異世界隠密冒険記

リュース

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第二部「創世神降臨」編

絡み酒?

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 アイシアは体の底から力が湧いてくるのを感じていた。



 人間誰しも限界というものがある。

 怒りや嫉妬は上手く制御できればその限界を超えられる。

 というのがクロトの持論。


 例えば、体力的に一日百回しか剣の素振りができない人が居たとする。

 怒りや嫉妬などの強い感情は、百回という枷を突破し、更に剣を振らせる。

 そんな積み重ねで、同じ能力の人間でも、力に差が生まれる。


 もっとも、大抵の者は感情を制御できずに持て余すだけなのだが。

 もしくは、非建設的な行動に出るか。


 クロトは、アイシアの事を高く評価している。

 切っ掛けさえあれば嫉妬を上手く利用し、己を高められる、と。


 現状、ディアナとの間にある差を埋めるために、絶好のチャンス。

 それ故に、実体験に基づく助言をした訳である。



「クロトさん、ありがとうございます!私、やれそうな気がしてきました!」

「そっか。それは重畳。」


 アイシアの瞳に映るのは、先程までのように後ろ向きな自己嫌悪ではない。

 期待と希望に溢れた、前向きな目だ。

 やってやろうという気概がビシビシ伝わってくる瞳である。


「ま、また危うくなったら相談に来るといいよ。」

「はい!そうさせてもらいます!」


 アイシアはそう言うと、グラスのお酒をゴクゴクと飲み干した。


「ちょ、アイシア、あんまり一気に飲むと・・・。」

「大丈夫ですよっ、そのくらいで酔ったりしましぇんから・・・!」

「・・・・・・。」


 言ってる傍から酔いが回っているではないか。

 クロトも無言で呆れ顔だ。

 アイシアは、たまに天然でやらかすことがあるのだ。


 アイシアは自分で酒瓶を手に取り、グラスに注ぎ始めた。

 その素早さはクロトが驚くレベル。

 そして、新たに注いだぶんも、一気に飲み干した。


「アイシア、そろそろお酒は・・・。」

「何ですか?何か問題でも?」

「問題というか何と言うか・・・。」

「はっきり言ってください!大体、クロトさんはいつもそうです!」


 アイシアは酔った勢いで、クロトへの不満を口にし始めた。


「何であんなに思わせぶりなんですかっ!」

「ええ・・・?」

「ディアナ先輩を口説いているんならそうだと言えばいいんです!」

「ちょっと待って、口説いているつもりは無いよ・・・?」


 唐突な展開に困り顔のクロトだが、アイシアは意に介さない。


「あんな楽しそうに話して・・・口説いてないなんて嘘です!」

「そんな無茶苦茶な・・・。」


 論理的であるように思えて、その実、全然そうではない。


「いいじゃないですか!ディアナ先輩も我がものにしてしまえば!」

「一体何故そんな話になるのかな・・・?」

「クロトさんなら先輩を幸せにできます!寧ろ、他の男なんて認めません!」

「・・・そう思う理由は?」

「みなさん、とても幸せそうだからです!」


 みなさん、というのはクロトの恋人たちのことだろう。


「意地っ張りで変わり者で純心な先輩はっ、他の人とは上手く行きません!」

「全く分からないとまでは言わないけど・・・。」

「分かったら押し倒してきてください!」

「それはちょっとできかねるかな・・・。」


 ここで頷くなどあり得ないので、ちゃんとお断りを入れたクロト。


「先輩のどこが気に入らないというんですかっ!」

「どこと聞かれても・・・答えに困るね。」

「どこの馬の骨とも分からない輩に先輩は任せられません!」

「これじゃあ頑固おやじみたいだよ、アイシア・・・。」


 段々主張も混乱してきているのが窺える。

 クロトを馬の骨扱いとは、いい度胸である。


「一緒に甲斐甲斐しく先輩の世話を焼きましょう!成長のために!」

「・・・ダメだねこれは。どうしてこうなったのかな・・・。」


 クロトが頭を抱えていると、アイシアの空気が変わった。


「何でしゅかクロトさん、私まで口説こうというのですか?」

「ええ・・・?どこをどう捉えたらそうなったのかな・・・?」


 何故そんな話になるのか、まるで分からないクロト。

 クロトはアイシアの好みなど知らないのだ。


「私の前でそんな頼りない姿を晒すなんて、そうとしか思えませんっ!」

「・・・つまり、アイシアはそういうタイプの男性が好きなのだということ?」

「そうです!でも私はクロトさんに靡いたりはしませんからね!」

「あ、うん・・・そうなんだ。」


 クロトはそんな曖昧な返事しかできなかった。


「私の下着を見ても顔色一つ変えない人なんて知りませんっ!」

「ああ、今度はその話になるんだ・・・。」

「ですからっ!どうせならもっと口説いてください!」

「どうせもなにも、欠片も口説いてないからね?」


 あらぬ誤解を受けては堪らないので、そこは否定したクロト。


「いいじゃないですか!どうせ恋人を口説き慣れているんでしょう!?」

「そんなことはない、よ?」

「嘘です!私だってたまにはいい雰囲気で口説かれてみたいんですっ!」

「・・・・・・。」


 クロトが、酔っ払いの対処を思い出していると、急に隣が静かになった。


「すぅ・・・すぅ・・・。」

「寝てる・・・。起きた時に記憶に残ってないといいね・・・。」


 クロトは心の底からそう思ったのだった。








 当然、そう都合よく記憶が消えるはずもない。

 アイシアはしばらくの間、度々悶えることになるが、それは別の話。









「じゃあディアナ、インフィアには僕から断っておくから、後はよろしくね。」

「言われずとも分かっているわよ。」


 隠密者の効果を受けて隠れていたディアナ。

 そのままアイシアを大事そうにおぶって、宿へと向かったのだった。

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