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子猫と荷馬車
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ーー ルーベルト王子視点 ーー
フィナに連れられて、城に入った。子猫になって4日目だが城内を見ると懐かしく感じる。早く人に戻りたいのだが人語が理解できない。
フィナと私は王の謁見の前に別室で待機した。テーブルの上にちょんと座らされた私の前に皿が置かれた。皿の上に鶏肉を柔らかくしたものが盛られる。
少し湯気が立ち肉のいい匂いが人の嗅覚の何万倍も優れた鼻を襲うと、たまらず肉に喰らい付いた。
「ウマウマ、ウマウマ」
(最高だ!美味ー!)
「口元が汚れてますよ殿下」
優しいフィナは私の口を布で拭う。
扉が開いて別室に入ってきたのはフィナの従者の男だった。
そしてフィナは男に向かって杖を振ると男は私、ルーベルトの姿に変身した。
別室には私(子猫)とフィナと従者しかいない。間違いなく完全犯罪。
私は騙されていた。保護されて優しいと思っていたフィナが黒幕で知らない男を私の姿にして何を画策しているのか。
「さぁ殿下はここに入っていて下さいね」
フィナに摘まれて私は小箱に入れられた。
「行くわよ。計画通りに後から入ってきて」
「はっ!」
フィナと男が別室を出た後、小箱から必死に出よう暴れた。
小箱は横転して蓋が開くと、高いテーブルから飛び降りた。流石子猫。かなりの高さでも怪我なく着地できた。
別室を出て廊下を歩く。兵士もメイドもいない。皆、王の間の扉の前で漏れ聞こえる王と私の婚約候補者の話に聞き耳を立てて集まっていた。
20人はいるだろうか。しばらくして扉が開くと扉の前にいた20人が一斉に散らばった。
近くを掃除してた風を装う者や廊下を早足で歩く者。
小さな体の私に気づかず踏まれそうになったため、廊下の脇の庭に飛び込んだ。
庭の茂みに隠れて潜んだ。土の冷たい感触が肉球から伝わる。
王の間から最初に出てきたのは衛兵に摘み出されたリノラ嬢だった。
リノラ嬢は目に涙をいっぱい溜めている。
「そのまま城から出て王国を去れ」
「わかりました」
リノラ嬢は肩を落として廊下を歩く。
黒幕のフィナのところには帰りたくない。
せめてリノラ嬢のところに。
「ミィー!」
私の鳴き声に反応したリノラ嬢は顔を左右に振る。探してくれ!見つけてくれ!
私は庭から廊下の方に駆けた。
「ミィ!」
子猫独特の甲高い声に気付いてくれ。
「どうして子猫が」
リノラは気付いた。私を見つけて駆け寄って私を抱き抱えた。リノラは廊下を足早に去ると城を出て平民街のリノラの自宅に入った。
道中やリノラの部屋に入ってからも私に何かぶつぶつとずっと話しかけてくるのだが、私には人の言葉がさっぱり意味が理解できないのだ。
「そうだ!」
リノラは徐ろに紙とインクと筆を用意した。
紙に文字を書き、紙の中央に一本縦線を引き、縦線を堺に半分に丸印を描き、半分にはばつ印を描いた。
話す言葉は分からないが、何故か紙に書かれた文字は読めた。
(あなたはルーベルト第一王子ですか?丸だ!丸だ!)
私は小さな手で丸の方をぺちぺち叩いた。
「おー!やっぱり」
リノラの目が輝いて、スラスラ文字を書く。
(元の姿に戻る方法は分かりますか?)
私はばつ印の方をぺちぺち叩いた。
「さすが殿下!賢い子猫ですねー」
その後もニコニコしながら質問を繰り返すリノラ。
紙に書いてくれたおかげでリノラの現状が少しずつ分かってきた。
偽王子に国外追放を言い渡され、身支度を整えて今日中に国を出て隣国の親戚の家に行くこと。
兵士がもう少しで家に来ること。
子猫では天敵が多すぎる。それにフィナが血眼になって私を探しているかもしれない。子猫にして私をどうするのか分からない分、国内に居ては危険が多い。
だから私はリノラについて行くことにした。
家具は置いて鞄一つと路銀だけで家を出たリノラ一家と子猫の私は王都の門を潜り未舗装の街道を隣町まで行く荷馬車に揺られ移動することになった。
リノラの家族には、私はただの子猫として紹介されているらしい。
逞しいリノラの母と痩せ細い寡黙なリノラの父が狭い荷馬車で肩を並べて座っている。
私は生まれて初めて王都を出た。初めて見る王都の外の景色は城の塔から眺める景色より幾分色鮮やかに見える気がした。子猫なのに色彩感覚と何故か目が良く遠くまで見える。夕暮れも近いというのに風も暖かい。
街道の草むらから仄かに草の匂いがする。
耕された土の匂いが不思議と嫌な匂いではなかった。
リノラは肩までかかった黒い髪を靡かせ外を眺めている。私と同じ髪色は珍しい。
遠くを眺めるリノラの横顔が夕日に照らされる。
婚約者を20歳までに決めるという両親からの推しがあり半ば仕方なく公募した中で私が唯一平民出身の彼女を最後まで候補者として残したのは今まで会った誰よりも澄んだ瞳をしていた。ただそれだけだったにも関わらず何故か直視することができず目を逸らした。
「そういえば名前をまだ決めてなかったね」
リノラは紙にまた丸印とばつ印を書いた。
「名前はルーちゃん」
私はばつ印に手を置いた。
「それじゃあ、ベルーちゃん」
(「べ」が増えただけじゃないか。名前のセンスがない)
「ルーベ、ベルミ、ミィミィ鳴くから・・・ルミィは?」
(ルミィ。悪くない)
私は丸印に手を置いた。
「今日からルミィちゃんよろしくね」
リノラは私を手に乗せて頬擦りした。
「ミィ。・・・ミィー」
(馴れ馴れしい。・・・まぁ悪くないか)
夕日が遠くの山脈に落ち、残光で空がオレンジと紫と黒色に染まる。
丘を登り切った先に町の明かりが見えてきた。王都の隣町まではあと少しのようだ。
フィナに連れられて、城に入った。子猫になって4日目だが城内を見ると懐かしく感じる。早く人に戻りたいのだが人語が理解できない。
フィナと私は王の謁見の前に別室で待機した。テーブルの上にちょんと座らされた私の前に皿が置かれた。皿の上に鶏肉を柔らかくしたものが盛られる。
少し湯気が立ち肉のいい匂いが人の嗅覚の何万倍も優れた鼻を襲うと、たまらず肉に喰らい付いた。
「ウマウマ、ウマウマ」
(最高だ!美味ー!)
「口元が汚れてますよ殿下」
優しいフィナは私の口を布で拭う。
扉が開いて別室に入ってきたのはフィナの従者の男だった。
そしてフィナは男に向かって杖を振ると男は私、ルーベルトの姿に変身した。
別室には私(子猫)とフィナと従者しかいない。間違いなく完全犯罪。
私は騙されていた。保護されて優しいと思っていたフィナが黒幕で知らない男を私の姿にして何を画策しているのか。
「さぁ殿下はここに入っていて下さいね」
フィナに摘まれて私は小箱に入れられた。
「行くわよ。計画通りに後から入ってきて」
「はっ!」
フィナと男が別室を出た後、小箱から必死に出よう暴れた。
小箱は横転して蓋が開くと、高いテーブルから飛び降りた。流石子猫。かなりの高さでも怪我なく着地できた。
別室を出て廊下を歩く。兵士もメイドもいない。皆、王の間の扉の前で漏れ聞こえる王と私の婚約候補者の話に聞き耳を立てて集まっていた。
20人はいるだろうか。しばらくして扉が開くと扉の前にいた20人が一斉に散らばった。
近くを掃除してた風を装う者や廊下を早足で歩く者。
小さな体の私に気づかず踏まれそうになったため、廊下の脇の庭に飛び込んだ。
庭の茂みに隠れて潜んだ。土の冷たい感触が肉球から伝わる。
王の間から最初に出てきたのは衛兵に摘み出されたリノラ嬢だった。
リノラ嬢は目に涙をいっぱい溜めている。
「そのまま城から出て王国を去れ」
「わかりました」
リノラ嬢は肩を落として廊下を歩く。
黒幕のフィナのところには帰りたくない。
せめてリノラ嬢のところに。
「ミィー!」
私の鳴き声に反応したリノラ嬢は顔を左右に振る。探してくれ!見つけてくれ!
私は庭から廊下の方に駆けた。
「ミィ!」
子猫独特の甲高い声に気付いてくれ。
「どうして子猫が」
リノラは気付いた。私を見つけて駆け寄って私を抱き抱えた。リノラは廊下を足早に去ると城を出て平民街のリノラの自宅に入った。
道中やリノラの部屋に入ってからも私に何かぶつぶつとずっと話しかけてくるのだが、私には人の言葉がさっぱり意味が理解できないのだ。
「そうだ!」
リノラは徐ろに紙とインクと筆を用意した。
紙に文字を書き、紙の中央に一本縦線を引き、縦線を堺に半分に丸印を描き、半分にはばつ印を描いた。
話す言葉は分からないが、何故か紙に書かれた文字は読めた。
(あなたはルーベルト第一王子ですか?丸だ!丸だ!)
私は小さな手で丸の方をぺちぺち叩いた。
「おー!やっぱり」
リノラの目が輝いて、スラスラ文字を書く。
(元の姿に戻る方法は分かりますか?)
私はばつ印の方をぺちぺち叩いた。
「さすが殿下!賢い子猫ですねー」
その後もニコニコしながら質問を繰り返すリノラ。
紙に書いてくれたおかげでリノラの現状が少しずつ分かってきた。
偽王子に国外追放を言い渡され、身支度を整えて今日中に国を出て隣国の親戚の家に行くこと。
兵士がもう少しで家に来ること。
子猫では天敵が多すぎる。それにフィナが血眼になって私を探しているかもしれない。子猫にして私をどうするのか分からない分、国内に居ては危険が多い。
だから私はリノラについて行くことにした。
家具は置いて鞄一つと路銀だけで家を出たリノラ一家と子猫の私は王都の門を潜り未舗装の街道を隣町まで行く荷馬車に揺られ移動することになった。
リノラの家族には、私はただの子猫として紹介されているらしい。
逞しいリノラの母と痩せ細い寡黙なリノラの父が狭い荷馬車で肩を並べて座っている。
私は生まれて初めて王都を出た。初めて見る王都の外の景色は城の塔から眺める景色より幾分色鮮やかに見える気がした。子猫なのに色彩感覚と何故か目が良く遠くまで見える。夕暮れも近いというのに風も暖かい。
街道の草むらから仄かに草の匂いがする。
耕された土の匂いが不思議と嫌な匂いではなかった。
リノラは肩までかかった黒い髪を靡かせ外を眺めている。私と同じ髪色は珍しい。
遠くを眺めるリノラの横顔が夕日に照らされる。
婚約者を20歳までに決めるという両親からの推しがあり半ば仕方なく公募した中で私が唯一平民出身の彼女を最後まで候補者として残したのは今まで会った誰よりも澄んだ瞳をしていた。ただそれだけだったにも関わらず何故か直視することができず目を逸らした。
「そういえば名前をまだ決めてなかったね」
リノラは紙にまた丸印とばつ印を書いた。
「名前はルーちゃん」
私はばつ印に手を置いた。
「それじゃあ、ベルーちゃん」
(「べ」が増えただけじゃないか。名前のセンスがない)
「ルーベ、ベルミ、ミィミィ鳴くから・・・ルミィは?」
(ルミィ。悪くない)
私は丸印に手を置いた。
「今日からルミィちゃんよろしくね」
リノラは私を手に乗せて頬擦りした。
「ミィ。・・・ミィー」
(馴れ馴れしい。・・・まぁ悪くないか)
夕日が遠くの山脈に落ち、残光で空がオレンジと紫と黒色に染まる。
丘を登り切った先に町の明かりが見えてきた。王都の隣町まではあと少しのようだ。
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