異世界隠密冒険記

リュース

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第一部「六色の瞳と魔の支配者」編

閑話 とある秘書の物語

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 ここはミカゲ財閥本部、会長秘書室である。

 現在、一人の女性が黙々と仕事をしていた。


 藍色の長髪と藍色の目。

 キリっとした顔に、同色の眼鏡。

 どこか、冷たい印象を持つ女性である。


 彼女はミカゲ財閥の幹部であり、名前をスイレン。

 ブルータル王国よりクロトがスカウトした人材なのだが、相当に優秀だ。

 クロトが財閥の経営を半分は任せられると言えば、その凄さが分かるだろうか。


「・・・・・・。」


 彼女は一言も口を開く事無く、ひたすらに書類を片付けていく。









 スイレンは幼いころから、神童と呼ばれて来た。

 何をやらせても、あっという間にこなすようになってしまう故に。


 子供ながらにして大人顔負けの知能は、周囲から彼女を孤立させた。

 彼女の両親も、決して例外ではない。



 いつしか彼女は、表情を表に出さないようになっていた。



 また、優秀さ故に、二十歳になる頃には、何をする意欲も無くなっていた。

 つまらない世界を、何に熱中するでもなく過ごし。

 ただただ、生きるために最低限必要な糧を得る毎日。


(私は・・・何のために生まれて来た・・・?)


 そんな思いを抱くようになって久しい日、彼女はあることに気づいた。


(魔物の増加パターンに恣意的なものを感じる・・・。)


 そう、彼女はいち早く、魔物の異変について気づいていた。

 気づいたのは、クロトとほぼ同時期。


 すぐさま国へ報告書を出したが、鼻で笑われる始末。


 自分以外の人間は、自分とは見ているものが違うのかもしれない。

 そう考え、いよいよ世界に絶望しかけた時、ある男と出会った。






「この国に魔物増加に関する報告書を出したのは、君で合ってるかな?」

「・・・どちらさまですか?」


 スイレンの目の前に突如現れたのは、黒髪黒目の青年。

 何かしらのスキルなのだろうと推測し、驚きもしない。


「僕はクロト。ただの冒険者だよ。」


 青年は簡単に名乗り、スイレンを見つめる。

 黒の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、話を進める。


「その冒険者が、何の御用ですか?」

「君の書いた嘆願書を読ませて貰ったよ。中々よく出来ていると思う。」

「・・・それが何か?」


 何故自分の書いた報告書を、目の前の人物が持っている理由は分からない。

 ごく自然に右手に持つ様子からは、何も感じ取れない。


「良くできてる、けど・・・六十点、だね。」

「なっ・・・!?」


 自身のあった報告書だけに、辛口評価に驚愕する。

 何とか感情を抑えながら、その評価理由を尋ねてみる。


「随分と厳しい評価ですが、どこがダメなのかお聞きしても?」

「ああ。この報告書は、万人に分かるようにできていない。これでは、ね?」

「・・・・・・。」


 スイレンはそれだけ理解した。

 誰もが自分と同じ思考能力を持っている訳では無いのだと。


 自分の報告書を青年から受け取り、眺めてみる。


(・・・これでは、理解してもらえ無いのも当然でしたね。)


 直ぐに自分のミスにも気づき、どうすれば良いかの改善案も浮かんでくる。


 そして、それを指摘した青年は、自分と同じ神童と呼べる存在だと思った。


「・・・悪いけど、僕は君のように天才という訳では無いよ?」

「・・・・・・。」


 自分の考えを見透かされ、思わず沈黙する。

 だが、天才ではないという自己評価は、何の冗談なのだろうか。

 そう考えていると、青年、クロトが口を開く。


「その顔は、納得出来て居ないみたいだね。なら、簡単なゲームをしよう。」

「ゲーム、ですか?」

「ん、簡単なカードゲームだよ。」




 十数分後、スイレンは一勝も出来ずに終わった。


「結局、あなたが天才という証明ではありませんか?」


 内心の動揺を隠しつつ、結論を述べたスイレン。

 自分が一勝も出来ないなど考えもしなかったが故の動揺。


「それは違うよ。例えば・・・・・・。」


 その後の説明から、それが凡人の延長線上にある物だと思い知らされた。

 スイレン自身が天才であったために、自分とは違うと認めざるを得なかった。


(私は、今まで何をして・・・。何故もっと自分を伸ばそうとしなかった!?)


 凡人でも、ここまで至れるということを理解させられたスイレン。

 自分の怠惰な過去を振り返り、自分のことを恥じた。


 クロトはスイレンに手を差し出して、こう告げた。


「さて、ものは相談なんだけど・・・僕の力になってはくれないか、スイレン。」


 スイレンは、一瞬も躊躇うことなく、その手を掴んだ。










「・・・この書類、三番まで持っていって。あと、五分後にまた来るように。」

「かしこまりました。」


 部下の男に書類を持って行かせて、別の書類に取り掛かるスイレン。


 彼女は今、とっても充実した日々を送っていた。



 自分の能力を最大限使って、ようやくこなせる仕事の難易度。

 忙しいながらも、かつてないほどの充足感に満たされていた。



 視界の端に、部下らしき影が映り、書類を渡して言う。


「これ、四番まで持っていって。あと、五分後にもう一度。」

「了解したよ。」


 そうしてスイレンは再び書類に向き合・・・わずに、書類を渡した男を見る。


「・・・会長、なにをやっているので?」

「何って、雑用だけど?」


 動揺を抑え込みながら、目の前の人物に確認する。

 すると、書類を転送したクロトが、事も無げにそう答えた。


「・・・眠っていたのでは無かったので?」

「丁度、起きたばかりだよ。」

「・・・遊べるほど暇なら少し手伝ってください。」

「了解。苦労を掛けた分、頑張らせて貰おうかな?」


 クロトはスイレンに微笑みかけ、すぐさま仕事に取り掛かった。


「・・・そうしてください。少しだけ仕事が溜まっていますので。」






 凡人を超人たらしめた、途轍もなく強い意志を宿した黒い瞳。

 その瞳は、何事にも無感動だったスイレンを、魅了して止まない。





 ミカゲ財閥ナンバー3。

 語られるはずの無かった藍色の女性。

 会長秘書、スイレンの話であった。

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