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神龍の倒れ伏すすぐそばに、フォール・セティはいた。
なにか小さな声で神龍と話をしている。
フォーラは歩み寄りたい気持ちでいっぱいだったが、なぜか、足がすくんで動けなかった。
フォール・セティがゆっくりと振り返った。
「神龍を至高界へ連れて帰る。それが神龍の望みだ」
「フォール・セティ…」
神龍の瞳は閉じられている。長い長い戦いに身を置き、それを本望だと言った神龍の命はもう残り少ないことはフォーラにも分かった。
呼ばれて振り返ったフォール・セティはフォーラを見るとすぐに視線を外した。
「姉上はそんな表情したらダメだ」
「でも…」
「…神龍に笑いかけてあげてよ。いつもみたいに歌って」
フォーラは弟の言葉に押し黙る。
そんなことができるはずがなかった。
彼らには彼らの理由があって戦っていた。それはフォーラにはどうすることもできないこと。
聖戦と歴史が語るように、世界の平和を願って戦った神龍たちの犠牲の上に今の平和は築かれている。
「違うよ、犠牲だなんて思わないで。神龍はいつも誰かを思って戦っていた。その人が笑っていられるように…」
それがフォーラでもあるし、別の誰かでもあるとフォール・セティは語る。
「彼はね、いつもそんなふうに生きてきたんだよ」
フォール・セティは手にしていたものをそっとフォーラに渡した。
それは神龍の鱗石だった。
「神龍が、それを姉上にって…」
フォーラはじっと鱗石を見つめた。
美しい光沢を放つ緑玉石。
「受け取ってあげてよ、姉上。きっとこれからも姉上を守ってくれる石だよ」
先手を打たれて、フォーラは困ったようにたった一人の弟の顔を見る。今にも泣きそうな顔を無理やり我慢しているような強張った顔つきだった。
石とフォール・セティの顔を交互に見ながら、しばらくしてようやくフォーラは頷いた。
フォール・セティがほっとしたように笑う。
「至高界に行ってくる。ラディン、後は任せる」
「はい、お気をつけて」
風が神龍の体を取り巻き、ゆっくりとその巨体を持ち上げた。
崩れた天板から空が見える。
その先に、フォール・セティたちが向かう至高界がある。
命の乙女が住む世界に、神龍は帰っていくのだ。
星空に、淡い光が灯った。
ぼんやりとした光は、だんだんと一つの姿を取っていった。
神龍よりも一回りほど小柄で、より優美な龍が彼を待っているかのように佇んでいる。
あれが、神龍の想う大切な誰か、なのだろうか。彼女は、淡く揺らめきながら、神龍を伴って、フォール・セティの導く先、遥かな空へと消えていった。
静かに涙を流すフォーラの元にラディンが歩み寄る。無言のままフォーラを抱きしめるラディン。
ほうっと息を吐いて、フォーラは涙をぬぐう。
「わたくし、物は欲しくありません。…こんな風に残される形代は、嫌です。だからわたくしはあなたから何もいただきたくありませんのよ」
指輪さえもいらないと言ったフォーラ。
五年前のあの時も何をしてあげればいいのか、ラディンは本気で困ったものだった。
そう。物はいらないと言ったフォーラの言葉の意味を、考えれば答えはすぐそこにあったのに、あの時は気が付かなかった。
「では、私はあなたに何をして差し上げればいいのかな?」
「あら、わかりませんの?」
フォーラはくすくすと笑いながら、小声で歌い始める。
小さな男の子と女の子の歌を。
Says the little boy to the little girl,
" I will ………
その後に続く歌詞をわざと伏せて、フォーラは自分の唇に向けて示す。
ラディンは一瞬驚いたように目を見開き、そして笑った。
「良かった。…それなら差し上げられる」
Fin.
なにか小さな声で神龍と話をしている。
フォーラは歩み寄りたい気持ちでいっぱいだったが、なぜか、足がすくんで動けなかった。
フォール・セティがゆっくりと振り返った。
「神龍を至高界へ連れて帰る。それが神龍の望みだ」
「フォール・セティ…」
神龍の瞳は閉じられている。長い長い戦いに身を置き、それを本望だと言った神龍の命はもう残り少ないことはフォーラにも分かった。
呼ばれて振り返ったフォール・セティはフォーラを見るとすぐに視線を外した。
「姉上はそんな表情したらダメだ」
「でも…」
「…神龍に笑いかけてあげてよ。いつもみたいに歌って」
フォーラは弟の言葉に押し黙る。
そんなことができるはずがなかった。
彼らには彼らの理由があって戦っていた。それはフォーラにはどうすることもできないこと。
聖戦と歴史が語るように、世界の平和を願って戦った神龍たちの犠牲の上に今の平和は築かれている。
「違うよ、犠牲だなんて思わないで。神龍はいつも誰かを思って戦っていた。その人が笑っていられるように…」
それがフォーラでもあるし、別の誰かでもあるとフォール・セティは語る。
「彼はね、いつもそんなふうに生きてきたんだよ」
フォール・セティは手にしていたものをそっとフォーラに渡した。
それは神龍の鱗石だった。
「神龍が、それを姉上にって…」
フォーラはじっと鱗石を見つめた。
美しい光沢を放つ緑玉石。
「受け取ってあげてよ、姉上。きっとこれからも姉上を守ってくれる石だよ」
先手を打たれて、フォーラは困ったようにたった一人の弟の顔を見る。今にも泣きそうな顔を無理やり我慢しているような強張った顔つきだった。
石とフォール・セティの顔を交互に見ながら、しばらくしてようやくフォーラは頷いた。
フォール・セティがほっとしたように笑う。
「至高界に行ってくる。ラディン、後は任せる」
「はい、お気をつけて」
風が神龍の体を取り巻き、ゆっくりとその巨体を持ち上げた。
崩れた天板から空が見える。
その先に、フォール・セティたちが向かう至高界がある。
命の乙女が住む世界に、神龍は帰っていくのだ。
星空に、淡い光が灯った。
ぼんやりとした光は、だんだんと一つの姿を取っていった。
神龍よりも一回りほど小柄で、より優美な龍が彼を待っているかのように佇んでいる。
あれが、神龍の想う大切な誰か、なのだろうか。彼女は、淡く揺らめきながら、神龍を伴って、フォール・セティの導く先、遥かな空へと消えていった。
静かに涙を流すフォーラの元にラディンが歩み寄る。無言のままフォーラを抱きしめるラディン。
ほうっと息を吐いて、フォーラは涙をぬぐう。
「わたくし、物は欲しくありません。…こんな風に残される形代は、嫌です。だからわたくしはあなたから何もいただきたくありませんのよ」
指輪さえもいらないと言ったフォーラ。
五年前のあの時も何をしてあげればいいのか、ラディンは本気で困ったものだった。
そう。物はいらないと言ったフォーラの言葉の意味を、考えれば答えはすぐそこにあったのに、あの時は気が付かなかった。
「では、私はあなたに何をして差し上げればいいのかな?」
「あら、わかりませんの?」
フォーラはくすくすと笑いながら、小声で歌い始める。
小さな男の子と女の子の歌を。
Says the little boy to the little girl,
" I will ………
その後に続く歌詞をわざと伏せて、フォーラは自分の唇に向けて示す。
ラディンは一瞬驚いたように目を見開き、そして笑った。
「良かった。…それなら差し上げられる」
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