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4章

254 ギルティ or ノットギルティ

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 椅子から立ち上がって僕を呼び止めたのは、ギルド《花鳥風月》のレイヴン。
 黒を基調とした袖のない服にシンプルなショートパンツ、口元を隠している黒いマフラーと、何度見ても性別が分かりづらい。

 せっかく気持ちよく競技を終えたのに、なぜ引き留めるような真似を……。


「どうした、レイヴン? 報酬を貰いに行かないのか?」

「そりゃもちろん戴くつもりっすけど、決勝戦の結果に納得できねーっす!」

「……? 何かおかしなことでもあったか?」


 レイヴンの言いたいことはちゃんと分かっているが、馬鹿正直に不正を認めるわけにもいかないので、適当にはぐらかした答えを返した。


「いやいやいや! むしろおかしなことしかなかったっすよね!?」

「具体的に、どの辺が? レイヴンの頭とか? それとも性別?」

「だれの頭がおかしいっすか! それと、前にも言ったように、自分はこう見えてれっきとした女っす!」


 マフラーを毟り取ったレイヴンだが、口元が露わになってもあまり印象は変わらない。多分女性だろうな、という風に思えるだけで。

 何故チャームポイントのマフラー外したし。


「おいおい、本体が体から離れていいのか? ……死ぬぞ?」

「別に【黒鳥の抱擁】が本体っってわけじゃないっす! 確かにいつも身に着けてるっすけど! そしてマフラー外した自分が死ぬという謎設定はどこから!?」

「えっ……?」

「何が『えっ……?』っすか! 本当にマフラーが本体だと思ってたんすか!? ああもうっ、自分が言いたいのはこんなくだらない話じゃねーっす!」


 むぅ……誤魔化すのも限界か。
 適当に揶揄った後で笑ってさよならできれば万々歳だったのに。

 僕はため息をついて、目の前まで迫ってきたレイヴンの言葉を待つ。


「ふぅ……第一ゲームから第五ゲームまで、アストの出したカードは全部覚えてるっす」

「おぉ、記憶力いいんだな」

「記憶力は関係ないっす。だって、アストの手札……毎回、同じマークの3~2までが揃ってたっすよね!? 一体どんな確率っすか!?」


 レイヴンの言う通りだ。
 第一・第四ゲームは♤、第二ゲームは♡、第三ゲームは♢、第五ゲームは♧。第一ゲーム以外はジョーカーもおまけについてきた。
 共通点は、自分の順番が回って来たら、一発であがれる手札であること。

 ……うん、凄い偶然だな!
 きっと、勝利の女神が僕に微笑んでくれたのだろう。

 そんな趣旨の内容を懇切丁寧に説明したところ――。


「そんな偶然、あるわけないっす!」


 デスヨネー。
 これで騙されてくれる奴なんて……シエラくらいしか思い浮かばない。

 派手にやりすぎた?
 でも、どう不正したところでバレるだろうし、手段を選ぶ必要はない。最終的に言い包められれば問題ない、と思ったのだ。


「偶然じゃないのだとしたら、ほかに何があるんだ?」

「……ディーラーを抱き込んだ。これしかあり得ないっす」


 まあ、思考がそこへ行きつくのは、当然の帰結だな。


「システマ、疑われてるぞ? 何か言ってやれ」

「私は公正公平なディーラーです。不正になど、一切関与していないことをお約束致します」


 ……だってよ?


「不正した人が不正してないと言うのは、当然のことっす。信じられるわけがないっす」

「仮に、システマが僕と共謀していたとして……お前はどうするんだ?」

「それは……どうしようもねーっすね」


 その通り。
 ゲームマスターでもあるシステマが不正を行ったなら、どう足掻いても正しようがないのが現実。だって、不正を訴える先が不正の元締めなのだ。レイヴンの主張を聞き入れてくれるはずがない。

 運営がシステマをしょっ引く? あり得ないな。

 彼女は人間に作られたAIだが、人間と変わらない思考や感情を持ち合わせている。なにせ、数人ほどお気に入りのプレイヤーが居たり、その気に入っているプレイヤーに運営から許されている範囲でアドバイスしたりできるのだから。

 例えば、ギルド戦開始前に、『拠点エリアを制限時間ギリギリで決定するのはお薦めできない』と教えてくれた。
 例えば、一回戦終了後、自分を買収する方法をそれとなく漏らしてくれた。

 そして、ルールに『ディーラーの買収を禁止しない』と盛り込むくらいなのだから、システマがプレイヤーの不正に関わるのは運営も想定内のはず。
 恐らく、システマが人間らしく振舞えるようにと認められた項目なのだろう。

 つまり――『今回のランダムバトルマッチにおける、ディーラーの買収は仕様の範囲内。運営は関知しない』というスタンスなのだ。

 よって、システマの心動かす条件を提示できた僕に、罰則の類は……ナシ!
 祝! 無罪放免!

 ……今回の取引で、かなり難儀な仕事を抱え込んだ自覚はある。

 イベントが終わったら忙しくなる。
 いよいよもって、久しぶりに職場へ顔を出さないといけなくなった。


「……自分の負けっすね。でも、どうやって買収したのか知りたいっす。一回戦と二回戦で、彼女を抱き込もうとした馬鹿が、即失格にさせられたのを見てるっすから」

「さて、な」


 残念ながら詳細は秘密だ。
 多分、僕以外には出せない条件だし、言っても仕方ない。


「お話がお済みのようでしたら、ゲートを通過し報酬受け取り部屋へ移動していただけますよう、ご協力をお願い申し上げます」

「了解。ほら、レイヴンも。……マギナマギアも、いい加減戻ってこーい」


 レイヴンの肩を叩いた後、椅子に座ったまま魂が抜けているマギナマギアに声をかけた。
 彼(彼女?)は第一ゲームの途中からずっとこんな感じだ。

 最初は、
『くくくっ。待っていたぞ、時の落胤よ。さあ、青きこの地にて千年に渡る我らが因縁へ、終止符を打とうではないか! 我のターン! ♢6を召喚ッ!』
 と、普通に元気だったし、なんか凄く楽しそうだった。

 僕が初っ端から♢2で親を取った時も、
『くくくっ。初手から奥義召喚とは、余程我に勝つ自信があると見える。よかろう。貴様の力、我にぶつけてみよッ!!』
 と、さらにテンションを高めていた。

 んで、僕が♢3~♢Aをいっぺんに出したわけだ。

『我は機械仕掛けの魔神! どのような技でも受け止めてみせ――よ、う? え、あれ? なんでっ!? なんでもうあがりで何で何でナンディェエエエエッッッ!?』

 ……僕が悪かったから、そろそろ立ち直ってくれよ。


「……くくくっ。さすがは我がライバルなり! 時の落胤よ、此度は引き分けにしておこうではないか! 我が名はマギナマギア! 機械仕掛けの魔神! 次こそは決着をつけようぞ! さらばだッ!!」


 マギナマギアはまたしても言いたいことだけ言って、ダッシュで赤いゲートへ駆け込んだ。いや、僕の勝ちで決着しただろうが。

 というか、お前の二つ名は【混沌の魔導士】だろ。
 機械仕掛けの魔神ってなんだし。


「ん。私も、行く……」

「ああ。またな、ルノア」


 ずっと静かに座っていたルノアも、軽く挨拶したからゲートへ入った。

 彼女は、僕の不正をすべて理解したうえで、一言も文句を言わなかった。ズルされて負けたようなものなのに、対応が大人だなぁと思う。

 雑談で言っていたのだが、彼女は本当に高校生なのか?

 僕はそんな感想をルノアに抱きつつ、ぶーたれるレイヴンの背中を押し、赤い転移門へ足を踏み入れた。

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