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63 熱気球 - le ballon -
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アルヴィーゼは湯殿でイオネの羞恥心を煽ることで小さな報復を果たした。
自分はシャツの上にベストを着、袖を捲って紳士の装いを崩さないまま、イオネの薄いドレスをわざとゆっくり脱がせ、肌をなぞるように髪を後ろへ払って、露わになった細い肩に唇で触れた。
「んっ…ねえ、脱ぐくらい自分でできるわ」
「ダメだ。傷が悪化しては困る」
半分はイオネを言いなりにさせるための方便、あとは本心だ。自分のことに無頓着なイオネがどんなに雑な洗い方をするか想像もしたくない。
イオネはむぅ、と頬を膨らませ、観念して俯いた。髪から覗く耳が赤くなっている。
「はぁ…抱きたい」
「だっ、だから自分でやるって言ったのに」
「怪我人に手酷くできないから自制してるんだ。これ以上煽るなよ」
薄絹が滑らかな肌を滑って足元へ落ち、白い乳房が露わになると、アルヴィーゼは胸の脇を手のひらでなぞり、イオネの小さな震えを皮膚に感じながら首の後ろに吸い付いた。
「どこが自制してるのよ」
「愛でるくらいは大目に見ろ」
「変態」
アルヴィーゼはニヤリと笑ってイオネの裸体を抱え、ぬるま湯を張った浴槽へ入れた。
「沁みるか」
「少し。でも痛いと言うほどではないわ」
「そうか」
アルヴィーゼは湯を桶に汲んでイオネの髪を濡らし、ムクロジとハーブの洗髪剤で髪を揉んで洗い流した後、香油を手に付けて頭皮を揉みながら髪を梳いた。
「ふあ…気持ちいい…。天下のルドヴァン公爵にこんな才能があったなんて」
「お前を悦ばせることに関しては誰にも譲る気はないからな」
「ふふ」
イオネが心地よさそうに唸って頭を浴槽に預け、髪に触れるアルヴィーゼの手に自分の手を重ねて、しどけなく頬を寄せた。
やはりイオネは小悪魔だ。今まで散々逃げ回っておいて、こちらが我慢を強いられているときにこんな風に甘えてくる。
「煽るなと言っただろう」
「煽っていないわ。あなたみたいに心のままに触れているだけ。自分はいつも好きにするのに、わたしだけダメなんて不公平よ」
「減らず口め」
「ひゃっ」
石鹸を付けた手を首から胸へと這わせると、イオネが小さく叫んだ。胸を覆った手のひらに硬くなった乳房の中心を感じる。イオネの熱くなった吐息が、腕を湿らせた。
捲った袖を濡らし、腕をするすると湯の中へ入れてイオネの下腹部を撫でた瞬間、イオネが身体をビクリとさせて、キッと振り向いた。顔が赤い。
「前は自分でやるから、手をどけて」
「俺が汚したんだから俺が洗うのが筋だろう」
「ちょっ…!な、なに言って――」
イオネの口から甘い声が漏れた。細い指でアルヴィーゼの腕を掴み、呼吸を荒くしながら睨め付けてくる。身体の中心は昨晩アルヴィーゼが何度も放ったもので滑り、奥から新たに溶け出したイオネの熱で再び溢れようとしていた。
「んッ…うぅ…」
「仕方のない女だな、イオネ。また汚してしまったか?」
わざと羞恥心を煽るように言うと、イオネが恨めしげに唇を噛んだ。
「その顔――」
ぞくぞくと興奮が迫り上がってくる。肩まで湯に濡れても、気にもならない。指が奥まで入り、内壁が吸い付いてくる。
「はっ…はぁ、あっ…!」
「――食べたくなるな」
アルヴィーゼは袖にしがみ付いてきたイオネの唇を噛み付くように塞いだ。
陰核を撫で、内壁をなぞってイオネのよく反応する場所を突いたとき、イオネが白いのどを反らせて身体を震わせ、アルヴィーゼの指をぎゅうぎゅうと締め上げた。
「ばか…」
イオネが気怠げに詰った。そのくせに、身体の中を綺麗に洗うアルヴィーゼのされるがままになり、もう一方の袖に掴まったまま離さない。
「優しくしてやったのに、心外だ」
アルヴィーゼは忍び笑いをして、イオネの身体を洗い流した。
「大人しくしていろ、わかったな」
イオネは呼吸を整えながら、小さく顎を引いた。
約束通りイオネはこの日、寝室で過ごした。
安堵して寝過ぎたせいで顔がぼんやりしているバシルの見舞いを受け、抜け目なく大学入学までの課題をいくつか出して、その後は机に向かって読書といくつかの書き物をした。
夕食はアルヴィーゼが寝室へ運ばせ、そこで共に摂ることになった。
「食堂に行くぐらい問題ないのに」
「だめだ」
と、アルヴィーゼはにべもない。
肉欲に忠実なこの男が浴室で最後までしなかったことも、後から考えれば珍しいことだ。「優しくしてやった」と言っていたのは、確かにアルヴィーゼなりの真実だろう。
(まあ、常識的な人なら手を出さないでしょうけど…)
身体が熱くなるのは、僅かでも身体の中に毒が残っているからなのか、それともこの男のまいた毒のせいなのか、よくわからない。
イオネはタイムの添えられたスズキのポワレを上品に口に運ぶアルヴィーゼをちらりと見ながら、自分もジャガイモとブロッコリーのポタージュに手を伸ばした。消化によい献立だ。
(相当怯えさせてしまったのね)
アルヴィーゼだけではない。コルネール家に仕える人々が、イオネの身に起こったことに対してひどく憤り、心を痛めていることが、この屋敷の空気だけでよく分かる。
イオネが忙しく頭の中でルドヴァン医学の輸出について考え始めたのは、この時だった。
エゼキエリ医師と話した内容を整理し、もう少し詳しくまとめてアルヴィーゼに提案する方が彼らの役に立つだろうと思った。これが、アルヴィーゼを始め、事業に関わるルドヴァンの人々のためになると考えたのだ。
イオネはイオネにできることで、彼らの親愛に応えたかった。
翌朝、イオネは早速行動に移した。ソニアがイオネの遣いで大学に行っている間に、イオネはさっさと最低限の身繕いを済ませて書庫へ赴き、ルドヴァンの医学に関する本を見つけて、調べ物を始めた。
せいぜい一時間で片付くだろうと思っていたが、イオネの悪癖が出た。
イオネは背の高い本棚の梯子を上って上方にある医学書を手に取ると、梯子に腰掛けたまま、読書に没頭してしまったのだ。
エゼキエリ医師にまずは療養するよう助言されていたことなど頭からすっかり抜け落ちていた。
気付けばとうに昼を過ぎ、窓から漏れる光が強くなっている。
「いけない」
そろそろソニアも戻ってくる頃合いだ。長い時間寝室を抜け出したから、心配をかけてしまっているかもしれない。
イオネは本を戻し、梯子から降りようとした。
――その時だ。
「イオネ!」
アルヴィーゼがひどく焦った様子で書庫に現れた。顔を見ればわかる。きっと屋敷中探し回っていたのだろう。
「探させてしまったのね。ごめんなさい。調べ物をしていたの」
梯子を降りたイオネが見たものは、怒りに満ちたアルヴィーゼの顔だった。
「誰が出歩いていいと言った」
この権力者らしい態度に、イオネはムッとした。圧力を掛けられると膨らむ熱気球のような性分なのだ。
「心配させてしまったのは申し訳なかったけど、寝室を出るかどうかは自分で判断するし、あなたに許可を求めたりしないわ」
アルヴィーゼの眉間に深々と皺が寄った。イオネの態度が火に油を注いだことは間違いない。こういう顔を向けられるのは、久しぶりだ。
「自分の身に起きたことを理解しているのか。大人しくしていろと言ったはずだ」
「わかっているわ。だから昨日は寝室で過ごしたし、今日だって仕事を休んでいるじゃない。わたしを思い通りに操ろうとしないで。わたしはあなたの所有物じゃないのよ」
「ハッ」
アルヴィーゼは不遜に鼻で笑った。
「本当に物わかりが悪いな、教授」
イオネにはわかる。アルヴィーゼは今、激怒している。
しかし、こちらにも言い分はある。ここで譲ってしまっては今後の自由の権利が脅かされるというものだ。
アルヴィーゼが梯子の両端を掴んでイオネを囲い込んだときも、イオネはその吸い込まれそうな強い緑の目から目を逸らさずにいた。
「自分のことはちゃんとわかっているわ」
肌をひりつかせるほどの剣呑な閉塞感が、心拍を上げる。
「なら俺が心のままにお前を思い通りにしようとしたとき何がその身に降りかかるか、思い知った方がいい」
アルヴィーゼは袖のボタンを外して肘まで捲り上げ、危うい熱を帯びた冷たい目でイオネを見下ろした。
自分はシャツの上にベストを着、袖を捲って紳士の装いを崩さないまま、イオネの薄いドレスをわざとゆっくり脱がせ、肌をなぞるように髪を後ろへ払って、露わになった細い肩に唇で触れた。
「んっ…ねえ、脱ぐくらい自分でできるわ」
「ダメだ。傷が悪化しては困る」
半分はイオネを言いなりにさせるための方便、あとは本心だ。自分のことに無頓着なイオネがどんなに雑な洗い方をするか想像もしたくない。
イオネはむぅ、と頬を膨らませ、観念して俯いた。髪から覗く耳が赤くなっている。
「はぁ…抱きたい」
「だっ、だから自分でやるって言ったのに」
「怪我人に手酷くできないから自制してるんだ。これ以上煽るなよ」
薄絹が滑らかな肌を滑って足元へ落ち、白い乳房が露わになると、アルヴィーゼは胸の脇を手のひらでなぞり、イオネの小さな震えを皮膚に感じながら首の後ろに吸い付いた。
「どこが自制してるのよ」
「愛でるくらいは大目に見ろ」
「変態」
アルヴィーゼはニヤリと笑ってイオネの裸体を抱え、ぬるま湯を張った浴槽へ入れた。
「沁みるか」
「少し。でも痛いと言うほどではないわ」
「そうか」
アルヴィーゼは湯を桶に汲んでイオネの髪を濡らし、ムクロジとハーブの洗髪剤で髪を揉んで洗い流した後、香油を手に付けて頭皮を揉みながら髪を梳いた。
「ふあ…気持ちいい…。天下のルドヴァン公爵にこんな才能があったなんて」
「お前を悦ばせることに関しては誰にも譲る気はないからな」
「ふふ」
イオネが心地よさそうに唸って頭を浴槽に預け、髪に触れるアルヴィーゼの手に自分の手を重ねて、しどけなく頬を寄せた。
やはりイオネは小悪魔だ。今まで散々逃げ回っておいて、こちらが我慢を強いられているときにこんな風に甘えてくる。
「煽るなと言っただろう」
「煽っていないわ。あなたみたいに心のままに触れているだけ。自分はいつも好きにするのに、わたしだけダメなんて不公平よ」
「減らず口め」
「ひゃっ」
石鹸を付けた手を首から胸へと這わせると、イオネが小さく叫んだ。胸を覆った手のひらに硬くなった乳房の中心を感じる。イオネの熱くなった吐息が、腕を湿らせた。
捲った袖を濡らし、腕をするすると湯の中へ入れてイオネの下腹部を撫でた瞬間、イオネが身体をビクリとさせて、キッと振り向いた。顔が赤い。
「前は自分でやるから、手をどけて」
「俺が汚したんだから俺が洗うのが筋だろう」
「ちょっ…!な、なに言って――」
イオネの口から甘い声が漏れた。細い指でアルヴィーゼの腕を掴み、呼吸を荒くしながら睨め付けてくる。身体の中心は昨晩アルヴィーゼが何度も放ったもので滑り、奥から新たに溶け出したイオネの熱で再び溢れようとしていた。
「んッ…うぅ…」
「仕方のない女だな、イオネ。また汚してしまったか?」
わざと羞恥心を煽るように言うと、イオネが恨めしげに唇を噛んだ。
「その顔――」
ぞくぞくと興奮が迫り上がってくる。肩まで湯に濡れても、気にもならない。指が奥まで入り、内壁が吸い付いてくる。
「はっ…はぁ、あっ…!」
「――食べたくなるな」
アルヴィーゼは袖にしがみ付いてきたイオネの唇を噛み付くように塞いだ。
陰核を撫で、内壁をなぞってイオネのよく反応する場所を突いたとき、イオネが白いのどを反らせて身体を震わせ、アルヴィーゼの指をぎゅうぎゅうと締め上げた。
「ばか…」
イオネが気怠げに詰った。そのくせに、身体の中を綺麗に洗うアルヴィーゼのされるがままになり、もう一方の袖に掴まったまま離さない。
「優しくしてやったのに、心外だ」
アルヴィーゼは忍び笑いをして、イオネの身体を洗い流した。
「大人しくしていろ、わかったな」
イオネは呼吸を整えながら、小さく顎を引いた。
約束通りイオネはこの日、寝室で過ごした。
安堵して寝過ぎたせいで顔がぼんやりしているバシルの見舞いを受け、抜け目なく大学入学までの課題をいくつか出して、その後は机に向かって読書といくつかの書き物をした。
夕食はアルヴィーゼが寝室へ運ばせ、そこで共に摂ることになった。
「食堂に行くぐらい問題ないのに」
「だめだ」
と、アルヴィーゼはにべもない。
肉欲に忠実なこの男が浴室で最後までしなかったことも、後から考えれば珍しいことだ。「優しくしてやった」と言っていたのは、確かにアルヴィーゼなりの真実だろう。
(まあ、常識的な人なら手を出さないでしょうけど…)
身体が熱くなるのは、僅かでも身体の中に毒が残っているからなのか、それともこの男のまいた毒のせいなのか、よくわからない。
イオネはタイムの添えられたスズキのポワレを上品に口に運ぶアルヴィーゼをちらりと見ながら、自分もジャガイモとブロッコリーのポタージュに手を伸ばした。消化によい献立だ。
(相当怯えさせてしまったのね)
アルヴィーゼだけではない。コルネール家に仕える人々が、イオネの身に起こったことに対してひどく憤り、心を痛めていることが、この屋敷の空気だけでよく分かる。
イオネが忙しく頭の中でルドヴァン医学の輸出について考え始めたのは、この時だった。
エゼキエリ医師と話した内容を整理し、もう少し詳しくまとめてアルヴィーゼに提案する方が彼らの役に立つだろうと思った。これが、アルヴィーゼを始め、事業に関わるルドヴァンの人々のためになると考えたのだ。
イオネはイオネにできることで、彼らの親愛に応えたかった。
翌朝、イオネは早速行動に移した。ソニアがイオネの遣いで大学に行っている間に、イオネはさっさと最低限の身繕いを済ませて書庫へ赴き、ルドヴァンの医学に関する本を見つけて、調べ物を始めた。
せいぜい一時間で片付くだろうと思っていたが、イオネの悪癖が出た。
イオネは背の高い本棚の梯子を上って上方にある医学書を手に取ると、梯子に腰掛けたまま、読書に没頭してしまったのだ。
エゼキエリ医師にまずは療養するよう助言されていたことなど頭からすっかり抜け落ちていた。
気付けばとうに昼を過ぎ、窓から漏れる光が強くなっている。
「いけない」
そろそろソニアも戻ってくる頃合いだ。長い時間寝室を抜け出したから、心配をかけてしまっているかもしれない。
イオネは本を戻し、梯子から降りようとした。
――その時だ。
「イオネ!」
アルヴィーゼがひどく焦った様子で書庫に現れた。顔を見ればわかる。きっと屋敷中探し回っていたのだろう。
「探させてしまったのね。ごめんなさい。調べ物をしていたの」
梯子を降りたイオネが見たものは、怒りに満ちたアルヴィーゼの顔だった。
「誰が出歩いていいと言った」
この権力者らしい態度に、イオネはムッとした。圧力を掛けられると膨らむ熱気球のような性分なのだ。
「心配させてしまったのは申し訳なかったけど、寝室を出るかどうかは自分で判断するし、あなたに許可を求めたりしないわ」
アルヴィーゼの眉間に深々と皺が寄った。イオネの態度が火に油を注いだことは間違いない。こういう顔を向けられるのは、久しぶりだ。
「自分の身に起きたことを理解しているのか。大人しくしていろと言ったはずだ」
「わかっているわ。だから昨日は寝室で過ごしたし、今日だって仕事を休んでいるじゃない。わたしを思い通りに操ろうとしないで。わたしはあなたの所有物じゃないのよ」
「ハッ」
アルヴィーゼは不遜に鼻で笑った。
「本当に物わかりが悪いな、教授」
イオネにはわかる。アルヴィーゼは今、激怒している。
しかし、こちらにも言い分はある。ここで譲ってしまっては今後の自由の権利が脅かされるというものだ。
アルヴィーゼが梯子の両端を掴んでイオネを囲い込んだときも、イオネはその吸い込まれそうな強い緑の目から目を逸らさずにいた。
「自分のことはちゃんとわかっているわ」
肌をひりつかせるほどの剣呑な閉塞感が、心拍を上げる。
「なら俺が心のままにお前を思い通りにしようとしたとき何がその身に降りかかるか、思い知った方がいい」
アルヴィーゼは袖のボタンを外して肘まで捲り上げ、危うい熱を帯びた冷たい目でイオネを見下ろした。
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