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剣技の授業は校庭で行われていた。男性貴族にとって剣技は子供の頃から習う必須の嗜み。男子は基礎からみっちり叩き込まれる。が、女子は好んで習う人もいるが少数派。ここでも女子は短剣での護身術が主だが剣が使える者は男子と一緒に学ぶ事が許されている。アリスは勿論後者。他にも二人、男子と共に訓練を受けたいと申し出た生徒がおりテストをクリアして、アリスを含め三人が男子と同じ内容で授業を受けていた。
今日の授業で各個人の実力を見て、次からの授業で二手に分かれての団体戦練習の組分けが行われる。団体模擬戦では警護役の姫がクラスの中から選ばれ、それがゲームでのアーサーイベントの舞台となっている。騎士に守られるお姫様気分が味わえるので人気のイベントだ。
ゲームではアリスは男子に混ざって剣を振るったりせず短剣での授業を受ける。クラリアを始め他の意地悪令嬢達に持っていた短剣を安物と笑われ、他の生徒も知らん顔で辛い思いをする。そんなアリスにアーサーが姫役を頼んでくるのだ。紅の薔薇の騎士アーサー様が片膝をついて、薔薇の花びらを舞散らしながら、
「俺に君を守る栄誉を与えて欲しい。癒しの姫君に必ずや勝利を捧げてみせる」
この科白にYESだと「汝に騎士の称号を与える」を選択、アリスが姫になって見事に勝利する。NOだとライバル令嬢が姫になって勝利、アリスはそれを応援となる。これはアーサールートに入る重要なイベントだ。
しかし光魔法は謎力、クラスも違うアリスにとっては幻のイベントとなっていた。アーサールートに入ろうとした場合ここでNOを選んでしまうと戻るのがかなり難しくなる。そもそも発生しない場合はどうなるのか全く解らない。
……、どーにもならないものはしょうがないよね。とにかく今は勝つ!
先程全員での素振りと型の練習が終わった。これから教授の指示で組み合わせが決まり、一対一のトーナメント形式の模擬戦が行われる。
ニ年目から騎士科を目指すガチ勢はともかく嗜みボンボンには負けないぞ。
アリスはブンブンと剣の試し振りをして感触を確認した。剣は練習用の切れない物だが重さや重心は本物と同じに作られている。他の生徒はブランドのマークをこれみよがしに付けていたり洒落た装飾を柄に施したりしていたがアリスの剣は父がアリスの為に自ら鍛えてくれた物だ。
へへん、見た目はシンプルだけどたんぽぽ印の業物だぜ。負ける気がしない。お、
アリスは少し離れた所で短剣の授業を受けているユリアンヌやサーシャが小さく手を振っているのに気付いた。頑張るぞとアリスは二人にVサインを返し、
「あら~、素敵な剣ですこと」
その時一緒に剣の授業を受けていた女子生徒の一人がアリスに声を掛けてきた。柄の装飾が派手過ぎると教授に怒られていた生徒だ。彼女は自慢気に自分の剣を掲げて見せるとニヤッと笑った。
「これは父が武具製作で有名な工房で私の為に特別に作らせましたの。あなたの剣はどちらで誂えましたの?」
「え、これは私の父が作った剣ですが」
答えるアリスに女子生徒は大仰に驚いてみせた。
「まあ、お父様の手作りですの?娘想いのお父様で羨ましいですわ。確か鍛冶職人でしたかしら、農具の」
「アリスのお父様は鍛冶工房の経営者ですわ。職人としての腕も確かと聞いています」
気付いたもう一人の女子生徒がサッとアリスの前に立つと反論する。アリスの1つ隣の部屋のノーラ・ハリントン伯爵令嬢、いつも朝アリスが遅刻しないようにドアをノックしてくれる優しい子だ。何度助けられたか。
「ええ、存じてますわ。鎌作りが得意とか。雑草を刈るのに最適だそうね~」
これはゲーム中でアリスがちょいちょい受けていたイジメシーンだ、細かい所は違うけど。でもアーサー様がいない所で発生しても嫌な気分になるだけで意味が無いのよ。ゲームアリスも家族の事を言われた時は毅然と反論していた。ならば私が少々言い返しても問題にはなるまい。母直伝の嫌味返しを受けてみよっ。
なおも続ける意地悪モブ令嬢に反論しようとするノーラをアリスは手で制した。意地悪モブ令嬢の真正面にアリスは立つと真っ直ぐに彼女を見つめてにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます~、父の鎌を誉めていただいて。切れ味は保証しますわ。ちょっとした魔物なら一振りで首を飛ばせますから是非ご愛用なさって」
「まっ、魔物?」
「ええ、父が自ら鍛えたこの剣を渡してくれた時に一緒にこの言葉を贈ってくれましたの。掛かる火の粉は全て一列に並べてこの剣で撫で斬りにしてしまいなさいって。私は父の教えを胸に邁進するつもりです。一緒に頑張りましょうね!」
アリスは彼女の両手をガッチリ掴むと親愛の情を込めてぶんぶんと振り回した。
「ええ、え、がが、頑張りりりまずわわっ」
「お~い、そろそろ組分けを発表するみたいだぞ」
その時男子生徒の一人が声を掛けてきて、その隙にモブ令嬢はアリスの手を振り解くと這々の体で逃げていった。チッとアリスは舌打ちすると声を掛けた男子生徒、アリスが平伏した時&魔力の授業の後、次の授業へとアリスを担いでくれたリカルド・ニールセン子爵家子息を見上げて口を尖らかせた。
「逃げられちゃったじゃん」
「いや、あれは流石にやり過ぎだと思うぞ」
「えー、そお?父さんはもっと容赦無いよ。魔物退治の討伐隊に参加した時、子爵様のトコのへっぽこ騎士を次に同じ事をしたら魔物と一緒に並べて撫で斬りだってドツき回したのに比べれば」
「お前の親父、何者だよ…」
天を見上げるリカルドの横でノーラはアリスに尋ねた。
「アリス、撫で斬りの意味って知ってる?」
アリスは3秒考えて答えた。
「知らない」
ノーラは真面目な顔でアリスに言った。
「その言葉、もう使っちゃ駄目」
「はい」
その後直ぐに一対一の模擬戦が行われた。意地悪モブ令嬢はノーラにすら歯が立たずあっさり負けていた。アリスは父仕込みの女性の身体の柔らかさを生かした剣捌きでノーラを楽々と下し男子生徒と当たってからも父譲りの勝つ為には手段を選ばない系テクニックとクラリア式必勝法で次々とボンボン達を倒していった。
「やっぱりガチ勢は無理か~」
ガチ勢のリカルドが白熱した戦い中な様子を眺めながらアリスはガックリと肩を落としていた。ガチ勢は体力技術日々の鍛錬等、全てアリスより上だった。食い下がったもののパワー負けしてしまったアリス。Bクラスならイケるんじゃないかという考えが甘い事を思い知らされた。というか現実アリスはBクラスの生徒なのだから当たり前といえば当たり前だった。
頑張っているのに結果が出ない。これじゃあ推しのアレク様が待つ文書管理課は遥か遠く、転生パイセンのクラリア様を助ける所か足を引っ張っている気がする。このままじゃ一緒に断罪ルートに転がり込むかも。クラリア様、お供しろとは言ってないって怒るだろうな。ヘヘッ、修道院でもラーメン食べられるかな。そこからどうやって魔法省入りするんだろうな~。クリラブ2の主人公カレンのラスボス退治の足まで引っ張りかねないかも。うっかり忘れていたけど私は残念令嬢のアリスだったんだ。うっかり世界を滅ぼしちゃうのかな、私。へへへっ。
ちょいやさぐれなアリスをノーラは一生懸命に慰めていた。
「重量級と当たったんだもの、しょうがないわよ。熊相手にアリスは善戦していたわ」
「戦場で勝てないという事は死ぬという事だ。by父」
「戦場って、アリスって実は騎士科を目指していたの?」
「ううん、プロダクトデザイナー。魔法工学科を目指している。便利グッズとか新しい魔具を作るの」
「なら別にそこそこ強ければ良くない?」
「……」
クラリアも男子のトップに立てとは言っていない。ガチ勢の次なら十分に良い成績だ。
アリスはあっさり復活した。
「そうだよね~」
模擬戦が終了し見事に勝ち抜いたのはアリスを負かした熊モブ生徒だった。アリスはモブ熊生徒を笑顔で
「強いねー。おめでとうっ」
と讃え、
「いやー、そんな~」
と照れる熊をバシバシと叩いていたがノーラが自分を見ているのに気付いて慌てて戻った。
「別に悔しくて叩いてた訳じゃないよ~」
「やっぱり悔しかったんだ」
「アイツびくともしない」
「それよりどうする?」
「え、どうするって、ああ、アレね~」
模擬戦終わりで教授はチーム分けをすぐに発表していた。剣技の生徒は二手に分けられアリスはノーラ、リカルド、モブ熊生徒と一緒のチームになっている。
次はゲームでも人気のイベント、姫選びだ。
ゲームでは舞台となるAクラスしか描かれていないが当然他のクラスでも行われている。
Aクラスではアーサー様が誰か、多分ライバル令嬢を選んでいるんだろうなぁ。
Bクラスでは男子生徒達が何ヶ所かに固まって、短剣の授業が終わった所の女子生徒達をチラチラと見ていて、女子生徒達もそれが判っていてソワソワと意味無くその場で立ち話をしている。
「ねぇ、アリスは誰が選ばれると思う?」
「う~ん、分からん」
ノーラと一緒にそれを眺めていたアリスはふとリカルドがチラチラとサーシャを見ているのに気が付いた。
「ねえ、リガルドがさっきからサーシャを見ていない?」
首を傾げるアリスにノーラはえ?という顔でアリスを見ると笑って肘でツンツン小突いた。
「もー、アリスったら、何を今更~。それより例の熊君がアリスの…」
「ノーラ、私ちょっと行ってくる」
「え?アリス?ちょっとって?」
アリスはスタスタとリカルドの所へ行くと、
「ねぇ、ウチらのチームの姫役をサーシャに頼まない?」
と言った。アリスの爆弾発言にその場の男子と追い掛けてきたノーラが目を丸くする。
「サーシャなら小っちゃいから、最悪は担いで逃がせるし良く知ってるし、良くない?」
アリスの雑な理由にリカルドも他男子生徒もたじろいでいた。スッとノーラがリカルドの背後で呟く。
「他の男子で何人かサーシャに目配せしているのがいるわ~」
「皆も良い人選だと思うでしょう?リカルドからなら普段から良く話しているしOKしてくれると思うんだ」
アリスの言葉にうぐぐ~と唸るリカルドはチラッとサーシャを見て、既にそこにはサーシャに声を掛けている敵チーム男子生徒がいた。茫然となるリカルド。ノーラはリカルドの背を強く押そうと手を伸ばし掛け、
「ちょっと待ったぁ~!」
それより早くアリスが飛び出していた。ノーラを始めチーム全員がこう思った。
今待つのはお前だ、アリスッ。
が、その思いは届く事は無くアリスはサーシャの前に立つ男子生徒を突き飛ばすと自分がサーシャの前に立った。
リカルドの為にもサーシャを渡す訳にはいかない。えーと、あのスチルでアーサー様は~。
アリスはアーサーイベントのスチルを思い出して、
よし、イケる!
アリスはアーサーっぽい笑顔を作ると片膝を突き左手は胸へ右手でサーシャの手を取り真っ直ぐに見上げる。
ゲーム上ではアリスが姫役のイベントなのだが何故かモブ生徒相手にアーサー役をしている主人公アリス。
「ああ、麗しの姫君、どうか私に貴方をお守りする栄誉を与えて下さい。必ずや貴方に勝利を捧げてご覧にいれましょう。ナイトの称号をどうぞ私に」
宝塚歌劇団風アリスの言い回し&オーバーリアクションに面食らいながらもサーシャは嬉しそうな笑顔になった。周りのユリアンヌや女子達がキャーッと黄色い声を上げる。
「キャーッ、アリスってばカッコ良過ぎっ」
「これはこれで有りかも~」
そこにアリスに突き飛ばされて尻もちをついていた男子生徒が喚いた。
「お前、何を考えているんだ、マナー違反が過ぎるだろ!」
「姫を御守りする、それが今の私の全てなのだ」
「訳分からん事を。貴族としても騎士としても駄目だっ」
「悲しいかな、私はそのどちらでも無いのだ」
「人としても駄目だっ」
「人としてそれ…は駄目だね、確かに。ゴメン」
アリスのヅカ成分はそこでネタ切れになった。立ち上がってパンツの土を払う男子生徒にアリスは素直に謝るとぷっと頬を膨らませた。
「だって友人に剣を振るうの嫌だったんだもん。私は手加減苦手だし」
「ちょっと待て、お前は姫役を切り捨てる気でいたのか?」
土を払う生徒の手が止まる。
「え?」
「マジ?」
「もうしょうがないな、アリスは」
サーシャがしゃがみ込むとアリスの両手を取って笑顔で、
「汝に騎士の称号を与える」
と答えドン引いている男子生徒に頭を下げた。
「ゴメンね。こんなんだから私が側で面倒を見ないと」
「そうだな。ルールをしっかり教え込んでおいてくれ、皆の為に」
「OK、任せて」
サーシャはポンと自分の胸を叩くと立ち上がってアリスも立たせた。
「ルール説明をお願いしてもいい?」
「勿論よ」
アリスの世話をユリアンヌにバトンタッチしたサーシャはリカルドの所へ行くと、
「も~、リカルドってばちゃんとアリスを見ていてねって頼んだじゃない」
「いや、止める間も無くて」
「足を引っ掛けてコケさせる位ならOKだから」
「いや、それはやり過ぎかなぁって」
ぷんぷんサーシャにリカルドは大きな身体で小さくなっている。
「えーと」
「安心してアリス、ルールは私が責任を持って叩き込んであげる」
「そうそう、あっちの方は放っといて大丈夫」
両脇をユリアンヌ達にガッチリ挟まれて身動き取れないアリスは頷くしかなかった。別方向では相手チームが姫役を念の為に男子にするか相談している。そして校庭の片隅では熊モブ男子生徒が一人拳を校舎の壁に打ちつけていたがアリスがそれに気付く事はなかった。
今日の授業で各個人の実力を見て、次からの授業で二手に分かれての団体戦練習の組分けが行われる。団体模擬戦では警護役の姫がクラスの中から選ばれ、それがゲームでのアーサーイベントの舞台となっている。騎士に守られるお姫様気分が味わえるので人気のイベントだ。
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しかし光魔法は謎力、クラスも違うアリスにとっては幻のイベントとなっていた。アーサールートに入ろうとした場合ここでNOを選んでしまうと戻るのがかなり難しくなる。そもそも発生しない場合はどうなるのか全く解らない。
……、どーにもならないものはしょうがないよね。とにかく今は勝つ!
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ニ年目から騎士科を目指すガチ勢はともかく嗜みボンボンには負けないぞ。
アリスはブンブンと剣の試し振りをして感触を確認した。剣は練習用の切れない物だが重さや重心は本物と同じに作られている。他の生徒はブランドのマークをこれみよがしに付けていたり洒落た装飾を柄に施したりしていたがアリスの剣は父がアリスの為に自ら鍛えてくれた物だ。
へへん、見た目はシンプルだけどたんぽぽ印の業物だぜ。負ける気がしない。お、
アリスは少し離れた所で短剣の授業を受けているユリアンヌやサーシャが小さく手を振っているのに気付いた。頑張るぞとアリスは二人にVサインを返し、
「あら~、素敵な剣ですこと」
その時一緒に剣の授業を受けていた女子生徒の一人がアリスに声を掛けてきた。柄の装飾が派手過ぎると教授に怒られていた生徒だ。彼女は自慢気に自分の剣を掲げて見せるとニヤッと笑った。
「これは父が武具製作で有名な工房で私の為に特別に作らせましたの。あなたの剣はどちらで誂えましたの?」
「え、これは私の父が作った剣ですが」
答えるアリスに女子生徒は大仰に驚いてみせた。
「まあ、お父様の手作りですの?娘想いのお父様で羨ましいですわ。確か鍛冶職人でしたかしら、農具の」
「アリスのお父様は鍛冶工房の経営者ですわ。職人としての腕も確かと聞いています」
気付いたもう一人の女子生徒がサッとアリスの前に立つと反論する。アリスの1つ隣の部屋のノーラ・ハリントン伯爵令嬢、いつも朝アリスが遅刻しないようにドアをノックしてくれる優しい子だ。何度助けられたか。
「ええ、存じてますわ。鎌作りが得意とか。雑草を刈るのに最適だそうね~」
これはゲーム中でアリスがちょいちょい受けていたイジメシーンだ、細かい所は違うけど。でもアーサー様がいない所で発生しても嫌な気分になるだけで意味が無いのよ。ゲームアリスも家族の事を言われた時は毅然と反論していた。ならば私が少々言い返しても問題にはなるまい。母直伝の嫌味返しを受けてみよっ。
なおも続ける意地悪モブ令嬢に反論しようとするノーラをアリスは手で制した。意地悪モブ令嬢の真正面にアリスは立つと真っ直ぐに彼女を見つめてにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます~、父の鎌を誉めていただいて。切れ味は保証しますわ。ちょっとした魔物なら一振りで首を飛ばせますから是非ご愛用なさって」
「まっ、魔物?」
「ええ、父が自ら鍛えたこの剣を渡してくれた時に一緒にこの言葉を贈ってくれましたの。掛かる火の粉は全て一列に並べてこの剣で撫で斬りにしてしまいなさいって。私は父の教えを胸に邁進するつもりです。一緒に頑張りましょうね!」
アリスは彼女の両手をガッチリ掴むと親愛の情を込めてぶんぶんと振り回した。
「ええ、え、がが、頑張りりりまずわわっ」
「お~い、そろそろ組分けを発表するみたいだぞ」
その時男子生徒の一人が声を掛けてきて、その隙にモブ令嬢はアリスの手を振り解くと這々の体で逃げていった。チッとアリスは舌打ちすると声を掛けた男子生徒、アリスが平伏した時&魔力の授業の後、次の授業へとアリスを担いでくれたリカルド・ニールセン子爵家子息を見上げて口を尖らかせた。
「逃げられちゃったじゃん」
「いや、あれは流石にやり過ぎだと思うぞ」
「えー、そお?父さんはもっと容赦無いよ。魔物退治の討伐隊に参加した時、子爵様のトコのへっぽこ騎士を次に同じ事をしたら魔物と一緒に並べて撫で斬りだってドツき回したのに比べれば」
「お前の親父、何者だよ…」
天を見上げるリカルドの横でノーラはアリスに尋ねた。
「アリス、撫で斬りの意味って知ってる?」
アリスは3秒考えて答えた。
「知らない」
ノーラは真面目な顔でアリスに言った。
「その言葉、もう使っちゃ駄目」
「はい」
その後直ぐに一対一の模擬戦が行われた。意地悪モブ令嬢はノーラにすら歯が立たずあっさり負けていた。アリスは父仕込みの女性の身体の柔らかさを生かした剣捌きでノーラを楽々と下し男子生徒と当たってからも父譲りの勝つ為には手段を選ばない系テクニックとクラリア式必勝法で次々とボンボン達を倒していった。
「やっぱりガチ勢は無理か~」
ガチ勢のリカルドが白熱した戦い中な様子を眺めながらアリスはガックリと肩を落としていた。ガチ勢は体力技術日々の鍛錬等、全てアリスより上だった。食い下がったもののパワー負けしてしまったアリス。Bクラスならイケるんじゃないかという考えが甘い事を思い知らされた。というか現実アリスはBクラスの生徒なのだから当たり前といえば当たり前だった。
頑張っているのに結果が出ない。これじゃあ推しのアレク様が待つ文書管理課は遥か遠く、転生パイセンのクラリア様を助ける所か足を引っ張っている気がする。このままじゃ一緒に断罪ルートに転がり込むかも。クラリア様、お供しろとは言ってないって怒るだろうな。ヘヘッ、修道院でもラーメン食べられるかな。そこからどうやって魔法省入りするんだろうな~。クリラブ2の主人公カレンのラスボス退治の足まで引っ張りかねないかも。うっかり忘れていたけど私は残念令嬢のアリスだったんだ。うっかり世界を滅ぼしちゃうのかな、私。へへへっ。
ちょいやさぐれなアリスをノーラは一生懸命に慰めていた。
「重量級と当たったんだもの、しょうがないわよ。熊相手にアリスは善戦していたわ」
「戦場で勝てないという事は死ぬという事だ。by父」
「戦場って、アリスって実は騎士科を目指していたの?」
「ううん、プロダクトデザイナー。魔法工学科を目指している。便利グッズとか新しい魔具を作るの」
「なら別にそこそこ強ければ良くない?」
「……」
クラリアも男子のトップに立てとは言っていない。ガチ勢の次なら十分に良い成績だ。
アリスはあっさり復活した。
「そうだよね~」
模擬戦が終了し見事に勝ち抜いたのはアリスを負かした熊モブ生徒だった。アリスはモブ熊生徒を笑顔で
「強いねー。おめでとうっ」
と讃え、
「いやー、そんな~」
と照れる熊をバシバシと叩いていたがノーラが自分を見ているのに気付いて慌てて戻った。
「別に悔しくて叩いてた訳じゃないよ~」
「やっぱり悔しかったんだ」
「アイツびくともしない」
「それよりどうする?」
「え、どうするって、ああ、アレね~」
模擬戦終わりで教授はチーム分けをすぐに発表していた。剣技の生徒は二手に分けられアリスはノーラ、リカルド、モブ熊生徒と一緒のチームになっている。
次はゲームでも人気のイベント、姫選びだ。
ゲームでは舞台となるAクラスしか描かれていないが当然他のクラスでも行われている。
Aクラスではアーサー様が誰か、多分ライバル令嬢を選んでいるんだろうなぁ。
Bクラスでは男子生徒達が何ヶ所かに固まって、短剣の授業が終わった所の女子生徒達をチラチラと見ていて、女子生徒達もそれが判っていてソワソワと意味無くその場で立ち話をしている。
「ねぇ、アリスは誰が選ばれると思う?」
「う~ん、分からん」
ノーラと一緒にそれを眺めていたアリスはふとリカルドがチラチラとサーシャを見ているのに気が付いた。
「ねえ、リガルドがさっきからサーシャを見ていない?」
首を傾げるアリスにノーラはえ?という顔でアリスを見ると笑って肘でツンツン小突いた。
「もー、アリスったら、何を今更~。それより例の熊君がアリスの…」
「ノーラ、私ちょっと行ってくる」
「え?アリス?ちょっとって?」
アリスはスタスタとリカルドの所へ行くと、
「ねぇ、ウチらのチームの姫役をサーシャに頼まない?」
と言った。アリスの爆弾発言にその場の男子と追い掛けてきたノーラが目を丸くする。
「サーシャなら小っちゃいから、最悪は担いで逃がせるし良く知ってるし、良くない?」
アリスの雑な理由にリカルドも他男子生徒もたじろいでいた。スッとノーラがリカルドの背後で呟く。
「他の男子で何人かサーシャに目配せしているのがいるわ~」
「皆も良い人選だと思うでしょう?リカルドからなら普段から良く話しているしOKしてくれると思うんだ」
アリスの言葉にうぐぐ~と唸るリカルドはチラッとサーシャを見て、既にそこにはサーシャに声を掛けている敵チーム男子生徒がいた。茫然となるリカルド。ノーラはリカルドの背を強く押そうと手を伸ばし掛け、
「ちょっと待ったぁ~!」
それより早くアリスが飛び出していた。ノーラを始めチーム全員がこう思った。
今待つのはお前だ、アリスッ。
が、その思いは届く事は無くアリスはサーシャの前に立つ男子生徒を突き飛ばすと自分がサーシャの前に立った。
リカルドの為にもサーシャを渡す訳にはいかない。えーと、あのスチルでアーサー様は~。
アリスはアーサーイベントのスチルを思い出して、
よし、イケる!
アリスはアーサーっぽい笑顔を作ると片膝を突き左手は胸へ右手でサーシャの手を取り真っ直ぐに見上げる。
ゲーム上ではアリスが姫役のイベントなのだが何故かモブ生徒相手にアーサー役をしている主人公アリス。
「ああ、麗しの姫君、どうか私に貴方をお守りする栄誉を与えて下さい。必ずや貴方に勝利を捧げてご覧にいれましょう。ナイトの称号をどうぞ私に」
宝塚歌劇団風アリスの言い回し&オーバーリアクションに面食らいながらもサーシャは嬉しそうな笑顔になった。周りのユリアンヌや女子達がキャーッと黄色い声を上げる。
「キャーッ、アリスってばカッコ良過ぎっ」
「これはこれで有りかも~」
そこにアリスに突き飛ばされて尻もちをついていた男子生徒が喚いた。
「お前、何を考えているんだ、マナー違反が過ぎるだろ!」
「姫を御守りする、それが今の私の全てなのだ」
「訳分からん事を。貴族としても騎士としても駄目だっ」
「悲しいかな、私はそのどちらでも無いのだ」
「人としても駄目だっ」
「人としてそれ…は駄目だね、確かに。ゴメン」
アリスのヅカ成分はそこでネタ切れになった。立ち上がってパンツの土を払う男子生徒にアリスは素直に謝るとぷっと頬を膨らませた。
「だって友人に剣を振るうの嫌だったんだもん。私は手加減苦手だし」
「ちょっと待て、お前は姫役を切り捨てる気でいたのか?」
土を払う生徒の手が止まる。
「え?」
「マジ?」
「もうしょうがないな、アリスは」
サーシャがしゃがみ込むとアリスの両手を取って笑顔で、
「汝に騎士の称号を与える」
と答えドン引いている男子生徒に頭を下げた。
「ゴメンね。こんなんだから私が側で面倒を見ないと」
「そうだな。ルールをしっかり教え込んでおいてくれ、皆の為に」
「OK、任せて」
サーシャはポンと自分の胸を叩くと立ち上がってアリスも立たせた。
「ルール説明をお願いしてもいい?」
「勿論よ」
アリスの世話をユリアンヌにバトンタッチしたサーシャはリカルドの所へ行くと、
「も~、リカルドってばちゃんとアリスを見ていてねって頼んだじゃない」
「いや、止める間も無くて」
「足を引っ掛けてコケさせる位ならOKだから」
「いや、それはやり過ぎかなぁって」
ぷんぷんサーシャにリカルドは大きな身体で小さくなっている。
「えーと」
「安心してアリス、ルールは私が責任を持って叩き込んであげる」
「そうそう、あっちの方は放っといて大丈夫」
両脇をユリアンヌ達にガッチリ挟まれて身動き取れないアリスは頷くしかなかった。別方向では相手チームが姫役を念の為に男子にするか相談している。そして校庭の片隅では熊モブ男子生徒が一人拳を校舎の壁に打ちつけていたがアリスがそれに気付く事はなかった。
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