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1 魔法の果実

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 湯船に浸かりため息をつきながら、ミーアは胸元に目をやった。

 膨らんでいるのかいないのか分からない胸。ペタペタの胸。

 ミーアは慎ましいちっぱいの持ち主であった。

 大人になったら自然に大きくなるだろうと思っていたが、18になった今もさっぱりである。

 不幸中の幸いとでもいうべきか、ミーアの実家は仕立て屋だ。両親の背中を見て育った彼女は、幼い頃から手先が器用で裁縫が得意であった。思春期に差し掛かる頃には両親にお願いをして余り物の生地をもらっては、ぺたんこの胸がささやかながらにも主張出来るような装いの服をいつも自分で仕立てていた。

 そしてこっそりとスカーフを丸めたものを胸に忍ばせて上げ底し、ふんわり感を演出させる事で周囲の目を上手く誤魔化していた。

 傍から見れば、大きくはないが決してまな板には見えない大きさだろう。


 お風呂を済ませると、居間で父と母が彼女の戻りを待っていた。これから夕飯の時間だ。

「そうそう、リュディくん、明日帰ってくるんですってよ」

「え?!リュディくんが?!」

「へぇ、もう3年経つのか。あっという間だな。リュディくんは真面目だからな。立派な医者になっているんだろうな」

 彼の名前を耳にして、ミーアの胸がドキリと脈打つ。リュディとは、近所に住む5つ年上のお兄さん。

 幼い頃は外遊びに付き合ってくれたり、字を覚える頃には読み書きや勉強を教えてくれたりと、いつもミーアへ優しく、時にはちょっぴり厳しく叱ってくれる、面倒見の良い真面目な青年だ。

 リュディの家系は代々医者であり、自宅の隣に医院を開いている。嫡男である彼は国内の医学部を出た後、医学の造詣を深めるため3年近く隣国の最高学府の医学部へと留学していたのだ。
 帰国後は実家の医院で働き、ゆくゆくは家を継ぐ予定だという。

 最後に会ったのはミーアが15、リュディが20の時だから、23になった彼は磨きの掛かった大人の男性になっているに違いないとミーアは小さな胸を躍らせた。

 いつも穏やかで優しいリュディは、ミーアの初恋相手だ。

 明日はお洒落をしてリュディにおかえりなさいを言いに行こうとワクワクしたが、先刻の光景を思い出してしまい、ミーアは小さく落胆した。

(こんな色気のない胸……、絶対バレたくないよ)

 妙齢の女性になったというのに、子供のようなままの胸だなんて、服越しであれ見られたくない。3年前と変わらず上げ底姿で会うのは惨めだ。ミーアの気持ちは一気に沈み込んだ。

(会いたいけど、会いたくないな。……明日はお遣いにいってやり過ごそう)


***


 翌朝、仕立てに使う道具の修理を専門店に届けに行く事を買って出た。

 別に急ぎの用事ではないから折角だからリュディの家へ行けば良いと両親に言われたが断固拒否し、お遣いに向かった。


 街のやや外れにあるお店へと道具を届けた後、ミーアは近くの森へと入り込んだ。

 街の喧騒から離れたこの場所は、ひとりになりたい時に足を運ぶ誰にも内緒のお気に入りの場所だ。

 白や黄色の花々が彩る木の下で、ひと休みしながらぼんやりと過ごす。

「リュディくん、もう帰ってきてるかな。会いたいな」

 誰にともなく呟くと、ふと、視線の先に真っ赤な何かが見えた。不思議に思い近付いてみると、緑が生い茂った小さな木に色鮮やかな赤い色をした大きな果実がひとつ実っていた。

 初めて見る果実だ。好奇心に駆られもぎ取ってみると、ずっしりと重い。片手では小さな手のミーアが持つにはやっとの大きさであったため、落とさないよう両手で抱えた。鼻孔をくすぐるような今まで嗅いだことの無い甘い匂いがする。

「美味しそう……」

 チュンチュンと鳴き声が聞こえ、この辺りでは珍しい青い色をした鳥が謎の果実にとまった。 

 様子を見守っていると、青い鳥が果実を嘴でつついて食べだした。

(……美味しそうに食べてる。鳥が食べるって事はちゃんと甘い果実だろうし、毒もなさそう)

 半分程食べて満足したのか、青い鳥はどこかへ飛び立ってしまった。

 残されたのは、半分になった謎の果実とミーアだけ。

「……ひと口くらいなら、食べても平気だよね」 

 誰に伺いを立てるでもなく、そっと唇へと真っ赤な果実を運ぶ。

 やわらかな果肉をひとかじりすると、何とも言えない濃厚な甘さが口の中に広がる。

 異変が起きたのはすぐの事。果肉を飲み込んだ直後、胸に妙な感覚を覚えた。胸がバクバクして、何だか息苦しくなってきたのだ。


 周囲に誰も居ない事を確認したミーアは、迷わず胸に忍ばせていたスカーフを抜き取りワンピースの胸元のボタンを外した。フロントに付いているブラジャーのホックを緩めるとすぐに息苦しさが解消され、深く息をつく。

 もしや毒でも入っていたのではとミーアは冷や汗をかくがすぐに動悸は治まったので、原因は分からずじまいだ。

 何だか怖い思いをしたため、早く家に帰ろうとワンピースのボタンを留め──ようかとしたら、とんでもない光景が目に入った。

「……えっ、何、これ」

 むっちりと谷間のある、見事な巨乳が目の前にあったのだ。

 驚いた弾みで足がふらつきそうになると、ミーアの身体に反応するかのように、ぷるんと胸が揺れる。

「お、おっぱいだ。ちっぱいじゃない……。本物の大きなおっぱいだ……!!」

 ささやかな膨らみとも呼べるかも怪しい胸が、一転して豊満な巨乳へと変貌を遂げたのだ。何がどうしてこうなったのかよく分からないが、たぶんあの果実が原因だろうと推測した。

 ミーアの世界に魔法なんて便利なものが存在するとは聞いた事がないが、もしかしたら伝説の魔法の果実なんてものがこっそり存在するのかもしれない。というか、存在した。

 ワンピースからたわわにはみ出た大きな胸を、恐る恐る両手で鷲掴んでみる。むにゅりとした柔らかな感触と恐るべく弾力。

 自分の胸(仮)に触れているだけなのに、他人の胸に触れているかのような錯覚に陥り、何だかドキドキしてしまう。

「おっぱいってこんなに柔らかいんだ……」

 感動しながらここぞとばかりに膨らんだ乳房をたぷたぷして感触を楽しんでいる最中、ハッと重大な考えに思い至った。

(この胸で色仕掛けしたら、リュディくんを落とせるのでは?!こんな巨乳、嫌いな男の人なんている?)

 いるわけない!秒で答えを出したミーアは、即座に行動へと移すべく走り出した──かったのだが、いつものように走れない。

 ブラジャーで固定されていない乳房が、動く度にばいんばいんと揺れてしまい痛いのだ。普段のように颯爽と動けない上、たわわ過ぎる胸のせいで足元も見えない。

 巨乳過ぎるのも考えものだと思ったその時、足元に大きな石があるのに気付かず、躓いて転んでしまった。

「痛っ!……うう、このくらいで負けるものですか」

 思うように走れなくても、視界制限が伴おうとも、ミーアは決めたのだ。豊満な胸と共存する事を。
 ちっぱいかさ増し用のスカーフで胸元を隠しながらミーアは必死で家路へと急いだ。

 幸いにも膝を軽く擦り剥く程度の怪我で済んだため、自宅に着いたミーアは家族に見付からないように風呂場でこっそり膝を水洗いし、スカーフを膝にぐるぐると巻いて自室へと籠もった。

 自分専用のミシンや針と糸、そして様々な布を見回すと、ワンピースを脱ぎショーツ姿になって懸命に考える。

「服はどうにかリメイク出来るかな。でもブラジャーまでは……」

 遠慮深い胸の持ち主用の下着しか持っていないミーアは、仕方なくネグリジェの中から一番薄手で丈の短いデザインのものを手に取った。純白の生地にレースの飾りが付いた品だ。キャミソールタイプで裾は膝よりだいぶ短い。
 これなら服の下に着てもどうにかなるだろう。

 そこからは怒涛の勢いで作業を開始した。

 先程着ていたワンピースをそのまま使う事にし、前開きの部分を裁断したり色合いに合う布を縫い合わせ、胸の膨らみに合うよう上手く生地を調整した。
 生地が足りなかったという事情もあるが、胸元がぱっくりと開いた大胆なデザインにした。それに合わせてネグリジェの胸元も広げるようにざっくりと仕立て直す。

 ワンピースの裾はちょうど膝下が隠れる長さのため、スカーフで巻いた膝は見えない。転んだ時スカートは捲れていたため、裾のほつれは無かった。目立った汚れも見当たらなかったためほっと胸を撫で下ろす。

 リメイク品を着用したミーアは、クローゼットの中から仕上げの一品を取り出した。絹で出来た大判のスカーフだ。

 服の中に入れる上げ底用とは別に、ちっぱい目隠し用にと使っているお気に入りのスカーフ。首に巻いてひと結びしたり、フリルのようにアレンジしたりと、胸元に視線を集めないようにする事が出来る万能の小物だ。そのスカーフをウエストの高い位置でくるりと一周させ、サイドで可愛らしくリボン結びにした。

 胸元をしっかり強調させた即席の勝負ワンピースの完成である。 


    
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