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2巻
2-3
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「――さて。昨日は話しそびれたけれど、一つ聞いてもいいかな?」
「はい。なんでしょうか、クロトさん」
仕事中ということもあって、アクアの様子はすっかりいつものとおりに戻っている。
「アクアは今年が創世暦何年か知ってる?」
「創世暦三〇一五年、だと思っていたんですが……でも、私が二年間の記憶を失っているなら、創世暦三〇一七年八月、ですか?」
アクアの回答に、クロトは正解だと頷く。
不思議なことに、アクアは昨日まで、今は創世暦三〇一五年だと思い込んでいたらしい。
しかし、年月の話題など、普通に生活していれば、何気ないところで目や耳に入ってくるはずだ。
冒険者ギルドの壁にだって、カレンダーが掛けられている。にもかかわらず、アクアは今日の今日まで勘違いを続けたままだった。
「――言われてみれば、森の中で目覚めてからこの方、創世暦の話題に触れた記憶がありません。物凄い偶然ですね」
「偶然、か……」
クロトは視線を彷徨わせて、感傷的な呟きを漏らした。
その漆黒の瞳は僅かに揺れており、珍しく動揺しているのが見てとれる。
アクアは創世暦の件を単なる偶然だと受け取ったようだが、クロトは全く違う考えだった。
「もしも、僕と出会う前に創世暦に触れて、空白の二年間に気づいていたら、アクアはどうなっていた?」
「それは……恥ずかしながら、酷いパニックになったはずです。恐らく、気持ちを立て直すのは不可能に近かったかと」
「つまり、こうも言えるわけだ。立ち直れるようになるまでの間、アクアは〝運良く〟創世暦に触れなかった、と」
精神の支えとなる人ができるまでの期間だけ、創世暦に関するものが近づいてこないという、そんな都合の良い偶然など起こるはずがない。
しかし、クロトは知っていた。
そんな偶然を起こしうる、あり得ないほどの幸運に恵まれた、例外的な人間を。
クロトは真っ青な空を見上げながら、ぼんやりと思い出す。
今は亡き幼馴染兼親友。
時として、自分だけでなく周囲にも幸運をもたらすその女性――日向白奈のことを。
「……あ、アクア。一日早いけど、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
そう言ってクロトが渡したのは、アイテムボックスから取り出した花束だ。
真っ白な花々の中に、青と黒の花が一輪ずつ、寄り添うように並んでいる。それらが何をイメージしたものかは……言うまでもなかった。
「ふわぁあああっ……!! ありがとうございます、クロトさん!! 私、こんなに嬉しいプレゼントは初めてです……!!」
「喜んでもらえたようで良かった。実は少しだけ不安だったから……」
大事そうに花束を抱き締めるアクアを見て、クロトは嬉しくなり微笑んだのだった。
丘上の剣と白鈴の軌跡
僅かに雲が浮かぶ空を見上げると、ギラギラと輝く太陽がちょうど中天に差し掛かろうとしている。
クロトはアクアたちを乗せた商隊の馬車を、旅の中継地点であるワンハイトの村で見送っていた。
まだ商人たちが出発して間もないので、ごろごろと車輪が転がる音がハッキリ聞こえてくる。
アクアはこのまま馬車の護衛を続け、シレーマで『精霊結晶』の獲得を目指す。
一方、クロトが道も碌に舗装されていない小さな村――ワンハイトで途中下車したのは、この村の近くにある『人形の迷宮』という名のダンジョンに行くためだ。
既に踏破されたダンジョンではあるが、Sランク冒険者レファイスの話によると、人形の迷宮では質の良い『ミスリル鉱石』がとれるらしい。
ミスリル鉱石は、魔人との戦いで酷使して壊れてしまった『月影の剣』を修理するために必要な素材の一つとして、ドレファトの町の武具屋の親方、グレンが指定したものだ。
彼曰く、ミスリル鉱石と精霊結晶があれば直せるのだそうだ。
もう二度と使えなくなることを覚悟して戦ったのだが、もう一度月影の剣を使えるかもしれないと知り、クロトは進んで手間の掛かる素材集めに取りかかったのだった。
それにしても、そんな貴重な鉱石が産出されるなら、冒険者や採掘師たちが押し寄せて、もっと村に活気が出てもいいはずだが、残念ながらこのミスリル鉱石、滅多に現れないレアモンスターが、ごく稀にしか残さないのだそうだ。魔物を確実に仕留める実力のない者は、素直に鉱山に籠もって採掘していた方がよほどマシである。
それに、そもそも対象のレアモンスターとレアドロップについて知っている者がほぼいない。
亀の甲より年の功。長い時を生きているエルフたちの知識は伊達じゃないということか。
見送りを終えたクロトは、踵を返して村の中へ入っていく。
村で何をするにせよ、まずは宿をとらねばならない。ついでに腹ごしらえもしたいところなので、クロトは途中ですれ違った男に料理の美味しい宿を尋ねた。
「宿屋? それなら、裏通りに一軒だけあるぜ。辺鄙なところにある村だからな。それだけで事足りるんだわ。ま、飯は普通に美味いから心配ねえ。ガハハハ!!」
「そうですか。ありがとうございます」
クロトは男性に丁寧に礼を述べ、教えてもらった細い通りに入っていく。
ほどなくして、茶色い瓦屋根の建物が見えてきた。控えめに看板は出ているものの、造りは大きな一軒家といった感じである。
「すみません、この宿の方ですか? 泊まるところを探しているんですが」
「いらっしゃい。部屋は空いているよ。三食つきで一泊銀貨一枚だけど、それでいいかい?」
表で掃除をしていた中年女性に声をかけてみたところ、まさに宿屋の女将だった。
銀貨一枚というと、日本円で千円相当。ドレファトの町の宿屋が銀貨三枚だったことを考えると、格安と言ってもいい値段だ。
「では、三日ほどお世話になります。それにしても、銀貨一枚というのは安いですね」
「ま、宿屋と言うのもおこがましいところだから。何せ、造りは普通の家と大して変わらないし、食事も自分たちが食べるものを多めに作るだけなのよ」
女将はクロトから銀貨三枚受け取ると、破格な理由を説明した。
なんでも、かなり昔に異名持ちの冒険者が村を訪れた際、泊まる場所がなくて難儀したのだとか。それ以来、代々村長の身内がこぢんまりとした宿屋を経営しているらしい。
「だから、食事はありふれた家庭料理だけど、勘弁してちょうだいな」
「なるほど。その辺は問題はないので気にしないでください。あ、これから昼食をいただけますか?」
女将に案内されて、建物の中へ入る。
「リンカ、お客さんが一人いらっしゃったよ。食事をお持ちしてちょうだい!」
「――はいっ、ただいまっ!」
女将が声を張ると、厨房の方から若い女性の声が返ってきた。
「今の声は娘さんですか?」
「ああ、違うのよ。私に娘はいないわ。リンカは記憶喪失らしくて、うちで面倒を見てるの。言葉を覚えるまでが大変だったけど、幸い、料理はそこそこできるから、結構助かってるわ」
「記憶喪失ですか……それは大変ですね」
クロトは当たり障りのない受け答えをしたものの、内心では随分と驚いていた。
(リンカって、こっちではあまり聞かない響きの名前だよね……もしかしたら日本人だったり?)
女将に勧められた窓際の席につき、外の景色を眺める。
あらかじめ準備してあったのか、五分も経たないうちに料理が運ばれてきた。
「お待たせしました、『日替わりワンハイト定食』です。ごゆっくり……えっ」
「ん? どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです! ごゆっくりどうぞ!」
定食を運んできた少女は、クロトの顔を見て驚いた様子だったが、すぐに踵を返して厨房へと戻っていった。
リンカと呼ばれていた少女は黒髪ポニーテールで、クロトと同じ黒い瞳だった。
年の頃は同年代で、十七歳か少し下くらいに見える。
「直感」スキルを持つクロトは、僅か数秒のやり取りでリンカの事情をある程度看破してしまった。
(僕を見て驚いていたし、やっぱり転移してきた日本人? 記憶喪失という話は嘘の可能性が濃厚、と)
それでも、相手の失礼にならないように「解析」スキルは使わない。クロトが個人の情報を丸裸にするのは、完全な敵か、敵になる恐れが高い相手だけだ。
食事を済ませたクロトは、目的地へ向かうべく宿屋のある裏通りを歩いていた。
人形の迷宮は村から歩いて三時間の場所にある。彼の足なら往復しても夜までには戻れるだろう。
初日からいきなりレアモンスターに遭遇できるなどと楽観はしていないので、まずは〈天の瞳〉でマップを作成するところから手をつけて、調査と下調べをメインにするつもりだ。
捜索計画を立てながら歩いていると、脇道から出てきた人とぶつかった。
「っ……ごめん。考えごとしてて、前を見てなかった」
クロトはとっさに黒いフードを被ったその人に謝る。
「いえ、わたくしの方こそ不注意でしたわ。悪かったですわね……あら、あなたは商隊の護衛だった……?」
「ん? 厳密に言えば護衛じゃないけどね。そういう君は、別の馬車に乗っていた人だったよね」
互いに注意が散漫だったことを詫びたところで、相手が顔見知りであることに気づいた。
もっとも、フードに隠れているせいで、クロトは相手の素顔を知らない。声の質と喋り方からして、女性であることは推測できるが。
「よくわたくしのことを覚えてましたわね。言葉すら交わしていないというのに」
「まあ、記憶力には自信があるから」
その言葉に嘘はない。この黒ローブの女性は、クロトが商隊で密かに警戒していた最後の一人なのだから。
結局、彼女は何も問題を起こさなかったが、未だに多少気にかけている相手ではある。
「羨ましい特技ですわね。さすがは+Aランク冒険者の『深淵』といったところでしょうか?」
「へぇ。知ってたんだ。あの商隊でも、限られた人しか知らなかったはずなんだけどね」
見事に正体を言い当てられたものの、クロトは動揺を完全に抑えて冷静に返した。
これには、逆に相手の方が驚いたようだ。
(この男、正体を暴露されても全く焦らない。馬車で感じたとおり、ただ者ではありませんわね)
(+Aランクを前にこの堂々とした態度。本当に何者だろう。それに、どうしてこんな村に……?)
互いに警戒しあい、ピリピリとした沈黙が支配する。一つ対応を間違えば、この場で凄まじい戦いが繰り広げられかねない。尋常ならざる緊張の中、先に口を開いたのはクロトだった。
「……僕は用事があるから、これで失礼するよ」
「わたくしも、これで失礼させていただきますわ」
二人は狭い路地ですれ違い、互いに後ろを警戒しながらゆっくりと歩く。
「……そういえば、あなたはこれからソーラドールへ向かうのでしたわよね?」
ふと、黒ローブの女性が立ち止まって尋ねてきたので、クロトは足を止めて振り向かずに応えた。
「……それが何か?」
「もう二度と会うことはないでしょうから、同じ馬車に乗り合わせたよしみで教えて差し上げます。命が惜しいなら、今はあそこに近づかない方がいいですわよ? あなたが強いのは分かりますが、誰にだって不可能なことはあるんですもの」
「? ……ご忠告、感謝するよ」
クロトは形式的な礼を述べて、今度こそ裏通りを後にした。
(仮にあいつと戦闘になっていたら、今の僕に勝てたかどうか……)
人形の迷宮へ向けて走りながら、クロトは先程の邂逅に思いを巡らせていた。
戦えばどちらもただでは済まない。お互い死力を尽くした戦いになる、と。
別に彼女が何かしたわけではないが、不用意な腹の探り合いから戦いに発展しなかったことに、クロトは密かに安堵していた。
クロトが彼女を怪しんでいる理由というのが……。
(どうして彼女は、〈天の瞳〉のマップに光点が映らないんだ?)
裏通りでぶつかった時、確かにクロトは考えごとをしていた。だが、今の彼には考えながらマップを確認し続けることなど、朝飯前と言ってもいい。
クロトが黒ローブの女性にぶつかってしまったのは、彼女がマップに映っていなかったからに他ならない。
上級魔人のバルディアも、最上級魔人を倒したユフィアスも、今まで一人の例外もなくマップに映し出されていた。ただ敵か味方か中立かで、光点の色が変わるだけだ。
初めての例外なのだから、警戒しておいて損はないだろう。あの風貌の怪しさも合わせれば、なおさら。
やがて、遠くにうっすらとダンジョンが見えてきた。
クロトは彼女の問題を頭の隅へと追いやり、探索計画に切り換えたのだった。
――その夜、早い人はそろそろ床に就こうかという時間。
「……あんな意味深なセリフを残して去った人と、宿屋の食堂でばったり再会する、と」
「うるさいですわねっ!? まさか村を通る馬車が数日はない上に、宿屋が一軒だけなんて、知らなかったのですわっ!!」
――クロトは黒ローブの女性の対面で、遅い夕飯を食べていた。
もう遅い時間のため、食堂は半分片付けられていて、窓際の席だけが残っている。
そうなると当然、両者は同じテーブルにつかざるを得ない。
「確か、『もう二度と会うことはない』とか言ってたよね? ていうか、食事の時くらいフード外したら?」
「さっきからしつこいですわよ!? いい加減にしてくださいまし!!」
「食堂に入ってきた僕を見つけて、気まずそうに目を逸らしたよね。ねえ、今どんな気持ちなの?」
無表情のクロトに容赦ないツッコミを浴びせられ、黒ローブの女性は口をパクパクさせている。
もはや警戒も何も、あったものではない。まるで漫才である。
そんなクロトの右隣では、二人のやり取りを見た日本人疑惑のあるリンカが、腹を抱えて笑っている。
「ッ! ッッ……!! ぁははははははっ……!! お、お腹痛いっ……!?」
「もう……!! もう、やめてくださいましっ……!! 全部私が悪かったですわよっ!!」
こうして、黒ローブが全面降伏したことで、両者の緊張状態は脆くも崩壊し、クロトはひとまず警戒を緩めたのだった。
「それじゃあ改めて……僕はクロト。よろしく。君は……なんて呼べばいい?」
「……マリア、と呼んでくださいまし。……別に、仲良くするつもりはありませんわよ?」
深く被っていたフードを外しながら、彼女は名乗った。
マリアは非常に顔立ちが整った美人で、十代後半くらいに見える。
何よりも特徴的なのは、静かに自己主張している黒い瞳と、小さな村では激しく目立つだろう金髪縦ロールだ。
まるで、マンガや小説に出てくる典型的なお嬢様。クロトは心の中で、マリアのことをそう評した。
リンカも似たような印象を抱いたのか、笑うのをやめてマリアの顔に見入っている。
「……なんですの? 二人してそんなにジロジロと見て……?」
「「…………」」
「ほ、本当に何なんですのっ!? 何か反応してくださいまし!!」
相変わらず二人が一言も発しないため、マリアは自分の顔に何かついているのかと勘違いしてペタペタと触りはじめた。
ここでようやくリンカが再起動した。
「マリアさん、凄く可愛いっ……!!」
「え……な、な、なっ……!! い、いきなり何を言ってますの……!?」
「だ、だって! こんなに可愛い人、初めて見ましたから……っ!!」
あまりに直球な褒め言葉で、マリアの顔がトマトの如く真っ赤に染まった。
その初心で可愛らしい反応に、褒めたリンカの方までドキドキしてしまっている。
「べ、別に、少し褒められたくらいで、嬉しくなどなっていませんわよ?」
マリアは綺麗に巻かれた縦ロールを指で弄りながら、そっぽを向く。
この様子を見たクロトとリンカは、ちらっと顔を見合わせてから口を揃えてこう言った。
「「これ以上ないほどに素晴らしいツンデレ、ごちそうさま(です)」」
ツンデレなどという言葉が出てくるあたり、リンカは日本人で確定ではなかろうか。
「言葉の意味は分かりません。でも、碌な内容じゃないことは理解できますわよ!? 説明はいらないので、その温かい眼差しを即刻やめてくださいまし!!」
その後、マリアが限界を迎え、真っ赤な顔をフードで隠して部屋に引き上げるまで、二人は温かい目で彼女を見続けたのだった。
夕食を終えて部屋に入ったクロトは、ベッドに横になって、今日の成果――すなわち人形の迷宮のマッピング率を確認していた。
全体を見ると、二十階層のうち、半分の十階層はマッピングが完全に終わっている。逆に、十一階層から下は、ほとんど手つかずだ。
探し求めているレアモンスターは、人の気配を察知すると途轍もない速さで逃げるらしい。
そこでクロトは、まずは全てのマップを埋めた後で、どこかしらに湧いてきたレア魔物を隠密からの奇襲で狩る、という作戦を立てた。
(それなりに面倒だけど、『月影の剣』を修理できるなら、大した手間じゃない。ここにある『星影の剣』もいいけど、特殊効果の「ムーンリフレクト」は有用だから、直しておきたいな)
アイテムボックスから取り出した『星影の剣』を解析しながら、付与された効果の違いを頭の中で比べてみる。
アイテム名:『星影の剣』
レアリティ:《希少級》《二等級》
能力強化:攻撃力+400
特殊効果:剣身隠蔽/スターフラッシュ
アイテム名:『月影の剣』
レアリティ:《希少級》《二等級》
能力強化:攻撃力+400
特殊効果:剣身隠蔽/ムーンリフレクト/鬼種特効[大]
どちらの剣も《希少級》の《二等級》だからか、基礎となる攻撃力加算値と「剣身隠蔽」の特殊効果は同じ。「鬼種特効」は文字どおりの意味で、「スターフラッシュ」は、簡単に言うならば目くらましの技だ。
ついでに、久しく確認していなかった自分のステータスも見てみる。
=========================
『クロト・ミカゲ』
レベル:79/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:2300(+150)/MP:2130(+100)
筋力:1081(+150)/防御力:1082(+60)
魔力:1065(+280)/速力:1302(+360)/幸運:40(+1)
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】――【暗殺】
――【魔力遮断】――【魔法隔離】――【暗技】
――【存在遮断】――【存在複製】――【魔法存在】――【終の凶刃】(熟練度6/10)
[始祖天剣術・速:1]
▼レアスキル
〈天の瞳10〉〈天眼10〉
▼通常スキル
・日常系
「言語理解6」「生活魔法7」「解体8」「アイテムボックス6」
・武器系
「格闘術7」
・魔法系
「火魔法10」「水魔法8」「風魔法7」「土魔法7」「空間魔法8」
・強化系
「触覚強化10」「聴覚強化9」「味覚強化9」「嗅覚強化8」「生命強化5」「魔命強化4」
「筋力強化5」「防御力強化3」「魔力強化7」「速力強化8」「幸運強化1」「限界突破2」
・汎用系
「解析10」「直感8」「並列思考9」「連携6」
▼スキルポイント 残り0
▼称号 異世界人 隠密者 鬼の殺戮者 魔人殺し 天剣の始祖(速) 超人 町の救世主
深淵 限界を超えし者 漆黒の暗殺麗人 天と魔の殺戮者
=========================
最後に見た時から随分と様変わりしているが、クロトは一つずつ順に確認していく。
まず、最も重要な、ユニークスキル《隠密者》から。
「えっと、《隠密者》の最終派生技能――【終の凶刃】。これには助けられたよね。上級魔人レーゼンを一撃で殺せたのは、本当に運が良かった」
クロトはドレファト防衛戦の最終幕を思い出してしみじみとそう漏らした。
あの時――ゴブリン種の上級魔人バルディアを倒した直後、レベルが75に上がって最後の条件を満たしたことで解放された最終派生技能【終の凶刃】。
最終派生と銘打っているだけはあり、この技の効果は凄まじいものがあった。
【終の凶刃】の箇所をタップすることで表示される説明は、次のとおり。
最終派生技能【終の凶刃】(熟練度6/10)
――この技能は一日一回まで使用可能。
――即死能力を自らに付与し、熟練度×5%の確率で、攻撃した相手を即死させる。
――己の存在を相手に気づかれていない状態で、即死確率上昇(最大で二倍まで)。
――己の存在を相手に気づかれている状態で、即死確率減少(最大で半減まで)。
なんと、熟練度が最高値の状態で、なおかつ敵に気づかれていなければ、100%相手を即死させてしまえるのだ。規格外という言葉すら生温い。
【終の凶刃】を発動した状態での一撃必殺技『終撃』は、あまりにも強力無比である。
続いて、レベルやスキルの上がり具合、新しく習得したスキル群、と見ていく。
個体レベルはレーゼンを倒したことで78まで上がり、今日までにさらに一つ上がっている。
スキルの方もレベルアップを重ねて、順当に強化された。
「そういえば、この基礎能力値強化系スキルは、相変わらず謎だよね……」
強化系スキルの欄まで目で辿ったクロトは、防衛戦後にいつの間にか覚えていたスキルに注目する。
すなわち、「生命強化」「魔命強化」「筋力強化」「防御力強化」「速力強化」「幸運強化」「限界突破」の七つだ。防衛戦以前からあった「魔力強化」も合わせるなら八つになる。
「限界突破」以外の七つは受動系のスキルで、今もクロトの基礎能力値を自動で強化している。
具体的な強化値は、スキルレベルごとに、レベルの十倍の値が累積されるので、効果は大きい。ただし、「幸運強化」だけは例外で、この規則に当てはまらない。
また、クロトが何人もの冒険者に頼んで確認させてもらったところ、どうやらスキルによる強化値は人によって違うようなのだ。
ちなみに、強化系スキルを〈天の瞳〉で調べると、統合予測で〈天力〉というレアスキルが表示された。
〈天の瞳〉〈天眼〉〈天剣術〉〈天法術〉〈天感〉〈天の叡智〉に続く、七つ目の『天系統八大スキル』であった。
「……それで、この称号たちは、どちら様で……?」
クロトは嫌な顔をしながら、ステータスの末尾に記された称号欄を……睨みつけた。
「他のはまだ分かるけど……この『漆黒の暗殺麗人』って……」
中二病チックな称号に悶えそうになりながらも、麗人の部分に対する怒りで感情が上書きされていく。
麗人とは、容姿の美しい女性のことを指す。
相変わらず、女性のように見られるのが死ぬほど嫌いなクロトは、この称号をつけた何者かを、機会があればボコボコにしようと心に決めた。
そんな怒りをなんとか呑み込んで、彼は明日に備えて眠りについたのだった。
「はい。なんでしょうか、クロトさん」
仕事中ということもあって、アクアの様子はすっかりいつものとおりに戻っている。
「アクアは今年が創世暦何年か知ってる?」
「創世暦三〇一五年、だと思っていたんですが……でも、私が二年間の記憶を失っているなら、創世暦三〇一七年八月、ですか?」
アクアの回答に、クロトは正解だと頷く。
不思議なことに、アクアは昨日まで、今は創世暦三〇一五年だと思い込んでいたらしい。
しかし、年月の話題など、普通に生活していれば、何気ないところで目や耳に入ってくるはずだ。
冒険者ギルドの壁にだって、カレンダーが掛けられている。にもかかわらず、アクアは今日の今日まで勘違いを続けたままだった。
「――言われてみれば、森の中で目覚めてからこの方、創世暦の話題に触れた記憶がありません。物凄い偶然ですね」
「偶然、か……」
クロトは視線を彷徨わせて、感傷的な呟きを漏らした。
その漆黒の瞳は僅かに揺れており、珍しく動揺しているのが見てとれる。
アクアは創世暦の件を単なる偶然だと受け取ったようだが、クロトは全く違う考えだった。
「もしも、僕と出会う前に創世暦に触れて、空白の二年間に気づいていたら、アクアはどうなっていた?」
「それは……恥ずかしながら、酷いパニックになったはずです。恐らく、気持ちを立て直すのは不可能に近かったかと」
「つまり、こうも言えるわけだ。立ち直れるようになるまでの間、アクアは〝運良く〟創世暦に触れなかった、と」
精神の支えとなる人ができるまでの期間だけ、創世暦に関するものが近づいてこないという、そんな都合の良い偶然など起こるはずがない。
しかし、クロトは知っていた。
そんな偶然を起こしうる、あり得ないほどの幸運に恵まれた、例外的な人間を。
クロトは真っ青な空を見上げながら、ぼんやりと思い出す。
今は亡き幼馴染兼親友。
時として、自分だけでなく周囲にも幸運をもたらすその女性――日向白奈のことを。
「……あ、アクア。一日早いけど、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
そう言ってクロトが渡したのは、アイテムボックスから取り出した花束だ。
真っ白な花々の中に、青と黒の花が一輪ずつ、寄り添うように並んでいる。それらが何をイメージしたものかは……言うまでもなかった。
「ふわぁあああっ……!! ありがとうございます、クロトさん!! 私、こんなに嬉しいプレゼントは初めてです……!!」
「喜んでもらえたようで良かった。実は少しだけ不安だったから……」
大事そうに花束を抱き締めるアクアを見て、クロトは嬉しくなり微笑んだのだった。
丘上の剣と白鈴の軌跡
僅かに雲が浮かぶ空を見上げると、ギラギラと輝く太陽がちょうど中天に差し掛かろうとしている。
クロトはアクアたちを乗せた商隊の馬車を、旅の中継地点であるワンハイトの村で見送っていた。
まだ商人たちが出発して間もないので、ごろごろと車輪が転がる音がハッキリ聞こえてくる。
アクアはこのまま馬車の護衛を続け、シレーマで『精霊結晶』の獲得を目指す。
一方、クロトが道も碌に舗装されていない小さな村――ワンハイトで途中下車したのは、この村の近くにある『人形の迷宮』という名のダンジョンに行くためだ。
既に踏破されたダンジョンではあるが、Sランク冒険者レファイスの話によると、人形の迷宮では質の良い『ミスリル鉱石』がとれるらしい。
ミスリル鉱石は、魔人との戦いで酷使して壊れてしまった『月影の剣』を修理するために必要な素材の一つとして、ドレファトの町の武具屋の親方、グレンが指定したものだ。
彼曰く、ミスリル鉱石と精霊結晶があれば直せるのだそうだ。
もう二度と使えなくなることを覚悟して戦ったのだが、もう一度月影の剣を使えるかもしれないと知り、クロトは進んで手間の掛かる素材集めに取りかかったのだった。
それにしても、そんな貴重な鉱石が産出されるなら、冒険者や採掘師たちが押し寄せて、もっと村に活気が出てもいいはずだが、残念ながらこのミスリル鉱石、滅多に現れないレアモンスターが、ごく稀にしか残さないのだそうだ。魔物を確実に仕留める実力のない者は、素直に鉱山に籠もって採掘していた方がよほどマシである。
それに、そもそも対象のレアモンスターとレアドロップについて知っている者がほぼいない。
亀の甲より年の功。長い時を生きているエルフたちの知識は伊達じゃないということか。
見送りを終えたクロトは、踵を返して村の中へ入っていく。
村で何をするにせよ、まずは宿をとらねばならない。ついでに腹ごしらえもしたいところなので、クロトは途中ですれ違った男に料理の美味しい宿を尋ねた。
「宿屋? それなら、裏通りに一軒だけあるぜ。辺鄙なところにある村だからな。それだけで事足りるんだわ。ま、飯は普通に美味いから心配ねえ。ガハハハ!!」
「そうですか。ありがとうございます」
クロトは男性に丁寧に礼を述べ、教えてもらった細い通りに入っていく。
ほどなくして、茶色い瓦屋根の建物が見えてきた。控えめに看板は出ているものの、造りは大きな一軒家といった感じである。
「すみません、この宿の方ですか? 泊まるところを探しているんですが」
「いらっしゃい。部屋は空いているよ。三食つきで一泊銀貨一枚だけど、それでいいかい?」
表で掃除をしていた中年女性に声をかけてみたところ、まさに宿屋の女将だった。
銀貨一枚というと、日本円で千円相当。ドレファトの町の宿屋が銀貨三枚だったことを考えると、格安と言ってもいい値段だ。
「では、三日ほどお世話になります。それにしても、銀貨一枚というのは安いですね」
「ま、宿屋と言うのもおこがましいところだから。何せ、造りは普通の家と大して変わらないし、食事も自分たちが食べるものを多めに作るだけなのよ」
女将はクロトから銀貨三枚受け取ると、破格な理由を説明した。
なんでも、かなり昔に異名持ちの冒険者が村を訪れた際、泊まる場所がなくて難儀したのだとか。それ以来、代々村長の身内がこぢんまりとした宿屋を経営しているらしい。
「だから、食事はありふれた家庭料理だけど、勘弁してちょうだいな」
「なるほど。その辺は問題はないので気にしないでください。あ、これから昼食をいただけますか?」
女将に案内されて、建物の中へ入る。
「リンカ、お客さんが一人いらっしゃったよ。食事をお持ちしてちょうだい!」
「――はいっ、ただいまっ!」
女将が声を張ると、厨房の方から若い女性の声が返ってきた。
「今の声は娘さんですか?」
「ああ、違うのよ。私に娘はいないわ。リンカは記憶喪失らしくて、うちで面倒を見てるの。言葉を覚えるまでが大変だったけど、幸い、料理はそこそこできるから、結構助かってるわ」
「記憶喪失ですか……それは大変ですね」
クロトは当たり障りのない受け答えをしたものの、内心では随分と驚いていた。
(リンカって、こっちではあまり聞かない響きの名前だよね……もしかしたら日本人だったり?)
女将に勧められた窓際の席につき、外の景色を眺める。
あらかじめ準備してあったのか、五分も経たないうちに料理が運ばれてきた。
「お待たせしました、『日替わりワンハイト定食』です。ごゆっくり……えっ」
「ん? どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです! ごゆっくりどうぞ!」
定食を運んできた少女は、クロトの顔を見て驚いた様子だったが、すぐに踵を返して厨房へと戻っていった。
リンカと呼ばれていた少女は黒髪ポニーテールで、クロトと同じ黒い瞳だった。
年の頃は同年代で、十七歳か少し下くらいに見える。
「直感」スキルを持つクロトは、僅か数秒のやり取りでリンカの事情をある程度看破してしまった。
(僕を見て驚いていたし、やっぱり転移してきた日本人? 記憶喪失という話は嘘の可能性が濃厚、と)
それでも、相手の失礼にならないように「解析」スキルは使わない。クロトが個人の情報を丸裸にするのは、完全な敵か、敵になる恐れが高い相手だけだ。
食事を済ませたクロトは、目的地へ向かうべく宿屋のある裏通りを歩いていた。
人形の迷宮は村から歩いて三時間の場所にある。彼の足なら往復しても夜までには戻れるだろう。
初日からいきなりレアモンスターに遭遇できるなどと楽観はしていないので、まずは〈天の瞳〉でマップを作成するところから手をつけて、調査と下調べをメインにするつもりだ。
捜索計画を立てながら歩いていると、脇道から出てきた人とぶつかった。
「っ……ごめん。考えごとしてて、前を見てなかった」
クロトはとっさに黒いフードを被ったその人に謝る。
「いえ、わたくしの方こそ不注意でしたわ。悪かったですわね……あら、あなたは商隊の護衛だった……?」
「ん? 厳密に言えば護衛じゃないけどね。そういう君は、別の馬車に乗っていた人だったよね」
互いに注意が散漫だったことを詫びたところで、相手が顔見知りであることに気づいた。
もっとも、フードに隠れているせいで、クロトは相手の素顔を知らない。声の質と喋り方からして、女性であることは推測できるが。
「よくわたくしのことを覚えてましたわね。言葉すら交わしていないというのに」
「まあ、記憶力には自信があるから」
その言葉に嘘はない。この黒ローブの女性は、クロトが商隊で密かに警戒していた最後の一人なのだから。
結局、彼女は何も問題を起こさなかったが、未だに多少気にかけている相手ではある。
「羨ましい特技ですわね。さすがは+Aランク冒険者の『深淵』といったところでしょうか?」
「へぇ。知ってたんだ。あの商隊でも、限られた人しか知らなかったはずなんだけどね」
見事に正体を言い当てられたものの、クロトは動揺を完全に抑えて冷静に返した。
これには、逆に相手の方が驚いたようだ。
(この男、正体を暴露されても全く焦らない。馬車で感じたとおり、ただ者ではありませんわね)
(+Aランクを前にこの堂々とした態度。本当に何者だろう。それに、どうしてこんな村に……?)
互いに警戒しあい、ピリピリとした沈黙が支配する。一つ対応を間違えば、この場で凄まじい戦いが繰り広げられかねない。尋常ならざる緊張の中、先に口を開いたのはクロトだった。
「……僕は用事があるから、これで失礼するよ」
「わたくしも、これで失礼させていただきますわ」
二人は狭い路地ですれ違い、互いに後ろを警戒しながらゆっくりと歩く。
「……そういえば、あなたはこれからソーラドールへ向かうのでしたわよね?」
ふと、黒ローブの女性が立ち止まって尋ねてきたので、クロトは足を止めて振り向かずに応えた。
「……それが何か?」
「もう二度と会うことはないでしょうから、同じ馬車に乗り合わせたよしみで教えて差し上げます。命が惜しいなら、今はあそこに近づかない方がいいですわよ? あなたが強いのは分かりますが、誰にだって不可能なことはあるんですもの」
「? ……ご忠告、感謝するよ」
クロトは形式的な礼を述べて、今度こそ裏通りを後にした。
(仮にあいつと戦闘になっていたら、今の僕に勝てたかどうか……)
人形の迷宮へ向けて走りながら、クロトは先程の邂逅に思いを巡らせていた。
戦えばどちらもただでは済まない。お互い死力を尽くした戦いになる、と。
別に彼女が何かしたわけではないが、不用意な腹の探り合いから戦いに発展しなかったことに、クロトは密かに安堵していた。
クロトが彼女を怪しんでいる理由というのが……。
(どうして彼女は、〈天の瞳〉のマップに光点が映らないんだ?)
裏通りでぶつかった時、確かにクロトは考えごとをしていた。だが、今の彼には考えながらマップを確認し続けることなど、朝飯前と言ってもいい。
クロトが黒ローブの女性にぶつかってしまったのは、彼女がマップに映っていなかったからに他ならない。
上級魔人のバルディアも、最上級魔人を倒したユフィアスも、今まで一人の例外もなくマップに映し出されていた。ただ敵か味方か中立かで、光点の色が変わるだけだ。
初めての例外なのだから、警戒しておいて損はないだろう。あの風貌の怪しさも合わせれば、なおさら。
やがて、遠くにうっすらとダンジョンが見えてきた。
クロトは彼女の問題を頭の隅へと追いやり、探索計画に切り換えたのだった。
――その夜、早い人はそろそろ床に就こうかという時間。
「……あんな意味深なセリフを残して去った人と、宿屋の食堂でばったり再会する、と」
「うるさいですわねっ!? まさか村を通る馬車が数日はない上に、宿屋が一軒だけなんて、知らなかったのですわっ!!」
――クロトは黒ローブの女性の対面で、遅い夕飯を食べていた。
もう遅い時間のため、食堂は半分片付けられていて、窓際の席だけが残っている。
そうなると当然、両者は同じテーブルにつかざるを得ない。
「確か、『もう二度と会うことはない』とか言ってたよね? ていうか、食事の時くらいフード外したら?」
「さっきからしつこいですわよ!? いい加減にしてくださいまし!!」
「食堂に入ってきた僕を見つけて、気まずそうに目を逸らしたよね。ねえ、今どんな気持ちなの?」
無表情のクロトに容赦ないツッコミを浴びせられ、黒ローブの女性は口をパクパクさせている。
もはや警戒も何も、あったものではない。まるで漫才である。
そんなクロトの右隣では、二人のやり取りを見た日本人疑惑のあるリンカが、腹を抱えて笑っている。
「ッ! ッッ……!! ぁははははははっ……!! お、お腹痛いっ……!?」
「もう……!! もう、やめてくださいましっ……!! 全部私が悪かったですわよっ!!」
こうして、黒ローブが全面降伏したことで、両者の緊張状態は脆くも崩壊し、クロトはひとまず警戒を緩めたのだった。
「それじゃあ改めて……僕はクロト。よろしく。君は……なんて呼べばいい?」
「……マリア、と呼んでくださいまし。……別に、仲良くするつもりはありませんわよ?」
深く被っていたフードを外しながら、彼女は名乗った。
マリアは非常に顔立ちが整った美人で、十代後半くらいに見える。
何よりも特徴的なのは、静かに自己主張している黒い瞳と、小さな村では激しく目立つだろう金髪縦ロールだ。
まるで、マンガや小説に出てくる典型的なお嬢様。クロトは心の中で、マリアのことをそう評した。
リンカも似たような印象を抱いたのか、笑うのをやめてマリアの顔に見入っている。
「……なんですの? 二人してそんなにジロジロと見て……?」
「「…………」」
「ほ、本当に何なんですのっ!? 何か反応してくださいまし!!」
相変わらず二人が一言も発しないため、マリアは自分の顔に何かついているのかと勘違いしてペタペタと触りはじめた。
ここでようやくリンカが再起動した。
「マリアさん、凄く可愛いっ……!!」
「え……な、な、なっ……!! い、いきなり何を言ってますの……!?」
「だ、だって! こんなに可愛い人、初めて見ましたから……っ!!」
あまりに直球な褒め言葉で、マリアの顔がトマトの如く真っ赤に染まった。
その初心で可愛らしい反応に、褒めたリンカの方までドキドキしてしまっている。
「べ、別に、少し褒められたくらいで、嬉しくなどなっていませんわよ?」
マリアは綺麗に巻かれた縦ロールを指で弄りながら、そっぽを向く。
この様子を見たクロトとリンカは、ちらっと顔を見合わせてから口を揃えてこう言った。
「「これ以上ないほどに素晴らしいツンデレ、ごちそうさま(です)」」
ツンデレなどという言葉が出てくるあたり、リンカは日本人で確定ではなかろうか。
「言葉の意味は分かりません。でも、碌な内容じゃないことは理解できますわよ!? 説明はいらないので、その温かい眼差しを即刻やめてくださいまし!!」
その後、マリアが限界を迎え、真っ赤な顔をフードで隠して部屋に引き上げるまで、二人は温かい目で彼女を見続けたのだった。
夕食を終えて部屋に入ったクロトは、ベッドに横になって、今日の成果――すなわち人形の迷宮のマッピング率を確認していた。
全体を見ると、二十階層のうち、半分の十階層はマッピングが完全に終わっている。逆に、十一階層から下は、ほとんど手つかずだ。
探し求めているレアモンスターは、人の気配を察知すると途轍もない速さで逃げるらしい。
そこでクロトは、まずは全てのマップを埋めた後で、どこかしらに湧いてきたレア魔物を隠密からの奇襲で狩る、という作戦を立てた。
(それなりに面倒だけど、『月影の剣』を修理できるなら、大した手間じゃない。ここにある『星影の剣』もいいけど、特殊効果の「ムーンリフレクト」は有用だから、直しておきたいな)
アイテムボックスから取り出した『星影の剣』を解析しながら、付与された効果の違いを頭の中で比べてみる。
アイテム名:『星影の剣』
レアリティ:《希少級》《二等級》
能力強化:攻撃力+400
特殊効果:剣身隠蔽/スターフラッシュ
アイテム名:『月影の剣』
レアリティ:《希少級》《二等級》
能力強化:攻撃力+400
特殊効果:剣身隠蔽/ムーンリフレクト/鬼種特効[大]
どちらの剣も《希少級》の《二等級》だからか、基礎となる攻撃力加算値と「剣身隠蔽」の特殊効果は同じ。「鬼種特効」は文字どおりの意味で、「スターフラッシュ」は、簡単に言うならば目くらましの技だ。
ついでに、久しく確認していなかった自分のステータスも見てみる。
=========================
『クロト・ミカゲ』
レベル:79/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:2300(+150)/MP:2130(+100)
筋力:1081(+150)/防御力:1082(+60)
魔力:1065(+280)/速力:1302(+360)/幸運:40(+1)
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】――【暗殺】
――【魔力遮断】――【魔法隔離】――【暗技】
――【存在遮断】――【存在複製】――【魔法存在】――【終の凶刃】(熟練度6/10)
[始祖天剣術・速:1]
▼レアスキル
〈天の瞳10〉〈天眼10〉
▼通常スキル
・日常系
「言語理解6」「生活魔法7」「解体8」「アイテムボックス6」
・武器系
「格闘術7」
・魔法系
「火魔法10」「水魔法8」「風魔法7」「土魔法7」「空間魔法8」
・強化系
「触覚強化10」「聴覚強化9」「味覚強化9」「嗅覚強化8」「生命強化5」「魔命強化4」
「筋力強化5」「防御力強化3」「魔力強化7」「速力強化8」「幸運強化1」「限界突破2」
・汎用系
「解析10」「直感8」「並列思考9」「連携6」
▼スキルポイント 残り0
▼称号 異世界人 隠密者 鬼の殺戮者 魔人殺し 天剣の始祖(速) 超人 町の救世主
深淵 限界を超えし者 漆黒の暗殺麗人 天と魔の殺戮者
=========================
最後に見た時から随分と様変わりしているが、クロトは一つずつ順に確認していく。
まず、最も重要な、ユニークスキル《隠密者》から。
「えっと、《隠密者》の最終派生技能――【終の凶刃】。これには助けられたよね。上級魔人レーゼンを一撃で殺せたのは、本当に運が良かった」
クロトはドレファト防衛戦の最終幕を思い出してしみじみとそう漏らした。
あの時――ゴブリン種の上級魔人バルディアを倒した直後、レベルが75に上がって最後の条件を満たしたことで解放された最終派生技能【終の凶刃】。
最終派生と銘打っているだけはあり、この技の効果は凄まじいものがあった。
【終の凶刃】の箇所をタップすることで表示される説明は、次のとおり。
最終派生技能【終の凶刃】(熟練度6/10)
――この技能は一日一回まで使用可能。
――即死能力を自らに付与し、熟練度×5%の確率で、攻撃した相手を即死させる。
――己の存在を相手に気づかれていない状態で、即死確率上昇(最大で二倍まで)。
――己の存在を相手に気づかれている状態で、即死確率減少(最大で半減まで)。
なんと、熟練度が最高値の状態で、なおかつ敵に気づかれていなければ、100%相手を即死させてしまえるのだ。規格外という言葉すら生温い。
【終の凶刃】を発動した状態での一撃必殺技『終撃』は、あまりにも強力無比である。
続いて、レベルやスキルの上がり具合、新しく習得したスキル群、と見ていく。
個体レベルはレーゼンを倒したことで78まで上がり、今日までにさらに一つ上がっている。
スキルの方もレベルアップを重ねて、順当に強化された。
「そういえば、この基礎能力値強化系スキルは、相変わらず謎だよね……」
強化系スキルの欄まで目で辿ったクロトは、防衛戦後にいつの間にか覚えていたスキルに注目する。
すなわち、「生命強化」「魔命強化」「筋力強化」「防御力強化」「速力強化」「幸運強化」「限界突破」の七つだ。防衛戦以前からあった「魔力強化」も合わせるなら八つになる。
「限界突破」以外の七つは受動系のスキルで、今もクロトの基礎能力値を自動で強化している。
具体的な強化値は、スキルレベルごとに、レベルの十倍の値が累積されるので、効果は大きい。ただし、「幸運強化」だけは例外で、この規則に当てはまらない。
また、クロトが何人もの冒険者に頼んで確認させてもらったところ、どうやらスキルによる強化値は人によって違うようなのだ。
ちなみに、強化系スキルを〈天の瞳〉で調べると、統合予測で〈天力〉というレアスキルが表示された。
〈天の瞳〉〈天眼〉〈天剣術〉〈天法術〉〈天感〉〈天の叡智〉に続く、七つ目の『天系統八大スキル』であった。
「……それで、この称号たちは、どちら様で……?」
クロトは嫌な顔をしながら、ステータスの末尾に記された称号欄を……睨みつけた。
「他のはまだ分かるけど……この『漆黒の暗殺麗人』って……」
中二病チックな称号に悶えそうになりながらも、麗人の部分に対する怒りで感情が上書きされていく。
麗人とは、容姿の美しい女性のことを指す。
相変わらず、女性のように見られるのが死ぬほど嫌いなクロトは、この称号をつけた何者かを、機会があればボコボコにしようと心に決めた。
そんな怒りをなんとか呑み込んで、彼は明日に備えて眠りについたのだった。
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