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37 夜の果て - une aube sombre -

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 気づいた時には、アルヴィーゼの身体と壁に挟まれて身動きが取れなくなっていた。膝の間にアルヴィーゼの脚が割り込んできて、身を捩ることもままならない。
 大きな獣に噛み付かれるような口付けが、イオネの肉体に不本意な変化をもたらした。
 身体が覚えている。この男の舌の感触も、素肌に触れた時の体温も、我を失った時の官能的な呻き声も。そして、アルヴィーゼの熱情が身体の奥に満ちたときの、甘美な衝撃も。――
「いや」
 アルヴィーゼは抵抗を試みたイオネの腕を掴み、もう片方の腕も易々と頭上に押し付け、両方の手首をまとめて片手で拘束してしまった。恐ろしいほどの力だ。解こうと肘を突っ張ったが、アルヴィーゼの手に掴まれたまま動けない。
 睨め付けた先には、闇に潜む獣のようなアルヴィーゼの目があった。
「あの男とこれができるか、イオネ」
 夜闇よりも暗い怒りに満ちたアルヴィーゼの声が肌を震わせる。
 アルヴィーゼがイオネの膝の間に自分の膝をついて、長い指が寝衣の裾の下を這った。
「んん…!」
 下着の隙間を割って、中心へ指が入ってくる。
 いつもいやというほど馴らされているのに、今日は違う。まるでわざと痛みを与えるような強引さだ。
「いや…やめて」
 イオネは顎を震わせた。悔しいことに、弱々しい声しか出ない。アルヴィーゼの長い指が秘所の内側を侵し、内部へ進んでくる。
「答えろイオネ!あの男とこれができるか。それとももう寝たのか。ここに――」
「あ…!」
 内部を抉るようにアルヴィーゼの指が奥を突いた。痛いのに、身体はアルヴィーゼの指を簡単に受け入れている。
「俺以外の男が入るのを許したのか」
「…っ、してない。こんなこと、あなたしか」
 このとき首に触れたものが、皮膚の内側に食い込んでイオネに痛みを与えた。
「いっ…!」
 噛み付かれていると理解した瞬間、胃の中に恐怖が湧いた。本当に食べられてしまう。
「何するの」
「俺の印を残してる」
「思い上がりもいいところだわ。何度か寝たぐらいで、あなたの所有物になるとでも思ってるの?」
 息が熱く湿って、鼓動がいやになるくらい速く打っている。アルヴィーゼが首筋を唇で辿って耳朶に舌を這わせ、歯を立てて耳を齧った時、奥に埋められた指を自分の身体が締め付けたのが分かった。内壁を嬲るように指を動かされて、無理矢理開かれた場所が次第に湿り始めている。
「…っ、う」
 悔しい。情けなくて涙が出そうだ。このままでは、いつものように陥落させられて、何も抵抗できないままこの波に溺れてしまう。それなのに、アルヴィーゼは冷酷な捕食者の目をして、静かにイオネの身体を暴き続けている。
「どうだろうな。何度犯したらお前は俺のものになる?」
「最低だわ」
 怒りの声は、アルヴィーゼの口の中に吸い込まれた。乱暴で自儘な口付けだ。それなのに、息が上がって身体の奥が熱くなり、腹の中から指先へ痺れが走った。顔を背けようとしても、すぐにまた唇を塞がれる。意識があわあわと口付けに奪われ、アルヴィーゼがベルトを外す音も聞こえなかった。
 イオネが自分の状態に気付いたのは、片方の膝を高く抱え上げられたときだ。既に下着の紐も解かれている。身をよじって腰を引こうとしたが、遅かった。
「あっ――」
 腕を拘束され、唇も塞がれて、壁に押さえつけられたまま、イオネは貫かれた。
 強引に開かれたところが、熱くてひりひりと痛い。まるでその存在を焼き付けるように、アルヴィーゼが突き入ってくる。
「いやっ!抜いて…!」
「だめだ。お前が誰のものか思い知るまで離さない」
 腹の奥に衝撃が走った。何度も突き上げられ、無意識のうちに拘束された手を硬く握っていた。拒絶したいのに、熱があふれ出して、痛みの中から甘い痺れが生まれた。
 首筋に柔らかいアルヴィーゼの唇が触れ、ちくりと痛んだ。それさえ甘美な刺激になり、肌が震える。アルヴィーゼもそれに呼応するように呼吸を乱し、シャツの奥の身体が熱を増していた。
 イオネが唇を噛んで喉の奥で叫び、襲ってきた絶頂に意識を放り出したとき、中からアルヴィーゼが出ていった。小さく安堵したのも束の間、腰を掴まれて身体が宙に浮き、次の瞬間には寝台へ身体を投げ出され、アルヴィーゼの影が上に迫っていた。
 イオネは逃げようと身体を俯せにして膝をついたが、アルヴィーゼがイオネの腰を捕まえる方が速かった。指が肌に食い込むほど強く腰を掴まれて、動けない。
「逃げられると思ったのか」
 声は暗い愉悦に満ちている。背中をぞくぞくと走ったものが、恐怖なのか忌まわしい興奮なのか、もはや分からなかった。
「あ…待っ――ああッ!」
 硬く熱いアルヴィーゼの肉体が、背後から肚の奥に深く侵入してくる。強すぎる衝撃に、イオネは敷布を掴んで耐えようとした。が、感覚を鋭くさせられた身体が再び甘く痺れ始めるまでに時間はかからなかった。
 背中をアルヴィーゼの硬い胸と胴でぴったり覆われ、大きな手に乳房を包まれて、先端を指で弄ばれた。今イオネが感じる唯一のものは、アルヴィーゼだ。アルヴィーゼの律動が全身に快楽をもたらし、下腹部へ伸びてきた指が繋がった秘所の上部を撫でると、頭の中で火花が散った。
「あっ!あ…もう、いや」
「は…イオネ。身体に俺の痕跡を残したままどこかへ行けると思うな」
 アルヴィーゼの掠れた声が耳に触れる位置で響く。
 勝手な言い分だ。自分は好き勝手に女に手を出しているくせに、こちらに縁談がもたらされた途端に奪いに来るなど、正気とは思えない。
「悪辣」
「その悪辣な男に手酷く犯されて悦がっているのは誰だ」
「――っ…あ!」
 自分も知らない最奥部を叩き付けられ、身体が痺れた。高い悲鳴が上がる前にアルヴィーゼの手が口を覆い、ぐりぐりと内部を解すように腰を押し付けられた。強烈に迫り上がってくる絶頂が、イオネの意識を支配してゆく。
「ふ、う、ンン…!」
 腕を後方へ引っ張るように掴まれて感じやすくなった内部を激しく突かれ、イオネは強制的に襲いかかる快楽に抗いきれず、忘我の果てへ達した。

 寝台に突っ伏したイオネの身体を見下ろし、アルヴィーゼは暗い欲望の赴くままイオネの肌に触れた。薄絹の寝衣を剥いで白い背を暴くと、燭台の灯りが肌の上で踊り、細い肩甲骨の影がゆっくりと蠢いて、イオネがこちらを向いた。首筋に、自分の付けた噛み痕が見える。
 常軌を逸している。そういう自覚はある。しかしそれさえも気にならないほど血が沸き、昂った。嫉妬で気が狂いそうだ。いや、もう狂っている。この女の肌に痕を残して良いのは、自分だけだ。
 信仰する神を崇めるように学問のことしか映さないスミレ色の目が、今は夜闇でも分かるほど屈辱と快楽に濡れて光り、アルヴィーゼだけをそこに映している。守るべき矜恃と襲い来る熱に葛藤し、懊悩しながら。――
 その事実が、先ほどまでの怒りを凌駕して今までに感じたことのない充足感をもたらした。顔が愉悦に歪むのを堪えきれない。
 イオネが腕を振り上げてアルヴィーゼの頬を打ったのは、次の瞬間だ。アルヴィーゼはそれを避けることなく、甘んじて受け入れた。
「どれだけわたしを貶めれば気が済むの!遊び相手なら他にいるでしょう。わたしは、あなたなんか――」
 声を震わせ、イオネがもう一度腕を振り上げた。アルヴィーゼはイオネの腕を掴んでその身体を押し倒し、抵抗するイオネの腕を押さえつけて、膝を割り込ませて開いた脚の間に自分の一部を沈めた。
 イオネが喉の奥で叫び、奥まで突き入った秘所が滴るほどに熱く融け出した。
「他に誰がいるって?」
 湧いてくる苛立ちは、どうしようもない。いつもなら誰にどう思われようがどうでもいいのに、イオネは違う。手の届く位置に答えをぶら下げているにも関わらず、それを掴み取ろうとしないことに、胸の内がぐらぐらと煮えるほどの焦燥を感じるのだ。
「俺がこんな無様な真似を他の女にすると思っているのか。本気で?」
 頑なな女だ。唇を噛んで耐えているつもりらしいが、身体の内側は熱く潤って、奥から欲望が溢れてくる。自覚があるから悔しいのだろう。堪えきれずに漏れる甘い吐息が、感じている快楽がどれほど大きいかを示している。
 イオネのよく感じる場所はもう知っている。膝を肩に担ぎ上げて突き入った先だ。イオネが声を押し殺しながら、噛みちぎるような強さでアルヴィーゼをきつく締め上げた。
「…ッ、俺が、危険を冒して権力者の家に忍び込んでまでお前を手に入れるのが、本当にただの戯れだと思うのか。よく考えろ、教授」
 アルヴィーゼはイオネの膝の裏に口付けをして、熱くうねって狭まる秘所の奥を攻めた。
「あ、あっ!いや――ああ!」
 身体の下で、イオネが呻きながら腰を震わせて何度目かの絶頂に達した時、アルヴィーゼもその肉体の誘惑に抗いきれず、腰から迫り上がってくる熱と激しい快楽をイオネの中に解放した。
 手のひらで触れたイオネの頬は、濡れていた。
「嘘つき…」
 微かな声だ。アルヴィーゼはまだ繋がったままの腰を撫で、頬に口付けをしながら、乱れたイオネの髪を指で梳いた。
「何が」
「…女性を見たもの。あなたの屋敷で」
 アルヴィーゼはピタリと手を止めた。不明瞭だった物事の構図が見えた気がする。
「俺の屋敷へ、何をしに来たんだ」
「何だっていいでしょ。もう関係ないんだから」
 イオネがふいと顔を背けてアルヴィーゼの胸を突き放した。
(これは――)
 顔が見えないのが幸いだ。今の顔は、きっとイオネが見たら激怒するに違いない。それくらい緩んでいる自覚がある。
「そうか?俺たちは誰より深く関係していると思うが」
 アルヴィーゼが腰を引いてイオネの中から出、今まで入っていた場所に指で触れると、熱いものがとろりと溢れた。
 イオネが息を呑み、揺れる燭台の灯りが真っ赤に染まった頬を照らし出した。目元が赤く腫れ、長い睫毛が濡れて、白い頬に長い影を落としている。
(美しい)
 不本意な苦悩に憂い、思い通りにならない感情を持て余して、その明晰な頭をアルヴィーゼのことでいっぱいにしている。それが怒りであれ熱情であれ、アルヴィーゼにとっては同じことだ。絶えず湧き続ける凶暴な独占欲には似つかわしくない、純粋な愛おしさで胸が満ちた。
「本当のことを知りたければ明日俺の屋敷に来い。言葉で否定したところで、お前は自分の見たものでなければ信じないんだろう」
 イオネが黙した。この沈黙こそ、イオネの答えだ。
 アルヴィーゼがイオネの隣に横たわってその温かい身体を腕に包んでも、イオネは拒絶しなかった。抵抗を諦めたのか、疲労のせいかもしれない。が、アルヴィーゼは都合よく解釈することにした。
「…見つかる前に帰って。わたしに乱暴したことが知られたら、あなたノンノに殺されるわよ」
 眠たそうな声に、微かな甘い空気が溶けている。
「乱暴した男の心配か」
「うるさいわね。もう帰って」
「お前が寝たら出て行く」
 アルヴィーゼは喉の奥でくつくつと笑い、イオネの髪に顔を埋めて鼻から空気を吸い込んだ。野花に似たイオネの肌の匂いに、薔薇の匂いが混ざっている。恐らくはこの屋敷で使っている香油だろう。
(忌々しい匂いだ)
 イオネの身体から力が抜けて、穏やかな寝息が聞こえ始めても、アルヴィーゼはイオネの裸体を腕に抱いて肩や胸に啄むような口付けを繰り返した。
 他所の男の匂いなど、すべて消し去ってやる。イオネがどこにいようが、何度でも奪いに来る。
「この世でお前の害悪になっていいものは、俺だけだ。イオネ」
 夜が白み始めた頃、アルヴィーゼはイオネの頭の下からそっと腕を抜き、乱れた服を整えて、寝台の隅でくしゃくしゃになったイオネの寝衣を手に取った。
 裸のまま寝ている姿をもっと見ていたいが、朝が来て自分以外の人間にこの肌を見られるのは我慢ならない。
 寝衣を深く寝入ったイオネの頭から被せ、小さく唸りながらもなお睫毛を伏せて眠り続けるイオネの腕を袖に通してやり、最後に温かい唇に羽が触れるような口付けをして、寝台を下りた。
 アルヴィーゼは二階の寝室の窓から外に出、壁面の装飾の凹凸に足を掛けて地面へ降り立つと、そのまま使用人が使う狭い裏口へ進んだ。
 先ほどから腕や背中に微かな痛みをちくちくと感じるのは、イオネに引っかかれた傷があるからだ。今はその痛みさえ永遠に残しておきたい。
 鉄柵の門を抜け、朝焼けを迎える前の仄暗い通りへ出た。
 目の前に、室内着姿のシルヴァン・フラヴァリが立っていた。
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