」
「そうなんだよ。サワは検定も受けんだろ?」
「ああ、6月にあるからさ」
「すげーよ、美容部員なれんじゃね」
日本化粧品検定の試験が1ヵ月後に迫っている。これは日本化粧品検定協会が定めた検定で、俺が受けるのは2級だ。
2級以上となれば就職の際にも有利になる。
資格取得を誰かに言われたわけではなく、ただ美容研究が好きというだけ。
女性向けの美しく華やかなメイクも独学で学んできたけど、俺は女性になりたいと思ったことがない。
あくまで男として、清潔感と美しさがほしかった。
韓国のアイドルブームがきている日本では男がメイクをするのも当たり前のようになってきている。

それにあやかったといえば聞こえはいいものの、あいにくアイドルの知識は毛頭ない。
「今日はオレが送ってくぞ」
「お、まじで?  ラッキー」
「サワってなにが好きなんだ?  こういう女子女子してるレストラン系?」
レストラン街のパネルを指さしながらサガが茶化してくる。
いかにも女性が好きそうなパステルカラーのレストランには興味ない。
「居酒屋とかでいいし」
「服に匂いつくだろ~?」
「おまえ、俺をお姫様かなんかだと思ってんの?  そこまでは気にしねーよ」
「んじゃ、ラーメン食おうぜ。オレずっとラーメン食いたくてさぁ」
「OK。サガのおごりな」
「うっわ、口うめ~」
3日ほど前に出会ったばかりだというのに、サガとはとにかく気が合うらしい。
素の自分でいられるのは相性がいい証拠だ。
「いらっしゃいませ」
「テーブル席2名でおなしゃす!」
「かしこまりました、ご案内いたします」
「プフっ、ノリ中学生かよ」
ムードメーカーであるサガの存在感は大きい。
スケボー仲間たちにも人気なんだろう。
「あ~っ、こういう店の鬱陶しい感じ好きだわぁ」
「うっとうしいって……どんな感じだよ」
「サワどれ食う?  俺的にこの"お子ちゃまラーメンセット"がオススメなんだけどよ」
「おーい、ズレてるズレてる。誰がお子ちゃまだ。俺は白みそでいいから」
「はは、りょーかい。んじゃオレは赤みそにすっか」
メニューを閉じて「すんませーん」と店員を呼ぶサガも、ノリが体育会系でつい笑ってしまった。
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