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19 渦中のふたり - l'œil du cyclone -
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月曜日がやってきた。イオネはいつになく憂鬱だ。仕事が生き甲斐のイオネにとっては、大学へ行く前に憂鬱な気分になることはまずないのに、この日だけは違っていた。
(それもこれも、全部公爵のせいよ)
イオネは胸の中をアルヴィーゼへの恨みがましさでいっぱいにしながら石畳の道を進んだ。
きっとアルヴィーゼとの関係が噂になっているはずだ。夜宴の時は、少々自棄になっていたとは言え、やり過ぎた。あれでは二人の親密な関係を社交界で堂々と示したようなものだ。
(人をおもちゃにして)
イオネはそう憤るが、利点が全くないということもない。相手がいると匂わせておけば、ブロスキ教授から見合いや結婚に関わる煩わしい提案を受けなくて済むだろう。
ところが、噂の速さはイオネの想像を超えていた。
いつものように講堂へ入ったイオネのもとに、顔をキラキラ輝かせた少女たちが殺到したのである。
「恋人ができたって本当ですか」
「お相手はあのエマンシュナ王国のルドヴァン公爵だとか」
「わたしたちが卒業するまでは大学にいてくださいますよね?」
「もしかしてもう結婚間近ですか?」
イオネを質問攻めにする少女たちは、まるで親鳥に餌を求めるヒナのようだ。
(結婚ですって)
有り得ない。イオネは学生たちに向けて渋面を作らないよう神経を張り詰めた。
どう考えても、あの女遊びに慣れ過ぎた公爵と男性経験が皆無の自分では釣り合いが取れないし、あの男と人生を共にするなんて想像もできない。
たかだか一度寝たぐらいの相手と結婚を考えられるほど、イオネの頭は甘いロマンスを夢見る乙女のように純真にはできてはいないのだ。
「コルネール閣下とは仕事上の関係です。個人的な関係はないわ」
イオネは毅然と胸を張った。言いながら、小さな棘が喉に刺さったような気分になった。昨日はどんな対応をしてよいものか判断できず公爵との対面を徹底的に避けて一日中逃げ回っていたが、これが唯一無二の答えだ。
(そうよ)
イオネは頭の片隅で自分が主張した考えに賛同した。
アルヴィーゼとはあくまで仕事上の関係で、あの夜のちょっとした逸脱に関しては忘れることにすればいい。アルヴィーゼもわざわざ自ら大学まで迎えに来る程度には責任を感じているということだろう。それなら、イオネの譲歩を受け入れるはずだ。
イオネはこの日の講義を終えると、いつもより早い時間に大学を出た。久しぶりにお気に入りの書庫で翻訳を進め、気分を変えてからアルヴィーゼと夕食を共にしようと考えた。
(いい大人なんだから、話し合うべきだわ)
そしてたった一言、あの夜のことはなかったことにして差し上げると言えばよいのだ。
この日、コルネール邸の庭園の普請が完了した。地下水路から汲み上げた水で庭園の中央に噴水を作り、そこから庭園内にも小さな水路を行き渡らせて、植栽への水やりをほぼ自動で行える仕組みだ。
イオネが暮らしていた屋敷は既に跡形もなく、それらの植栽を植えられて、広大な宮殿の敷地の一部になっている。
「ご機嫌ですね、アルヴィーゼさま」
ドミニクが執務机で分厚い書類の束と向き合うアルヴィーゼにコーヒーを運んできた。その声には、やや非難がましい含みがある。
アルヴィーゼは小煩い執事を鼻で笑った。
「そうだな」
「差し出がましいことは承知ですが――」
「では言うな」
「どうなさるおつもりですか」
ドミニクは構わず続けた。
金曜の夜に何があったのかは察しがつく。それどころか、アルヴィーゼが未明にドミニクの部屋へやって来て風呂の支度と昼までの人払いを命じた時点で、既に屋敷の全ての使用人が、二人の間に起こったことを恐らく何の誤解もなく承知している。
女中たちはみな聡明で自立したイオネに心酔しているから、このまま奥方になって欲しいなどと期待に胸を膨らませているが、ドミニクはそれほど楽観的ではない。
「口を出すな。煩いやつだ」
「いいえ。恐れながら、これは執事として、あなたの乳兄弟としても見過ごせません。アルヴィーゼさまはどこまで本気なのですか。イオネさまには戯れに手を出さないよう釘を刺しておいたではないですか。あの方はこれまであなたが手をつけてきたような遊び慣れたご婦人方とは違うのですよ」
「…イオネ?」
アルヴィーゼの眉が不機嫌に歪んだ。
「なぜお前がその名で呼ぶ」
厳しい声色だ。
「ソニアが言うのでうつりました」
「お前自身は許されていないんだな?」
「はい」
「ならお前は教授と呼べ」
ドミニクは目を丸くした。子供じみた嫉妬心を露わにする主人は、初めて見た。
「…本気なんですか」
「戯れであれに手を出すと思うか」
アルヴィーゼは面白くなさそうに書類へ視線を戻した。
「まさかとは思いますが、無理矢理なさったのではないでしょうね」
「拒まれなかった」
白々とした態度だ。
ドミニクはふう、と溜め息をついて書簡をひとつアルヴィーゼの執務机に置いた。
「大旦那さまからです」
「捨て置け」
アルヴィーゼはコルネール家の印章が赤い封蝋に押された封筒を煩わしそうに一瞥し、領地からの書類にサラサラとペンを走らせた。
「よろしいのですか?恐らくは縁談に関することと思いますが」
「親父には俺の私生活に口を出すなと言ってある。たかが隠居の暇つぶしに付き合うだけ時間の無駄だ」
と、アルヴィーゼはにべもない。しばらく無言で書類仕事に没頭した後、ふと顔を上げてドミニクに時間を訊ねた。
「二時半を過ぎました」
聞くなり、アルヴィーゼは書類を机に置いて席を立った。
「どちらへ?」
ドミニクの問いを黙殺して執務室を出て行く主の背中を、ドミニクは驚く思いで見た。
聞かずとも、分かっている。昨日は一日逃げられてしまったから、今日は逃がしたくないのだろう。
イオネは大学の門を出た直後、微かな違和感を覚えて辺りを見回した。
(…見られている?)
何か奇妙な感じだ。いやな視線がまとわりついているような気がする。が、周囲は帰路につく学生やいつもと同じ大通りを往来する人々が流れていくのみで、特別こちらの様子を気にしている者は見当たらない。きっと学生や他の教授たちに質問攻めにされたせいで、周囲の視線に過敏になっているのだろう。
その時、前方にアルヴィーゼが現れた。濃紺の上衣を身に纏い、愛馬のセザールに跨がって、今日も嫌みったらしいほどに周囲の視線を集めている。
アルヴィーゼは馬上のままこちらへ近付いてきてイオネの前で止まると、手を差し出した。
この大きな馬にアルヴィーゼの手を借りて乗ることに慣れてしまった自分が、少々厭わしくもある。イオネは唇の左端を吊り上げて見下ろしてくる男の顔を毅然と見上げ、その手を取った。
イオネが鞍上に横向きに収まると、アルヴィーゼは屋敷へ向けて馬を歩ませ始めた。行き交う人々の視線を一身に集めても、気にもしない。
「公爵――」
「‘頼んでない’?」
アルヴィーゼが揶揄うように笑ってイオネの髪に触れた。
「そうだけど、話したいのは別のことよ」
「言ってみろ」
「き、金曜の夜のことは…」
喉の奥がひりつく。イオネはアルヴィーゼの顔を見ることができず、小指の指輪をくるくると弄んで、自分の膝を凝視した。
「なかったことにして差し上げるわ。お互い忘れましょう。だからこんな風に責任を感じて迎えに来る必要はないわ。わたしもあなたに何も求めてない。遊び相手が欲しいなら、他を当たってちょうだい。わたしとあなたの間にあるものは、貸し借りだけ。わたしはあなたの屋敷を借りて、仕事で返す。最初の取り決め通りよ」
「なるほど」
(そう来たか)
アルヴィーゼは腕の中で身体を硬くしたイオネを一瞥すると、踵をセザールの腹にトンと押し付けて駈歩で駆けさせた。
突然速度を上げられたイオネは小さく叫んで馬の鞍を掴み、もう片方の手でアルヴィーゼにしがみ付いた。
「ちょっと、突然なによ!」
アルヴィーゼは答えない。
概ね予想通りの反応だったにもかかわらず、「何も求めていない」という言葉を聞いた瞬間に、ひどく面白くなくなった。
程なくして屋敷に着くと、アルヴィーゼは下馬のために腕に掴まったイオネの身体をそのまま担ぎ上げ、イオネの抗議にも耳を貸さず、誰もいないエントランスを横切って一階の奥の客間へ入った。
南国風の調度品が並ぶ、涼やかな部屋だ。傾き始めた西日がカーテン越しに揺れて、部屋に光を差し込んでいる。
この部屋の隅に置かれた天蓋付きの寝台に、イオネの身体が投げ出された。イオネは身体を起こして抗議しようとしたが、アルヴィーゼの目を見て何も言えなくなった。
緑色の目の奥があの夜と同じように、剣呑に翳っている。
「そういう肚なら、試してみろ。教授」
アルヴィーゼがイオネの肌をざわつかせる官能的な声で言い、寝台に膝をついて、喉元に長い指を差し込み、クラバットをスルリと外した。
「た、試す…?」
イオネの心臓が騒ぎ始めた。身体の奥から熱が湧き上がって、この男から目が逸らせなくなる。
「なかったことにできるかどうか」
アルヴィーゼがイオネの肩をトンと押し、寝台に倒した。
イオネは息を呑んだ。アルヴィーゼがイオネの手を掴んで拘束し、暗雲のように視界を奪う。
「公爵――」
言い終わる前に、唇を塞がれた。
(それもこれも、全部公爵のせいよ)
イオネは胸の中をアルヴィーゼへの恨みがましさでいっぱいにしながら石畳の道を進んだ。
きっとアルヴィーゼとの関係が噂になっているはずだ。夜宴の時は、少々自棄になっていたとは言え、やり過ぎた。あれでは二人の親密な関係を社交界で堂々と示したようなものだ。
(人をおもちゃにして)
イオネはそう憤るが、利点が全くないということもない。相手がいると匂わせておけば、ブロスキ教授から見合いや結婚に関わる煩わしい提案を受けなくて済むだろう。
ところが、噂の速さはイオネの想像を超えていた。
いつものように講堂へ入ったイオネのもとに、顔をキラキラ輝かせた少女たちが殺到したのである。
「恋人ができたって本当ですか」
「お相手はあのエマンシュナ王国のルドヴァン公爵だとか」
「わたしたちが卒業するまでは大学にいてくださいますよね?」
「もしかしてもう結婚間近ですか?」
イオネを質問攻めにする少女たちは、まるで親鳥に餌を求めるヒナのようだ。
(結婚ですって)
有り得ない。イオネは学生たちに向けて渋面を作らないよう神経を張り詰めた。
どう考えても、あの女遊びに慣れ過ぎた公爵と男性経験が皆無の自分では釣り合いが取れないし、あの男と人生を共にするなんて想像もできない。
たかだか一度寝たぐらいの相手と結婚を考えられるほど、イオネの頭は甘いロマンスを夢見る乙女のように純真にはできてはいないのだ。
「コルネール閣下とは仕事上の関係です。個人的な関係はないわ」
イオネは毅然と胸を張った。言いながら、小さな棘が喉に刺さったような気分になった。昨日はどんな対応をしてよいものか判断できず公爵との対面を徹底的に避けて一日中逃げ回っていたが、これが唯一無二の答えだ。
(そうよ)
イオネは頭の片隅で自分が主張した考えに賛同した。
アルヴィーゼとはあくまで仕事上の関係で、あの夜のちょっとした逸脱に関しては忘れることにすればいい。アルヴィーゼもわざわざ自ら大学まで迎えに来る程度には責任を感じているということだろう。それなら、イオネの譲歩を受け入れるはずだ。
イオネはこの日の講義を終えると、いつもより早い時間に大学を出た。久しぶりにお気に入りの書庫で翻訳を進め、気分を変えてからアルヴィーゼと夕食を共にしようと考えた。
(いい大人なんだから、話し合うべきだわ)
そしてたった一言、あの夜のことはなかったことにして差し上げると言えばよいのだ。
この日、コルネール邸の庭園の普請が完了した。地下水路から汲み上げた水で庭園の中央に噴水を作り、そこから庭園内にも小さな水路を行き渡らせて、植栽への水やりをほぼ自動で行える仕組みだ。
イオネが暮らしていた屋敷は既に跡形もなく、それらの植栽を植えられて、広大な宮殿の敷地の一部になっている。
「ご機嫌ですね、アルヴィーゼさま」
ドミニクが執務机で分厚い書類の束と向き合うアルヴィーゼにコーヒーを運んできた。その声には、やや非難がましい含みがある。
アルヴィーゼは小煩い執事を鼻で笑った。
「そうだな」
「差し出がましいことは承知ですが――」
「では言うな」
「どうなさるおつもりですか」
ドミニクは構わず続けた。
金曜の夜に何があったのかは察しがつく。それどころか、アルヴィーゼが未明にドミニクの部屋へやって来て風呂の支度と昼までの人払いを命じた時点で、既に屋敷の全ての使用人が、二人の間に起こったことを恐らく何の誤解もなく承知している。
女中たちはみな聡明で自立したイオネに心酔しているから、このまま奥方になって欲しいなどと期待に胸を膨らませているが、ドミニクはそれほど楽観的ではない。
「口を出すな。煩いやつだ」
「いいえ。恐れながら、これは執事として、あなたの乳兄弟としても見過ごせません。アルヴィーゼさまはどこまで本気なのですか。イオネさまには戯れに手を出さないよう釘を刺しておいたではないですか。あの方はこれまであなたが手をつけてきたような遊び慣れたご婦人方とは違うのですよ」
「…イオネ?」
アルヴィーゼの眉が不機嫌に歪んだ。
「なぜお前がその名で呼ぶ」
厳しい声色だ。
「ソニアが言うのでうつりました」
「お前自身は許されていないんだな?」
「はい」
「ならお前は教授と呼べ」
ドミニクは目を丸くした。子供じみた嫉妬心を露わにする主人は、初めて見た。
「…本気なんですか」
「戯れであれに手を出すと思うか」
アルヴィーゼは面白くなさそうに書類へ視線を戻した。
「まさかとは思いますが、無理矢理なさったのではないでしょうね」
「拒まれなかった」
白々とした態度だ。
ドミニクはふう、と溜め息をついて書簡をひとつアルヴィーゼの執務机に置いた。
「大旦那さまからです」
「捨て置け」
アルヴィーゼはコルネール家の印章が赤い封蝋に押された封筒を煩わしそうに一瞥し、領地からの書類にサラサラとペンを走らせた。
「よろしいのですか?恐らくは縁談に関することと思いますが」
「親父には俺の私生活に口を出すなと言ってある。たかが隠居の暇つぶしに付き合うだけ時間の無駄だ」
と、アルヴィーゼはにべもない。しばらく無言で書類仕事に没頭した後、ふと顔を上げてドミニクに時間を訊ねた。
「二時半を過ぎました」
聞くなり、アルヴィーゼは書類を机に置いて席を立った。
「どちらへ?」
ドミニクの問いを黙殺して執務室を出て行く主の背中を、ドミニクは驚く思いで見た。
聞かずとも、分かっている。昨日は一日逃げられてしまったから、今日は逃がしたくないのだろう。
イオネは大学の門を出た直後、微かな違和感を覚えて辺りを見回した。
(…見られている?)
何か奇妙な感じだ。いやな視線がまとわりついているような気がする。が、周囲は帰路につく学生やいつもと同じ大通りを往来する人々が流れていくのみで、特別こちらの様子を気にしている者は見当たらない。きっと学生や他の教授たちに質問攻めにされたせいで、周囲の視線に過敏になっているのだろう。
その時、前方にアルヴィーゼが現れた。濃紺の上衣を身に纏い、愛馬のセザールに跨がって、今日も嫌みったらしいほどに周囲の視線を集めている。
アルヴィーゼは馬上のままこちらへ近付いてきてイオネの前で止まると、手を差し出した。
この大きな馬にアルヴィーゼの手を借りて乗ることに慣れてしまった自分が、少々厭わしくもある。イオネは唇の左端を吊り上げて見下ろしてくる男の顔を毅然と見上げ、その手を取った。
イオネが鞍上に横向きに収まると、アルヴィーゼは屋敷へ向けて馬を歩ませ始めた。行き交う人々の視線を一身に集めても、気にもしない。
「公爵――」
「‘頼んでない’?」
アルヴィーゼが揶揄うように笑ってイオネの髪に触れた。
「そうだけど、話したいのは別のことよ」
「言ってみろ」
「き、金曜の夜のことは…」
喉の奥がひりつく。イオネはアルヴィーゼの顔を見ることができず、小指の指輪をくるくると弄んで、自分の膝を凝視した。
「なかったことにして差し上げるわ。お互い忘れましょう。だからこんな風に責任を感じて迎えに来る必要はないわ。わたしもあなたに何も求めてない。遊び相手が欲しいなら、他を当たってちょうだい。わたしとあなたの間にあるものは、貸し借りだけ。わたしはあなたの屋敷を借りて、仕事で返す。最初の取り決め通りよ」
「なるほど」
(そう来たか)
アルヴィーゼは腕の中で身体を硬くしたイオネを一瞥すると、踵をセザールの腹にトンと押し付けて駈歩で駆けさせた。
突然速度を上げられたイオネは小さく叫んで馬の鞍を掴み、もう片方の手でアルヴィーゼにしがみ付いた。
「ちょっと、突然なによ!」
アルヴィーゼは答えない。
概ね予想通りの反応だったにもかかわらず、「何も求めていない」という言葉を聞いた瞬間に、ひどく面白くなくなった。
程なくして屋敷に着くと、アルヴィーゼは下馬のために腕に掴まったイオネの身体をそのまま担ぎ上げ、イオネの抗議にも耳を貸さず、誰もいないエントランスを横切って一階の奥の客間へ入った。
南国風の調度品が並ぶ、涼やかな部屋だ。傾き始めた西日がカーテン越しに揺れて、部屋に光を差し込んでいる。
この部屋の隅に置かれた天蓋付きの寝台に、イオネの身体が投げ出された。イオネは身体を起こして抗議しようとしたが、アルヴィーゼの目を見て何も言えなくなった。
緑色の目の奥があの夜と同じように、剣呑に翳っている。
「そういう肚なら、試してみろ。教授」
アルヴィーゼがイオネの肌をざわつかせる官能的な声で言い、寝台に膝をついて、喉元に長い指を差し込み、クラバットをスルリと外した。
「た、試す…?」
イオネの心臓が騒ぎ始めた。身体の奥から熱が湧き上がって、この男から目が逸らせなくなる。
「なかったことにできるかどうか」
アルヴィーゼがイオネの肩をトンと押し、寝台に倒した。
イオネは息を呑んだ。アルヴィーゼがイオネの手を掴んで拘束し、暗雲のように視界を奪う。
「公爵――」
言い終わる前に、唇を塞がれた。
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