高嶺のスミレはオケアノスのたなごころ

若島まつ

文字の大きさ
上 下
21 / 78

20 熱と引力 - la chaleur et la gravité -

しおりを挟む
 はっ。――と、イオネは大きく息を吐いた。
 口付けがこんなに苦しいものだったなんて、知ったつもりで分かっていなかった。多分、この前の夜に経験したものは所謂初心者向けだったのだ。少なくとも、アルヴィーゼ・コルネールにとっては。
 酸素を求めて唇の間に隙間ができると、アルヴィーゼがそれを追いかけるようにもう一度塞いでくる。生き物のように舌が口の中を探り、イオネの身体を造り変える器官を求めているようだ。
 ぐ、と舌を口の奥に押し込まれ、イオネは呻いた。苦しいはずなのに、腹の奥が熱く疼く。まるで、あの夜の感覚を思い出したように。
「ん、ふ…」
 抵抗を試みても、アルヴィーゼの舌が絡まって許さない。唾液が唇からこぼれ、顎を伝って、喉に流れた。
「俺を見ろ」
 アルヴィーゼの夜霧のような声を伴って、指が耳を這う。身体の上にいるアルヴィーゼを見上げると、緑色の強い視線が網のように全身に絡みついた。心臓が痛いほどに打っている。
 こぼれた唾液を絡め取るようにアルヴィーゼの舌が顎へ、喉へと伸びてきて、イオネの肌をゾクゾクと震わせ、胸元をくすぐる黒髪が別の快感を肌の上に生んだ。
 アルヴィーゼの手のひらがドレスの上から胸を覆うと、その先端が反応して硬くなった。直接触られていなくても分かる。
 からだが勝手に、この男を求め始めている。
「ぅあ、いや」
 イオネはアルヴィーゼの手首を掴んで阻止しようとしたが、アルヴィーゼは片手でやすやすとイオネの両方の手首を拘束し、頭上に押しつけた。
「いやかどうかは身体に訊く」
「あっ…!」
 アルヴィーゼは身を捩ったイオネの脚の間に膝をつき、首筋に吸い付きながら片手でドレスの背中の留め具を外して襟を開き、そのまま布を引き下ろして白い肌を暴いた。
 こぼれるように露わになった豊かな乳房の先端が、熟す直前の果実のように淡く色付いている。アルヴィーゼがそこに吸い寄せられるように口づけし、舌を這わせると、イオネが小さく悲鳴を押し殺して、膝を閉じようともぞもぞさせた。
 スカートの裾からアルヴィーゼの手が這い、膝を這い上がって腿を伝い、容赦なく下着を剥いで中に触れた。この瞬間に、小さな衝撃と耐えがたい羞恥がイオネを襲った。
「あぁっ…」
 胸を食むアルヴィーゼが吐息で笑うと、先端にピリピリと痺れが走る。
「なかったことにできるのか」
 アルヴィーゼの指が秘所に触れ、浅い部分を探っている。
「直接触れもしないうちから、こんなに熱くしているくせに」
 指が動くたびに湿った音が自分の内側から響く。同時に胸の先端を舌で弄ばれると、どうしようもないほどに身体が疼いて勝手に腰が揺れた。両手を強い力で拘束され、何かにしがみつくこともできない。
 ――恥ずかしい。こんなふうに反応してしまう身体も、受け入れている自分も正気ではない。
 イオネは無意識のうちに下唇を噛み締めていた。身体の奥深くから、奔流がやってくる。
「目を逸らすな、教授」
 こんな手荒にされているのに、イオネは命じられるままアルヴィーゼの目を見た。まるで何かおかしな引力が働いているようだった。
 秘所は滴るほどに濡れてアルヴィーゼの指を奥へ咥え込み、上部の突起が刺激を与えられるまま感度を増して、膨らんでゆく。
「あ、ああっ――!」
 イオネは腰をぶるりと震わせてアルヴィーゼが導くまま昇り詰めた。

 呼吸を整える間も与えず、アルヴィーゼはズボンの前を寛げ、熱くなった身体の一部でイオネの中心に触れた。
 スミレ色の目が、蕩けている。アルヴィーゼがしなやかな脚を臀部から抱えるように持ち上げて、イオネの視界の正面で脹脛ふくらはぎに口付けをすると、イオネが悔しそうに目を細めてその瞳を潤ませた。
 ぞく、とアルヴィーゼの背を興奮が奔った。
 この女は、まだ快楽に抗う気なのだ。
 愛らしい膝へ、腿へと唇で辿ってゆくにつれ、イオネの息遣いが甘く熱を帯びてゆく。
 アルヴィーゼはイオネの内側にゆっくりと中指を入れてよく反応する上の壁を探り、手の甲へ蜜が滴るほどに濡れてイオネの身体が緊張を始めた頃、絶頂がイオネを襲う前に指を抜いた。
 戸惑うように揺れたイオネの目が、アルヴィーゼの嗜虐心をひどく煽った。こんなに素直な身体をしておきながら、よく今まで誰にも汚されずに生きて来られたものだ。
「あ――…ッ」
 アルヴィーゼは膝を抱えたまま、ひと息にイオネの中に押し入った。まだ痛いほどにきついが、内部は既に快楽に蕩けて熟れ、硬くなったアルヴィーゼの一部を受け入れながら蜜を溢れさせている。
「は…、痛いか」
 声が上擦る。激しい快感のせいだ。無意識のうちにイオネが内部を締めつけ、アルヴィーゼの欲望をますます深くする。
 イオネは懊悩するように首を振り、涙を浮かべて恨みがましくアルヴィーゼの顔を見上げた。
「…っん、おっきくて、苦しいの」
「ふ」
 アルヴィーゼが柔らかく目を細めてイオネの頬に触れた瞬間、イオネの鳩尾が壊れてしまうのではないかと思うほどに捻れた。捻れは血流に乗って心臓へ到達し、体内にあるアルヴィーゼの肉体をいやというほど熱く感じさせた。
「教授」
 びくりと身体が跳ねる。まるで呪いにかかったように、アルヴィーゼから目が逸らせない。
 目の前の男が何か苦しいものに耐えるように秀麗な顔を歪めている姿が、どういうわけかイオネの胸を熱くした。
「ん、あっ」
 アルヴィーゼが腰を引いてもう一度奥へ入ってくる。
 身体のいちばん深いところに男の身体の先端が届くと、そこから全身に火花が散り、耐え難いほどの衝撃を受けた。
 自分でもわかる。一度焦らされたせいで、いやになるほどこの男がもたらす快感に反応している。
「俺の目を見ていけ。誰がお前の中にいる」
「やっ…」
 膝を抱えるように高く上げられ、ガツガツと奥を叩き付けるように激しい律動が繰り返されると、イオネはいつの間にか解放されていた手をアルヴィーゼの広い肩に回してシャツにしがみつき、縋るように声を上げていた。
「あっ、あッ…!公爵――」
 やめて。と、言えなかった。肉体がその先の絶頂を望み、激しく襲ってくる猛威にとうとう意識を解放してしまった。
 内部がひくひくとアルヴィーゼの肉体をきつく締め上げ、とろとろとした快感の余韻が意識を包む。イオネは息を荒くして、身体の上で荒い呼吸を繰り返すアルヴィーゼを見上げた。
 美しい緑色の目が黒い睫毛の影を映し、熱を孕んでこちらを見つめている。
 食らいつかれるような口付けが降ってくると、イオネはその激しさと苦しさに喘いで舌が侵入してくるのを許した。肌の上から、脈動が伝わってくる。
 次の瞬間にイオネが息を呑んだのは、まだ中に収まったままのアルヴィーゼの身体の一部がひくりと硬さを増して再び動き始めたからだ。
「ちょっと、待って。もうできない…」
「まさか、あれで終わると思ったのか」
 アルヴィーゼの声が意地悪く弾んでいる。イオネの懇願を聞き入れる気など全くないのだ。
「あ…!」
 イオネは内部を突かれて悲鳴を上げた。
「ああ、ほら。また溢れてきた」
 アルヴィーゼの低い声が耳を舐め、大きな手のひらが乳房が覆って先端の実を撫で、もう片方の手がイオネの官能を呼び覚ますように繋がった場所を愛撫した。
 身体の奥が熱い。開かれて間もないはずなのに痛みはなく、ただふたつの器官が擦れ合うたびに大きく膨らんでゆく快楽が、全ての感覚を支配した。
「は、ああ…だめ」
 突然アルヴィーゼが体内から抜け出て、イオネに喪失感をもたらした。ひくりと内部が物欲しそうに動いたのを、アルヴィーゼは見逃さなかった。
 アルヴィーゼはイオネの身体の至る場所に啄むような口付けをして、イオネの身体を俯せに返し、驚いて起き上がろうとしたイオネの手首を掴んで寝台へ押し付け、もう片方の手で腰を掴んだ。
「こ、公爵…」
 イオネが弱々しく言い、顔を後ろへ向けた。咎めたいようだが、逆効果だ。スミレ色の瞳が濡れて蕩けたまま、熱に浮かされたような声で呼ばれたのでは、とても解放などしてやれない。
 アルヴィーゼはイオネの丸い臀部をするりと撫でて鼠蹊部から腿へ手のひらを滑らせ、脚を開かせて、膝をつかせた。
 脚の間に指を滑らせると、びくびくと脚が震え、中は腿に垂れるほど濡れて、熱くなっている。
「あ。もう、だめ…」
 イオネが抵抗を試みて後ろへ伸ばした腕を、アルヴィーゼは無慈悲にも掴んで止め、そのまま後ろからイオネの身体を貫いた。
「ああっ――!!」
 イオネの内部がぎゅうぎゅうと締まって蠢いている。
「いってしまったな、教授」
 アルヴィーゼは酷薄に笑った。イオネがひくひくと内部を収縮させながら、責めるような目を向けてくる。
「こんなに悦がっては――」
 腰を引いてもう一度奥へ進むと、イオネの中から蜜の溢れる音がした。イオネは耳まで赤く染めて、与えられる快楽を拒もうとしている。
(無駄だ、イオネ)
 アルヴィーゼは胡桃色の長い髪が乱れたその隙間から白い背を覗かせる様子を愉悦に満ちた気分で眺め、背後からイオネの腰に腕を絡めて、熱く濡れて膨らんだ秘所の実を撫でた。
「――もう何も知らない身体には戻れないな」
 どっ、とイオネの心臓が跳ねた。凶暴なほどの快楽が全身を襲い、底の見えない渦に堕ちていくようだ。
 後ろから自分も知らない身体の奥を何度も抉られ、もう何度目かもしれない絶頂を味わわされて、喉が痛くなるほどの悲鳴をあげたとき、アルヴィーゼが堪りかねたようにイオネの身体を離した。
 イオネが何をされているのか理解する前に、身体が仰向けに投げ出された。体勢を整える暇もなく、膝を大きく広げられて、噛み付くように唇を重ねられた。舌が触れ合い、イオネの身体の内側が熱を増した。
 アルヴィーゼの硬い身体が重なり、奥へもう一度、激しい熱が入ってくる。
「んんー!」
 これ以上はおかしくなる。いや、もう手遅れかもしれない。
 アルヴィーゼの目が、全身を灼くような強さでイオネを射貫き、イオネの中に燻る快楽を解き放つように腹の奥を穿つ。
「も、だめ…、あっ――」
 イオネが全身を震わせて今までで最も大きな波に呑まれた瞬間、その肢体を拘束するようにきつく抱きしめながら、アルヴィーゼが獣のように呻いてその中に欲望を解き放った。
 イオネは脱力したアルヴィーゼが身体を預けてきた時に初めて、はだけたシャツの下からその肉体にしがみついて男の肌に爪を立てていたことに気づいた。
(どうして)
 アルヴィーゼが溶けそうなほど熱い呼吸を繰り返し、体内で脈動している。
 次に驚くほど優しい口付けが降ってきた時、イオネはこの行為の意味について考えることをやめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

好きだと言われて、初めて気づくこともある。

りつ
恋愛
 自分の気持ちにも、好きな人の気持ちにも。 ※「小説家になろう」にも掲載しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
旧題:幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。 夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。 ★第17回恋愛小説大賞(2024年)にて、奨励賞を受賞いたしました!★ ☆改題&加筆修正ののち、単行本として刊行されることになりました!☆ ※作品のレンタル開始に伴い、旧題で掲載していた本文は2025年2月13日に非公開となりました。  お楽しみくださっていた方々には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。

処理中です...