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17 嵐の航海 - la tempête -

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 アルヴィーゼはまだ初めての絶頂に意識を奪われたままのイオネの身体をソファの背もたれに押しつけ、唇を重ねた。上下の唇を啄むと、イオネがほとんど条件反射のように口を開けた。官能的な唇から甘やかな呼吸が漏れ、拒絶もできないままアルヴィーゼの淫らな口付けを受け入れている。
 細い首に胡桃色の髪が貼り付き、細い鎖骨へ汗が落ちて、豊かな胸の稜線を伝い、脇へ落ちてゆく。ただそれだけのことが、無様なほどにアルヴィーゼの情欲を煽った。
 足元にまとわりついている寝衣と下着を引き剥がしたとき、イオネが唇の下で小さく唸った。抵抗しようが、もう構わない。むしろここまでよく自制したと自分を賞賛したい気分だ。
 一糸纏わぬイオネの白い裸体の上でランプの灯りがユラユラと踊り、光彩を放っている。温かく滑らかな肌がアルヴィーゼの手のひらの下でじわりと柔らかな熱を発し、僅かばかりに残されたアルヴィーゼの理性を溶かしていくようだった。
「もう、はなして…。身体がへんなの」
 イオネの声は、熱に浮かされたように掠れ、甘やかなスミレ色の瞳が蕩けるように潤んでいる。
 アルヴィーゼは全身を暗い悦びが覆っていくのを感じた。
 考えの甘い女だ。ここで解放するわけがない。きっと意地の悪い笑みになっているに違いないが、自分の振る舞いについて考慮する段階などはとうに過ぎてしまった。
「まだだ」
 イオネはその手から逃れようとしたが、アルヴィーゼの腕に閉じ込められて退路を断たれている。
 アルヴィーゼはしなやかな脛に手のひらで触れ、腿へと這わせながら、イオネの首から胸へと啄むような口付けを繰り返した。
 イオネの皮膚が脈打つように震え、細い指が弱々しくアルヴィーゼの肩を押し返そうとしている。そんなことをしても男の情欲を煽るだけだというのに。――
 胸の先端を舌でつつくと、イオネの手から力が抜け、湿った唇が甘い声を発した。アルヴィーゼの指が誘われるようにイオネの中心へ伸び、まだ誰も触れたことのない肉体の奥へ侵入した時、イオネは喉の奥で悲鳴をあげて身体を強張らせ、腰を捻った。
「んぁ、やぁ…抜いて」
「まさか。これからだぞ、教授」
 柄にもなく興奮で声がひどく掠れた。女の中は狭く、きつく、そして熱い。胸に刺激を与えながら秘所の内壁を解すようにゆっくりと指を動かすと、奥から蜜がとろりと溶け出してアルヴィーゼの指を伝い、手の甲へ垂れた。
「はっ…ああ、やだ」
 イオネが羞恥と快楽の狭間で身体を震わせている。
 アルヴィーゼが胸から唇を離して床に膝をつき、イオネの脚を開いてその間に身を屈めた瞬間、不穏な気配を感じたイオネがアルヴィーゼの頭を引き剥がそうと手を伸ばした。
「な、なにするの」
 アルヴィーゼは無言のまま易々とイオネの手を解き、指を絡めて拘束し、閉じようとした脚をもう片方の手でこじ開けて、その秘所の中心に口付けをした。

「ああっ…!」
 信じられない。イオネは熱に浮かされたように声を上げながら、この野蛮な行為を受け入れ始めている自分の身体を厭わしく思った。
 公爵の言う通り、殺す気で抵抗すべきだし、怒るべきだ。それなのに、できない。暴れだした心臓が全身の力を奪い、この男から与えられる刺激を快楽に変じて血流と同化させている。
 身体が、自分のものではなくなってゆく。
 さらさらと柔らかい黒髪が下腹部をくすぐる感覚でさえ、鋭い刺激になった。
 舌が入り口の突起をつついて撫で、唇がそれを覆って吸った瞬間、イオネの頭の中に激しい火花が散った。今までに発したことのない高い声が喉から上がり、腹の奥がじくじくと熱を増して、こめかみが痺れ、またあの不可解な衝撃が襲ってくる。
 身体がびくりと大きく跳ねたのは、口付けされている場所のすぐ下に、アルヴィーゼの指が入ってきたからだ。先程触れられた時よりももっと深く、奥へとゆっくり侵入してくる。
「いや…!あっ――」
 痛い。それなのに、溶け出した蜜が内壁を敏感にさせ、痛みとは違う感覚を生んだ。入り口を舌で撫でられ、内側を指でなぞられているうちに、中からぞくぞくと震えが起き、嵐のような忘我が襲ってきた。
 心拍が有り得ないほどに上がり、身体が力を失う。自分をこんなふうにしてしまった男を詰ることもできず、イオネはくたりとソファに身を預け、アルヴィーゼの指が出ていったところからとろりと流れた自分の体液の感触に顔を顰めた。
 アルヴィーゼが寝衣のシャツを捲りあげたところから均整の取れた腹筋が覗き、よく鍛えられた胸が露わになると、ランプの灯りがその精悍な肉体に濃い影を踊らせた。
 どっ、とイオネの心臓が跳ね、指先が痺れた。男性の肉体を美しいと思ったのは、初めてだ。
 なぜか、鳩尾がまた痛くなる。胃の中で小さな生き物が暴れているように、ひどく落ち着かない。
 アルヴィーゼはソファに乗り上げ、イオネの視線を絡め取るように覆い被さった。
 イオネがその先に起こることを恐怖するよりも先に、アルヴィーゼは唇をもう一度塞いだ。歯の間から舌を捻じ込んで内部を蹂躙し、肌の上を撫でて、その意識を肉体の快楽へいざなった。

 甘美な吐息が唇を舐める感触と、小さく漏れるイオネの声が、アルヴィーゼの内なる獣性を呼び覚ます。神でさえこの誘惑には敵わないだろう。誰も知らないイオネ・アリアーヌの姿を、自分だけが知っている。
 それこそ、今この瞬間、この世に存在する事象の中で至上のものだ。
「んんっ…!」
 イオネが身を捩った。身体の中心に、前を寛げたアルヴィーゼの身体の一部が触れている。
「あっ!だ、だめ」
 アルヴィーゼは首を捻って言葉を発したイオネの唇を追いかけてもう一度塞ぎ、腿を掴んで脚を抱えた。イオネの身体が、小さく震えている。
「もうやめて。怖い…」
 イオネが初めて弱みを口にした瞬間だ。
 しかしアルヴィーゼはここでやめてやれるほど優しくもなければ、無欲でもない。それどころか、イオネのこの憐れな反応にどうしようもなく興奮した。今までこんなふうに嗜虐心を掻き立てられたことはない。これはイオネだけがアルヴィーゼにもたらす作用だ。
 アルヴィーゼの秀麗な貌に、暗く淫靡な笑みが広がっていく。
 気位の高い女がしかつめらしい顔を崩して、快楽と戸惑いの果てに囚われた姿は、なんと愛らしいのだろう。
「アリアーヌ教授――」
 低く官能的な声がイオネの耳を這って、肌の上に小さな興奮を奔らせた。
「もう遅い」
 アルヴィーゼの瞳の奥で、暗く炎が燃えた。今すぐこの女を手に入れると決めたのだ。彼女の貌が花咲くように笑みを広げた、あの瞬間に。――
「や。待って…あっ――!」

 この瞬間、イオネは叫ぶこともできなかった。
 熱く硬いアルヴィーゼの肉体がイオネの内部を侵し進み、押し広げていく。
 指で触れられたときとはまるで違う。肉体の触れ合う部分から焼け付くような衝撃と圧力が生まれ、鈍い痛みをイオネの膣内に刻んでゆく。
「目を開けろ」
 言われて初めて、目を瞑っていたことに気付いた。開いた視界に、アルヴィーゼの強い視線がある。黒い眉が苦悶するように歪み、呼吸を荒くして、何か堪え難いものに耐えているようだ。
 こんなのはおかしい。苦しいのはこちらの方だ。
「痛いか」
 アルヴィーゼが掠れた声で言った。
 当たり前だ。痛いに決まっている。わけも解らないうちに自分でも知らない身体の奥を暴かれ、手籠めにされているのだ。
 イオネは自分の真上でゆったりと笑むアルヴィーゼを恨みがましく睨め付けた。この男はどうかしている。
「ん、あ…!」
 突然身体がびくりと反応したのは、自分の内側でアルヴィーゼが張り詰め、更に奥へ進もうとしたからだ。
 アルヴィーゼの手が額に伸び、髪を避けて、そこに唇で触れた。
 精悍な肉体が雨雲のように広がって、イオネの視界を断つ。次に唇が触れたのは、イオネの頬だった。強引で、自儘で、野蛮な行為をされているのに、触れる唇は奇妙なほど優しかった。
「ゆっくりするから、息をしろ」
 イオネはアルヴィーゼの視線に囚われたままゆっくりと息を吐き、奥へ押し進んでくるアルヴィーゼを受け入れた。
 重なってきた身体が熱い。吐息が頬を滑り、柔らかい唇が首に触れて肌をざわつかせると、内部に刻まれる痛みの底から別の感覚が生じて、イオネの意識を支配し始めた。
「は…」
 アルヴィーゼの熱い吐息が夜気に溶けていく。この夜の海にかかる霧のような声が、イオネの胸を苦しくさせる。
「力を抜け」
「んん、無理…」
 イオネが首を振ると、アルヴィーゼがふ、と吐息で笑った。
 鳩尾が引き絞られるように痛くなり、身体の中にあるアルヴィーゼの存在が強く焼き付けられる。
 アルヴィーゼの指が繋がっている場所の上部を撫で、乳房の先端に舌を這わせた瞬間、イオネの身体のあらゆる器官が激しく反応し、同時にアルヴィーゼを身体の一番奥へと迎え入れた。
 アルヴィーゼは深く長い息をつき、イオネの中心に緩やかな刺激を送り続けている。
 乳房に吸い付いていた柔らかい唇が、イオネに優しい快感をもたらしながら鎖骨の下を啄み、首に触れ、顎を辿って、唇に重なった。
 イオネの腹の奥がじくじくと疼き、アルヴィーゼが緩やかに始めた律動に、イオネの身体も同調を始めた。
「あっ…ん…」
 声が甘い熱を帯びている。
 アルヴィーゼは何度か緩慢な律動を繰り返してイオネの内部を解すことに集中しようとしていたが、重ねた唇の下でイオネが蕩けるような声を発した瞬間に、箍が外れた。
「くそ」
「ん…!」
 アルヴィーゼは唇を押し付けて更に深く口付けし、腰を引いて更に強く奥へ押し込んだ。
 イオネは衝撃に耐えかねて腰を反らせ、身体を捩って逃れようとしたが、アルヴィーゼの腕が腰に伸びてきて拘束し、強く奥を突いた。

「あっ――!」
 これは、イオネの更なる未知の領域だ。舌を絡められて息もできないまま、身体の一番深い部分にアルヴィーゼが到達し、肉体のありとあらゆる器官を略奪するような激しさで繰り返しそこを打ち付けている。
「う、うそつき…!」
 ゆっくりすると言ったのに、大嘘だ。
 どういうわけかイオネの身体は押し開かれていく痛みを享受し、身体の奥がこの堪え難い衝撃に溶け出して、二人の境界を曖昧にした。
 唇を解放された後、イオネの目に映ったのはアルヴィーゼの貌だった。
 いつもの不遜な笑みはなく、何か懊悩するような影をその眉の下に作り、黒いまつげに縁取られた海のような瞳が海上の漁り火のように激しく燃えて、イオネの心身を焦がすほどの熱をその肌に移した。
 泣き出したいほどに鳩尾が痛くなる。アルヴィーゼのもたらす律動が痛みを凌駕してイオネの身体に嵐を起こし、緊張を始めた身体が脳を冒した。
 何かにしがみ付いていないと耐えられない。イオネはほとんど無意識のうちにアルヴィーゼの硬い腕を掴み、隙間なく重なってくる熱い肉体に腕を回していた。
 大きな手のひらが乳房を覆って中心の実を撫で、身体の奥でアルヴィーゼの硬く大きな熱が暴れている。
 強い衝撃に悲鳴を上げた瞬間、柔らかく目を細めたアルヴィーゼの顔が見えた。熱い手が頬を包み、唇が左の頬に触れ、低く官能的な声が耳朶を這う。
「覚えておけ、教授。誰がお前にこの痛みと快楽を刻んだか」
 ぎゅう、と身体の内側が引き絞られたような激しい反応の直後、アルヴィーゼの一部が最深部を抉るような強さで何度も打ち、イオネの意識は今までで一番大きな忘我に放り込まれた。真っ白な嵐に、身体ごと放り出されたような感覚だった。
 アルヴィーゼが唸るような荒い呼吸をし、身体の中で震えている。アルヴィーゼの脈動が重なった肌を伝って体内に響き、腹の奥に熱が満ちてゆく。
 食らいつくされるような口付けが降ってきた時、イオネは急激に襲ってきた眠気に抗うことなく、その目を閉じた。
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