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簡単ではない

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祐樹は昌磨の別荘から帰った次の日リクルートスーツに着替えていた。今日は学校で就職に向けてのガイダンスがある。ほとんどの生徒は参加するように言われており、その際にはリクルートスーツを着用必須となっている。祐樹準備を終わらせて家を出た。途中圭太と合流して一緒に登校した。うるさく昌磨とどうなったと聞いてきたが、健一が来たら一緒に報告すると黙らせた。
学校構内はリクルートスーツの生徒が半々で混じっており、ガイダンスが行われる教室の前は人でごった返していた。二人は教室の一番後ろの席を陣取り、練と健一に居場所を携帯電話のメッセージで伝えた。最初に来たのは健一で練は遅れてやってくると返事があった。席に着くなり、健一は計画の首尾を聞いてきた。
「どうだった?」
「いや、ダメだった。」祐樹は、これ以上二人の手を煩わせるべきではないように思えてきた。理由は話せないが、昨日の事情を話さず、これ以上は必要ないと伝える方法はないだろうか。
「なかなか、手ごわいね。」
「俺は、予想してた。俺なんか祐が男だって知っただけで、もう一生立ち直れないと思ったのに、知ったうえで、もう一度告白するとか、普通じゃないね。常識の範囲で対策することが間違いだよ。」圭太はなぜか得意げに話した。だったら、圭太が考えてみればと健一に言われると笑って胡麻化してきた。
「何が、手ごわいの?対策って何?」突然背後から話に参加してきたのは練だった。どうやら一連の話を聞いてたらしい。
「面白そうだね。俺だけ仲間はずれってのは気に入らないけど。」明らかに怒っている。
健一は慌ててフォローしようとした。練はめったなことでは怒らないが、一度怒るとなかなか許してくれない。おそらく、今回のことを納得できるまで説明しないと、許してくれないだろう。ガイダンスが始まって終わるまで、練はずっと不機嫌顔だった。健一は練と付き合いが長い。確か、幼稚園から一緒だといっていた。そして、冷静で周りに深入りしない健一の弱点ともいえるのが練だ。いつもの健一なら肩を竦めて、仕方ないように諦めるのに練となるとそれができない。大切な親友のような立ち位置なのだろうか。健一は申し訳なさげに、祐樹の方を見る。一部の事情を吐露してもいいか許可を求めているのだ。祐樹は困ったが、これだけ協力してくれた健一とその協力を無駄にしてしまった罪悪感から一部分を伏せて話すのならいいことにした。そのため、事情の説明は祐樹が負った。話が終わると練は納得してくれたようで、ようやく口をきいてくれた。
「祐って、黙ってれば美少女だもんな。でも、相手もすごいよな。ところで、その男の名前はなんていうの?」
「西園寺昌磨。」
その名前を言った途端、練の目は驚きで見ひかれた。
「西園寺って、あの?」
あの、といわれても、それが何を指すのかわからない。
そんなすごいのかと聞いてみると、練は興奮して話し始めた。
まさに殿上人と形容するにふさわしいのだそうだ。
健一はもちろん、圭太もなんとなく予想していたが世田谷のあの大きな実家に住む練がいうのなら相当すごいのだろう。二人は練からより詳しく昌磨の話を聞いた。特に圭太は興味津々で仕舞には祐樹に諦めるように言ってきた。
「もう、いいじゃん。そんな金持ちと出会うことなんてめったにないよ。この際男というう点に目をつむれば完璧だな。それに、イケメンだし。映画の世界のような金持ち生活も夢じゃないぜ。」
祐樹は圭太の現金な態度に呆れた。
「じゃあ、俺と代わるか?」
「無理でしょ。俺美少女じゃねえもん。」
「俺だって、美少女じゃねえよ。」祐樹と圭太のやり取りに練が割って入る。
「でも、僕の知っている限りでは、昌磨君は女の子のほうが好きなんだって思ってたよ。いつも、女の子に囲まれてたし。それに、幼馴染で超かわいい香織ちゃんもいるしね。」
圭太は超かわいいという単語に反応して、練にその子の写真はないか聞いた。練は確かあったはずと、携帯電話のフォルダーを探った。すぐに見つけ出したようで、写真を表示させた画面をみんなに見せてくれた。
「可愛すぎでしょ!」圭太は真っ先に食いついて練から携帯電話を奪った。広い会場を背景に練と香織が写った写真だ。
「この前、香織ちゃんの家に招待されて遊びに行った時に撮ったんだ。」
「練、このかわいい子と知り合いなの?紹介してくれよ。」
「圭太じゃ無理だよ。香織ちゃん本当にもてる子なんだよ。それに、昌磨君一筋だしね。」
「圭太じゃってなんだよ。練って、何気に厳しいよな。」
圭太に言われて、練は笑った。
練の携帯電話をスクロールすると、次に昌磨と香織が写った写真が出てきた。健一は初めて昌磨の顔を見たようで、少し驚いていた。
「確かに、イケメンだな。少し、顔の彫りが深いね。外国の血が混じってるのかもしれないね。」
確かに、昌磨の母親である由美子は完璧なハーフ顔だった。そうなると、昌磨はクォータなのだろうか。
「それにしても、この二人お似合いだよな。美男美女って感じ。祐と練の話からすると二人は付き合ってないんだろ?」圭太に聞かれて、練は思い出すように話した。
「確か、昔少しの間だけ付き合ってたんだって。でも、昌磨君のほうから別れちゃったみたい。」
「もったいね。俺だったら、絶対に分かれないね。」
「どうかな、もし昌磨君レベルの人間になったら圭太はもっと色々ひどくなりそう。」健一は冗談で言ったつもりだが、言われた圭太は妙に納得していた。
四人はガイダンスの終わった教室で話していたが、次の講義を受ける学生が入ってきたためその日は解散することにした。まさか、練と昌磨に微妙なつながりがあったなんて知らなかった。祐樹は、その日の予定がなかったから、まっすぐ家に帰ることにした。

練はガイダンスを受けた後、予定していた友人との約束が突然キャンセルになってしまい、どうしようか悩んでいた。そこへ携帯電話が鳴った。相手は、香織ちゃんだ。しばらく連絡がなかったが、どうしたのだろう。
「もしもし、練さん?お久しぶりです。香織です。」
「久しぶりだね。どうしたの?急に。」
「一つ、お願いがあって。お時間はありますか。よかったら、ゆっくりお茶を飲みながらお話しませんか。」
どうせ、今日の予定はなくなったので、練はすぐに承諾して香織の家で落ち合うことになった。
練が香織の家について、席に着くとすぐに開口一番に祐樹のことについて聞かれた。
「私祐樹さんが通っている大学が練さんと同じ大学だったことに気が付きまして、それで、よろしければ祐樹さんをご紹介いただけませんか?」
「裕?なんで、裕?香織ちゃんて、昌磨君一筋だったんじゃないの?」
「誤解されないでください。もちろん、私はいまでも昌磨さん一筋です。ただ、通う学校も違ううえ、昌磨さんはめったに社交の場には現れないので、なかなかお会いする機会に恵まれないのです。それに、昌磨さんの側にはいつもお付き合いしている女性がいますから、私と二人きりでお会いすることも難しいです。共通の友人もいなくって。」
ここまで、話してようやく練は香織の意図がつかめた。昌磨との関係を深める手段として祐樹に橋渡しをしてほしいのだ。しかし、今日のガイダンスの後に祐樹たちが話してくれたことを思い出すと、その役割を祐樹に頼むのは難しい。昌磨が今夢中になっているのが、その祐樹なのだ。ここで、簡単に香織のお願いを引き受けられない。
「でも、こういうとなんだけど、香織ちゃんって昔昌磨君と付き合ってたよね。その時駄目だったんでしょ?確かに、昌磨君は魅力的な人だけど、ずっと一人の人だけを思い続けるのはもったいないよ。香織ちゃんこんなにかわいいのに。」
しかし、アドバイスしたからと言って、素直に聞くような子ではなかった。
「確かに、一度終わった関係だというのはわかっています。でも、諦めることができなくって。それに、長い間昌磨さんを見続けてわかったことがあるのです。昌磨さんは、おそらく誰かに対して夢中になるということがないのです。どんな、女性と付き合っても長続きしない。おそらく他人に興味がないのかもしれません。だから、昌磨さんがいろんな方とお付き合いをして、その最後にそういえば、この子はずっとそばにいてくれたなと思ってくださればそれでいいのです。最後に、側にいさせてくれたら、もうそれ以上望みません。」
練は香織のあまりの純情ぶりに感動してしまった。こんなに思ってくれる子がいるなんて、昌磨君は幸せ者だ。それに、祐樹だって昌磨君に追われるのは本望ではない様子だった。ならば、ここは双方の事情を知らされた自分がひと頑張りするべきところだ。
「わかったよ、香織ちゃん。まかせて!それに、祐樹も昌磨君に追われてて困っているって言ってたし!」
「追われているというのは、どういう意味ですか?」
練は、意識せず祐樹が誰にも言うなと注意してきたことを吐露してしまった。
「いや、その・・・ストーカーとかではなくて、あっ、そのそういう意味じゃなくって」
練はごまかそうとしたが、逆に言ってはいけないことをどんどん言ってしまう。
「ストーカー?それは、どういうことですか?」香織は口元では笑っていたが、目は真剣そのもので、練をじっと見つめていた。さっきの純情な告白をしていた女の子と同一人物とは思えないほど、怖い顔だった。

祐樹が家でくつろいでいるとき、携帯電話が鳴った。でると練だった。
「どうしたんだよ。」
「今、家の前にいる。」
「だったら、入って来いよ。」
「いいの?」
「良いも何も、今家の前にいるんだろ。ドア開けるから。」
わかったといって練は電話を切ったが、その声は落ち込んでいた。なにか、あったのだろうか。開けたドアの前には、明らかに意気消沈している練が立っていた。
「どうしたんだよ。早く入れば。」祐樹に招かれて、練は申し訳なさそうに入ってきた。祐樹は練をソファーに座らせ、冷蔵庫に入っていたお茶を渡してあげた。
「祐、ごめん。祐たちの言う通り、やっぱり僕にはあの話をするべきじゃなかったんだ。それなのに、」
祐樹は練の話を聞いて、ようやく練がなぜあんなに落ち込んでいたのか分かった。誰かに、祐樹と昌磨のことを言ってしまったのだ。
「誰に言ったんだよ。」ここまで、来たらしょうがなかった。こんなに、落ち込んでいる練を責めることはできない。
「香織ちゃん。」
それは、祐樹にとって意外な人物だった。
「香織ちゃんって、昌磨の幼馴染の?」
練は祐樹の問いにうなずいた。
「なんでまた、香織ちゃんに言うことになったんだよ。」
練は、ガイダンスの帰りにあったことを、そのまま祐樹に話した。
祐樹は香織の執着心に驚くと同時に、まずいことになったと思った。しかし、協力の申し出は断ったのだから、誠意は見せたことになるかもしれない。それでも、彼女には申し訳ないと感じる。
「わかった。」祐樹は、ひとまず目の前の練をどうにかしなくてはならない。
「わかったって?」
「知られたものはしょうがないよ。それに、それで何かが起きるわけでもないでしょ。」
「確かにそうだけど。でも、香織ちゃんすごく怖かったんだ。やたら、祐樹のことを聞いてきたし。携帯電話も奪われて祐樹の連絡先知られちゃった。」
一体、練はどんな詰問を受けてきたのだろう。妙におびえている。しかし、人の携帯電話を奪って、無理やり他人のアドレスを知るのは異常行動だ。それでも、今に泣き出しそうな練を何とかしてあげようと言った。
「香織ちゃんは言いふらしたりしないだろ。それに、お前あんなかわいい子に、ビビりすぎ。」祐樹がわざと笑うと、練もようやく緊張がほぐれたように笑い返した。
そこでようやく安心したのか練は何度も祐樹に謝ってから帰宅した。
帰った後、祐樹はどうするべきか悩んだ。やはり、一度香織に謝っておいた方がいいような気がした。しかし、連絡先を全く知らない。聞いておくべきだったと、出て行ったばかりの練に連絡しようと携帯電話を取り出した。そこへ、知らないアドレスからメッセージが届いた。文頭に筒美香織ですと書かれているので、香織だとすぐにわかった。
内容は御会いできないかといったことだった。祐樹の方も、まさに連絡しようと思っていたので、直ぐに承諾した。理不尽に責められるかもしれないが、恋する女の子は理不尽だという言葉を思い出した。健一が昔酔った勢いで吐いた恥ずかしいセリフだ。送られてきた住所を頼りに、香織の家にたどり着いた。そこは、誰もが知る有名な住宅地で、香織の家もそこに構えられていた。
恐る恐る、インターフォンを押すとエプロン姿の初老女性が出迎えてくれた。中に通され、リビングで待っていると香織が現れた。
香織は会話の初めを簡単な挨拶で始めたが、直ぐに本題を提示してきた。
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