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四十三、はかりごと - des intations -
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テオドリックがオベロンに事の経緯を話すのを、キセはとびきり美味しいキッシュを頬張りながら気もそぞろで聞いていた。
テーブルの真ん中に、ガラスの一輪挿しに生けられた白いカーネーションが飾られている。
昼食と一緒にテレーズが運んできたものだ。曰く、昨夜キセとテオドリックを送った御者が忘れ物だと言ってわざわざ使用人に渡してくれたらしい。
それが視界に入るたび、馬車の中で髪に挿した花が落ちたことにも気付かないほど激しい口付けをしていたことを思い出し、キセは顔が熱くなる。まるで「純潔」を象徴する白いカーネーションがその存在を忘れてしまったキセを詰っているようでもあり、揶揄っているようにも見えた。
「――仔細はわかりました」
と、オベロンがフォークを置いた。
「兄上はキセ姫と、姉上はスクネ・バルーク殿下と結婚。で、僕の役割は?僕は何をしたらいいんです?」
「自分の身を守れ」
テオドリックも食事を終え、フォークとナプキンをテーブルに置き、対面に座る弟の目をまっすぐ見て簡潔に言った。
「俺たちは危険な賭けをしている。俺の廃嫡を目論む者も現れるはずだ。そうなれば、オベロン、お前が担ぎ上げられる」
「僕を王太子にってこと?冗談じゃないですよ」
「彼らにとってはお前の意思は関係ない。イノイルとの同盟を反対する勢力にとっては、お前はいい切り札だ」
「僕が同盟に反対するはずないのに。むしろ、ずっと戦争なんて早く終わればいいと思ってた」
オベロンは不満そうに口を尖らせた。
「知っているさ。それに、俺はお前のことを信頼してる。お前が権力に興味がないことも知っているし、イノイルが敵国だったからと言って目が曇るような男じゃないことも知っている。だが、俺たちがイノイルを信用するようにはいかない者もいる。そういう者たちはキセをイノイルの間諜だとか、自分たちを油断させて侵攻を始めるつもりだとか、考え得る難癖をつけて民衆を扇動するだろう。そうなればお前が真っ先に巻き込まれる」
「兄上」
オベロンは眉をひそめ、兄を窘めるように言った。イノイルの姫の前で、こういう話題は気まずい。しかし、キセはオベロンににっこりと笑いかけた。
「ご心配ありがとうございます、オベロンさま。でも、覚悟の上です。わたしなら大丈夫ですよ」
オベロンは遠慮がちにキセに視線を向け、小さく頷いた。
テオドリックはフォークを置いたキセの手をキュッと握り、そこを安心させるように撫で、オベロンに向き直った。
「最悪なのは、お前が陰謀に加担することはないとはっきり分かった時だ。確実に命を狙われることになる。そして敵は代わりの者を次の王とする算段を付け始めるだろう。だから、お前は自分の身を守ることに専念しろ。もちろん、俺もお前のことを守る。だが、いいか。信用できる者しか側に置いてはいけない。何かいつもと違うことがあったらすぐに知らせてほしい」
オベロンは顎を引いた。
「わかりました。――兄さん」
オベロンは立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
食堂を後にしたオベロンが大理石のエントランスから外へ出ようとした時、キセがその袖を取って引き止めた。
「あっ、すみません、オベロンさま。あの――」
オベロンが振り返って首を傾げた。その仕草が、キセにはひどく所在なげに見えた。
「あの、オベロンさまは、テオドリックの力になっています。絶対に」
「なんで、そんなこと…」
「あっ、差し出がましくすみません。さきほど‘蚊帳の外’っておっしゃっていましたし、テオドリックが‘守る’と言った時に、なんだか…寂しそうに見えたので」
キセは目を丸くして扉の前に佇むオベロンに向かって、遠慮がちに微笑んだ。
「わたしも、そういう気持ち、わかります。男女では立場も違いますけれど、お父さまやお兄さまたちがわたしを大切にしてくれているって感じるたびに、なんだか寂しさもあって…。こんなに贅沢なことを言ったら、女神さまのご加護を失ってしまいそうで恐ろしいですけれど、何でも相談し合えるお兄さまたちを羨ましく思っていました。ですから、オベロンさまもそうなのかなって」
「…うん」
オベロンは顎を引いた。
「うん。わかります」
「一緒ですね」
キセはきらきらと笑った。
「テオドリックはオベロンさまのことをとても大切に思っていらっしゃいます。信頼しているとも仰っていました。それは、テオドリックにとって大きな力になっているはずです。わたしも、そうありたいです」
「僕が兄上の力になっているとするなら、あなたもそうだよ」
(ああ、やっぱり)
キセは思った。
微笑んだ時の顔も、屈託なく笑うテオドリックによく似ている。
「それと、僕の姉上になるなら僕のことはオベロンと呼んでください」
「では、わたしのこともキセと」
オベロンは目を細めて頷き、手を差し出した。キセが握手のつもりで手を重ねると、オベロンはキセの手を上に持ち上げてその甲に小さな口付けをした。
「はい。キセ」
キセはちょっと顔を赤くした。仕草や甘い目線の運ばせ方がテオドリックとそっくりだ。
「あなたみたいな人がイノイルの姫でよかった」
オベロンは赤くなったキセに気付いているのかどうか、もう一度キセににっこりと笑いかけた。
この日、ガイウス・コルネールは祭の最終日に浮かれる城下を従者一人を伴って訪れていた。が、祭の中心である広場ではなく、狭く人通りの少ない路地をじっくり観察するように馬を歩かせている。
辺りには人が住んでいるのかどうか判別できないぼろぼろの石造りの家屋が並び、道も舗装されていないか、或いはとうの昔に忘れ去られたままひび割れた石畳が靴底に喧嘩を売るような調子で並び、道の途中で途切れては土を覗かせている。
煤だらけの古びた廃屋を通り過ぎた時、この場所には全く相応しくない絢爛な赤屋根の馬車が前方に停まっているのを見つけた。
警戒した黒服の従者がガイウスの前に歩み出ると、馬車の扉が開き、扉の下からワインレッド色をした美しいビロードの靴がボロボロの石畳を踏んだ。
扉の奥から現れたのは、靴と同じ色のフリルのドレスを身に纏ったヴェロニク・ルコント侯爵夫人だった。
ガイウス・コルネールは婦人への礼儀として馬を降り、慇懃に静かな笑顔を貼り付けて挨拶をした。
「まあ。コルネール辺境伯閣下。なんという奇遇でしょう」
ルコント侯爵夫人は黒く塗った長いまつ毛をぱっちりと上げ、大きく目を見開いた。
(白々しい)
ガイウスは内心で嫌悪感を抱いたが、表情を変えなかった。
侯爵夫人とは王都で催される夜会などで何度か面識がある。最初こそ世慣れていて美しい女性だと思ったが、会話を重ねるうちに、彼女の中に野心を見た。それも、何か暗く、陰湿で、良くない類のものだ。
「このようなところで何をなさっているのですか。この界隈はあなたのような美しい貴婦人が冒険するには、少々危険が過ぎるように思います」
「まあ。お優しいのですわね」
ルコント侯爵夫人がにっこりと微笑んで目元に長いまつ毛を伸ばした。
同じことをキセにも言われたことがあるが、言葉を発する人間が違うことでこうも別の言葉に聞こえるのかと不思議に思うほどだった。
「ありがたいことですけれど、ご心配は無用ですわ。優秀で忠実な番犬を連れておりますので」
ガイウスは赤屋根の馬車をちらりと見た。刃物で削いだような眼をした男が、窓からこちらの様子を伺っている。頬は痩け、顔色が悪い。しかし、不気味にも瞳はギラギラと暴力的な輝きを見せていた。
ガイウスは直感した。――あの男は、人を殺している。
危険を感じ、視線をヴェロニク・ルコントへ戻した。ヴェロニクは非の打ち所のない上品な笑みをたたえ、ガイウスにしずしずと近付いて、科を作るようにその腕にそっと触れた。袖の下の肌が冷気を浴びたように総毛立った。
「ここでお会いしたことは、秘密にしていただけますか?まだ計画の段階ですから、陛下を煩わせたくないのです」
「ええ、もちろん。口の堅さには自信があります」
ガイウスは真摯な表情を崩さなかった。父への逆心を長い間周到に隠し続けていた彼にとっては、表面を取り繕うのは簡単なことだ。
ヴェロニクは警戒するような目でガイウスを見つめ、やがて「実は――」と赤い唇を開いた。
「この一帯で慈善事業を考えておりますの。賭け事や劇場の遊興施設を作れば、この一帯に人が増えて経済も潤うでしょう。王都から貧民と呼ばれる者たちはいなくなりますわ」
「とても素晴らしいお考えです。成功したら、国王陛下もさぞお喜びになるでしょう」
「王太子殿下と王女殿下のご婚約ほどではありませんわ」
ヴェロニク・ルコントは赤い唇を左右に引き伸ばした。ガイウスにはその顔が、まるで蛇のように見えた。
「わたしにはあまり歓迎しているようには見えませんでしたが」
「いいえ。ああ見えて、陛下はお喜びでしたわ。王太子殿下が可愛らしいお姫さまをお連れになって…」
「あなたのことですよ、侯爵夫人」
「あら」
ヴェロニクは目に弧を描かせた。お世辞にも嫋やかとは言えない目だ。灰色の瞳が石のように冷たい。
「あなたもそう見えましたわ」
ガイウスは唇の左側を吊り上げた。
(食えない女だ)
「そう見えましたか?真っ先に祝福の言葉を申し上げたのはわたしですよ」
ヴェロニク・ルコントは絹の手袋に包まれた手で口元を隠し、高らかに笑った。
「いくつになっても、女は心ときめくことに敏感なんですのよ。恋する瞳はひと目で分かりますわ」
「なるほど」
ガイウスは否定しなかった。この女が何を考えているか知る必要がある。
「それに――」
と、ヴェロニクは舐めるようにガイウスへ目配せし、内緒話をするように顔を寄せて声を潜めた。
「陸上貿易の要衝を守護する領主さまと海洋貿易大国の王女さまの婚姻も、双方にとって大きな利益になりますわ」
「それは同感ですね」
ガイウスはいつも女性を虜にするときに使う笑顔を作って言った。少なくとも、半分は本心だ。
この夜、ガイウスはレグルス城を訪ねた。
テーブルの真ん中に、ガラスの一輪挿しに生けられた白いカーネーションが飾られている。
昼食と一緒にテレーズが運んできたものだ。曰く、昨夜キセとテオドリックを送った御者が忘れ物だと言ってわざわざ使用人に渡してくれたらしい。
それが視界に入るたび、馬車の中で髪に挿した花が落ちたことにも気付かないほど激しい口付けをしていたことを思い出し、キセは顔が熱くなる。まるで「純潔」を象徴する白いカーネーションがその存在を忘れてしまったキセを詰っているようでもあり、揶揄っているようにも見えた。
「――仔細はわかりました」
と、オベロンがフォークを置いた。
「兄上はキセ姫と、姉上はスクネ・バルーク殿下と結婚。で、僕の役割は?僕は何をしたらいいんです?」
「自分の身を守れ」
テオドリックも食事を終え、フォークとナプキンをテーブルに置き、対面に座る弟の目をまっすぐ見て簡潔に言った。
「俺たちは危険な賭けをしている。俺の廃嫡を目論む者も現れるはずだ。そうなれば、オベロン、お前が担ぎ上げられる」
「僕を王太子にってこと?冗談じゃないですよ」
「彼らにとってはお前の意思は関係ない。イノイルとの同盟を反対する勢力にとっては、お前はいい切り札だ」
「僕が同盟に反対するはずないのに。むしろ、ずっと戦争なんて早く終わればいいと思ってた」
オベロンは不満そうに口を尖らせた。
「知っているさ。それに、俺はお前のことを信頼してる。お前が権力に興味がないことも知っているし、イノイルが敵国だったからと言って目が曇るような男じゃないことも知っている。だが、俺たちがイノイルを信用するようにはいかない者もいる。そういう者たちはキセをイノイルの間諜だとか、自分たちを油断させて侵攻を始めるつもりだとか、考え得る難癖をつけて民衆を扇動するだろう。そうなればお前が真っ先に巻き込まれる」
「兄上」
オベロンは眉をひそめ、兄を窘めるように言った。イノイルの姫の前で、こういう話題は気まずい。しかし、キセはオベロンににっこりと笑いかけた。
「ご心配ありがとうございます、オベロンさま。でも、覚悟の上です。わたしなら大丈夫ですよ」
オベロンは遠慮がちにキセに視線を向け、小さく頷いた。
テオドリックはフォークを置いたキセの手をキュッと握り、そこを安心させるように撫で、オベロンに向き直った。
「最悪なのは、お前が陰謀に加担することはないとはっきり分かった時だ。確実に命を狙われることになる。そして敵は代わりの者を次の王とする算段を付け始めるだろう。だから、お前は自分の身を守ることに専念しろ。もちろん、俺もお前のことを守る。だが、いいか。信用できる者しか側に置いてはいけない。何かいつもと違うことがあったらすぐに知らせてほしい」
オベロンは顎を引いた。
「わかりました。――兄さん」
オベロンは立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
食堂を後にしたオベロンが大理石のエントランスから外へ出ようとした時、キセがその袖を取って引き止めた。
「あっ、すみません、オベロンさま。あの――」
オベロンが振り返って首を傾げた。その仕草が、キセにはひどく所在なげに見えた。
「あの、オベロンさまは、テオドリックの力になっています。絶対に」
「なんで、そんなこと…」
「あっ、差し出がましくすみません。さきほど‘蚊帳の外’っておっしゃっていましたし、テオドリックが‘守る’と言った時に、なんだか…寂しそうに見えたので」
キセは目を丸くして扉の前に佇むオベロンに向かって、遠慮がちに微笑んだ。
「わたしも、そういう気持ち、わかります。男女では立場も違いますけれど、お父さまやお兄さまたちがわたしを大切にしてくれているって感じるたびに、なんだか寂しさもあって…。こんなに贅沢なことを言ったら、女神さまのご加護を失ってしまいそうで恐ろしいですけれど、何でも相談し合えるお兄さまたちを羨ましく思っていました。ですから、オベロンさまもそうなのかなって」
「…うん」
オベロンは顎を引いた。
「うん。わかります」
「一緒ですね」
キセはきらきらと笑った。
「テオドリックはオベロンさまのことをとても大切に思っていらっしゃいます。信頼しているとも仰っていました。それは、テオドリックにとって大きな力になっているはずです。わたしも、そうありたいです」
「僕が兄上の力になっているとするなら、あなたもそうだよ」
(ああ、やっぱり)
キセは思った。
微笑んだ時の顔も、屈託なく笑うテオドリックによく似ている。
「それと、僕の姉上になるなら僕のことはオベロンと呼んでください」
「では、わたしのこともキセと」
オベロンは目を細めて頷き、手を差し出した。キセが握手のつもりで手を重ねると、オベロンはキセの手を上に持ち上げてその甲に小さな口付けをした。
「はい。キセ」
キセはちょっと顔を赤くした。仕草や甘い目線の運ばせ方がテオドリックとそっくりだ。
「あなたみたいな人がイノイルの姫でよかった」
オベロンは赤くなったキセに気付いているのかどうか、もう一度キセににっこりと笑いかけた。
この日、ガイウス・コルネールは祭の最終日に浮かれる城下を従者一人を伴って訪れていた。が、祭の中心である広場ではなく、狭く人通りの少ない路地をじっくり観察するように馬を歩かせている。
辺りには人が住んでいるのかどうか判別できないぼろぼろの石造りの家屋が並び、道も舗装されていないか、或いはとうの昔に忘れ去られたままひび割れた石畳が靴底に喧嘩を売るような調子で並び、道の途中で途切れては土を覗かせている。
煤だらけの古びた廃屋を通り過ぎた時、この場所には全く相応しくない絢爛な赤屋根の馬車が前方に停まっているのを見つけた。
警戒した黒服の従者がガイウスの前に歩み出ると、馬車の扉が開き、扉の下からワインレッド色をした美しいビロードの靴がボロボロの石畳を踏んだ。
扉の奥から現れたのは、靴と同じ色のフリルのドレスを身に纏ったヴェロニク・ルコント侯爵夫人だった。
ガイウス・コルネールは婦人への礼儀として馬を降り、慇懃に静かな笑顔を貼り付けて挨拶をした。
「まあ。コルネール辺境伯閣下。なんという奇遇でしょう」
ルコント侯爵夫人は黒く塗った長いまつ毛をぱっちりと上げ、大きく目を見開いた。
(白々しい)
ガイウスは内心で嫌悪感を抱いたが、表情を変えなかった。
侯爵夫人とは王都で催される夜会などで何度か面識がある。最初こそ世慣れていて美しい女性だと思ったが、会話を重ねるうちに、彼女の中に野心を見た。それも、何か暗く、陰湿で、良くない類のものだ。
「このようなところで何をなさっているのですか。この界隈はあなたのような美しい貴婦人が冒険するには、少々危険が過ぎるように思います」
「まあ。お優しいのですわね」
ルコント侯爵夫人がにっこりと微笑んで目元に長いまつ毛を伸ばした。
同じことをキセにも言われたことがあるが、言葉を発する人間が違うことでこうも別の言葉に聞こえるのかと不思議に思うほどだった。
「ありがたいことですけれど、ご心配は無用ですわ。優秀で忠実な番犬を連れておりますので」
ガイウスは赤屋根の馬車をちらりと見た。刃物で削いだような眼をした男が、窓からこちらの様子を伺っている。頬は痩け、顔色が悪い。しかし、不気味にも瞳はギラギラと暴力的な輝きを見せていた。
ガイウスは直感した。――あの男は、人を殺している。
危険を感じ、視線をヴェロニク・ルコントへ戻した。ヴェロニクは非の打ち所のない上品な笑みをたたえ、ガイウスにしずしずと近付いて、科を作るようにその腕にそっと触れた。袖の下の肌が冷気を浴びたように総毛立った。
「ここでお会いしたことは、秘密にしていただけますか?まだ計画の段階ですから、陛下を煩わせたくないのです」
「ええ、もちろん。口の堅さには自信があります」
ガイウスは真摯な表情を崩さなかった。父への逆心を長い間周到に隠し続けていた彼にとっては、表面を取り繕うのは簡単なことだ。
ヴェロニクは警戒するような目でガイウスを見つめ、やがて「実は――」と赤い唇を開いた。
「この一帯で慈善事業を考えておりますの。賭け事や劇場の遊興施設を作れば、この一帯に人が増えて経済も潤うでしょう。王都から貧民と呼ばれる者たちはいなくなりますわ」
「とても素晴らしいお考えです。成功したら、国王陛下もさぞお喜びになるでしょう」
「王太子殿下と王女殿下のご婚約ほどではありませんわ」
ヴェロニク・ルコントは赤い唇を左右に引き伸ばした。ガイウスにはその顔が、まるで蛇のように見えた。
「わたしにはあまり歓迎しているようには見えませんでしたが」
「いいえ。ああ見えて、陛下はお喜びでしたわ。王太子殿下が可愛らしいお姫さまをお連れになって…」
「あなたのことですよ、侯爵夫人」
「あら」
ヴェロニクは目に弧を描かせた。お世辞にも嫋やかとは言えない目だ。灰色の瞳が石のように冷たい。
「あなたもそう見えましたわ」
ガイウスは唇の左側を吊り上げた。
(食えない女だ)
「そう見えましたか?真っ先に祝福の言葉を申し上げたのはわたしですよ」
ヴェロニク・ルコントは絹の手袋に包まれた手で口元を隠し、高らかに笑った。
「いくつになっても、女は心ときめくことに敏感なんですのよ。恋する瞳はひと目で分かりますわ」
「なるほど」
ガイウスは否定しなかった。この女が何を考えているか知る必要がある。
「それに――」
と、ヴェロニクは舐めるようにガイウスへ目配せし、内緒話をするように顔を寄せて声を潜めた。
「陸上貿易の要衝を守護する領主さまと海洋貿易大国の王女さまの婚姻も、双方にとって大きな利益になりますわ」
「それは同感ですね」
ガイウスはいつも女性を虜にするときに使う笑顔を作って言った。少なくとも、半分は本心だ。
この夜、ガイウスはレグルス城を訪ねた。
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