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1巻
1-2
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個体『クロト・ミカゲ』がレベル1からレベル9になりました。
各種能力値が上昇しました。
スキル「直感1」が「直感2」になりました。
ゲーム内のコンピュータによる無機質な音声にも似ている。どうやら、レベルが上がったことを知らせてくれるものらしい。
念のため、アナウンスが聞こえた後に、もう一度敵のステータスの解析を試みる。
HPとMPは共にゼロ。近づいても襲われる心配はなさそうだった。
クロトは魔獣の死体に歩み寄り、それを確保する。
(ふぅ……。一撃では殺せなかったか……。まともな武器があれば可能だったのだろうけど)
クロトは「緊張の初戦闘だったな」という感想を抱きつつ、「ステータスオープン」と口にした。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:9/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:250/MP:80/筋力:56/防御力:57
魔力:40/速力:72/幸運:10
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度2/5)
――【魔力遮断】(熟練度0/5)
――【存在遮断】(熟練度2/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵3」「探索4」「解析3」
「思考加速4」「格闘術1」「剣術2」「直感2」
▼スキルポイント 残り38
====================
成長した点は大きく分けて四カ所。
レベルと基礎能力値、通常スキル、スキルポイントだ。
レベルはアナウンスにもあったように1から9へと上昇し、それに伴ってHPとMPをはじめ基礎能力値がアップしている。通常スキルのレベルは「直感1」が「直感2」になり、スキルポイントは37から38になった。
(予想以上にレベルが上がったね。意外と強敵だったのかな?)
いきなり八つも上がったレベルを改めて見直し、ついさっきの戦闘が思いのほか危険な行動だったのではないかと省みる。
単純にクロトとファングラビットの基礎能力値を比較すれば、真正面からの戦闘でクロトが勝利を収めることは非常に難しかったはずだ。レベルは大きく離れており、基礎能力値には倍近い差があった。
では、どうしてクロトが余裕で勝てたのか?
その理由は、ユニークスキル《隠密者》である。
隠密状態で敵に気づかれないまま接近して急所に一撃入れられたため、与えるダメージ量に相当なボーナスがついた。ゲームの世界に置き換えるなら、いわば自由自在にクリティカルヒットを与えられるチートキャラとでも言えるだろうか。
クロトの持つ《隠密者》というユニークスキルは、このような通常不可能な攻撃を物理的に可能にしてしまう、非常に稀有な特異能力だった。クロトはこれらの戦闘に有利な情報を「直感1」によって、なんとなく理解していたからこそ、逃げずに攻撃することを選択したのである。
かくして、異世界での初戦は、危なげない勝利で幕を閉じたのだった。
初戦闘を終えたクロトは、透明なステータス画面を改めて目の前に呼び出した。そして、真っ先に画面の左下にある『音声案内』のタブを押し、幾つかある項目の中から、『集中状態におけるシステムアナウンス消音』というものを選択した。重要な局面で音声が脳内に響き渡っては気が散ってしまい、命取りになるからだ。
次に、スキルポイントをユニークスキルと通常スキルに振り分け、その後で全体をチェックした。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:9/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:250/MP:80/筋力:56/防御力:57
魔力:40/速力:72/幸運:10
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度5/5)――【暗殺】(熟練度0/3)
――【魔力遮断】(熟練度3/5)
――【存在遮断】(熟練度3/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵3」「探索4」「解析3」
「思考加速4」「格闘術1」「剣術2」「直感2」
「火魔法1」「生活魔法1」「解体1」「アイテムボックス1」
▼スキルポイント 残り20
====================
最も大きな変化は、ユニークスキル《隠密者》の技術の一つである【気配遮断】から、新技術が生まれた点だろう。名称は【暗殺】となっており、【気配遮断】が最高値となったことで派生条件を満たしたのだと推測する。
とりあえず、【気配遮断】と【魔力遮断】をそれぞれ三段階、【存在遮断】を一段階――をアップさせるのにスキルポイントを各段階ごとに2点ずつ使用し、合計で14ポイント消費する。
(戦闘では隠密状態から敵に奇襲をかけることで優位に立てるようだし、今後もこれを使用するのは必須かな。とりわけ通常スキルに「気配察知」を持つファングラビットみたいなモンスターを相手にする時には、ね)
クロトは先の戦いを思い出しながら、こちらの動きを察知されずに隠密のアドバンテージを完璧に発揮できる戦闘方法を目指すことにした。それが最も効率よく、己を強化できる手段に違いない。
そのほか、「火魔法1」「生活魔法1」「解体1」「アイテムボックス1」といった通常スキルを取得するために、スキルポイントを各1ポイントずつ使用した。
これで、ユニークスキルと通常スキルに振り分けた合計は18ポイントとなり、残りのスキルポイントは20になった。
そこでクロトは、新たに手に入れた四つの通常スキルの詳細を確認する。
「火魔法」――火の魔法を使うのに必要なスキル。
「生活魔法」――体の汚れを綺麗にしたり、少量の水を出したりできるスキル。
「解体」――解体作業を補助してくれるスキル。
「アイテムボックス」――生命体以外のものを一定量別空間に収納可能にするスキル。
内容を把握し終えたクロトはステータスを閉じ、周囲を警戒しながらファングラビットの解体処理に入った。
主な作業は、食料となる肉を切り分けることと、口の中にある武器に使えそうな牙を折って取り出すことだ。
つい今しがた取得した通常スキル「解体1」のおかげもあってか、この日初めて見たファングラビットでも思いのほか迅速に作業を進めることができた。
それらの作業を無事に終えて、クロトは肉や毛皮をアイテムボックスに収納した。このアイテムボックスは、スキルレベル1の状態でもかなりの量が入るらしい。
(さて……問題は、この牙をどうやって実戦向きの武器に加工するか、だよね)
クロトは、三十センチメートルを優に超える牙の片割れを手に取って眺めながら首を捻る。
(前に確認した『取得可能なスキル一覧』に加工系のスキルはなかったし、ちょっと乱暴だけど……やっぱりこうするしかないかな?)
あらかじめ思い浮かべていた方法について、その手順を再検討した上で実行する。
……ゴガッ!!
河原に石と牙がぶつかり合う鈍い音が響き渡った。クロトが地面に落ちていた石に向けて、牙を振り下ろしたのだ。文字通り、ファングラビットの牙は半ばから切断……否、破壊された。
(……よし。片手で持つのに、ちょうどいい大きさになったね。要は、尖った先端さえ使えればいいのだから、これでも殺傷能力はある……はず)
あとには無残に破壊され、二つに分かれた牙だったものが残された。
片方は円錐の上部を消失させたような歪な形をしており、もう片方は十五センチメートルくらいの手頃な大きさで先端が鋭くなっている。クロトは後者を使うことに決めた。
(……武器としては落第点だけど、敵に忍び寄る時に邪魔にならないだけ悪くないか)
ユニークスキル《隠密者》を用いたクロトの戦い方なら、敵の背後から忍び寄っての奇襲がメインとなるので、無骨なナイフのような武器でもよいのだろう。
最初の武器(?)を手に入れたクロトは、次の獲物となる魔物の捜索を開始した。
――数時間後。
空が暗くなり始めるころには……十体ものファングラビットを倒すことに成功していた。食料は、これでしばらく心配しなくていいだろう。さらに彼はファングラビットを倒す合間に、森の中で別の魔物とも遭遇していた。
それは、ファンタジーにおいては定番である、ゴブリンという魔物だった。
====================
『ゴブリン』
レベル:3/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:150/MP:0/筋力:15/防御力:10
魔力:5/速力:10/幸運:5
▼通常スキル
「剣術1」
====================
ゴブリンの外見は小鬼のような姿で、所謂、ファンタジーRPGゲームに登場する妖魔との違いは、額に生えた十センチメートルほどの角ぐらいか。肌の色は緑色で、腰布以外は身に着けていない。剣術を使うものの、魔物としてのランクはファングラビットよりも下らしい。
実際の戦闘も、隠密の能力を発揮しながら接近し、背後から首へファングラビットの牙を突き刺しただけで決着した。
人型の魔物を殺すことに若干の抵抗はあったが、クロトは合理的に割り切った。この先、そんなことを気にしていては生き延びていけない。
一日目の行動を日が暮れる前に終えたクロトは、数時間ぶりにステータスを開いた。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:21/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:370/MP:200/筋力:116/防御力:117
魔力:100/速力:144/幸運:12
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度5/5)――【暗殺】(熟練度1/3)
――【魔力遮断】(熟練度3/5)
――【存在遮断】(熟練度3/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵4」「探索5」「解析3」
「思考加速4」「格闘術1」「剣術3」「直感2」
「火魔法2」「生活魔法1」「解体2」「アイテムボックス1」
▼スキルポイント 残り21
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基礎能力値がそれぞれ上昇し、通常スキルのレベルも幾つかアップしている。
通常スキルは、スキルポイントを振らなくても経験を積むことでアップするらしい。
ユニークスキル内にある【暗殺】の熟練度が変化しているのは、クロトが狩りの途中でスキルポイントを振り分けたからだ。その選択をした理由は単純で、よりスマートに奇襲するためである。【暗殺】という技術には、そのままの意味で暗殺行為を補助する役割があった。
この部分にスキルポイントを2点使ったので、残りの数値は戦いで得た23から21に減っていた。(スキルポイントはあまりたくさんは手に入らないようだし、大事にしないとね)
そんなふうに貴重なスキルポイントの用途について何通りか念頭に挙げているうちに、陽が落ちて辺りが真っ暗になった。
クロトは空腹を満たすため、ファングラビットの肉を焼いて食べることにした。森の中に落ちていた木々を広い集め、それらで組んだ即席の調理台に食べやすいように切り分けたファングラビットの肉を載せる。さらにその下に敷き詰めた枯葉に火魔法を用いて着火し、じっくりと表面に焦げ目が付く程度に焼いていく。
そろそろ頃合いだろう。肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきたところで、クロトは木の枝を箸のように巧みに使い、肉に齧りついた。
(……おいしい)
クロトの顔にはうっすらと微笑みが浮かぶ。
食後は明日からの活動に備え、早めの睡眠をとることにした。クロトはあらかじめ考えていたとおり、登りやすい大木の上に寝床をしつらえる。その周囲に生い茂った大木の葉は、自分の体を外敵から十分に隠してくれるだろう。
クロトは疲れた体を癒やすため、静かに目を閉じた。
時刻は真夜中。
森の中は漆黒の闇が支配しており、人間の目では数メートル先を確認することも困難なほどだ。昼間同様に物音はほとんどないのだが、そのことが夜闇の不気味さを一層に引き立てている。
クロトはひんやりとした空気に身震いしながらも、目を覚ました原因である「索敵4」で捉えた敵性反応に意識を集中させる。
(数は……七十四体。距離は、北方向に約百五十メートル。……目視するには、あのスキルが必要かな)
敵が今の進路を変えないのであれば、自分が寝床にしている大木の近くを通るのは、ほぼ確実だ。
視界の悪さを不利に感じたクロトは、このままの状況で接敵することの危険性を考慮し、ステータスを開いて新たな通常スキル「暗視」を取得した。この暗視能力は、暗闇のせいで全くのゼロだった視覚情報を、通常時ほどではないにしろ、大分もたらしてくれた。
それから二、三分経った頃、近づいて来る人型の集団を発見したので、早速、そのうちの数体を解析した。
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『ゴブリンソルジャー』
レベル:15/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:400/MP:0/筋力:90/防御力:80
魔力:10/速力:60/幸運:5
▼通常スキル
「剣術3」
====================
『ゴブリンナイト』
レベル:23/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:550/MP:0/筋力:120/防御力:140
魔力:15/速力:90/幸運:5
▼通常スキル
「剣術5」「盾術4」
====================
『ゴブリンロード』
レベル:37/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:800/MP:300/筋力:310
防御力:280/魔力:120/速力:190/幸運:10
▼通常スキル
「剣術7」「盾術4」「火魔法3」「水魔法3」
「気配察知5」「隠密3」「直感1」「索敵2」
====================
刻々と迫り来るゴブリンたちは、感知した通りの七十四体。
上位種のソルジャーが十体、アーチャーが五体、メイジが五体と、最上位種のナイトが三体、そして支配種のゴブリンロードが一体。
上位種の三種類は、各種基礎能力値やスキルにばらつきはあれど、いずれもレベル10~19だ。
これに雑魚ゴブリンが五十体ほど付き従っている。どのゴブリンも剣に弓、杖と、武装こそ違うが、緑色の肌と角を持っており、昼間に遭遇したゴブリンと同系統に思われた。
先頭を進むゴブリンロードは身長二メートルを超えるがっちりとした体躯で、鼻息が荒い。その醜悪な表情から、そこはかとない怒りを渗ませているように見える。万が一、見つかれば問答無用で襲い掛かってきそうな勢いである。
(このままだと完全にかち合うよね……。「気配察知5」によって、僕の隠密能力が見破られる恐れもあるし、どうしたものかな……?)
少しずつ戦闘に慣れてきたとはいえ、数が大分多い。異世界初日にして大ピンチだった。
クロトは木の上から敵をじっくりと見据え、様々な戦闘の展開をシミュレーションしていく。
この窮地をどうすれば切り抜けられるか。慎重な行動が求められた。
判断を誤れば、そこで異世界生活はジ・エンドである。
VSゴブリン軍団
ゴブリンたちが視界に入ってから、クロトはすぐさま作戦を練った。
(まずは、やたらと数の多い雑魚ゴブリンたちを何とかしないと……あの数に集られるのは危険過ぎる。不意打ちで頭数を減らしてしまいたいね)
何よりも敵の数が脅威だと考えたクロトは、敵に察知されていない状態でのイニシアティブを雑魚ゴブリンたちの殲滅に使うことにした。
別案としては、リーダーであるロードを初手で潰して統率を乱す、という作戦もあったのだが、これはリスクが高すぎるため、一考しただけで却下した。不意打ちとはいえ、かなり格上にあたるロードを一撃だけで倒せる保障はない。最悪の場合、敵に四方を囲まれた状態でロードと戦い、袋叩きに遭う恐れがある。
(ついで、メイジとアーチャー。集中して戦うために後衛を真っ先に潰すのは鉄則だからね。残りは……戦いながら臨機応変にやっつけていくということで)
作戦を何度も練り直しているうちにゴブリンたちが射程に入ったので、クロトは交戦を開始した。
まずは魔物の夜襲に備え、昼間のうちに拾い集めていた石をアイテムボックスから取り出すと、雑魚ゴブリン目掛けて投げつける。その石は狙い違わずゴブリンの頭部に命中し、一撃で倒すことができた。
やや実験的であったものの、石の命中したゴブリンが絶命したのを見て、クロトは自分の予想が正しかったのだと確信を深める。やはり、この異世界は地球におけるファンタジーゲームのような仕組みらしい。ステータスに差があれば、投石といったささいな攻撃でも敵を殺すことができるようだ。
ゴブリンたちは「暗視」のスキルを持っていないせいか、いきなり仲間が死んだ理由が分からず、奇声を上げて慌てふためいている。
クロトはその隙を突いて、次々と石を投げた。未だ状況を把握できていないゴブリンたちは、自らの身を守る術もなく、されるがままに石をぶつけられバタバタと地に倒れていく。その様は、クロトにとっても実に痛快で小気味よかった。
雑魚ゴブリンの五十体が壊滅したころ、ようやく妖魔の一団は、自分たちが何者かに襲撃されていることに思い至った。だがもはや、既に時は遅きに失している。
(暗視があれば、もっと早くに察知できたのだろうけどね)
貧弱なゴブリンの思考能力に若干の哀れみを抱きつつ、クロトは後衛ゴブリンを潰すために場所を変えた。ロードの指示で、ソルジャーがクロトの元いた位置に向かって来るが、クロトは既にそこには居ない。集団の後方で殺気を漲らせ、周囲にくまなく目を配っているメイジたちの背後に移動していたのだ。
あらかじめ準備していた石は投げ切ってしまったので、クロトはファングラビットの牙で作った武器を持ち、メイジの真後ろから襲撃をかける。突き出された牙ナイフは一撃でメイジの首を貫通し、絶命させた。すかさずクロトは、倒れ伏したメイジの首から牙を抜き、ヒットアンドアウェイ戦法でほかのメイジを狙う。
間髪を容れずに三体目のメイジに止めを刺した頃、ようやくソルジャーたちがクロトの方へやって来た。
だが、それも既に遅い。クロトは、ソルジャーの到着前に全てのメイジを片付け、その場を離れている。
アーチャーが闇雲に矢を撃ってくるが、クロトの姿が見えていないため、当たりようがない。
(だいたいの位置しか分からないのだから、当然だよね。「弓術」のスキルレベルは低いし、たとえ姿が見えていても、そんなしょぼい矢なんて当たるもんか)
剣と違って、弓は相応の技術がなければ対象に命中させるのは難しい。敵が持つ武器の性質を頭の片隅に思い浮かべながら、クロトはアーチャーの背後に回り込み、メイジの時と同様にバックスタブで敵の首へ致命傷を負わせていく。
アーチャーすべての息の根を止めた後、クロトは素早く周囲に散らばっている石を拾い集める。離れた場所からソルジャーに石を投げて始末するためだ。白兵戦に持ち込ませないよう、クロトはソルジャーと一定の距離を保ちながら、石を拾っては投げ、拾っては投げるという遠距離攻撃に徹した。
その一連の動きを繰り返しているうちにソルジャーが全滅し、残りはナイト三体とロードになった。
ナイトもロードも、強敵の不意の出現に、未だ混乱から立ち直れていない。だが、ロードは「解析」のスキルで確かめたとおり、「直感1」を持つ。そのため、クロトの位置を掴んで攻撃を試みる不穏な動きがある。
しかし、ロードが察知する前にクロトが予測不能な移動をするせいか、余計に混乱を招いているようだ。
(「直感」の効果は……確か、普通の状態では発見できない点に気づけるようになる、だったよね。自分も持っているから分かるけど、厄介なことこの上ないね)
クロトが次の一手を考えていると、ロードが三体のナイトに指示を出し、自分を中心に全方位を警戒させた。この敵のフォーメーションだと、近づけてもナイト一体を仕留めた段階で、ロードの攻撃をまともに食らう確率が高い。そうなったらお仕舞いだ。持ちこたえられるとは、とても思えない。
クロトは少し離れて、【魔力遮断】から派生した新しい技能にポイントを振り分けた。その名は【魔法隔離】。【魔力遮断】の最高値を条件として生まれた技だ。クロトは戦闘開始前にメイジの「魔力察知」を警戒し、【魔力遮断】を強化していたのである。
次にクロトは、新技である【魔法隔離】を見て、そのスキルを有効に活用できる作戦を立てた。
自らの魔法を【魔法隔離】によって敵の認識から切り離し、その魔法で不意を打って攻撃するという、いわば反則技だ。【魔法隔離】という技能には、そのような作戦を可能にする効力がある。
クロトは直ちにロードたちから少し離れた木の陰に身を隠すと、スキルポイントを7点消費し、「火魔法2」を「火魔法4」へ強化した。僅かでも威力を高め、最初の一撃でより多くのダメージを与えるためだ。
【魔法隔離】のスキルを使用するために意識を集中する。そして、全力で「火魔法」を発動した。
(――――『大火球』!)
高威力の「火魔法」がナイトの頭部に直撃した。相手は【魔法隔離】の効果により、クロトの魔法を認識できない状態のまま爆散する。ロードだけはナイトに魔法が直撃する寸前に知覚できていたようだが、その段階では無意味である。
(僕からの攻撃に勘づいても、反撃できる距離に居なければどうしようもないよね)
クロトは情けないくらいに慌てているロードを視認しながら、「ご愁傷さま」と胸の内で呟いた。
(それと、やっぱり魔力が低いナイトは魔法に弱いんだね)
どうやら、「魔力」とは「魔法攻撃力」であり「魔法防御力」のようだ。
順調に三体目のナイトの頭をふき飛ばして、全てのナイトを退治することに成功した。MPはほぼ使い切ってしまったが、残るはロードだけである。ここでさらにもう一つ手を打つことにした。
ステータスを開き、【暗殺】の技能にスキルポイントを2点振り、熟練度を上昇させた。この【暗殺】は、バックスタブや毒の使い方の暗殺行動全般に補助がプラスされる。
一段階強化しただけでも――。
「グギャッ!?」
背後から牙ナイフの先端で首を切り裂かれ、突然の激痛に悲鳴を上げるロード。
どうやら【暗殺】の技術が上がったことで、ロードの「直感」をもってしても、クロトの攻撃に気づけなくなったらしい。結果として、ロードは想定外の重傷を負わされることになった。
各種能力値が上昇しました。
スキル「直感1」が「直感2」になりました。
ゲーム内のコンピュータによる無機質な音声にも似ている。どうやら、レベルが上がったことを知らせてくれるものらしい。
念のため、アナウンスが聞こえた後に、もう一度敵のステータスの解析を試みる。
HPとMPは共にゼロ。近づいても襲われる心配はなさそうだった。
クロトは魔獣の死体に歩み寄り、それを確保する。
(ふぅ……。一撃では殺せなかったか……。まともな武器があれば可能だったのだろうけど)
クロトは「緊張の初戦闘だったな」という感想を抱きつつ、「ステータスオープン」と口にした。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:9/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:250/MP:80/筋力:56/防御力:57
魔力:40/速力:72/幸運:10
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度2/5)
――【魔力遮断】(熟練度0/5)
――【存在遮断】(熟練度2/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵3」「探索4」「解析3」
「思考加速4」「格闘術1」「剣術2」「直感2」
▼スキルポイント 残り38
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成長した点は大きく分けて四カ所。
レベルと基礎能力値、通常スキル、スキルポイントだ。
レベルはアナウンスにもあったように1から9へと上昇し、それに伴ってHPとMPをはじめ基礎能力値がアップしている。通常スキルのレベルは「直感1」が「直感2」になり、スキルポイントは37から38になった。
(予想以上にレベルが上がったね。意外と強敵だったのかな?)
いきなり八つも上がったレベルを改めて見直し、ついさっきの戦闘が思いのほか危険な行動だったのではないかと省みる。
単純にクロトとファングラビットの基礎能力値を比較すれば、真正面からの戦闘でクロトが勝利を収めることは非常に難しかったはずだ。レベルは大きく離れており、基礎能力値には倍近い差があった。
では、どうしてクロトが余裕で勝てたのか?
その理由は、ユニークスキル《隠密者》である。
隠密状態で敵に気づかれないまま接近して急所に一撃入れられたため、与えるダメージ量に相当なボーナスがついた。ゲームの世界に置き換えるなら、いわば自由自在にクリティカルヒットを与えられるチートキャラとでも言えるだろうか。
クロトの持つ《隠密者》というユニークスキルは、このような通常不可能な攻撃を物理的に可能にしてしまう、非常に稀有な特異能力だった。クロトはこれらの戦闘に有利な情報を「直感1」によって、なんとなく理解していたからこそ、逃げずに攻撃することを選択したのである。
かくして、異世界での初戦は、危なげない勝利で幕を閉じたのだった。
初戦闘を終えたクロトは、透明なステータス画面を改めて目の前に呼び出した。そして、真っ先に画面の左下にある『音声案内』のタブを押し、幾つかある項目の中から、『集中状態におけるシステムアナウンス消音』というものを選択した。重要な局面で音声が脳内に響き渡っては気が散ってしまい、命取りになるからだ。
次に、スキルポイントをユニークスキルと通常スキルに振り分け、その後で全体をチェックした。
====================
『クロト・ミカゲ』
レベル:9/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:250/MP:80/筋力:56/防御力:57
魔力:40/速力:72/幸運:10
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度5/5)――【暗殺】(熟練度0/3)
――【魔力遮断】(熟練度3/5)
――【存在遮断】(熟練度3/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵3」「探索4」「解析3」
「思考加速4」「格闘術1」「剣術2」「直感2」
「火魔法1」「生活魔法1」「解体1」「アイテムボックス1」
▼スキルポイント 残り20
====================
最も大きな変化は、ユニークスキル《隠密者》の技術の一つである【気配遮断】から、新技術が生まれた点だろう。名称は【暗殺】となっており、【気配遮断】が最高値となったことで派生条件を満たしたのだと推測する。
とりあえず、【気配遮断】と【魔力遮断】をそれぞれ三段階、【存在遮断】を一段階――をアップさせるのにスキルポイントを各段階ごとに2点ずつ使用し、合計で14ポイント消費する。
(戦闘では隠密状態から敵に奇襲をかけることで優位に立てるようだし、今後もこれを使用するのは必須かな。とりわけ通常スキルに「気配察知」を持つファングラビットみたいなモンスターを相手にする時には、ね)
クロトは先の戦いを思い出しながら、こちらの動きを察知されずに隠密のアドバンテージを完璧に発揮できる戦闘方法を目指すことにした。それが最も効率よく、己を強化できる手段に違いない。
そのほか、「火魔法1」「生活魔法1」「解体1」「アイテムボックス1」といった通常スキルを取得するために、スキルポイントを各1ポイントずつ使用した。
これで、ユニークスキルと通常スキルに振り分けた合計は18ポイントとなり、残りのスキルポイントは20になった。
そこでクロトは、新たに手に入れた四つの通常スキルの詳細を確認する。
「火魔法」――火の魔法を使うのに必要なスキル。
「生活魔法」――体の汚れを綺麗にしたり、少量の水を出したりできるスキル。
「解体」――解体作業を補助してくれるスキル。
「アイテムボックス」――生命体以外のものを一定量別空間に収納可能にするスキル。
内容を把握し終えたクロトはステータスを閉じ、周囲を警戒しながらファングラビットの解体処理に入った。
主な作業は、食料となる肉を切り分けることと、口の中にある武器に使えそうな牙を折って取り出すことだ。
つい今しがた取得した通常スキル「解体1」のおかげもあってか、この日初めて見たファングラビットでも思いのほか迅速に作業を進めることができた。
それらの作業を無事に終えて、クロトは肉や毛皮をアイテムボックスに収納した。このアイテムボックスは、スキルレベル1の状態でもかなりの量が入るらしい。
(さて……問題は、この牙をどうやって実戦向きの武器に加工するか、だよね)
クロトは、三十センチメートルを優に超える牙の片割れを手に取って眺めながら首を捻る。
(前に確認した『取得可能なスキル一覧』に加工系のスキルはなかったし、ちょっと乱暴だけど……やっぱりこうするしかないかな?)
あらかじめ思い浮かべていた方法について、その手順を再検討した上で実行する。
……ゴガッ!!
河原に石と牙がぶつかり合う鈍い音が響き渡った。クロトが地面に落ちていた石に向けて、牙を振り下ろしたのだ。文字通り、ファングラビットの牙は半ばから切断……否、破壊された。
(……よし。片手で持つのに、ちょうどいい大きさになったね。要は、尖った先端さえ使えればいいのだから、これでも殺傷能力はある……はず)
あとには無残に破壊され、二つに分かれた牙だったものが残された。
片方は円錐の上部を消失させたような歪な形をしており、もう片方は十五センチメートルくらいの手頃な大きさで先端が鋭くなっている。クロトは後者を使うことに決めた。
(……武器としては落第点だけど、敵に忍び寄る時に邪魔にならないだけ悪くないか)
ユニークスキル《隠密者》を用いたクロトの戦い方なら、敵の背後から忍び寄っての奇襲がメインとなるので、無骨なナイフのような武器でもよいのだろう。
最初の武器(?)を手に入れたクロトは、次の獲物となる魔物の捜索を開始した。
――数時間後。
空が暗くなり始めるころには……十体ものファングラビットを倒すことに成功していた。食料は、これでしばらく心配しなくていいだろう。さらに彼はファングラビットを倒す合間に、森の中で別の魔物とも遭遇していた。
それは、ファンタジーにおいては定番である、ゴブリンという魔物だった。
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『ゴブリン』
レベル:3/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:150/MP:0/筋力:15/防御力:10
魔力:5/速力:10/幸運:5
▼通常スキル
「剣術1」
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ゴブリンの外見は小鬼のような姿で、所謂、ファンタジーRPGゲームに登場する妖魔との違いは、額に生えた十センチメートルほどの角ぐらいか。肌の色は緑色で、腰布以外は身に着けていない。剣術を使うものの、魔物としてのランクはファングラビットよりも下らしい。
実際の戦闘も、隠密の能力を発揮しながら接近し、背後から首へファングラビットの牙を突き刺しただけで決着した。
人型の魔物を殺すことに若干の抵抗はあったが、クロトは合理的に割り切った。この先、そんなことを気にしていては生き延びていけない。
一日目の行動を日が暮れる前に終えたクロトは、数時間ぶりにステータスを開いた。
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『クロト・ミカゲ』
レベル:21/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:370/MP:200/筋力:116/防御力:117
魔力:100/速力:144/幸運:12
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度5/5)――【暗殺】(熟練度1/3)
――【魔力遮断】(熟練度3/5)
――【存在遮断】(熟練度3/5)
▼通常スキル
「言語理解4」「索敵4」「探索5」「解析3」
「思考加速4」「格闘術1」「剣術3」「直感2」
「火魔法2」「生活魔法1」「解体2」「アイテムボックス1」
▼スキルポイント 残り21
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基礎能力値がそれぞれ上昇し、通常スキルのレベルも幾つかアップしている。
通常スキルは、スキルポイントを振らなくても経験を積むことでアップするらしい。
ユニークスキル内にある【暗殺】の熟練度が変化しているのは、クロトが狩りの途中でスキルポイントを振り分けたからだ。その選択をした理由は単純で、よりスマートに奇襲するためである。【暗殺】という技術には、そのままの意味で暗殺行為を補助する役割があった。
この部分にスキルポイントを2点使ったので、残りの数値は戦いで得た23から21に減っていた。(スキルポイントはあまりたくさんは手に入らないようだし、大事にしないとね)
そんなふうに貴重なスキルポイントの用途について何通りか念頭に挙げているうちに、陽が落ちて辺りが真っ暗になった。
クロトは空腹を満たすため、ファングラビットの肉を焼いて食べることにした。森の中に落ちていた木々を広い集め、それらで組んだ即席の調理台に食べやすいように切り分けたファングラビットの肉を載せる。さらにその下に敷き詰めた枯葉に火魔法を用いて着火し、じっくりと表面に焦げ目が付く程度に焼いていく。
そろそろ頃合いだろう。肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきたところで、クロトは木の枝を箸のように巧みに使い、肉に齧りついた。
(……おいしい)
クロトの顔にはうっすらと微笑みが浮かぶ。
食後は明日からの活動に備え、早めの睡眠をとることにした。クロトはあらかじめ考えていたとおり、登りやすい大木の上に寝床をしつらえる。その周囲に生い茂った大木の葉は、自分の体を外敵から十分に隠してくれるだろう。
クロトは疲れた体を癒やすため、静かに目を閉じた。
時刻は真夜中。
森の中は漆黒の闇が支配しており、人間の目では数メートル先を確認することも困難なほどだ。昼間同様に物音はほとんどないのだが、そのことが夜闇の不気味さを一層に引き立てている。
クロトはひんやりとした空気に身震いしながらも、目を覚ました原因である「索敵4」で捉えた敵性反応に意識を集中させる。
(数は……七十四体。距離は、北方向に約百五十メートル。……目視するには、あのスキルが必要かな)
敵が今の進路を変えないのであれば、自分が寝床にしている大木の近くを通るのは、ほぼ確実だ。
視界の悪さを不利に感じたクロトは、このままの状況で接敵することの危険性を考慮し、ステータスを開いて新たな通常スキル「暗視」を取得した。この暗視能力は、暗闇のせいで全くのゼロだった視覚情報を、通常時ほどではないにしろ、大分もたらしてくれた。
それから二、三分経った頃、近づいて来る人型の集団を発見したので、早速、そのうちの数体を解析した。
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『ゴブリンソルジャー』
レベル:15/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:400/MP:0/筋力:90/防御力:80
魔力:10/速力:60/幸運:5
▼通常スキル
「剣術3」
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『ゴブリンナイト』
レベル:23/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:550/MP:0/筋力:120/防御力:140
魔力:15/速力:90/幸運:5
▼通常スキル
「剣術5」「盾術4」
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『ゴブリンロード』
レベル:37/種族:妖魔/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:800/MP:300/筋力:310
防御力:280/魔力:120/速力:190/幸運:10
▼通常スキル
「剣術7」「盾術4」「火魔法3」「水魔法3」
「気配察知5」「隠密3」「直感1」「索敵2」
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刻々と迫り来るゴブリンたちは、感知した通りの七十四体。
上位種のソルジャーが十体、アーチャーが五体、メイジが五体と、最上位種のナイトが三体、そして支配種のゴブリンロードが一体。
上位種の三種類は、各種基礎能力値やスキルにばらつきはあれど、いずれもレベル10~19だ。
これに雑魚ゴブリンが五十体ほど付き従っている。どのゴブリンも剣に弓、杖と、武装こそ違うが、緑色の肌と角を持っており、昼間に遭遇したゴブリンと同系統に思われた。
先頭を進むゴブリンロードは身長二メートルを超えるがっちりとした体躯で、鼻息が荒い。その醜悪な表情から、そこはかとない怒りを渗ませているように見える。万が一、見つかれば問答無用で襲い掛かってきそうな勢いである。
(このままだと完全にかち合うよね……。「気配察知5」によって、僕の隠密能力が見破られる恐れもあるし、どうしたものかな……?)
少しずつ戦闘に慣れてきたとはいえ、数が大分多い。異世界初日にして大ピンチだった。
クロトは木の上から敵をじっくりと見据え、様々な戦闘の展開をシミュレーションしていく。
この窮地をどうすれば切り抜けられるか。慎重な行動が求められた。
判断を誤れば、そこで異世界生活はジ・エンドである。
VSゴブリン軍団
ゴブリンたちが視界に入ってから、クロトはすぐさま作戦を練った。
(まずは、やたらと数の多い雑魚ゴブリンたちを何とかしないと……あの数に集られるのは危険過ぎる。不意打ちで頭数を減らしてしまいたいね)
何よりも敵の数が脅威だと考えたクロトは、敵に察知されていない状態でのイニシアティブを雑魚ゴブリンたちの殲滅に使うことにした。
別案としては、リーダーであるロードを初手で潰して統率を乱す、という作戦もあったのだが、これはリスクが高すぎるため、一考しただけで却下した。不意打ちとはいえ、かなり格上にあたるロードを一撃だけで倒せる保障はない。最悪の場合、敵に四方を囲まれた状態でロードと戦い、袋叩きに遭う恐れがある。
(ついで、メイジとアーチャー。集中して戦うために後衛を真っ先に潰すのは鉄則だからね。残りは……戦いながら臨機応変にやっつけていくということで)
作戦を何度も練り直しているうちにゴブリンたちが射程に入ったので、クロトは交戦を開始した。
まずは魔物の夜襲に備え、昼間のうちに拾い集めていた石をアイテムボックスから取り出すと、雑魚ゴブリン目掛けて投げつける。その石は狙い違わずゴブリンの頭部に命中し、一撃で倒すことができた。
やや実験的であったものの、石の命中したゴブリンが絶命したのを見て、クロトは自分の予想が正しかったのだと確信を深める。やはり、この異世界は地球におけるファンタジーゲームのような仕組みらしい。ステータスに差があれば、投石といったささいな攻撃でも敵を殺すことができるようだ。
ゴブリンたちは「暗視」のスキルを持っていないせいか、いきなり仲間が死んだ理由が分からず、奇声を上げて慌てふためいている。
クロトはその隙を突いて、次々と石を投げた。未だ状況を把握できていないゴブリンたちは、自らの身を守る術もなく、されるがままに石をぶつけられバタバタと地に倒れていく。その様は、クロトにとっても実に痛快で小気味よかった。
雑魚ゴブリンの五十体が壊滅したころ、ようやく妖魔の一団は、自分たちが何者かに襲撃されていることに思い至った。だがもはや、既に時は遅きに失している。
(暗視があれば、もっと早くに察知できたのだろうけどね)
貧弱なゴブリンの思考能力に若干の哀れみを抱きつつ、クロトは後衛ゴブリンを潰すために場所を変えた。ロードの指示で、ソルジャーがクロトの元いた位置に向かって来るが、クロトは既にそこには居ない。集団の後方で殺気を漲らせ、周囲にくまなく目を配っているメイジたちの背後に移動していたのだ。
あらかじめ準備していた石は投げ切ってしまったので、クロトはファングラビットの牙で作った武器を持ち、メイジの真後ろから襲撃をかける。突き出された牙ナイフは一撃でメイジの首を貫通し、絶命させた。すかさずクロトは、倒れ伏したメイジの首から牙を抜き、ヒットアンドアウェイ戦法でほかのメイジを狙う。
間髪を容れずに三体目のメイジに止めを刺した頃、ようやくソルジャーたちがクロトの方へやって来た。
だが、それも既に遅い。クロトは、ソルジャーの到着前に全てのメイジを片付け、その場を離れている。
アーチャーが闇雲に矢を撃ってくるが、クロトの姿が見えていないため、当たりようがない。
(だいたいの位置しか分からないのだから、当然だよね。「弓術」のスキルレベルは低いし、たとえ姿が見えていても、そんなしょぼい矢なんて当たるもんか)
剣と違って、弓は相応の技術がなければ対象に命中させるのは難しい。敵が持つ武器の性質を頭の片隅に思い浮かべながら、クロトはアーチャーの背後に回り込み、メイジの時と同様にバックスタブで敵の首へ致命傷を負わせていく。
アーチャーすべての息の根を止めた後、クロトは素早く周囲に散らばっている石を拾い集める。離れた場所からソルジャーに石を投げて始末するためだ。白兵戦に持ち込ませないよう、クロトはソルジャーと一定の距離を保ちながら、石を拾っては投げ、拾っては投げるという遠距離攻撃に徹した。
その一連の動きを繰り返しているうちにソルジャーが全滅し、残りはナイト三体とロードになった。
ナイトもロードも、強敵の不意の出現に、未だ混乱から立ち直れていない。だが、ロードは「解析」のスキルで確かめたとおり、「直感1」を持つ。そのため、クロトの位置を掴んで攻撃を試みる不穏な動きがある。
しかし、ロードが察知する前にクロトが予測不能な移動をするせいか、余計に混乱を招いているようだ。
(「直感」の効果は……確か、普通の状態では発見できない点に気づけるようになる、だったよね。自分も持っているから分かるけど、厄介なことこの上ないね)
クロトが次の一手を考えていると、ロードが三体のナイトに指示を出し、自分を中心に全方位を警戒させた。この敵のフォーメーションだと、近づけてもナイト一体を仕留めた段階で、ロードの攻撃をまともに食らう確率が高い。そうなったらお仕舞いだ。持ちこたえられるとは、とても思えない。
クロトは少し離れて、【魔力遮断】から派生した新しい技能にポイントを振り分けた。その名は【魔法隔離】。【魔力遮断】の最高値を条件として生まれた技だ。クロトは戦闘開始前にメイジの「魔力察知」を警戒し、【魔力遮断】を強化していたのである。
次にクロトは、新技である【魔法隔離】を見て、そのスキルを有効に活用できる作戦を立てた。
自らの魔法を【魔法隔離】によって敵の認識から切り離し、その魔法で不意を打って攻撃するという、いわば反則技だ。【魔法隔離】という技能には、そのような作戦を可能にする効力がある。
クロトは直ちにロードたちから少し離れた木の陰に身を隠すと、スキルポイントを7点消費し、「火魔法2」を「火魔法4」へ強化した。僅かでも威力を高め、最初の一撃でより多くのダメージを与えるためだ。
【魔法隔離】のスキルを使用するために意識を集中する。そして、全力で「火魔法」を発動した。
(――――『大火球』!)
高威力の「火魔法」がナイトの頭部に直撃した。相手は【魔法隔離】の効果により、クロトの魔法を認識できない状態のまま爆散する。ロードだけはナイトに魔法が直撃する寸前に知覚できていたようだが、その段階では無意味である。
(僕からの攻撃に勘づいても、反撃できる距離に居なければどうしようもないよね)
クロトは情けないくらいに慌てているロードを視認しながら、「ご愁傷さま」と胸の内で呟いた。
(それと、やっぱり魔力が低いナイトは魔法に弱いんだね)
どうやら、「魔力」とは「魔法攻撃力」であり「魔法防御力」のようだ。
順調に三体目のナイトの頭をふき飛ばして、全てのナイトを退治することに成功した。MPはほぼ使い切ってしまったが、残るはロードだけである。ここでさらにもう一つ手を打つことにした。
ステータスを開き、【暗殺】の技能にスキルポイントを2点振り、熟練度を上昇させた。この【暗殺】は、バックスタブや毒の使い方の暗殺行動全般に補助がプラスされる。
一段階強化しただけでも――。
「グギャッ!?」
背後から牙ナイフの先端で首を切り裂かれ、突然の激痛に悲鳴を上げるロード。
どうやら【暗殺】の技術が上がったことで、ロードの「直感」をもってしても、クロトの攻撃に気づけなくなったらしい。結果として、ロードは想定外の重傷を負わされることになった。
応援ありがとうございます!
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