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三十九、熱病 - la fièvre -
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この二日間はあまりにいろんなことが起きた。とても頭が追いついていかない。
テオドリックとの仲が前進したと思った矢先に兄を殺したことを告げられ、城を飛び出した結果危険な目に遭い、そこをガイウスに救われ、更にテオドリックに連れ去られて愛を告げられ、それを受け入れた直後に国中の貴族の前で婚約を宣言され、まるで何度も繰り返し嵐に見舞われたような気分だ。
おまけに今は、二人で乗るにしてはやけに広い馬車の中でふかふかの背もたれに身体を押しつけられている。
ただでさえ全ての状況を理解することに無理があるというのに、馬車の扉を閉めるなり飢えた獣が獲物に飛びつくような激しさで唇を重ねられては、もう考えることを放棄するしかなくなってしまう。
「ん、ふあ…テオドリック」
「なんだ」
話を聞くふりをしながら、テオドリックはキセに隙を与えなかった。キセの柔らかい唇が何か言葉を発しようと開く度にテオドリックの舌がそこをぞろりと舐め、言葉がテオドリックの唇に吸い込まれていってしまう。
「うた、宴は、本当にもう…」
キセはようやく唇の隙間から声を出した。
「問題ない。こっちに集中しろ」
「でもわたし、まだ何も――ん…」
キセはぴくりと肌を震わせた。テオドリックがドレスの上から胸に触れてきたからだ。キセはもうこの感覚を知っている。小さな火花が散り始め、身体中に広がっていく感覚だ。
「ここでは、だめです…」
「寝所ならいい?」
「そ、それは…あっ、テオドリック…」
慌てるキセの弱々しい静止などが功を奏することもなく、テオドリックがキセの首筋に吸い付いて新たな熱を生んだ。
「ひとつ、あんたの問いに答えていなかった」
「…なんですか?」
「コルネールに妬いたかと訊いただろ。答えは‘はい’だ、キセ。あいつがあんたに口付けしているのを見た時、あの澄ました顔を殴り飛ばしてやりたかった」
「あ、あれは――」
またしてもテオドリックの唇がキセの言葉を阻んだ。
「んん」
「だが、あんたが友人だと言うから、やめた。俺にそんな権利はないと思ってもいたから」
「…あれは、今日はいろいろとお世話になったので、それでお礼をと申し上げたらキスでよいと仰って…。オシアスの祝福が欲しかったのだと思いますが…」
「絶対に違う」
テオドリックはきっぱりと言った。
「礼だろうが何だろうが、寝る気がない相手とはもうキスをするな。こんなふうに――」
テオドリックの舌がキセの唇をぺろりと舐め、優しく吸い付いて、開いた唇の間から舌を挿し入れた。
(気持ちいい…)
キセの身体をふわふわと柔らかな熱が包み込んでいく。
テオドリックはキセの息が上がり始めた頃に赤く色付いた唇を解放し、何かに耐えるように細い息を吐いて言った。
「――あんたに触れていいのは、俺だけだ」
「はい…」
どこか縋るようなテオドリックの声色に、キセは思わずそう応えていた。テオドリックの背に腕を回してキュッと抱き締めると、テオドリックは身体の奥まで入り込むような強さで抱き返してきた。
「今すぐ寝室へ連れ帰って身体中にキスしたい」
そのあと返事をしたかどうか、キセには分からなかった。‘はい’と言ったような気もするが、如何にせよテオドリックがなおも深く口付けてきてうまく言葉を発することができなかったようにも思う。
いつしかキセも自分から舌をおずおず伸ばしてテオドリックの舌を撫でるように舐め、その口付けに応えていた。テオドリックの手が優しく身体に触れると、小さな火花が広がって鳩尾が締め付けられ、腹の奥が疼く。もどかしく、このふわふわとした感覚が心地よい。キセはレグルス城の前で馬車が止まったことにも気付かなかった。
テオドリックはキセを横向きに抱き上げて城の大きな扉の奥へ入って行き、エントランスで二人の帰りを待ちわびていたらしいイサクに短い命令を出した。
「風呂の準備をしたら全員下がっていい。明日まで全員三階には近付くな」
頭が爆発するかと思うほど恥ずかしかった。抱き上げられて城に帰ってきただけでも恥ずかしいのに、あまつさえこれから二人が何をするのか暗に宣言されては、もはや誰の顔も見ることができない。キセはテオドリックの首にハシと掴まり、肩口に顔を埋めるようにして周囲から隠した。テオドリックの静かに笑うような吐息が髪をくすぐった。
イサクの返事を待つまでもなく、テオドリックはキセを抱えたまま三階の寝所へ上がっていった。部屋の中には既にランプや燭台の明かりがちらちらと灯り、寝台の天蓋の影を緑色の壁に揺らしている。部屋の中は丁子に似たテオドリックの匂いがした。
テオドリックはキセの身体をベッドに下ろし、キセにドレスの裾を直す時間も与えず、ブーツを履いたままベッドに乗り上げ、キセに覆い被さった。
美しい緑色の瞳を暗く翳らせて迫ってくるテオドリックの顔を見て、キセの心臓が激しく跳ね上がった。警鐘にも似ていた。これから起こることを肌が感じ取り、じくじくと体温が上がっていく。
「あっ、あの、お風呂に…」
「言っただろう、離さないと」
「あ、ああ、あれってこういう意味だったのですか?」
「ふ」
テオドリックの形の良い唇から白い歯が覗いた。キセは自分の身体がどこか壊れてしまったのではないかと思った。テオドリックが笑っただけで胸が苦しくなる。
「こういう意味もある」
「あっ、あの、でも…」
テオドリックは真っ赤になったキセの頬を愛おしそうに撫で、前髪を分けて露わになった額に口付けをし、かたく瞑った目蓋にも唇で触れた。
「ずっと我慢していた。もう無理だ。出会ってからこれまで俺が何度あんたの寝所に忍び込もうとしたか、知らないだろう」
キセはぶんぶんと顔を横に振り、最後にそろりとまぶたを開けた。目の前のテオドリックは、どうしてなのか、少し苦しそうに見える。
「キセが全部欲しい」
どっ、と心臓が大きく跳ねた。美しいエメラルドグリーンの瞳が覗き込んでくる。映っているのは、あの日オアリス城の塔で見たものよりもっと深く純粋な欲望と、愛おしさと、キセの胸をざわざわと落ち着かなくさせる輝きだ。
キセは震える手をそっと伸ばしてテオドリックの首に腕を巻き付け、頬を擦り寄せた。
「あなたが好きです、テオドリック。わたしも、あなたのことがもっと知りたいです。わたし――」
キセは言葉を続けられずに呻いた。テオドリックが身体が軋むほどの力でキセを抱きしめ、隙もないほどベッドに身体を押し付けてきたからだ。テオドリックの身体がひどく熱い。
「あんまり可愛いことを言うと、本当に壊してしまうぞ」
「壊れません。わたし、あなたと一緒にいられてとても幸せなんです。不安なことも楽しいことも、あなたと一緒がいいです。ね、テオドリック…」
キセは幸せそのものというような笑顔で、テオドリックの頬に蝶々が止まるようなキスをした。
「大好きです」
テオドリックは唸ってキセの腰を抱き、唇を舌でこじ開けて内部に侵入し、まるで蹂躙するような激しさでその唇を味わった。今までのキスも苦しいほどだったが、更に激しさを増している。
「んう…」
キセは小さく呻いた。身体が熱い。テオドリックばかりではなく、自分も燃えるような熱に侵されているのだ。これがテオドリックを求める欲望であることは、もう知っている。
テオドリックの手がキセの腰を這って背中を伝い、ドレスのボタンを探した。首の後ろから腰にかけて小さなボタンが並んでいるのを探り当てると、それらをもどかしそうに一つ一つ外していく。
「…これを一人でどうやって着たんだ」
短い間隔で多く取り付けられた小さなボタンに手こずりながらテオドリックが苦笑した。
「まず、ドレスを下から前と後ろを逆さに着て、前でボタンを留めて、それから後ろに…」
とキセが説明している間に、テオドリックはボタンを全て外し終え、襟を開いて肩へ下ろし、白い首筋に吸い付いた。キセは吸い付かれた場所に微かな痛みを感じた。
「あ…!」
「では次から俺の仕事だ」
「あ、だめです…」
「何故」
春の夜の湿った空気に触れ、キセの肩が震えた。テオドリックは構わずにドレスを下へずり下ろし、露わになった美しい肌にキスの雨を降らせた。柔らかく温かい唇の感触がキセの身体に火花を散らし、広がっていく。テオドリックの手が身体に触れるだけでこんなにどきどきするのに、着替えのたびにこんなことをされたのでは、心臓がもたない。
テオドリックがキセをアンダードレス一枚の姿にしてしまったときには、二人ともお喋りをする余裕がなくなっていた。
テオドリックはキセの身体を隠す白いアンダードレスの裾から手を入れ、キセのつるつるしたふくらはぎに触れ、愛らしい膝にキスをした。
キセは驚いて弾けるように身を起こしたが、テオドリックの緑色の瞳が欲望を映して細まると、身動きも忘れてしまった。今すぐ逃げ出して隠れてしまいたいほど恥ずかしいのに、一方ではその先を知りたいと強く願ってもいるからだ。
高潔で誇り高く、人を虜にする魅力に溢れているのに、時々とんでもなく孤独な目をするこの人が何より愛おしいと思った。自分よりも高い体温を肌に感じるたび、自分の体温も同調して熱くなっていく。
「ん…!」
キセは思わず口を押さえた。
テオドリックの唇が膝から腿の内側へと這い上がって来たからだ。特に身体を激しく動かしたわけでもないのに呼吸が乱れ、病のように熱が増していく。
テオドリックの手が伸びてきてふるふると震えながら口を押さえる手を唇から引き剥がした。
「ダメだ。隠すな」
「でも…んぅ…」
キセはテオドリックにもう一度唇を塞がれ、手を掴まれてベッドへ縫い付けられた。テオドリックのもう片方の手が腰を這い上がり、胸に触れ、編み上げられたアンダードレスの紐を解いた。
「――!んぁ…」
テオドリックが開いた胸元へ手を忍び込ませて柔らかい乳房に触れると、キセがテオドリックの唇の下で小さく悲鳴を上げた。
「あっ、あ…テオドリック…」
熱病に罹ってしまったように心臓がばくばくと叩きつけている。触れられている場所からゾクゾクと疼くような衝動がせり上がってくる。
この時、深い海のようなエメラルドグリーンの瞳がもっと深く翳ったのを、キセは見た。これは合図だ。
テオドリックが今までよりも性急な動作でキセの身体を暴き、火花を大きくしていく。テオドリックの唇がもう何度目か知れないキスをし、キセもそれに夢中で応えているうちに、麻のアンダードレスが肌から引き剥がされ、肌を隠すものが腰の位置に頼りない紐で結ばれた下着だけになってしまった。
キセは辛うじて自由に動く手で胸を隠そうとしたが、テオドリックの唇がそこに吸い付く方が早かった。
「ひゃ!」
テオドリックが胸を隠そうとしたキセの手をどかして再びベッドに縫いつけ、唇で丘を啄むように上ってゆき、先端を舌でそろりと舐めた。
「んっ…」
キセは唇を噛み、押さえつけられていない方の手でテオドリックの上衣の胸を掴んでこの甘やかな衝撃をやり過ごそうとした。そうでもしていないと高い声が上がってしまう。
テオドリックの舌が先端をつつくように弄ぶと、キセの身体の奥から熱いものが溶け出し、あの日オアリス城の塔で味わった快感を身体が思い出し始めた。柔らかいアッシュブロンドの髪が胸元をくすぐる感覚でさえ、キセの中に火花を散らしていく。
テオドリックが乳房の中心を唇で覆い、円を描くように先端をつつく。その下で自分の乳房の先端が硬くなっていることをキセは知った。
恥ずかしい。
噛んだ唇の下で悲鳴を押し殺すので精一杯だった。
テオドリックが舌を胸へ伸ばしながらキセの顔を見上げた。キセは心臓が爆発するのではないかというほどの衝撃を受けた。
欲望に翳る緑の瞳が、キセの瞳を捕らえて離さない。テオドリックは無言で手を伸ばし、キセの顎をちょんとつまんで下へ引っ張り、口を開けさせた。
「声が聞きたい」
そう言って、テオドリックは熱い手をキセの細い腰へ、臍へと這わせていった。
テオドリックとの仲が前進したと思った矢先に兄を殺したことを告げられ、城を飛び出した結果危険な目に遭い、そこをガイウスに救われ、更にテオドリックに連れ去られて愛を告げられ、それを受け入れた直後に国中の貴族の前で婚約を宣言され、まるで何度も繰り返し嵐に見舞われたような気分だ。
おまけに今は、二人で乗るにしてはやけに広い馬車の中でふかふかの背もたれに身体を押しつけられている。
ただでさえ全ての状況を理解することに無理があるというのに、馬車の扉を閉めるなり飢えた獣が獲物に飛びつくような激しさで唇を重ねられては、もう考えることを放棄するしかなくなってしまう。
「ん、ふあ…テオドリック」
「なんだ」
話を聞くふりをしながら、テオドリックはキセに隙を与えなかった。キセの柔らかい唇が何か言葉を発しようと開く度にテオドリックの舌がそこをぞろりと舐め、言葉がテオドリックの唇に吸い込まれていってしまう。
「うた、宴は、本当にもう…」
キセはようやく唇の隙間から声を出した。
「問題ない。こっちに集中しろ」
「でもわたし、まだ何も――ん…」
キセはぴくりと肌を震わせた。テオドリックがドレスの上から胸に触れてきたからだ。キセはもうこの感覚を知っている。小さな火花が散り始め、身体中に広がっていく感覚だ。
「ここでは、だめです…」
「寝所ならいい?」
「そ、それは…あっ、テオドリック…」
慌てるキセの弱々しい静止などが功を奏することもなく、テオドリックがキセの首筋に吸い付いて新たな熱を生んだ。
「ひとつ、あんたの問いに答えていなかった」
「…なんですか?」
「コルネールに妬いたかと訊いただろ。答えは‘はい’だ、キセ。あいつがあんたに口付けしているのを見た時、あの澄ました顔を殴り飛ばしてやりたかった」
「あ、あれは――」
またしてもテオドリックの唇がキセの言葉を阻んだ。
「んん」
「だが、あんたが友人だと言うから、やめた。俺にそんな権利はないと思ってもいたから」
「…あれは、今日はいろいろとお世話になったので、それでお礼をと申し上げたらキスでよいと仰って…。オシアスの祝福が欲しかったのだと思いますが…」
「絶対に違う」
テオドリックはきっぱりと言った。
「礼だろうが何だろうが、寝る気がない相手とはもうキスをするな。こんなふうに――」
テオドリックの舌がキセの唇をぺろりと舐め、優しく吸い付いて、開いた唇の間から舌を挿し入れた。
(気持ちいい…)
キセの身体をふわふわと柔らかな熱が包み込んでいく。
テオドリックはキセの息が上がり始めた頃に赤く色付いた唇を解放し、何かに耐えるように細い息を吐いて言った。
「――あんたに触れていいのは、俺だけだ」
「はい…」
どこか縋るようなテオドリックの声色に、キセは思わずそう応えていた。テオドリックの背に腕を回してキュッと抱き締めると、テオドリックは身体の奥まで入り込むような強さで抱き返してきた。
「今すぐ寝室へ連れ帰って身体中にキスしたい」
そのあと返事をしたかどうか、キセには分からなかった。‘はい’と言ったような気もするが、如何にせよテオドリックがなおも深く口付けてきてうまく言葉を発することができなかったようにも思う。
いつしかキセも自分から舌をおずおず伸ばしてテオドリックの舌を撫でるように舐め、その口付けに応えていた。テオドリックの手が優しく身体に触れると、小さな火花が広がって鳩尾が締め付けられ、腹の奥が疼く。もどかしく、このふわふわとした感覚が心地よい。キセはレグルス城の前で馬車が止まったことにも気付かなかった。
テオドリックはキセを横向きに抱き上げて城の大きな扉の奥へ入って行き、エントランスで二人の帰りを待ちわびていたらしいイサクに短い命令を出した。
「風呂の準備をしたら全員下がっていい。明日まで全員三階には近付くな」
頭が爆発するかと思うほど恥ずかしかった。抱き上げられて城に帰ってきただけでも恥ずかしいのに、あまつさえこれから二人が何をするのか暗に宣言されては、もはや誰の顔も見ることができない。キセはテオドリックの首にハシと掴まり、肩口に顔を埋めるようにして周囲から隠した。テオドリックの静かに笑うような吐息が髪をくすぐった。
イサクの返事を待つまでもなく、テオドリックはキセを抱えたまま三階の寝所へ上がっていった。部屋の中には既にランプや燭台の明かりがちらちらと灯り、寝台の天蓋の影を緑色の壁に揺らしている。部屋の中は丁子に似たテオドリックの匂いがした。
テオドリックはキセの身体をベッドに下ろし、キセにドレスの裾を直す時間も与えず、ブーツを履いたままベッドに乗り上げ、キセに覆い被さった。
美しい緑色の瞳を暗く翳らせて迫ってくるテオドリックの顔を見て、キセの心臓が激しく跳ね上がった。警鐘にも似ていた。これから起こることを肌が感じ取り、じくじくと体温が上がっていく。
「あっ、あの、お風呂に…」
「言っただろう、離さないと」
「あ、ああ、あれってこういう意味だったのですか?」
「ふ」
テオドリックの形の良い唇から白い歯が覗いた。キセは自分の身体がどこか壊れてしまったのではないかと思った。テオドリックが笑っただけで胸が苦しくなる。
「こういう意味もある」
「あっ、あの、でも…」
テオドリックは真っ赤になったキセの頬を愛おしそうに撫で、前髪を分けて露わになった額に口付けをし、かたく瞑った目蓋にも唇で触れた。
「ずっと我慢していた。もう無理だ。出会ってからこれまで俺が何度あんたの寝所に忍び込もうとしたか、知らないだろう」
キセはぶんぶんと顔を横に振り、最後にそろりとまぶたを開けた。目の前のテオドリックは、どうしてなのか、少し苦しそうに見える。
「キセが全部欲しい」
どっ、と心臓が大きく跳ねた。美しいエメラルドグリーンの瞳が覗き込んでくる。映っているのは、あの日オアリス城の塔で見たものよりもっと深く純粋な欲望と、愛おしさと、キセの胸をざわざわと落ち着かなくさせる輝きだ。
キセは震える手をそっと伸ばしてテオドリックの首に腕を巻き付け、頬を擦り寄せた。
「あなたが好きです、テオドリック。わたしも、あなたのことがもっと知りたいです。わたし――」
キセは言葉を続けられずに呻いた。テオドリックが身体が軋むほどの力でキセを抱きしめ、隙もないほどベッドに身体を押し付けてきたからだ。テオドリックの身体がひどく熱い。
「あんまり可愛いことを言うと、本当に壊してしまうぞ」
「壊れません。わたし、あなたと一緒にいられてとても幸せなんです。不安なことも楽しいことも、あなたと一緒がいいです。ね、テオドリック…」
キセは幸せそのものというような笑顔で、テオドリックの頬に蝶々が止まるようなキスをした。
「大好きです」
テオドリックは唸ってキセの腰を抱き、唇を舌でこじ開けて内部に侵入し、まるで蹂躙するような激しさでその唇を味わった。今までのキスも苦しいほどだったが、更に激しさを増している。
「んう…」
キセは小さく呻いた。身体が熱い。テオドリックばかりではなく、自分も燃えるような熱に侵されているのだ。これがテオドリックを求める欲望であることは、もう知っている。
テオドリックの手がキセの腰を這って背中を伝い、ドレスのボタンを探した。首の後ろから腰にかけて小さなボタンが並んでいるのを探り当てると、それらをもどかしそうに一つ一つ外していく。
「…これを一人でどうやって着たんだ」
短い間隔で多く取り付けられた小さなボタンに手こずりながらテオドリックが苦笑した。
「まず、ドレスを下から前と後ろを逆さに着て、前でボタンを留めて、それから後ろに…」
とキセが説明している間に、テオドリックはボタンを全て外し終え、襟を開いて肩へ下ろし、白い首筋に吸い付いた。キセは吸い付かれた場所に微かな痛みを感じた。
「あ…!」
「では次から俺の仕事だ」
「あ、だめです…」
「何故」
春の夜の湿った空気に触れ、キセの肩が震えた。テオドリックは構わずにドレスを下へずり下ろし、露わになった美しい肌にキスの雨を降らせた。柔らかく温かい唇の感触がキセの身体に火花を散らし、広がっていく。テオドリックの手が身体に触れるだけでこんなにどきどきするのに、着替えのたびにこんなことをされたのでは、心臓がもたない。
テオドリックがキセをアンダードレス一枚の姿にしてしまったときには、二人ともお喋りをする余裕がなくなっていた。
テオドリックはキセの身体を隠す白いアンダードレスの裾から手を入れ、キセのつるつるしたふくらはぎに触れ、愛らしい膝にキスをした。
キセは驚いて弾けるように身を起こしたが、テオドリックの緑色の瞳が欲望を映して細まると、身動きも忘れてしまった。今すぐ逃げ出して隠れてしまいたいほど恥ずかしいのに、一方ではその先を知りたいと強く願ってもいるからだ。
高潔で誇り高く、人を虜にする魅力に溢れているのに、時々とんでもなく孤独な目をするこの人が何より愛おしいと思った。自分よりも高い体温を肌に感じるたび、自分の体温も同調して熱くなっていく。
「ん…!」
キセは思わず口を押さえた。
テオドリックの唇が膝から腿の内側へと這い上がって来たからだ。特に身体を激しく動かしたわけでもないのに呼吸が乱れ、病のように熱が増していく。
テオドリックの手が伸びてきてふるふると震えながら口を押さえる手を唇から引き剥がした。
「ダメだ。隠すな」
「でも…んぅ…」
キセはテオドリックにもう一度唇を塞がれ、手を掴まれてベッドへ縫い付けられた。テオドリックのもう片方の手が腰を這い上がり、胸に触れ、編み上げられたアンダードレスの紐を解いた。
「――!んぁ…」
テオドリックが開いた胸元へ手を忍び込ませて柔らかい乳房に触れると、キセがテオドリックの唇の下で小さく悲鳴を上げた。
「あっ、あ…テオドリック…」
熱病に罹ってしまったように心臓がばくばくと叩きつけている。触れられている場所からゾクゾクと疼くような衝動がせり上がってくる。
この時、深い海のようなエメラルドグリーンの瞳がもっと深く翳ったのを、キセは見た。これは合図だ。
テオドリックが今までよりも性急な動作でキセの身体を暴き、火花を大きくしていく。テオドリックの唇がもう何度目か知れないキスをし、キセもそれに夢中で応えているうちに、麻のアンダードレスが肌から引き剥がされ、肌を隠すものが腰の位置に頼りない紐で結ばれた下着だけになってしまった。
キセは辛うじて自由に動く手で胸を隠そうとしたが、テオドリックの唇がそこに吸い付く方が早かった。
「ひゃ!」
テオドリックが胸を隠そうとしたキセの手をどかして再びベッドに縫いつけ、唇で丘を啄むように上ってゆき、先端を舌でそろりと舐めた。
「んっ…」
キセは唇を噛み、押さえつけられていない方の手でテオドリックの上衣の胸を掴んでこの甘やかな衝撃をやり過ごそうとした。そうでもしていないと高い声が上がってしまう。
テオドリックの舌が先端をつつくように弄ぶと、キセの身体の奥から熱いものが溶け出し、あの日オアリス城の塔で味わった快感を身体が思い出し始めた。柔らかいアッシュブロンドの髪が胸元をくすぐる感覚でさえ、キセの中に火花を散らしていく。
テオドリックが乳房の中心を唇で覆い、円を描くように先端をつつく。その下で自分の乳房の先端が硬くなっていることをキセは知った。
恥ずかしい。
噛んだ唇の下で悲鳴を押し殺すので精一杯だった。
テオドリックが舌を胸へ伸ばしながらキセの顔を見上げた。キセは心臓が爆発するのではないかというほどの衝撃を受けた。
欲望に翳る緑の瞳が、キセの瞳を捕らえて離さない。テオドリックは無言で手を伸ばし、キセの顎をちょんとつまんで下へ引っ張り、口を開けさせた。
「声が聞きたい」
そう言って、テオドリックは熱い手をキセの細い腰へ、臍へと這わせていった。
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