高嶺のスミレはオケアノスのたなごころ

若島まつ

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64 氷山と岩漿 - l’iceberg et le magma -

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 アルヴィーゼの情動は、噴き出した岩漿のようだ。
 イオネをやすやすと肩に担ぎ上げたアルヴィーゼは、脚をバタつかせて抗議されようが意にも介さず大股で移動し、読書用の大きな机の上に下ろした。
 イオネは上体を起こして机から下りようとした。が、アルヴィーゼが目の前に立ちはだかり、床に足をつけることができない。
「どいてちょうだい」
 アルヴィーゼは机の上に座したまま権高な顔を向けてくるイオネを冷ややかに見下ろし、銀色のクラバットを首から外して、口に咥えた。
 イオネの背にぞくりと冷たいものが走る。
「な、何するの」
 アルヴィーゼは黙殺し、イオネの左右の手首を掴んで、ひんやりとした机にその背を押し倒した。
「ちょっと!」
 アルヴィーゼがイオネの手首をぎりりと強く握り、頭の上でまとめて机に押し付けた。イオネは小さく呻いた。捕食者の目が迫ってくる。
「仕置きだ、イオネ」
 アルヴィーゼの唇が淫靡な弧を描いた瞬間、指が唇の端にねじ込まれ、隙間からアルヴィーゼの舌が入ってきた。
 絡まった舌の感触がイオネの官能を刺激し、腹の中に熱を産んだ。こめかみがざわざわとあわ立って、次第に身体が抵抗力を失ってしまう。
 アルヴィーゼの手が手首から手のひらに這って指を絡め取り、痛いほどに強く握ってくる。
「んっ…あ…」
 息が苦しい。イオネがアルヴィーゼの舌から逃れるように顎を動かしても、すぐに捕らえられて上顎の過敏な部分に舌が這い、触れられてもいない脚の間が潤んでくる。
 異変に気付いたのは、手首の上を絹が這う感触を覚えたときだ。
 腕を振りほどこうとしたが、遅かった。イオネが口付けに気を取られている間に、アルヴィーゼはクラバットをイオネの手首に巻き付けて拘束していた。
「んんー!」
 イオネは唇の下で怒りの声を上げ、ドレスの胸の留め具を外し始めたアルヴィーゼを阻むべく身をよじった。
「暴れるな。傷が開く」
「信じられない…!わたし何も悪いことはしていないわ」
「だからお前は分かっていないと言うんだ」
 アルヴィーゼは淡々とドレスの前を開いて下着の紐を解き、こぼれた乳房を手で掴むように覆って、柔らかな丘陵の先端を親指の腹で撫でた。
 身体がびくりと跳ねる。イオネは声が上がりそうになるのを堪えて、唇を噛み締めた。
「だめだ」
 アルヴィーゼの指が顎をつまんで唇を開かせた。
「その肌に傷を付けることは許さない。例えお前自身でも」
 非難してやりたいのに、アルヴィーゼに触れられるとまるで抗いようのない自然現象のように体内に熱が生まれて、肉体と精神が乖離していく。
 イオネの口を解放したアルヴィーゼの唇が顎へ下り、首に吸い付いて、鎖骨をなぞり、乳房の先端を食んだ。
「あっ…!いや…」
 イオネが身を捩って腕を身体の前へ下ろそうとしたとき、アルヴィーゼが拘束具となったクラバットの結び目を掴んだ。
「上げてろ」
 イオネの心をざわつかせる声だ。イオネは身体を震わせながら、舌が乳房の実にもたらす快感に耐えた。
「ふっ…う」
 アルヴィーゼの頭が腹へと下りてきて、乱されたドレスのスカートから手が入り込み、肌の上を蛇のように這う。
「お前は俺の忍耐を軽侮した」
「そんなこと――」
 していない、とは言えなかった。どれほどの情炎がこの男の中に眠っているのか、イオネはまだその根底を理解してはいない。
「ここで立てなくなるまで犯した後、寝台に縛り付けてやる」
 単なる比喩ではない。イオネの中でこの理不尽に対する反発心と淫蕩な誘惑に対する好奇心が綯い交ぜになって、身体を動けなくさせた。
 あの晩盛られたジヨロカなどよりも、この男の狂気の方がよほど強烈な毒だ。
 自由を奪われ、正に今からこの傲慢な男に支配されようというのに、身体はそれを受け入れようと熟れ始めている。
 アルヴィーゼの唇が、肌がひりつくほどに強い刺激をもたらし、脛から膝へ、膝から腿と上ってくる。
「あ――!」
 下着を剥ぎ取られ、秘所に吸い付かれたとき、イオネは自分の身体がひどく濡れていたことに気付いた。入り口の突起を舌でつつかれ、入り口をなぞるように舌を這わされると、ぞくぞくと身体に痺れが走り回る。
 イオネの腰が強すぎる刺激から逃げようと浮いた瞬間、アルヴィーゼの腕が腿を抱え込むようにしてその肢体を拘束した。
 熱くなった内部をこじ開けるようにアルヴィーゼの舌が入ってきて、内壁をなぞり、イオネの身体が堪えきれずに小さく震え始めると、追い打ちを掛けるようにアルヴィーゼの唇が秘所を強く吸った。
 イオネは腰を激しく反らせ、甘い悲鳴を上げて絶頂に達した。が、なおもアルヴィーゼはイオネを解放しなかった。
「んぁっ…!ま、まって…」
 熱が溶け出して震えているイオネの内部から舌が抜け、代わりにアルヴィーゼの指が入ってくる。舌は上へ這って、赤く熟れた突起を撫でると同時に強く吸い、感じやすくなっている身体へ更に鋭い快感をもたらした。
 甘美な衝撃が、声になって夜気を裂く。
 指が身体の奥を何度も突いて熱源を解し、大きな手のひらが胸へ這って丘陵の頂を円を描くように撫でると、イオネの頭の中に激しく波が立ち、幾度となく絶頂が押し寄せた。それでもアルヴィーゼは無慈悲に愛撫を続けた。
 自由を奪われて抵抗もできず、快感を解放することもできずに、強烈な刺激に頭の中がぐずぐずに蕩けて、おかしくなりそうだ。
 身体中に火花が散って弾け、イオネが激しく身体を痙攣させると、アルヴィーゼはようやく指を抜き、脚の間から顔を上げた。
 秘所からイオネの熱がこぼれ、臀部の谷を伝ってドレスを濡らした。ひくひくと内側が蠢いているのが自分でもわかる。恥ずかしいのに、もっと欲しくなる。
「ああ、イオネ――」
 アルヴィーゼが淫靡に濡れた唇を舌と指で拭い、イオネの頬を撫でた。声色はゆったりと誘惑するように甘く、視線は挑発するように鋭い。イオネは息を切らせて恨みがましくその顔を見上げた。
「まだへばるなよ。これからだ」
 アルヴィーゼはクラバットの結び目を掴んでイオネの両手を机に押さえ付け、既に唾液で汚れた乳房に吸い付き、イオネの甘い叫びを聴きながらズボンの前を寛げた。
「――っ!あ…!」
 ぶるりと背が震え、腰が浮いた。アルヴィーゼの熱の塊が肉体の小さなうろを掠奪するような激しさで押し入ってくる。
 アルヴィーゼが腿を掴んで隙間なく引き寄せるようにイオネの身体を拘束し、最奥部を抉るような激しさで何度も腰を打ちつけた。机がガタガタと揺れ、軋んだ。
 肉体のぶつかり合う音が湿り気を帯び、静謐な書庫に響いて、いやましに背徳的だった。
 アルヴィーゼの呼吸が次第に熱くなり、形の良い眉が快楽に歪むと、イオネの中の衝撃が甘美な鋭さを増して、身体の中に奇妙な痛みをもたらした。内側が引き絞られるように痛くなり、新たな熱が血潮となって全身へ広がってゆく。
「はっ…クソ」
 アルヴィーゼはイオネの身体が再び緊張を始めると、イオネの腿を濡らしながら身体を引き抜き、乱れたドレスがまとわりつくイオネの腰を掴んでうつ伏せに返した。
 上半身を机に押し付けられて、机の冷たい感触さえ過敏になった乳房には刺激になった。
 足はかろうじて床につく程度のひどく不安定な格好だが、アルヴィーゼが背後から腰を強く掴んできて身じろぎもできない。
「いやっ…。もう無理」
「まだだ」
 アルヴィーゼは尻を叩くような激しさでその奥を貫いた。
 イオネは目の前に火花が散るほどの衝撃に抗いきれず、悲鳴をあげて何度目かわからない忘我の果てに意識を委ねた。溢れた熱が、腿を伝って膝へ落ちた。
 屈辱的だ。
 所有物のように扱われ、こちらの事情など構うことなくアルヴィーゼの気分のままに身体を汚されている。
 それなのに、身体の中に注ぎ込まれる熱が、アルヴィーゼの息遣いが、体温が、何よりも高い純度でイオネへの想いを叫んでいる。
 獣のように首の後ろに噛みつかれ、痛みが快感に変わる。背後から押し付けるように襲ってくる衝撃がイオネの思考の一切を放棄させた。
「アルヴィーゼ…!」
 イオネは縋りつくような声で叫び、指先が白くなるほど両手を握りしめて、アルヴィーゼを振り返った。どんなに蕩けた顔をしているか、自覚もない。
 アルヴィーゼは繋がったまま上体を倒してイオネの顎を掴み、唇を重ねた。イオネの更に奥へ、アルヴィーゼが入ってくる。
「んんーっ…!」
 イオネが激しく身体を震わせて達した瞬間、アルヴィーゼの官能的な呻き声がイオネの背を舐めた。アルヴィーゼが腰を引いて中から出ていくと、中心から溢れたものがイオネの脚を汚して床に落ち、膝が力を失った。
 イオネが体勢を崩す前にアルヴィーゼがイオネの腰を支えてヒョイと身体を担ぎ上げ、ソファに下ろした。
「もう、解いて」
「だめだ。まだ許さない」
「あぁっ」
 アルヴィーゼはイオネの脚を開いて肩に担ぐと、イオネの懇願も無視して中へ入り、火がついたように律動し、イオネの中心で膨れた実を指で撫でながら奥を何度も突いた。
 何度も絶頂に押し上げられて、頭がおかしくなりそうだ。
 触れたいのに、触れられない。このもどかしさがイオネの中に新たな火種を蒔き、快楽に懊悩するアルヴィーゼの目が、全身を内側から灼くような強さでイオネの胸を苦しくさせた。
「もうだめ…!」
「まだだ」
 アルヴィーゼの声には、その荒々しい行為とは真逆の冷たさがあった。その感情の底にあるものを見つけることさえできない。
 何か、信じられないほど大きな波が襲ってくる。
 本当に壊れてしまうのではないかと思うほどの強烈な衝撃だった。身体のいちばん奥を突き上げられた瞬間、激しすぎる快楽が波濤となってイオネの意識を呑み込み、法悦の悲鳴をあげさせた。
 同時にアルヴィーゼが獣のように呻いて腰を震わせ、イオネの腹の中に熱が満ちた。
 アルヴィーゼが頬に触れ、唇を重ねてくると、イオネは強烈な眠気に最後の気力を振り絞って抗い、下唇に噛みついた。

 次にイオネが意識を取り戻したのは、温かい毛布とアルヴィーゼの腕の中だった。背中に、アルヴィーゼの静かな呼吸を感じる。
 リネンの匂いで分かる。アルヴィーゼの寝室だ。部屋の中は暗く、天蓋から垂れるカーテンの外には燭台の灯りもない。眠っている間にドレスを脱がされ、下着姿にされていたらしい。脚の間が汚れていないのは、アルヴィーゼが拭ったからだろう。
 イオネはアルヴィーゼの腕に捕まえられたまま、気怠い身体をもぞもぞと動かし、アルヴィーゼの方を向いた。せめてもの意趣返しにその高い鼻でも摘まんでやろうと思ったのだ。
 イオネがヒッと声も出せずに驚いたのは、アルヴィーゼの緑色の双眸が隙なくこちらを見つめていたからだった。
「寝台に縛り付けるって、あなた自身が拘束具になるという意味だったの?」
 声が掠れている。イオネはアルヴィーゼの腕に大人しく身体を預けながら、恨みがましくその涼しげな顔を見上げた。
「それもいい。噛み付かれないよう口も塞いでおこうか」
 イオネが怒りのうなり声を上げてアルヴィーゼの頬をつねると、アルヴィーゼは唇の端を僅かに上げて、眉の下を暗くした。
「悪魔みたいな人」
「不運にもお前が選んだ男はこういう人間だ。お前を手に入れるためなら手段を選ばない」
 イオネはアルヴィーゼの頬に手を伸ばした。アルヴィーゼはイオネがその情の強さを理解していないと思っているが、それはアルヴィーゼも同じだ。
「…あなたこそわかっていないわ」
「何をだ」
 アルヴィーゼは指先でイオネの髪を弄んで、その先に口付けをし、イオネの肌の匂いを確かめるように首の窪みに鼻をくっつけた。
「わたしがこんなことを許すのはあなただけ」
 イオネの柔らかな腕が、胸元に下りてきたアルヴィーゼの頭を包んだ。
 傲岸不遜なアルヴィーゼ・コルネールをこんなふうに包み込むことができるのは、イオネだけだ。
「こんな恥辱、あなたにしか許さないんだから…」

 イオネはこの夜、アルヴィーゼの腕の中から出ることはなかった。
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