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五十一、なんでもないもの - moi qui ne suis rien -
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夜半になってテオドリックが城へ帰ってきたとき、キセは自室の東北側の壁に向かって祈りを唱えていた。足元に置かれた燭台の火は小さくゆらめき、そろそろその寿命を全うしようとしている。
「起きてたのか」
奥の扉から顔を出したテオドリックを見て、キセは薄い寝衣のまま一直線に近寄り、その胸に飛び込んだ。
「おかえりなさい」
テオドリックはキセの身体を両腕で包み、ゆるく波打つ黒髪に顔を埋めて花のような匂いを嗅いだ。
「沈んでいるな」
「はい。…少し」
キセはテオドリックの胸に頬を寄せ、俯いた。
「その様子だと兄上の決意は固いようだ」
「はい」
と、キセはテオドリックの胸に顔を押しつけてモゴモゴ言った。
「妹のキセはお兄さまの心が望むままに従って欲しいと思っています。でも、エマンシュナの王太子妃になるキセは、お兄さまの未来のイノイル王としての理性的な判断を支持します。ですから、女神さまの娘として、お兄さまの進む道へ祝福があるよう祈りました。わたしはまた祈るだけ…。なんだか歯痒いです」
テオドリックはキセの身体をきつく抱き、前髪を分けて額にちょんとキスをした。
「今、俺にしがみついてるのは何のキセだ?」
「なんでもないキセです」
思わずテオドリックの顔に笑みがこぼれた。
「なんでもないキセ?」
「あなたと二人でいると、わたしが王女でもオシアスでも、妹でも姉でもなく、なんでもなくなる気がするんです。ただのキセでいていいんだって思えて、安心します」
だから、兄にもそういう存在がいて欲しい。そう願わずにはいられない。信頼、友情、恋しい気持ちも、愛も、全てを感じられる存在と出逢えたなら、それは奇跡だ。
「俺の前ではいくらでも、なんでもないキセでいていいぞ」
そう言ってキセをきつく抱きしめたテオドリックは、‘至福’を絵に描いたような顔で笑っていた。キセは胸がきりきりと切ないほど嬉しかった。肉親への愛や友愛とは違う種類の愛情が、泉のように湧き上がり、太陽のように胸を熱くし、じっとしていられない気持ちにさせる。これがどういう愛情なのか、キセはもうわかっている。
キセはきつくテオドリックの身体に腕を巻きつけ、ぎゅっと抱きしめた。
「きゃ!」
と、足が突然宙に浮き、キセは短く叫んだ。
「テオドリック!」
気付けばテオドリックの肩に担がれ、寝室のベッドへ運び込まれようとしている。
「まあ、だが、そんなふうに安心しきられると乱してやりたくなるな」
「そんな、――あ!」
テオドリックはキセの身体をベッドに下ろし、サッと天蓋のカーテンを引いた。淡い色使いのカーテンの奥から柔らかく漏れる燭台の灯りがキセの白い頬に昇った血色を照らし、目元に伸びるまつ毛の影を煙るように映し出した。
キセは迫ってきたテオドリックの唇を受け入れ、自分から上下の唇に吸い付いた。テオドリックの舌が入ってくると、キセはぞくりとせり上がる甘やかな感覚に唸り声をあげ、その胸に縋りついた。
「…いつもしています」
キセが浮かせた唇の隙間から細い声で言った。
「何?」
そう訊き返したテオドリックの声が掠れている。キセの鳩尾がぎゅうっと痛いほどに締め付けられる。
「ドキドキしてます。テオドリックといると、いつも…」
テオドリックを近くに感じるだけで、心臓がばくばくと脈打って身体中の感覚をたった一人に集中させ、他のことを忘れさせてしまう。
「今も」
キセの瞳の中に夜空の星のような光が輝いている。さやさやとそよぐようなキセの声が、テオドリックの心をざわめかせる。
「心が安らぐのにドキドキして落ち着かないなんて、変でしょうか…」
ぐら、とテオドリックは目の前が揺れたような気がした。気付いたときにはキセの身体をベッドへ押し付け、寝衣の襟を留める紐を解いていた。
キセの唇を塞ぎ、甘い吐息を肌で感じながら、開いた襟の隙間からキセの胸に手を這わせた。キセが喉の奥で小さく叫ぶと、ぞくぞくとテオドリックの背を興奮が駆けていった。
「俺は、あんたの前ではただの男だ」
「ふふ。では、なんでもないテオドリックですね」
キセが両手でテオドリックの頬を挟み、花が綻ぶように笑った。頬が桃色に色づき、瞳が官能的に潤んで、いくつも光を孕んでいる。
(ああ、まずい)
テオドリックは己の自制心の脆弱さを呪った。
――ただの男?獣の間違いだ。
ほんの一週間キセに触れられずにいただけで、苦しいほどに欲望が膨れ上がる。キセが笑えば、全て欲しくなる。
このまま一秒でもキセに触れていたら、手酷くしてしまう。しかも多分、朝まで放してやれない。暫くぶりの行為でそんなことになれば、まだそれほど身体が慣れていないキセに苦痛を与えることになる。ここでその危うさを自覚できたのは、もはや奇跡と言える。
「…湯浴みをしてくる」
苦汁を嘗めるように言って離れようとしたテオドリックの袖を、キセがそっと掴んだ。
「あの…」
キセはテオドリックの目をまっすぐに見て、すぐに恥ずかしそうに俯いた。乱れた黒髪がベッドに広がっている。
「お、落ち込んでいるので…、もう少し一緒にいて欲しいです」
みるみるうちにキセの耳までが茹で蛸のように赤くなった。それが白い胸元まで広がり、キセの身体の奥の奥まで暴いてしまいたい衝動を大きくした。
「…月のものは」
「もう終わりました」
「痛みはもうないのか」
「全然。大丈夫です」
「…俺はまだ風呂に入っていない」
理由をつけて身体に燻る凶暴な熱を少しでも冷まそうとしたが、これが逆効果だったとすぐに思い知らされた。
キセはテオドリックの首筋にすり、と顔を擦り寄せ、息を吸った。このくすぐったい接触が、無様なほどにテオドリックの欲望を増長させた。
「でも、テオドリックのにおい、好きです。落ち着きます」
ぷつりとなにかの糸が切れたような気がした。それが何か自覚する間も無く、キセの唇を噛み付くように奪い、既にはだけた寝衣の襟を大きく開いてずり下ろし、胸からキセの肌を暴いていった。
舌をキセの唇から潜り込ませて内部を探り、根元からぞろりと舐めると、キセは自分からも舌を伸ばして応え、苦しそうな呼吸の合間に喘いで酸素を求めた。
「ん、は…」
「俺がせっかく自制しようとしているのに、煽ったのはあんただ。どうなっても知らないぞ」
「あお――」
煽っていません。と否定しようとしたのを、テオドリックは許さなかった。
「あ!」
テオドリックの長い指が胸に触れ、先端を撫でるように掠めた。テオドリックがそこに吸い付いて舌を這わせると、ぞくぞくとキセの身体が興奮に震えた。
「ン…ふ」
暫く触れられていなかったせいか、少しの刺激でひどく反応してしまう。指を噛んでいないと高い声が上がってしまいそうになる。
「――っ、ん!」
テオドリックがキセの乳房の中心で硬くなった先端に歯を立てた。
はっ、とキセが大きく口を開けて全身を火花のように巡る快感を逃そうとしたが、テオドリックの指が今度は秘所に触れてきたので、堪らず悲鳴を上げた。
「心配する必要はなかったか」
キセの内部は既に滴るほどに潤い、テオドリックの指を濡らしている。つ、と抵抗なくテオドリックの指が中へ入っていくと、キセの口から恍惚の呻きが漏れた。
「いつからこんなにしていた」
「わ、わかりませ…んう!」
入り口の上部の突起を撫でられ、キセの肌がびくびくと震えた。
「まだ狭い」
テオドリックのどこか苦悶するような呟きが、なおさらキセの心臓を締めつける。息をするのもやっとだ。こんなにドキドキするのに、この腕の中が世界で一番安らげるなんて、やはり矛盾しているかもしれない。
テオドリックの絹糸のような金色の髪がさらさらとキセの胸元をくすぐり、柔らかく官能的な唇が肌を啄むように、時折強く吸い付きながら胸を伝い、脇へ、腰へと下りていく。その間も中心に埋められた指がキセの奥の柔らかい部分を解すようにゆっくりと動き、キセの身体を甘く蕩かした。
肌の上を這う唇が臍の下に辿り着いた時、キセはびくりと身体を跳ねさせて腰を引いたが、テオドリックがキセの細い腰を掴んでそれを許さなかった。
「あっ…!待っ――んん!」
強烈な刺激だった。キセは指を噛んで悲鳴を押し殺した。
テオドリックが舌で触れたのは、キセの秘所だった。奥に埋める指を増やして硬くなった実を吸うと、内部が蠢いてテオドリックの指を締め付け、奥から蜜を溢れさせた。
頭上で聞こえるキセの息遣いが、肌の温度が、テオドリックの血を沸き立たせる。そこを啄むのと同時に奥の柔らかいところをつつくと、キセが腰をくねらせて喘いだ。
「あっ、も、もう、やっ、だめです…!」
キセの懇願をテオドリックは無視した。これをしていると顔が見られないのが残念だ。今頃可憐な顔を淫らな熱に蕩けさせているはずなのに。それにしても、顔も見えないのにこんなに可愛いのはどういうことなのだろう。荒く呼吸する度に上下する柔らかな肌の感触でさえ、愛おしくて堪らない。
テオドリックがそこに舌を這わせながら強く吸った時、キセの頭の中で大きな火花が散り、同時に全身を恍惚が襲った。
「ふっ…!う」
キセの内部がびくびくと蠢いてテオドリックの指を締めつけると、テオドリックはそこから離れてもう一度キセの身体中に雨のようなキスをし、煩わしい絹の上衣とシャツ、それからズボンをバサバサと脱いで寝台の隅に投げ捨てた。
天蓋のカーテンの向こうから差す燭台の仄かな灯りがテオドリックのよく鍛えられた肉体に深い陰影を作り、荒い息遣いと共にその筋肉の隆起が上下して、影が小さな伸び縮みを繰り返している。
(なんてきれいな身体)
絶頂の甘い余韻にぼんやりとしながら、キセは見入った。今からあの美しく官能的な肉体が自分に何をするのか考えただけで、散々に感じさせられたばかりだというのにまた腹の奥から欲望が溢れてくる。
ふと、膝で立ち身繕いを終えたテオドリックと視線が合った。
テオドリックは困ったような怒ったような、それでいてひどく上機嫌にも見える、形容し難い表情でキセを見下ろした。
「それも‘ありのままのキセ’か」
「え?」
「その顔は、俺だけのものだぞ」
「なに――あ!」
息もつかせず脚を押し上げ、テオドリックはキセの奥へ押し入った。
「はっ…」
ぶる、と、あまりの気持ちよさに震えが走った。
キセの中は熱く柔らかく、テオドリックの身体をぴったりと包み込んでくる。テオドリックが少し腰を引いてゆっくり奥へ入ると、キセが喉の奥で唸って内部を締め付けた。
これはキセだ。
王女でも王太子妃でも、オシアスでもない。
何者でもないただのテオドリックという名の男を愛する、なんでもないキセという女だ。
「あ、あっ…テオドリック…」
身体の奥を突くたびに、キセが上擦った声で甘えるように鳴いた。柔らかい手のひらが背中に触れてしっかりと掴まり、律動の激しさに耐えている。
テオドリックの心臓が引き絞られ、キセへの愛おしさが身体中に溢れて胸が熱くなる。
こんな気持ちになるのは後にも先にもキセ・ルミエッタただ一人だ。
初めて逢った時に、誰にも感じたことのない奇妙な感情を抱いたことを、テオドリックは覚えている。それが何だったのか、今わかった。
キセの前では、自分は最初からただのテオドリックだった。
王太子として彼女に求婚したはずだったが、あの日、月夜の海で祈りを捧げるキセの腕を引いた瞬間に、テオドリックはなんでもないただのテオドリックになったのだ。
「キセ――」
テオドリックはキセの熱くなった身体をきつく抱きしめ、とろりと甘い顔をしたキセの唇を自分の口で覆った。キセが呼吸を荒くしながら舌を伸ばしてそれに応え、腰を揺らしてテオドリックを更に奥へと導いている。
ぐ、とテオドリックが奥へ進むと、重なった唇の下でキセが叫んだ。
あわあわと意識がキセに溺れていくさなか、唇の隙間から心の一端がこぼれ落ちるように声となって外に出た。
「愛してる…」
とても言葉になっていたかわからない。ただのうわごとのようでもあった。
が、キセに伝わったことはわかった。キセが頬を染め、星空のような瞳から星が落ちるように涙を流したからだ。
「キセ、あんたを愛してる」
テオドリックはもう一度、今度は明瞭な声色で言った。
「はい。わたしも――」
キセは繰り返される律動に小さく声を上擦らせた。
「愛しています。テオドリック…」
今度はキセから深い口付けをした。
胸が痛くなるほどの想いも、身体中を灼く欲望も、溢れて止まらない温かい感情も、すべてテオドリックのものだ。
なんでもない、ただのテオドリックの。――
テオドリックが呼吸を熱くし、キセの両脚を肩に担ぎ上げて一番奥を叩きつけ、美しい貌を快楽に歪めて呻き始めた頃、キセも襲ってきた真っ白な快楽に全てを委ね、テオドリックの熱情を歓喜に震えながら身体の中に受け入れた。
これほどの幸福を分かち合える存在と出逢えたことを、奇跡と呼ばずに何というのだろうか。
「起きてたのか」
奥の扉から顔を出したテオドリックを見て、キセは薄い寝衣のまま一直線に近寄り、その胸に飛び込んだ。
「おかえりなさい」
テオドリックはキセの身体を両腕で包み、ゆるく波打つ黒髪に顔を埋めて花のような匂いを嗅いだ。
「沈んでいるな」
「はい。…少し」
キセはテオドリックの胸に頬を寄せ、俯いた。
「その様子だと兄上の決意は固いようだ」
「はい」
と、キセはテオドリックの胸に顔を押しつけてモゴモゴ言った。
「妹のキセはお兄さまの心が望むままに従って欲しいと思っています。でも、エマンシュナの王太子妃になるキセは、お兄さまの未来のイノイル王としての理性的な判断を支持します。ですから、女神さまの娘として、お兄さまの進む道へ祝福があるよう祈りました。わたしはまた祈るだけ…。なんだか歯痒いです」
テオドリックはキセの身体をきつく抱き、前髪を分けて額にちょんとキスをした。
「今、俺にしがみついてるのは何のキセだ?」
「なんでもないキセです」
思わずテオドリックの顔に笑みがこぼれた。
「なんでもないキセ?」
「あなたと二人でいると、わたしが王女でもオシアスでも、妹でも姉でもなく、なんでもなくなる気がするんです。ただのキセでいていいんだって思えて、安心します」
だから、兄にもそういう存在がいて欲しい。そう願わずにはいられない。信頼、友情、恋しい気持ちも、愛も、全てを感じられる存在と出逢えたなら、それは奇跡だ。
「俺の前ではいくらでも、なんでもないキセでいていいぞ」
そう言ってキセをきつく抱きしめたテオドリックは、‘至福’を絵に描いたような顔で笑っていた。キセは胸がきりきりと切ないほど嬉しかった。肉親への愛や友愛とは違う種類の愛情が、泉のように湧き上がり、太陽のように胸を熱くし、じっとしていられない気持ちにさせる。これがどういう愛情なのか、キセはもうわかっている。
キセはきつくテオドリックの身体に腕を巻きつけ、ぎゅっと抱きしめた。
「きゃ!」
と、足が突然宙に浮き、キセは短く叫んだ。
「テオドリック!」
気付けばテオドリックの肩に担がれ、寝室のベッドへ運び込まれようとしている。
「まあ、だが、そんなふうに安心しきられると乱してやりたくなるな」
「そんな、――あ!」
テオドリックはキセの身体をベッドに下ろし、サッと天蓋のカーテンを引いた。淡い色使いのカーテンの奥から柔らかく漏れる燭台の灯りがキセの白い頬に昇った血色を照らし、目元に伸びるまつ毛の影を煙るように映し出した。
キセは迫ってきたテオドリックの唇を受け入れ、自分から上下の唇に吸い付いた。テオドリックの舌が入ってくると、キセはぞくりとせり上がる甘やかな感覚に唸り声をあげ、その胸に縋りついた。
「…いつもしています」
キセが浮かせた唇の隙間から細い声で言った。
「何?」
そう訊き返したテオドリックの声が掠れている。キセの鳩尾がぎゅうっと痛いほどに締め付けられる。
「ドキドキしてます。テオドリックといると、いつも…」
テオドリックを近くに感じるだけで、心臓がばくばくと脈打って身体中の感覚をたった一人に集中させ、他のことを忘れさせてしまう。
「今も」
キセの瞳の中に夜空の星のような光が輝いている。さやさやとそよぐようなキセの声が、テオドリックの心をざわめかせる。
「心が安らぐのにドキドキして落ち着かないなんて、変でしょうか…」
ぐら、とテオドリックは目の前が揺れたような気がした。気付いたときにはキセの身体をベッドへ押し付け、寝衣の襟を留める紐を解いていた。
キセの唇を塞ぎ、甘い吐息を肌で感じながら、開いた襟の隙間からキセの胸に手を這わせた。キセが喉の奥で小さく叫ぶと、ぞくぞくとテオドリックの背を興奮が駆けていった。
「俺は、あんたの前ではただの男だ」
「ふふ。では、なんでもないテオドリックですね」
キセが両手でテオドリックの頬を挟み、花が綻ぶように笑った。頬が桃色に色づき、瞳が官能的に潤んで、いくつも光を孕んでいる。
(ああ、まずい)
テオドリックは己の自制心の脆弱さを呪った。
――ただの男?獣の間違いだ。
ほんの一週間キセに触れられずにいただけで、苦しいほどに欲望が膨れ上がる。キセが笑えば、全て欲しくなる。
このまま一秒でもキセに触れていたら、手酷くしてしまう。しかも多分、朝まで放してやれない。暫くぶりの行為でそんなことになれば、まだそれほど身体が慣れていないキセに苦痛を与えることになる。ここでその危うさを自覚できたのは、もはや奇跡と言える。
「…湯浴みをしてくる」
苦汁を嘗めるように言って離れようとしたテオドリックの袖を、キセがそっと掴んだ。
「あの…」
キセはテオドリックの目をまっすぐに見て、すぐに恥ずかしそうに俯いた。乱れた黒髪がベッドに広がっている。
「お、落ち込んでいるので…、もう少し一緒にいて欲しいです」
みるみるうちにキセの耳までが茹で蛸のように赤くなった。それが白い胸元まで広がり、キセの身体の奥の奥まで暴いてしまいたい衝動を大きくした。
「…月のものは」
「もう終わりました」
「痛みはもうないのか」
「全然。大丈夫です」
「…俺はまだ風呂に入っていない」
理由をつけて身体に燻る凶暴な熱を少しでも冷まそうとしたが、これが逆効果だったとすぐに思い知らされた。
キセはテオドリックの首筋にすり、と顔を擦り寄せ、息を吸った。このくすぐったい接触が、無様なほどにテオドリックの欲望を増長させた。
「でも、テオドリックのにおい、好きです。落ち着きます」
ぷつりとなにかの糸が切れたような気がした。それが何か自覚する間も無く、キセの唇を噛み付くように奪い、既にはだけた寝衣の襟を大きく開いてずり下ろし、胸からキセの肌を暴いていった。
舌をキセの唇から潜り込ませて内部を探り、根元からぞろりと舐めると、キセは自分からも舌を伸ばして応え、苦しそうな呼吸の合間に喘いで酸素を求めた。
「ん、は…」
「俺がせっかく自制しようとしているのに、煽ったのはあんただ。どうなっても知らないぞ」
「あお――」
煽っていません。と否定しようとしたのを、テオドリックは許さなかった。
「あ!」
テオドリックの長い指が胸に触れ、先端を撫でるように掠めた。テオドリックがそこに吸い付いて舌を這わせると、ぞくぞくとキセの身体が興奮に震えた。
「ン…ふ」
暫く触れられていなかったせいか、少しの刺激でひどく反応してしまう。指を噛んでいないと高い声が上がってしまいそうになる。
「――っ、ん!」
テオドリックがキセの乳房の中心で硬くなった先端に歯を立てた。
はっ、とキセが大きく口を開けて全身を火花のように巡る快感を逃そうとしたが、テオドリックの指が今度は秘所に触れてきたので、堪らず悲鳴を上げた。
「心配する必要はなかったか」
キセの内部は既に滴るほどに潤い、テオドリックの指を濡らしている。つ、と抵抗なくテオドリックの指が中へ入っていくと、キセの口から恍惚の呻きが漏れた。
「いつからこんなにしていた」
「わ、わかりませ…んう!」
入り口の上部の突起を撫でられ、キセの肌がびくびくと震えた。
「まだ狭い」
テオドリックのどこか苦悶するような呟きが、なおさらキセの心臓を締めつける。息をするのもやっとだ。こんなにドキドキするのに、この腕の中が世界で一番安らげるなんて、やはり矛盾しているかもしれない。
テオドリックの絹糸のような金色の髪がさらさらとキセの胸元をくすぐり、柔らかく官能的な唇が肌を啄むように、時折強く吸い付きながら胸を伝い、脇へ、腰へと下りていく。その間も中心に埋められた指がキセの奥の柔らかい部分を解すようにゆっくりと動き、キセの身体を甘く蕩かした。
肌の上を這う唇が臍の下に辿り着いた時、キセはびくりと身体を跳ねさせて腰を引いたが、テオドリックがキセの細い腰を掴んでそれを許さなかった。
「あっ…!待っ――んん!」
強烈な刺激だった。キセは指を噛んで悲鳴を押し殺した。
テオドリックが舌で触れたのは、キセの秘所だった。奥に埋める指を増やして硬くなった実を吸うと、内部が蠢いてテオドリックの指を締め付け、奥から蜜を溢れさせた。
頭上で聞こえるキセの息遣いが、肌の温度が、テオドリックの血を沸き立たせる。そこを啄むのと同時に奥の柔らかいところをつつくと、キセが腰をくねらせて喘いだ。
「あっ、も、もう、やっ、だめです…!」
キセの懇願をテオドリックは無視した。これをしていると顔が見られないのが残念だ。今頃可憐な顔を淫らな熱に蕩けさせているはずなのに。それにしても、顔も見えないのにこんなに可愛いのはどういうことなのだろう。荒く呼吸する度に上下する柔らかな肌の感触でさえ、愛おしくて堪らない。
テオドリックがそこに舌を這わせながら強く吸った時、キセの頭の中で大きな火花が散り、同時に全身を恍惚が襲った。
「ふっ…!う」
キセの内部がびくびくと蠢いてテオドリックの指を締めつけると、テオドリックはそこから離れてもう一度キセの身体中に雨のようなキスをし、煩わしい絹の上衣とシャツ、それからズボンをバサバサと脱いで寝台の隅に投げ捨てた。
天蓋のカーテンの向こうから差す燭台の仄かな灯りがテオドリックのよく鍛えられた肉体に深い陰影を作り、荒い息遣いと共にその筋肉の隆起が上下して、影が小さな伸び縮みを繰り返している。
(なんてきれいな身体)
絶頂の甘い余韻にぼんやりとしながら、キセは見入った。今からあの美しく官能的な肉体が自分に何をするのか考えただけで、散々に感じさせられたばかりだというのにまた腹の奥から欲望が溢れてくる。
ふと、膝で立ち身繕いを終えたテオドリックと視線が合った。
テオドリックは困ったような怒ったような、それでいてひどく上機嫌にも見える、形容し難い表情でキセを見下ろした。
「それも‘ありのままのキセ’か」
「え?」
「その顔は、俺だけのものだぞ」
「なに――あ!」
息もつかせず脚を押し上げ、テオドリックはキセの奥へ押し入った。
「はっ…」
ぶる、と、あまりの気持ちよさに震えが走った。
キセの中は熱く柔らかく、テオドリックの身体をぴったりと包み込んでくる。テオドリックが少し腰を引いてゆっくり奥へ入ると、キセが喉の奥で唸って内部を締め付けた。
これはキセだ。
王女でも王太子妃でも、オシアスでもない。
何者でもないただのテオドリックという名の男を愛する、なんでもないキセという女だ。
「あ、あっ…テオドリック…」
身体の奥を突くたびに、キセが上擦った声で甘えるように鳴いた。柔らかい手のひらが背中に触れてしっかりと掴まり、律動の激しさに耐えている。
テオドリックの心臓が引き絞られ、キセへの愛おしさが身体中に溢れて胸が熱くなる。
こんな気持ちになるのは後にも先にもキセ・ルミエッタただ一人だ。
初めて逢った時に、誰にも感じたことのない奇妙な感情を抱いたことを、テオドリックは覚えている。それが何だったのか、今わかった。
キセの前では、自分は最初からただのテオドリックだった。
王太子として彼女に求婚したはずだったが、あの日、月夜の海で祈りを捧げるキセの腕を引いた瞬間に、テオドリックはなんでもないただのテオドリックになったのだ。
「キセ――」
テオドリックはキセの熱くなった身体をきつく抱きしめ、とろりと甘い顔をしたキセの唇を自分の口で覆った。キセが呼吸を荒くしながら舌を伸ばしてそれに応え、腰を揺らしてテオドリックを更に奥へと導いている。
ぐ、とテオドリックが奥へ進むと、重なった唇の下でキセが叫んだ。
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「愛してる…」
とても言葉になっていたかわからない。ただのうわごとのようでもあった。
が、キセに伝わったことはわかった。キセが頬を染め、星空のような瞳から星が落ちるように涙を流したからだ。
「キセ、あんたを愛してる」
テオドリックはもう一度、今度は明瞭な声色で言った。
「はい。わたしも――」
キセは繰り返される律動に小さく声を上擦らせた。
「愛しています。テオドリック…」
今度はキセから深い口付けをした。
胸が痛くなるほどの想いも、身体中を灼く欲望も、溢れて止まらない温かい感情も、すべてテオドリックのものだ。
なんでもない、ただのテオドリックの。――
テオドリックが呼吸を熱くし、キセの両脚を肩に担ぎ上げて一番奥を叩きつけ、美しい貌を快楽に歪めて呻き始めた頃、キセも襲ってきた真っ白な快楽に全てを委ね、テオドリックの熱情を歓喜に震えながら身体の中に受け入れた。
これほどの幸福を分かち合える存在と出逢えたことを、奇跡と呼ばずに何というのだろうか。
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