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第1章 佐伯悠亮としての日常
第29話 公認会計士・羽柴雛多
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「卑弥呼先生、お疲れ様です」
「待たせたわね、雛多くん」
浅倉卑弥呼がフェラーリの助手席に乗り込むと、ブルーのスーツの青年が声をかけた。
ツンと後ろへまとめた黒髪に、整ったキツネ顔をしている。
「どうでした?」
「龍崎湊は楽勝ね。想定どおりで退屈なくらいよ。まったく、ハメられているとも知らずに」
「まさかクラウド・サーバー上の財務諸表を改ざんして横領に見せかけたなんて思いもしないでしょうね」
「チシィッ! 雛多くん、声が大きいわよ!」
「僕がサクッとやって、デジタル・タトゥーは幽くんが完全に消去してくれましたから」
「ふふっ、さすがだわ。さすがは兄さんの一番弟子コンビねぇ。あの宅ベン、泣き入ってたし、ぷっ!」
「あれ、そういえば龍崎弁護士のお父さんって……」
「名士のほまれ高い龍崎浩一郎ね。ほら、蛮頭寺が昔、東京湾に沈めたお堅いオッサンよ」
「ああ、なんだかかわいそう……」
「親子そろって愚かよねぇ、組織に歯向かうだなんて。まあ、あのバカは、わたしたちが組織の一員だってことにすら気づいてないようだけど。仮にも特生対の朽木支部長殿が」
「このアパートに探りを入れるためとはいえ、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
「組織にとっちゃむしろ『この程度でいいの?』って仕事なのよ。閣下なんてきっと気にも留めてないわ」
「で、メンバーのほうはどうでしたか?」
「雅ちゃんは大丈夫そうね。さすがは皐月先生の娘だけあって、心得てるわ。彼女が組織のスパイだってことは、暗学先生以外には気づかれてなさそうね」
「武田暗学、本名は武田耕太郎……組織の前式部卿なんでしたっけ?」
「そう、あなたたちが来る前の話ね。すっかり落ちぶれちゃって、いまでは自分の弟子に後釜を取られちゃってさ。チシッ、みじめねえ」
「あとは真田龍子と、その弟の虎太郎と……ああ、山王丸隼人っていうバイトくんもいましたね」
「そいつらはとりあえずアウト・オブ・眼中ね。問題なのは、あと二人……まず、南柾樹」
「閣下がゴミ捨て場に廃棄したんでしたよね。『計画』のためとはいえ、同情しちゃうなあ」
「でも、ここまで生き残った。だてに閣下の遺伝子は受け継いでいないということね。予定どおりアルトラ使いにもなったし、『計画』は順調ね。ふふっ、早く感動的な親子の対面が見たいわぁ」
「そして最後は、ウツロですか。いまは佐伯悠亮と名乗っている」
「あの子は油断ならないわね。わたしについているメンソールのにおいが気にかかっていたようだし。ふふっ、この『伏線』を拾ってくれるなんて、逆にうれしいくらいよ」
「彼のアルトラ、エクリプスは一筋縄ではいかなそうですね。たかが虫、されど虫って感じで」
「トラウマの強さはアルトラの強さに直結する……確かに、あのメンツの中では一番やっかいね。まあ、兄さんにかなうはずなんてないけどね」
「トラウマの強さで喜代蔵先生に勝てるやつなんかいないですよ」
「おや――」
浅倉卑弥呼の懐が振動した。
「噂をすれば、ですか」
「そうねえ、チシシ……」
端末を手に取り、着信をタップする。
「はい」
―― 俺だ、卑弥呼。首尾はどうだ? ――
「完璧だわよ、兄さん。すぐに報告に行くから、楽しみにしてて」
―― くくっ、さすがはわが妹よ。ときに卑弥呼、閣下からお達しがあった。俺にウツロとコンタクトを取れとのことだ ――
「なっ……兄さんが、ウツロに……?」
―― まあ、ちょっと様子を見てこいって程度だがな。似嵐鏡月の息子、そして星川典薬頭の甥ってことで、どんなやつか気になっているようだ ――
「南柾樹じゃなくて? 自分の息子よりウツロのほうが気になるってこと?」
―― わからん、あのお方の考えていらっしゃることは……とりあえずこっちに来てくれ。雛多くんもだ。ああ、腹減ったから晩飯に六角庵の鴨せいろを頼む ――
「了解だわ。幽くんのぶんも4人前、買っていくわね」
―― 俺のアンダンテ・コモドが覚醒しないうちに来いよ ――
「ひえーっ、世界を食らいつくす最強のアルトラ、発動させないでぇん!」
―― にゃはは、冗談だよ卑弥呼。じゃあ、帰り、気をつけてね ――
「じゃあねぇ、兄さん」
浅倉卑弥呼はニコニコしながら携帯を切った。
「いつもながらラブラブな兄妹ですね」
「雛多くん、何言ってるのよ。わたしは兄さんのためならなんだってするのよ。それがたとえ閣下でもねぇ」
「あわわ、それは放送禁止用語ですよ……」
「ふふふ、なんだか楽しくなってきたわねぇ。チシッ、チシシ……」
「敵じゃなくてよかったですよ、ホント……」
羽柴雛多はけだるそうに、フェラーリのアクセル・ペダルを踏んだ――
(『第30話 ミーティング』へ続く)
「待たせたわね、雛多くん」
浅倉卑弥呼がフェラーリの助手席に乗り込むと、ブルーのスーツの青年が声をかけた。
ツンと後ろへまとめた黒髪に、整ったキツネ顔をしている。
「どうでした?」
「龍崎湊は楽勝ね。想定どおりで退屈なくらいよ。まったく、ハメられているとも知らずに」
「まさかクラウド・サーバー上の財務諸表を改ざんして横領に見せかけたなんて思いもしないでしょうね」
「チシィッ! 雛多くん、声が大きいわよ!」
「僕がサクッとやって、デジタル・タトゥーは幽くんが完全に消去してくれましたから」
「ふふっ、さすがだわ。さすがは兄さんの一番弟子コンビねぇ。あの宅ベン、泣き入ってたし、ぷっ!」
「あれ、そういえば龍崎弁護士のお父さんって……」
「名士のほまれ高い龍崎浩一郎ね。ほら、蛮頭寺が昔、東京湾に沈めたお堅いオッサンよ」
「ああ、なんだかかわいそう……」
「親子そろって愚かよねぇ、組織に歯向かうだなんて。まあ、あのバカは、わたしたちが組織の一員だってことにすら気づいてないようだけど。仮にも特生対の朽木支部長殿が」
「このアパートに探りを入れるためとはいえ、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
「組織にとっちゃむしろ『この程度でいいの?』って仕事なのよ。閣下なんてきっと気にも留めてないわ」
「で、メンバーのほうはどうでしたか?」
「雅ちゃんは大丈夫そうね。さすがは皐月先生の娘だけあって、心得てるわ。彼女が組織のスパイだってことは、暗学先生以外には気づかれてなさそうね」
「武田暗学、本名は武田耕太郎……組織の前式部卿なんでしたっけ?」
「そう、あなたたちが来る前の話ね。すっかり落ちぶれちゃって、いまでは自分の弟子に後釜を取られちゃってさ。チシッ、みじめねえ」
「あとは真田龍子と、その弟の虎太郎と……ああ、山王丸隼人っていうバイトくんもいましたね」
「そいつらはとりあえずアウト・オブ・眼中ね。問題なのは、あと二人……まず、南柾樹」
「閣下がゴミ捨て場に廃棄したんでしたよね。『計画』のためとはいえ、同情しちゃうなあ」
「でも、ここまで生き残った。だてに閣下の遺伝子は受け継いでいないということね。予定どおりアルトラ使いにもなったし、『計画』は順調ね。ふふっ、早く感動的な親子の対面が見たいわぁ」
「そして最後は、ウツロですか。いまは佐伯悠亮と名乗っている」
「あの子は油断ならないわね。わたしについているメンソールのにおいが気にかかっていたようだし。ふふっ、この『伏線』を拾ってくれるなんて、逆にうれしいくらいよ」
「彼のアルトラ、エクリプスは一筋縄ではいかなそうですね。たかが虫、されど虫って感じで」
「トラウマの強さはアルトラの強さに直結する……確かに、あのメンツの中では一番やっかいね。まあ、兄さんにかなうはずなんてないけどね」
「トラウマの強さで喜代蔵先生に勝てるやつなんかいないですよ」
「おや――」
浅倉卑弥呼の懐が振動した。
「噂をすれば、ですか」
「そうねえ、チシシ……」
端末を手に取り、着信をタップする。
「はい」
―― 俺だ、卑弥呼。首尾はどうだ? ――
「完璧だわよ、兄さん。すぐに報告に行くから、楽しみにしてて」
―― くくっ、さすがはわが妹よ。ときに卑弥呼、閣下からお達しがあった。俺にウツロとコンタクトを取れとのことだ ――
「なっ……兄さんが、ウツロに……?」
―― まあ、ちょっと様子を見てこいって程度だがな。似嵐鏡月の息子、そして星川典薬頭の甥ってことで、どんなやつか気になっているようだ ――
「南柾樹じゃなくて? 自分の息子よりウツロのほうが気になるってこと?」
―― わからん、あのお方の考えていらっしゃることは……とりあえずこっちに来てくれ。雛多くんもだ。ああ、腹減ったから晩飯に六角庵の鴨せいろを頼む ――
「了解だわ。幽くんのぶんも4人前、買っていくわね」
―― 俺のアンダンテ・コモドが覚醒しないうちに来いよ ――
「ひえーっ、世界を食らいつくす最強のアルトラ、発動させないでぇん!」
―― にゃはは、冗談だよ卑弥呼。じゃあ、帰り、気をつけてね ――
「じゃあねぇ、兄さん」
浅倉卑弥呼はニコニコしながら携帯を切った。
「いつもながらラブラブな兄妹ですね」
「雛多くん、何言ってるのよ。わたしは兄さんのためならなんだってするのよ。それがたとえ閣下でもねぇ」
「あわわ、それは放送禁止用語ですよ……」
「ふふふ、なんだか楽しくなってきたわねぇ。チシッ、チシシ……」
「敵じゃなくてよかったですよ、ホント……」
羽柴雛多はけだるそうに、フェラーリのアクセル・ペダルを踏んだ――
(『第30話 ミーティング』へ続く)
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