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3 色仕掛け

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 室内がすっかり綺麗に片付いたところで、ティータイムになった。

 片付けた箱の中から土産品の菓子箱を手に取り、お茶の準備をするからと言って席を外したリュディの戻りを、二人掛け用のソファーへと座ったミーアはそわそわとしながら待つ。


 飲み物とクッキーを用意してくれた彼がミーアの隣へと腰掛けた。昔のように、ぴったりと寄り添うミーアにもの言いたげな様子のリュディであったが、特に何も口にする事は無かった。

 後半は真剣に片付けや掃除を手伝ったのだから、色仕掛けのひとつやふたつ許されるはずだ。調子に乗ったミーアは更に身を寄せて、むっちりとした胸を彼の腕に押し当てた。

 しかしながら、リュディは涼しい顔をしている。

(もう、何なの!だから何で何も反応がないの?!)

 留学先での話を聞きつつもしっかりと巨乳アピールする事に注力したが、彼は気にせずに話を続けている。

(絶対分かってるくせに……。大きなおっぱいに興味ないの?)

 この世には、希少なちっぱい好きもいるらしいと風の噂で聞いた事がある。もしやと思いかけたミーアであったが、すぐに肩を落とした。

 ──もしかしたら、隣国で素敵な大人の女性の恋人が出来たのかもしれない。そうに決まっている。そのうち紹介でもされてしまうのかもしれない。そんな日が来たら、泣いてしまうかもしれない。でも、大好きなリュディの幸せは心から祝いたい。今はまだ気持ちの整理がつかないけれど。 

 ミーアは意気消沈した。

 こうなったら現実逃避をするしかない。不自然に胸を押し付けるのは止めて、クッキーを堪能する事にした。

 お土産の品というだけあって、非常に美味だ。

 話に耳を傾けつつ舌鼓を打っていると、ふと、リュディがクッキーに手を付けていない事に気が付いた。話もぴたっと止まってしまい不思議に思い隣に顔を向けると、彼は険しい顔をしている。

「リュディくんは食べないの?帰ってきたばかりだし疲れてる?」

「ん、いや、やっぱりおかしいから、改めてどういうカラクリか考えてるとこ……。ミーアは気にしないで食べてていいよ」

「ふーん?」

 カラクリとは何だろうと疑問を抱いたが、真面目な彼の事だから医学の事でも考えているのだろうと思い、ミーアは気にせずにひとりでクッキーを食べ続けた。

 お色気作戦は無駄に終わったし、リュディは自分の世界に入ってしまったので、ひたすら食に走る。色気より食い気だ。

 お腹いっぱいいただいたところで、隣から「……えっ!?」と静かに驚く声が上がった。

「どうしたの?カラクリが分かったの?」

「いや、ますます分からなくなった」

「そうなんだ?」

 彼は先程よりも深く考え込んでしまったようなので、飲み物をいただく事にした。のんきにカップへと手を伸ばすミーアに緊迫感のある声が投げられる。

「……ミーア」

「ん?」

「俺から指摘するのは悪いかなとは思うけど。……たぶんミーアがちょっと気にしてる事だと思うからさ。今黙ってたら、ミーアの性格を考えると後々まで引きずって引き籠もりかねないから、今言ってもいいかな」

「えっ、何?」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。何を言われるのかと嫌な意味でドキドキしていると、謎のお言葉をいただいてしまう。

「どういう仕掛けなのか分からないけど、戻ってるよ」

「仕掛けって?」

「服、見てみて」

「……服?」

 意味が分からず、とりあえず右腕を目の前に持ってきてワンピースの袖口を見てみた。何も異常はない。道中でどこか破けてしまったのだろうかとスカートの裾も覗いて見るが、特に問題はない。ウエストのリボンも解けていない。

 いつ見ても視界良好。無駄なお肉の付いていないスタイリッシュな胸元のおかげで、お腹周りも楽に観察出来る。

 そこでミーアは異変に気が付いた。

 ──おかしい。確か自分は豊満な胸を手に入れたはずではないのか。視界制限と引き換えに、豊かな胸を手に入れたのでは。

 そっと胸元に目をやった。そこには、悲しいくらいにブカブカになった服とネグリジェの中から、大変慎ましやかな胸が覗いていた。巨乳用へと縫い直した胸元のぱっくり仕様が惨事を生み出している。かろうじて胸の先端は見えていない、と思いたいが、隣のリュディからどう見えているのかは分からない。

 ミーアはパニックに陥った。

(ひぃっ!!何という事なの?!たわわに実っていた果実がまな板に戻ってるーー!!)

「ミーア?大丈夫?すごい汗が……」

 混乱する頭で、しどろもどろになりながらリュディへ嘘八百の弁明をする。

「ち、違うのこれはっ……!私のおっぱいはちっぱいじゃなくて、おっぱいなの!本当におっぱいなの!魔法の果実でおっぱいがもっと大きなおっぱいになって……、魔法が解けちゃったから何故かちっぱいになっただけでして……!!」

「とりあえず冷静になろうか」


 胸元を隠しながら飲み物を喉に通すと、次第に頭が冷えてきた。そして、澱んだ空気を纏いながらミーアは絶望した。大好きなリュディにちっぱいを見られてしまったのだ。

 ボソボソと今朝起きた事のあらましを説明し終えると、ミーアは自宅に一生引き籠もる決意を固めた。

「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでも」

「終わりだよ……。こんな間抜けな形でリュディくんにちっぱいバレちゃったんだもん。……そうですよ。私は元からちっぱいですよ。どうしようもないちっぱいですよ」

「だからそんな自虐的にならなくても」

「……だって、男の人は大きな胸の女の人が好きでしょう?リュディくんだってそうなんでしょう?……私なんて……」

 隣に座るミーアの頭に手を乗せながら、言い聞かせるようにリュディが口を開いた。

「何年ミーアを見てきたと思ってるんだよ?ミーアの事なんて、全部お見通しだよ。そもそも15の時点でこじんまりした胸だったのに、それから3年であんなに大きくなるだなんて信じられるわけないだろ」

「……こ、こじんまり。バレてたの?」

「全くバレてないと思ってるミーアが可愛いよ。……それにしても」

 苦笑していたリュディが急に真面目な表情へと変わったため、ミーアは少しビビった。この顔は何度も見た事がある。お説教タイムだ。

「森で怪しいものを拾い食いなんてしちゃだめだろう!……とりあえず一時的におかしな魔法がかかっただけで副作用も後遺症もなさそうだから良かったけど。何かあってからじゃ遅いんだからな」

「ひ、拾い食いじゃないよ!食べられる木の実の区別くらいつくもん!」

「はいはい、もう絶対変なもの食べちゃだめだからな?」

「……ごめんなさい。私が悪かったです」

 シュンとしているミーアの頭を撫でてから、リュディは穏やかな声を掛けた。

「お説教はもうおしまい。俺も甘い物でも食べようかな……あ」

「……クッキー、さっき私が全部食べちゃった。ごめんなさい」

 色仕掛けは不発に終わり、リュディが全く構ってくれないからと食に走ったばかりか、出されたおやつをついつい食べ尽くしてしまう己の食の太さをミーアは呪った。そして、好き嫌いなくこんなに何でも美味しく食べるのに、なぜ肝心の部分に栄養が回らないのだと、働きの宜しくない胸へ手をかざして苦情を訴えた。

 そんなミーアの様子を愛おしそうに見つめるリュディの瞳が、どこか悪戯めいたものへと変わる。

 リュディの視線に気が付いたミーアは言葉を失った。突然、リュディがミーアに抱き着いてきたからだ。そして、耳元で囁いてくる。

「こんなに胸元開けた服着てべたべたくっついてきて。俺にどうして欲しかったの?誘ってるようにしか見えなかったけど?」

「そ、それは!……はい。ちょっと色仕掛けをですね……、その……」

 腰に回された手の力が強くなった。

「ミーアは俺の事大好きだもんな?」

「え?」

「あれ、違った?俺の思い違いだったかな。それとも3年の間に心変わりしちゃったのかな?」

「ち、違くない!!……ずっと大好き」

 耳元から顔を離したリュディが、ミーアの瞳を真っ直ぐに捉えた。真っ赤になっているミーアの頬へと手を伸ばしてくる。

「俺も、ミーアの事大好きだよ。……本当はもっとロマンチックにしたかったんだけどな」

 瞼を閉じる暇など無かった。リュディの顔が至近に迫り、薄く柔らかな唇が、ミーアのふっくらとした唇に触れて、すぐに離れた。

 一瞬の出来事に頭が追いつかないながらもこの先の展開に胸を高鳴らせるミーアであったが、彼が口にした言葉は期待していたものとは程遠いものだった。

「今日はここまで。家まで送ってくよ。……俺の上着、かけた方がいいな」

 ミーアの服を見て、ひとり頷くリュディがクローゼットの方へ向かうために立ち上がろうとしたため、ミーアは咄嗟にリュディの腕を引き寄せて、逃げられないように身体に抱き着いた。

「……ミーア?もう帰るよ」

「嫌。もっとリュディくんと一緒にいたい。……私の事本当に好きなら、抱いてほしいの」

「それはまだ早いよ。ミーアの事、大切にしたいんだ」

「私、もう大人だよ?子供扱いしないで。……やっぱり、私の胸が小さいから?子供みたいな胸だから、触ってくれないの?」

 困り顔のリュディが、今にも泣き出しそうになっているミーアの目元に手を触れる。

「そんな事思ってないよ。ミーアはこういう事、初めてだろう?ゆっくり慣れてもらおうと思ってたんだけど……。だめだな。ミーアのお願いには幾つになっても勝てないな」

 リュディの手が、もう一度ミーアの腰へと伸ばされる。

「嫌だったらちゃんと抵抗するんだよ」

 しゅるりとリボンを解かれた。


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