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西方編

鬼の血

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鈴香は山から転がり落ち、何とか走って鬼と戦っていた毛利本陣の悟達の元に行く。


「鈴香どうしたの!」
紗夢が鈴香を見つけ駆け寄る。
瀕死の鈴香を抱き抱える紗夢。

「山の上で大翔が……鬼の血を飲んだ……。私はもう駄目だ……」

「鈴香!胸から血が出てる!鈴香しっかりして!」
泣き叫ぶ紗夢。

その時、山の上から大木が降って毛利軍の兵士の脇に落ちた。

山からは木が投げられ、次々に降ってくる。
毛利勢は撤退の旗を上げた。

「一旦、引こう」

鈴香を抱え、逃げる悟達。
山から巨大な鬼が毛利軍を追いかけてきた。
人の倍近い大鬼を見た鈴香は「あれは大翔だ」と悟に告げた。

大木を振り回して毛利軍を追い回していた大鬼だったが急に追うのをやめ山の方に帰って行った。

その隙に逃げ切った毛利軍は丹波篠山砦まで逃げた。
毛利輝元を総大将とする毛利軍は軍議を開いた。

「西方の侍6人衆、いや、8人衆の加勢に感謝致す。先の戦の大鬼について、どこかであのような大鬼を見たことはあるか?」
軍議に参加していた皆黙ったままだ。


「大鬼の出現で陣形は乱れ、撤退となったが、明日再度、魔物と鬼を叩く!よいな」

「「はっ!」」

一同が返事をしたところで軍議は終わった。


悟達は大鬼が鈴香が言った大翔だとは信じたくなかった。
養生する鈴香は悟を呼び寄せた。

「大翔が大鬼というのは本当なのか?」

「大翔が……大翔が鬼の血を啜り、大鬼になるのを……私は見た」

掠れた小さな声で鈴香は喋る。
そして手に握っていた物を悟に手渡した。

「これは?」

「大翔に渡す……はずだった……今坂で買った御守り。御守りの中に家宝の小玉の物入れた…これを大翔に飲ませて……大鬼になるのを止められなくてごめん……なさい……」

そのまま鈴香は息絶えた。
悟は鈴香から託された御守りと鈴香の手を強く握り締めた。






「なんだろう。私、変かな。この世界に来て、沢山の人の死を目の前にしてもう悲しむ涙が出ないよ」
紗夢は呟き燃える火を見て呆然としていた。


焼き場で火葬される鈴香の周りには毛利本陣の悟達や兵達が集まり悲嘆に暮れた。






 「俺は……夜か……頭の中で断片的に光景が浮かぶ。くそっ!」
大翔は周りを見回すと森の中だと分かった。
暑い体を起こし立ち上がると育ちきった杉の木の半分の高さに匹敵する目線の高さに、もう人間ではないことを思い出した。


「鬼の血を飲み、鬼になり、鈴香を……」

木を叩き己の誤ちに嘆き怒った。

大鬼になった大翔は鈴香の安否を確かめるため山を降りて毛利の砦に向け走った。




鈴香の葬儀が終わった矢先に門兵が慌てて毛利輝元らが集まる陣屋に入った。

「先の戦で襲われた大鬼がこちらに接近中との知らせ」

「なに!?距離は?」

「3里(約12km)先です」

「もうすぐではないか!」


陣屋に呼ばれた悟達、西方の侍8人衆と共に軍議が始まった。

「大鬼は大木をも持ち上げるほどの力がある。もはや人の力の及ばぬところ。そこで西方の侍8人衆の方々に頼みがある。砦近くで大鬼の足止めをお願いしたい」

毛利輝元の策は大男を足止めする間に弓矢で一斉に頭を狙うというものであった。


「西方の侍衆の中には異界人や半妖だけじゃない人間もいる。それは毛利様の軍と同じ。毛利様の軍からも足止めに兵を出して団結して戦わないと勝ち目はありません。その前に大鬼が話が分かる奴なのか試したいです」

「悟殿の言うとおり。足止めに兵を出す。話が分かる奴とは?」


「大鬼の正体は大翔だからです」

軍議に参加した人々がざわついた。


「鬼の血を飲み大鬼になった。だから話が通じるなら説得したい」

「うむ。悟殿がそこまで言うなら話をつけて参れ」


軍議は解散し砦から兵士達が出陣。
大鬼が来ると予想される平地に下りた。
毛利勢歩兵500に弓兵1000。
対するのは大鬼1体。



「見えました!大鬼です」

兵士が叫んだ。
そして悟は歩兵が並ぶ最前線に立ち、大鬼に向かった。

「ぐぅぬぅ、ぐわぁぁ!」
悟を威嚇するように叫ぶ大鬼は鋭い爪を悟に向けた。

「大翔!大翔なんだろ!言葉は分かるか!」

「言葉は分かる!貴様、貴様が俺をこの醜い姿に変えた」

「いや違う。大翔は自分から鬼になった!鈴香が全て話してくれた」

「何を聞いた!鈴香は何処だ!鈴香を出せ」

「鈴香は死んだよ」

「嘘だ!」

「大翔が突き刺した後、山を転がり落ちた傷が致命傷になった」

「嘘だ!俺が鈴香を……」

「何故、鬼になった?話し合えば分かり合えたはずだ」

大鬼と一人対峙する悟の姿を侍衆と毛利軍は固唾を呑む。

「俺は最初から選ばれなかった。鈴香に騙され、踊らされ、そしてこの醜い世界でも悟が選ばれ強くなって自暴自棄になり、強くなるには魔物の血しかなかった」

「いや違う。大翔は強くなることから逃げた!強さの前には自分の弱さを認めて強くなろうと鍛錬しなければ強さは手に入らない。ここに来て1年経ったある日、成長した大翔達を見て悔しい思いをした。でも諦められなかったから強くなれた」

「そんな時があったのか……」

「鈴香から大翔に御守りを託された」

悟は御守りを取り出して、大鬼に近付いた。
大鬼には小さすぎる御守りに近付いた。
距離が縮まった瞬間、悟は御守りを開けて中に入った七色に輝く小玉を大鬼に向けた。
七色に光り輝く小玉は悟の後ろに控える毛利軍にも見えた。
光に驚いた大鬼は思わず口を開く、その瞬間に大鬼の口に投げた。
大鬼は小玉を飲み込むと後ろに倒れて悶え、苦しみ始めた。

「何を飲ませた!?」


毛利軍の歩兵部隊にいた甚右衛門が様子を見て全てを理解した。

「まさか魔封石を飲ませるとは……」

「魔封石?」
紗夢が不思議そうに甚右衛門に聞く。

「魔封石は七色に輝く小さく丸い玉。どんな病も傷にも効くと言われる秘宝。この世界で発見された数はごく僅か」


魔封石を飲まされた大鬼は小さくなり、元の大翔の姿に戻った。






「大翔、目が覚めた?」

寝ている大翔の顔を覗き込む紗夢と悟と学。

「俺は……」

「大鬼になった大翔に魔封石を飲ませて、元の体に戻して、気絶した大翔を毛利軍の砦に運んだのが2日前……」

突然、大翔は飛び起きて毛利の砦を走り回った。

「鈴香がいない。鈴香はやっぱり俺が……」

走り回った後、鈴香が死んだことを受け入れ泣き出した大翔に悟は肩にそっと手を当てた。

「鈴香は致命傷を負いながら、傷にも病にも効く魔封石を持っていたのに使わなかった。それは大翔を助ける為に使ったんだ」

「そんな……鈴香……俺なんかの為に……」

「鈴香は誰よりこの魔物や鬼が居る世界が憎かったと思う。俺たちみたいな強さが開花する異界人をこの世界に騙してでも連れて来て平和な世の中を願ったんじゃないかな。だから鈴香は大切な仲間が鬼になってほしくなかった」

「すず…かぁぁ!」

悟と紗夢と学は泣き崩れる大翔を支えた。



西方編…完
東方編に続く
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