異世界隠密冒険記

リュース

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第二部「創世神降臨」編

永遠の眠り亭へ

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 ついでの用事を終えたクロトは、本来の目的地である永遠の眠り亭へ。


「・・・あっ、クロトさん!」

「久しぶり、リンカ。今大丈夫かな?」

「はい!丁度休憩中ですから!」


 リンカはクロトの方へ駆け寄って来て、そう答えた。

 とてもいい笑顔で、大変嬉しそうにしている。

 尻尾があればブンブンと振っているかもしれない。


 可愛いので、クロトは頭を撫でる。


「!?ふぁ・・・・・・。」


 最初は突然撫でられて驚いていたが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。

 本当に犬みたいになってきた。


「それでリンカ、少し二人で話をしたいんだけど・・・。」

「えっ?・・・はい、分かりました。」


 クロトの真剣な雰囲気を感じ取って、居住まいを正す。

 そのまま人気の無い場所へ。




「それでクロトさん、お話というのは・・・?」


 そう尋ねたリンカだが、おおよそのことは分かっていた。

 自分の恋心が報われるのかどうか、その瀬戸際に居ることを。


 クロトは意を決して、一つの問いを投げかけた。


「リンカ・・・僕の財閥傘下にある宿屋で、働くつもりはあるかな?」

「えっ・・・?クロトさんの・・・?」


 思いもよらない話に、リンカは困惑する。


「ああ。そこで、僕の帰る場所になって欲しい。」

「っ・・・それって・・・!」


 それはつまり、プロポーズのようなものではないか。

 だがしかし、最高に嬉しいはずの事なのに、素直に喜べない。

 何故ならそれは、永遠の眠り亭をやめる、ということを意味するからだ。


 心から待ち望んだクロトの言葉。

 それを断るなど、正気の沙汰では無いかもしれない。

 だが、それでもリンカは・・・。


「・・・ごめん、なさい。その申し出は、受け入れられません・・・。」

「・・・理由を聞いてもいいかな。」


 クロトはショックを受けた顔をしながら、断った理由を聞く。


「私、は・・・永遠の眠り亭を、やめたくは無いんです・・・!」


 右も左も分からなかった自分を受け入れてくれた、永遠の眠り亭。

 時に優しく、時に厳しく、自分に接してくれた、女将さん。

 自分の料理や接客を楽しみにして、滞在してくれるお客さんたち。


 色んなことを学び、色んなことを経験した。


 そんなかけがえのない思い出のつまった職場で、立派な看板娘として働くこと。

 それが人生の目標であり、生き甲斐である。


 たとえ、クロトの告白を断ることになっても、申し出を受けることは出来ない。


 そう伝えたリンカの瞳には、強い信念と覚悟の色があった。


「そっか・・・。悪いことを聞いたね。今の話は、忘れて?」

「っ・・・はい・・・・。」


 なんとか返事をしたリンカだが、その目からは涙が零れる。


 自分から、最初で最後だろう告白を断ってしまった。

 二度と自分の恋が実ることは無い。

 どれほど強い意志と信念を持っていても、涙くらい流して当然だろう。


「・・・参考までに、前提条件が違っていたら、受け入れて貰えたのかな?」

「・・・!」


 涙を流しながら、当然だとばかりに、何度も頷く。


「僕は、懐に入れてない場所を、完全に帰る場所へは出来ない。・・・ごめん。」

「ううっ、うあぁぁぁぁぁっ!」


 リンカはついに、大粒の涙を流しながら、泣き始めた。


 クロトは、身勝手な自分にはなぐさめる資格など無いと分かっていた。

 だが、それでも・・・リンカを抱き締めずには居られなかった。


 クロトに縋りついて泣き続けるリンカ。

 その頭を、優しく撫で続けるのであった。










 やがて、本気で泣き続けて、身も心も疲れ切ってしまったリンカ。

 クロトの胸の中で気絶するように眠ってしまった。


 クロトは、リンカを抱き抱えて、永遠の眠り亭へ送り届ける。

 女将さんは、何かを察したようにリンカを預かって、部屋へ運んだ。





(さて・・・ここからが本当の戦いかな。キツイことになりそうだね・・・。)


 クロトは、固めた決意を再確認して、行動に移った。








 クロトは、永遠の眠り亭を気に入っている。

 そのため、前々から財閥の傘下に入ることを、女将さんに提案し続けた。


 だが、何か事情でもあるのか。

 申し出自体は嬉しそうにしながらも、今日まで断り続けて来た。


 今回再び、女将さんに傘下へ入るよう、お願いをする。

 そうすれば、リンカを躊躇わせるものは無くなる。


 クロトは、リンカに断られることを予想していた。

 強い信念に基づいて断られるなら、仕方が無いと思っていた。


 だが、リンカはそれで幸せになれるのか。

 自画自賛が入るかもしれないが、自分がリンカを幸せにしたいと思っている。


 しかし、だからといって、お世話になった女将さんの意見は曲げさせたくない。

 そんな壁にぶち当たったときに、地底樹の一件。


 母に幸せになって貰いたいが為に、眠りについた地底樹。

 二度と目覚められないかもしれないというのに、躊躇わずに実行した。

 その、自分のすべてを懸けて、愛しい人の幸せを願う想い。


 クロトはその想いを地底樹から感じた時、覚悟を決めた。


 自分の全てを懸け、最も大切なもの以外を切り捨てる覚悟を。






 クロトは、戻って来た女将さんに、こう告げた。



「女将さん。この宿を・・・・・・買収させてもらいます。」

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