異世界隠密冒険記

リュース

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第二部「創世神降臨」編

迫る時

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 クロトたちは、エルフ総出で見送られ、里を去った。




「母さん、それほど辛いなら、ついて行ったらどうなんだ?」

「・・・それは出来ないわ。私には里を守る義務・・・いえ、里を守りたいの。」


 長としての役割を差っ引いても、やはり里を去ろうとは思わないセーラ。

 今回のようなことが起こりうる以上、なおのこと里を離れる訳にはいかない。


 涙を流しながらも、変わる事の無い想い。

 レフィはそれ以上何か言うのを諦めた。


 これで義務云々の理由しか無かったなら、引っぱたいてでも送り出していたが。


(クロトは流石だな。母さんの心情を理解して、何も言わないのだから。)


 クロトはセーラに、一緒に来ないか、という一言を決して言わない。

 自分がそれを望んだら、セーラが二つの選択で揺れ、酷く苦しむことになる。

 最後には里に残ることを選ぶだろうから、余計な罪悪感を背負わせたくない。

 そんな考えからの選択で、自分の言葉に重みがあることを理解しているのだ。


「お母さん、クロトから預かったのです!」

「ユフィ、それは何だ?」


 ユフィがセーラに見せたのは、魔力で動く携帯電話のようなもの。

 先日、ついに完成した通話道具である。

 なんと、登録さえすれば、結界の内外でも通じる優れもの。


 一緒に持っていた説明書きを読んで、セーラは嬉し涙を流した。


「もう、クロト君ったら・・・。」


 落として上げるとは、中々酷いことをするものである。

 今回は、効果的にセーラをなぐさめられたが。


「さ、家に帰りましょう!」

「そうだな。」

「愛の巣なのです!」

「ユフィっ!」


 そんなこんなで、三人は仲良く家へ戻って行った。




 なお、セーラはいつ電話がかかって来るのか。

 また、自分からかけて良いのか。


 その辺りの事が分からず、やきもきさせられるのだが・・・。


 それはまた別の話。












「戻って来たでござるっ!」


 置いてけぼりを喰らったナツメが、プンスカしながらクロトたちを出迎えた。

 カレンは再び東国へ出向いたのでこの場には居ないが。





「それは・・・大変だったでござるなぁ・・・。」


 橙輝竜や黄昏の門、そしてセーラのことを話したクロト。

 ナツメは呆けたように、そんな答えを返した。


 竜のこともそうだが、セーラが婚約者になったことは、反応に困るようだ。


 クロトと出会ったのは自分の方が先だが、未だに関係性は変わらず。

 嫉妬の感情こそ無いが、やはり気分は重いのだろう。

 何とも言えない表情も、それが理由だ。




「あ、少し予定とはズレるけど、来週あたりにナツメの実家に行くからね?」

「この前言っていた件でござるな?了解したでござるよ。」


 目的を欠片も理解していないのは、幸運なのか不運なのか。











 その日の夜中、クロトは地底樹の元に居た。



「やっぱり、兄弟というのは、こうじゃないとね・・・。」


 クロトが見つめる先には、地底樹の地下茎の一つと、世界樹の重要な枝の一本。

 同じ場所に存在する両者は、心なしか、とても幸せそうに見える。


「ま、兄弟の在り方なんて、人それぞれではあるんだけどね。」


 クロトの言はもっともだが、どこか達観しているように感じられる。

 果たして、このクロトという人間の在り方は、どのようにして形成されたのか。


「クラリスも、取り返しがつかなくなる前に、気づいて欲しいな・・・。」


 クロトはそう思ってやまない。

 人であろうと神であろうと、間違えるときは間違える。

 何を以って間違いとするかという問題もあるが、それは、変えようの無い事実。


「グランディア・・・僕はね、間違いに気づけた。君たちのおかげでね。」


 だが、人も神も、間違いは正すことができる。

 誰も幸せになれない選択を、改めることができる。

 簡単では無いが、決して不可能でも無い。


 ユグドラシルやグランディアと関わって。

 セーラに背中を押して貰って。

 それでようやくだったが、間違いを正せたのは確かだ。


「クラリス・・・巡り巡って、君の背中は僕が押すよ。だから、もう少しだけ、待っていて・・・?」


 クロトはそれだけ呟いて、その場を去って行った。


 世界樹ユグドラシルと地底樹グランディア。

 二本の樹は、クロトの想いを支援するかのように、その体を揺らした。



 シャン、シャン、シャン・・・!!



 不思議なほど静かな夜に、その音は綺麗に響いたのだった。

 













「・・・っ?今、何かが・・・・・・気のせいでしょうか?」


 クロトの呟きは、確かに次元を超えて、創世神クラリアセレスの元へ届いた。


「・・・何故、涙が流れるのでしょうか。まるで理解不能ですね。」


 クラリスは構わず、一人でも多く幸せになれるよう、システムの調整を続ける。


「・・・どうして。何故っ、こんなにもっ、嬉しくなるのですかっ!?」


 クラリスは、自分にそんな感情を抱く資格は無いとばかりに、振り払った。




 ずっと一人で、世界を支え続けて来たクラリス。

 己を責め続け、永遠に許すことのないクラリス。


 そんな彼女が救われる時は、もう目前まで迫っているのかもしれない。



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