王城のマリナイア

若島まつ

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七十、ファミリア - la famiglia -

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 父親が現れた翌日、アルテミシアは予告通り朝からドナの家へ行き、昨日から泊まっていたロベルタと三人でナッツの蜂蜜漬けと紅茶の乗ったティーテーブルを囲みながら事のあらましを話した。ロベルタは「大事な客人が来た」とだけドナに伝えていたらしい。ドナはアルテミシアの実の父親が現れたと聞くや、椅子から転げ落ちそうなほどに驚いていた。が、すぐに背筋をピンと伸ばして座り直し、
「お祝いの準備をしなければなりませんね」
 と神妙に言いながら目を光らせた。明日の夕方にはロベルタと一緒になって食べきれないほどの料理を作るに違いないとアルテミシアは思った。
 アルテミシアがロベルタを馬に乗せて母親の農場へ帰ってきたのは、陽が落ちる頃だった。マルグレーテとジュードは満面の笑みで二人を出迎えた。理由は、語らずとも分かる。
「明日、役所へ行って婚姻の書類を提出します」
 と、マルグレーテが言った。この母らしい淡々とした口調だったが、頬は紅潮し、目は優しく弧を描いて、この上なく幸せそうだ。隣に立つジュードも穏やかに笑いながら、優しい目でマルグレーテを見つめている。
「それでこのまま、ここで暮らそうと思うんだ。ほら、僕は獣医だから、牧場には最適だろう?」
 ちょっと照れたように冗談めかしてジュードが言った。
「ああ、最高の日ですわ!」
 ロベルタが涙ぐんで二人を祝福した。
 アルテミシアは言葉を発するよりも先に、二人を強く抱き締めた。
「おめでとう。嬉しいよ」
「ありがとう、アルテミシア。お前のお陰よ」
 マルグレーテが言った。
「お前がこの道を開いてくれた。夫を再びわたしのもとへ導いてくれたのよ」
 アルテミシアの目の奥が熱を持ち、温かい涙となって頬へ落ちた。ようやくこの旅の価値が分かった気がする。懊悩し、心の奥に棲みついた亡霊に恐怖するばかりだった旅が、まったく別のものへと変わった。
 今は自分が何者であるのか、はっきりとわかる。

 両親が正式に夫婦となり、婚礼の準備が始まった。
 アルテミシアが驚いたのは、二十二年前にエマンシュナの海で日記の切れ端に書いた結婚証明書をジュードが後生大事に持っており、しかもそれが役所で正式な書類として認められたことだった。この古ぼけた紙切れに証人としてアルテミシアがサインをし、日付を新たに書き入れただけで、栗色の髭を生やした役人は神妙に頷いてルメオ共和国のグリフィンとオリーブの紋章の判を押し、一言「新たな旅立ちを祝福します」と言って微笑を浮かべた。
「人生がまた始まったみたいだ」
 と、ジュードは笑った。
 夫妻はこの日のうちに祭場を決めた。トーレ港を見下ろすように建てられたオスタ教の神殿だ。オスタ教は海の女神オスイアを主神とし、航海士や貿易業者など、海に関わる仕事をする者や、海沿いの地域に暮らす人々が多く信仰する。無論、トーレの人々も例外ではない。だから、トーレの海沿いには美しい神殿がいくつも存在する。夫妻はそのうち最もトーレ港に近く、最も小さく美しいオスイア・エランドラ神殿を選んだ。三月になる頃には海辺の白い花が咲き乱れていっそう美しいという。
 ジュードはすぐに故郷へ結婚の報せを送った。
「きっと飛んでくるよ。任務が終わったら長期休暇を取ると言っていたし、子供たちはずっとトーレに憧れていたから、賭けてもいい。絶対に家族総出で来る」
 ジュードが言った通り、四日後にはバロー医師とその妻子がトーレへやってきた。トーレとジュードたちの故郷グリュ・ブランは、海路を取れば三日とかからない。幸い、ここ数日は海が荒れていなかったから最短日数で航行できたらしい。が、アルテミシアの予想よりずっと速かった。本当に飛んできたようだ。
 バロー医師は一家をトーレ港で出迎えたアルテミシアを見るなり相好を崩した。軍装でないバロー医師は、ますますジュードとそっくりだった。二人揃って襟のないシャツがお好みらしい。
「やあ、ミーシャ。まさかこんなに早くまた会えるとは思わなかったよ。それも、まさか叔父と姪としてだなんて」
「ほんと、びっくりですね」
 アルテミシアは顔中で笑った。
「まあでも、正直――」
 と、バロー医師は少しだけ気まずそうに頬を掻いた。
「自分でも理由はよく分からなかったけれど、君とは何かあると思っていたよ。バルカ将軍にやきもちを妬かれるぐらいにね。真相が分かって、安心した」
 バロー医師が穏やかな目をにっこりと優しく細めた。アルテミシアは顔を赤らめた。
「早速だけど、落ち着いたら君の診察をするよ。君のことだ。どうせあれ以来医師に診せていないだろう?」
「もうどこも悪くないですよ」
 バロー医師はアルテミシアの瞳を覗き込んだ。
「確かに、ずっと良さそうだ。でも心には継続的な――」
「いいから、父さん」
 と、バロー医師と同じくらいの背丈の息子が割って入った。
「早く僕たちに従姉を紹介してよ。心の問題ならジュード伯父さんの方が詳しいんだから伯父さんに任せておきなって」
 バロー医師の長男はアルテミシアより二つ年下の十九歳だが、眉が太く目つきが鋭く、おまけに赤い前髪を官僚のように七三でキッチリと分けているために、十は年上に見える。しかし、バロー医師がアルテミシアを紹介すると、ぱあっと顔を輝かせ、少年のような表情を見せた。
「初めまして、ミーシャ。僕はアレクサンドル・バロー。みんなからはサーシャって呼ばれてる」
 サーシャが差し出した手を取って握手をした。
「わたしはアルテミシア。ミーシャだよ」
「ははっ、名前も似てるね」
 屈託なく笑ったサーシャの顔は、父親たちによく似ていた。笑って少年っぽさが増すと、自分と姉弟だと言っても違和感がないほどによく似ている。父親と同じ顔をした叔父の息子が従弟だなんて、へんな感じだ。
 その後ろから、もう一人の少年が顔を出してペコリと無言で頭を下げた。ヘーゼルの瞳を縁取る目の形がクロードとジュードによく似ている。髪の色は、アルテミシアとそっくりの、ほんのり赤みのある金色だ。
「こっちは弟のイヴ。もう十四になるのに、人見知りなんだ」
 サーシャが困ったように言った。イヴは感情をあまり表に出さない質らしいが、アルテミシアの顔を不思議そうに見ているのは分かる。
「なんか、…へんなの」
「おい、失礼だろ」
 サーシャが弟を叱り付けると同時に、イヴの頭を後ろからペンッ!と叩いた人物がいた。
 バロー医師の妻だ。赤褐色の髪を後ろでひっつめて結い、エマンシュナの優美なグレーのドレスを上品に着こなして、目元を穏やかに細めている。
「ごめんなさいね、うちの愚息が。わたしはクロードの妻のカミーユよ」
 カミーユは右手をアルテミシアに差し出して握手を交わした。優しい微笑みとは裏腹に、その左手は自分と同じくらいの背丈のイヴの襟首を思い切り掴んでいる。
「だって、へんだよ。父さんとジュード伯父さんはほぼ同一人物みたいなものなんだから、僕らはふつうのいとこよりも姉弟に近い存在じゃないか?それなのにいとこって、なんかへんなかんじだよ」
「それ、わかる…」
 アルテミシアが頷くと、イヴは後ろの母親に向かって「ほら」と肩を竦めて見せた。
「まったく、お前ときたら。せっかく会えた従姉なんだからもっとちゃんとしなさい!」
「ちゃんとって?もっと具体的に言ってくれなきゃ」
 と、イヴが揚げ足を取った。カミーユはいっそうにっこりと恐ろしげに笑うと、次男の胸ぐらをがっちりと掴み、低い声で言った。
「痛い目を見たいのかしら?ジュードの婚礼の前にドレスを息子の血で汚したくないのだけど」
 この母子のやりとりを見ながら呆気に取られているアルテミシアの肩を、バロー医師とサーシャがポンと叩いた。
「悪いね。いつもこうなんだ」
「そうそう。行こ、ミーシャ」
 サーシャが怒れる母と平謝りを始めた弟を尻目に、アルテミシアの手を引いて港に停まっている辻馬車の方へと向かって行った。
 しかし、アルテミシアにはイヴの気持ちがよくわかる。一度も会ったことがないのに、従弟よりも兄弟という感じがするのだ。

 バロー一家の長期滞在が始まると、マルグレーテの家は一気に賑やかになった。
 この日のために骨を折ったのは、近所のジンガレリ家の男たちだ。
 農場の中にあるこの大きな家はかつての農場主が多く雇っていた従業員の寮として使われていたために、一人が十分快適に過ごせる程度の客間が合わせて十二部屋もあるが、女三人で暮らしているだけの家だったからベッドやテーブルや椅子が全くもって足りなかった。そのために、多くの調度品を求めてアキオ通りの市場やアレブロに近い市場へ行ってアルテミシアが荷馬車を業者から三台も借りて買いに行き、搬入やら家具の移動やらをヴィンチェンゾをはじめとするジンガレリの男たちが総出で手伝ってくれたのだ。
 荷物を運び込んだ後、クロードは宣言通り、ジュードがマルグレーテと出掛けた隙にアルテミシアを自分と妻に用意された客間に呼び出して診察を始めた。あちこちについていた擦り傷や切り傷が残っていないか肌を調べ、下目蓋を引っ張って目の下を見、耳の下を触って腫れが無いかを調べた。
「父さまがいるとだめなの?」
 アルテミシアが訊くと、バロー医師は苦笑した。
「君の診察に立ち会うって言われると面倒だからさ。僕の患者のことに口を出されて口論になるのを避けたいんだ。これまで存在も知らなかったのに――いや、だから・・・だね。とにかくあいつは、娘が可愛くて仕方ないんだよ」
 アルテミシアはきょとんとした。言われてみれば、羊の世話をするにしてもシャロンやヴィンチェンゾの家の手伝いをしに行くにしても、いちいちついてくる。アルテミシアには町のことや人を知りたいからなどと理由を付けていたが、本来の目的は娘のことを知るためだったのだ。
(遠慮しなくていいのに)
 つい、可笑しくなった。
「…バルカ将軍は、君がここにいることを知ってるのかい?」
 バロー医師が広げたドレスの襟からアルテミシアの右肩を覗き込んで訊ねた。矢がサゲンの肩を貫通してアルテミシアに付けた小さな傷は、既に見えなくなっている。
「何も言わずに出てきちゃいました」
 アルテミシアが襟を直しながら目を伏せた。
「ねえ、ミーシャ。君はひどい経験をして、心に大きな傷を負ったんだ。環境を変えたことは、僕は英断だったと思う。回避は逃亡とは違うんだ。君は自分の判断を負い目に感じる必要はないよ」
「診察じゃなくて、そっちが本題ですね」
 アルテミシアが言うと、バロー医師が肩を竦めた。
「気にしているんじゃないかと思ったんだよ。君がここにいるとジュードに聞いた時から」
「帰ったら、ちゃんと分かってもらえるように努力します。受け入れてもらえればだけど」
 バロー医師は頷いてアルテミシアの肩を優しく叩いた。
「大丈夫さ。彼は君のことを誰よりも大事に想っているよ。それに、彼が君を諦めるとは、到底思えないしね」
 アルテミシアは叔父に向かって気弱に笑って見せた。

 マルグレーテとカミーユは初めての夕食の席で意気投合し、翌日には婚礼の衣装に使う生地を揃えるために二人で街へ出掛けて行った。周囲を巻き込むのが上手いカミーユは、ドレスの生地を買ったら町中の人に仕立てを手伝ってもらうつもりでいるらしい。しかし、アルテミシアはこの二人の目的の中に人気の役者が出る舞台の観劇が含まれていることを知っていた。事実、生地を買いに行くだけにしては二人ともやけに化粧を濃くし、手持ちの中で一番いいドレスを着て行った。
 サーシャは初日にシャロンと挨拶を交わして以来、アルテミシアに彼女のことをあれこれと聞いてくる。更には、初めての大都市トーレを堪能するための案内役としてシャロンを指名した。なかなかに積極的だ。シャロンが知り合ったばかりの男と二人で街に行くことに対してヴィンチェンゾが難色を示したので、アルテミシアもヴィンチェンゾと一緒に二人について行ってやることにした。
 イヴはと言えば、地元グリュ・ブランの工房に弟子入りするほど絵が好きらしい。ロベルタの用意した弁当を持って、港や広場や家々の立ち並ぶ路地などいろいろな場所に足をのばして日がな一日スケッチをして過ごしていた。
 朝食と夕食は全員揃って食べるというリンド家とバロー家の決まり事に関しては、ジュードとクロードは特に厳しく取り締まった。ドナやシャロンやヴィンチェンゾが遊びに来ているときも例外ではない。大人数の賑やかな家族の食卓は、アルテミシアにとっては初めてのものだった。
 また、アルテミシアはバロー医師のことを「クロード叔父さん」と呼ぶようになった。「バロー先生」では、同じく医師であるカミーユと、医学生で診療所の助手も務めるサーシャとも区別が付かないというのだ。
 ジュードとマルグレーテは時々アルテミシアや従弟たちがいたたまれなくなるくらい熱い視線で見つめ合うが、それも苦笑して受け流せるくらいには慣れてきた。愛し合う両親のそばにいられるのは、幸せなことだ。家族が増えたのも嬉しいし、毎日が楽しい。それなのに――
「心の底から笑えない…」
 と、アルテミシアは膝を抱えた。間もなく落ちようとする夕陽が、牧草の上に座るアルテミシアとシャロンの影を長く伸ばしている。既に牧場の羊たちは熱心な牧羊犬たちによって家畜小屋へ帰され、仕事を終えた三匹の犬は湯気の立つ紅茶のカップを手にする二人の傍らで果物や野菜や穀物の混ざった夕食に行儀良くありついていた。
「返事来ないの?」
 ふうふうと蜂蜜酒入りの紅茶を冷ましながらシャロンが言った。二人の間には瓶に入ったナッツの蜂蜜漬けが置いてある。
「来ない」
 アルテミシアは両膝の上に乗せた温かいカップに額を付け、くぐもった声で答えた。カップを両手で押さえているから、まるで酒入りの紅茶を押し戴いて神に捧げているような格好に見える。
 ジュードがトーレへ現れてからというもの、毎週のようにオアリスのサゲンの元へ手紙を送っている。内容は、最初の手紙を除けば近況とご機嫌伺いの簡単なものだが、最初の手紙を出してから間もなく二か月が経つ。
「届いてないんじゃないの?海もずっと荒れてたし」
 シャロンが言った通り、一月から二月の中旬まではトーレ地方や海の沖の方で荒天が続き、船の貨物が大きく遅れていた。それでも、最初の手紙はとっくに着いても良い頃だ。凍てつくような寒さはとうに去り、時節は春を迎えようとしている。今も、まだ冷たさの残る風に乗ってどこからともなく咲き始めた花の香りが漂い、草木を春めかせている。
 シャロンは瓶から小さなスプーンで蜂蜜漬けのナッツを一つ取り出してぱくっと口に放り込み、もぐもぐとしながら隣のアルテミシアを見た。ここへ来た当初は強気で鼻持ちならない女だと思っていたが、今はなんだか友人の妹の面倒でも見ている気分だ。
「ほんとうに嫌われちゃったのかも…」
「これだけ長いこと会ってないんだからお色気司令官の中ではあんたとのことが終わったことになってるかもねぇ」
 シャロンはニヤリとしながら言った。
「その呼び方やめて」
 と、アルテミシアが消え入りそうな声で言った。
「もう、なによ。あんた、それはその時だみたいなこと言ってなかった?取られたら奪い返すとかなんとかって」
「あの時は、すぐに帰るつもりで奮い立ってたから…。時間が経てば経つほど自信がなくなってくるんだよ」
「ヘタレ」
 シャロンが呆れたように言った。
「そうみたい…」
「そんなんで、ほんとに海賊と戦ったの?」
 シャロンにはとても想像がつかなかった。が、裏を返せばシャロンにはそういう面を見せられるほどに気を許している証拠だ。
「…まあ、いいんじゃない?自分に正直になったってことでしょ」
 アルテミシアは溜め息混じりに苦笑しながら、シャロンがからかい半分で笑うのを聞いた。
 確かに、トーレへ来た頃とはいろいろなことに対する感じ方が違う。過去のことに感情を強く揺さぶられることが少なくなったせいか、以前よりも自分のことを客観的に見ることができるようになってきた。が、それ故に増えた苦悩もあった。サゲンや仲間たちへの罪悪感だ。これが、日に日に重くなり、サゲンのことを考えると心臓から血が溢れるような錯覚に陥る。新たな問題は、これだ。
「グレタとジュードの婚礼が終わったらすぐに帰るんでしょ?悪いことを色々と考えるよりも、真っ先に走って行って‘大好き!’って言いながら抱きしめたらいいのよ。男なんて、けっこう単純なんだから」
 シャロンが自分で両腕を身体に巻き付けるようにして、情熱的な抱擁を一人で真似て見せた。
 アルテミシアは、サゲンの腕の中を思い出した。
 あの硬くて熱い両腕が、どうやって身体ごと包み込んでくれるか、大きな手のひらがどれだけ優しく髪を撫でるか、どんなに甘い声で、熱で、アルテミシアに愛を伝えるか。
 二度と会えなくても仕方がないと覚悟していたのに、離れてみて思い知ったのは、全く逆のことだ。次に会えたら、もう二度と離れたくない。苦しいくらいに強く抱き締め合って、息もできないほどキスがしたい。サゲンを永遠に自分だけのものにしたい。拒絶されたところで、諦められるはずがない。
 少し前までは、口に出すことができなかった。心が醜い自分はただの勝手な欲望でしかないサゲンへの激しい感情を吐露するに値しないと、頭のどこかで思っていたからだ。
 しかし、今は違う。
 アルテミシアがぽろりと本音を零すと、熱い紅茶を飲み込んだばかりのシャロンがフウ、と口から湯気を吐いた。
「そんなのあたしに言ったってしょうがないでしょ。帰ってから本人にそっくりそのまま伝えなさいよ。まったくウジウジと、めんどくさいんだから」
「…シャロンはなんだかんだ優しいから、頼っていろいろ話しちゃうんだよね。聞いてくれるだけで楽になるよ。ありがと」
 アルテミシアが膝に顎を乗せて微笑むと、シャロンは顔を赤らめた。
「うっ、うるさいなあっ」
「そういうシャロンだってさ――」
 と、アルテミシアは瓶からナッツを一つ掬った。
「ヴィンスと最近いい感じじゃない。ヴィンスのやつ、サーシャに嫉妬してたもん」
 アルテミシアがぽりぽりとナッツを食べながら言うと、シャロンの顔色がみるみる変わり、耳まで赤く染まった。
「やっぱり、素直がいちばんだよね」
 そう言って、アルテミシアは夕と夜の境目を見上げた。薄く伸びる雲間に、金星が明るく輝いている。
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