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クリラブ1 ゲームスタート

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 一ヶ月はあっという間に過ぎ去った。準備に追われつつもアリスは例のノートにゲームで思い出した事を書き出していった。がクリラブ2は順調に埋める事が出来たが肝心のクリラブ1は最初に思い出した以外はほぼ出ず。どうしたら良いのか何の案も浮かばないままアリスは王都に到着した。
「じゃあね、アリス。落ち着いたら手紙書いてね、私も書くからっ」
「うん、必ず書くよ」
 馬車の窓から手を振るルミアにアリスはぶんぶんと手を振り返した。二人は領主ベルク子爵差し回しの馬車で王都までの快適な馬車旅を楽しんだ。二人共ネルド公爵領所かベルク子爵領からも出た事がない。見る物食べる物全て珍しく、
 超最高!子爵様、ありがとうー!であった。
「お嬢さん、荷物を下ろしましたよ。このトランクとバッグですね」
「はい、ありがとうございました」
 御者に礼を伝えルミアの学校へ向う馬車に手を振って見送りながらアリスは思った。
 ゲームアリスとは違い過ぎて何だか申し訳ないな~。
 しかしここからはどうなるのか。アリスの頭の中でクリラブのオープニングテーマ曲が流れ始める。今目の前にそびえ立つ豪奢な門、その遥か先に建つ荘厳な学び舎、マジカル学園を見上げた。
 とにかく最善を尽くす。推しのアレク様が待つクリラブ2に辿り着く為に先ずはクリラブ1のゲームをクリアする。ゲームスタートだ!
 ゲームアリスは荷馬車の片隅で揺られてきた為にヘトヘトで見上げていた。片や現実アリスはちょっと疲れてはいる。一緒なのは初めての場所に立ち不安な気持ちだけ。そして現実アリスはヘタレ。
 もう帰りたいっ!
 その時、門の前に立ち竦むアリスに気付いた門衛が近付いてきた。はっと我に返ったアリスは慌てて入学の書類を取り出す為にバッグを開けようとして、
 人間慌てるとロクな事にならない。ましてやアリスは。
門衛の前でバッグの中味を盛大にぶち撒けたアリスは思った。
 終わった。

 アリスは寮へと続く石畳をトランクとバッグを手に歩いていた。その後、アリスはあっさりと学園に通された。門衛さん達は皆親切だった。アリスのトランクの金具がキチンと留まっていないのに気づいて留め直してくれ、この後に王太子様の馬車が通られる予定だから馬車の音がしたら道の端に避けてお辞儀をして見送るんだよとマナーも教えてくれた。母からある程度マナーを躾けられているとはいえのほほんアリスである。心配になったのだろう。が、当のアリス本人は気を引き締める所か、
 でも門衛さん達は皆イケメン&イケオジだったなぁ。ルミアの手紙に書こう。流石王都は違うわ~。
 アリスと同じく寮へと向かう新入生の子息子女を眺めて、
 皆立ち振る舞いが優雅で品があるわ~。やっぱり王都は違う。
 アリスは浮かれていた。ので馬車の蹄の音に気づくのが遅れた。通りの新入生達がスッと道の端に寄り慣れた仕草で礼をする仕草に見惚れていたアリスは誰かの咳払いでやっと門衛の助言を思い出した。振り返るとそこにはもう王家の紋章、杖と剣の紋章を飾った馬車が現れていた。
 マズい!
 次の瞬間、アリスは荷物を放り出して平伏していた。テンパったアリスの脳裏に浮かんだのは悲しいかな江戸時代の大名行列だった。表向きは平静を装ってはいたものの辺りの新入生達に動揺が広がる。一種異様な空気の中、馬車の御者がチラッとアリスを一瞥し馬車は何事も無かったかの様に通り過ぎて行った。
 ……やっちまった。初日でやっちまったよ。
 アリスはゆっくり顔を上げると転がっている荷物を見た。
 ……帰るしかない。荷馬車で帰ろう。
「大丈夫?」
 その時近くにいた女子新入生がアリスに声を掛けた。こっくり頷くアリスに駆け寄るとアリスを立たせてスカートの土埃を払ってくれる。他の新入生達もトランクを起こしたりバッグを拾ってくれたりする。
「そんな事までしなくても大丈夫なのよ」
「田舎の方ではまだ王都でそんな悪習が残っていると思われているのか」
「王太子様はこんな事は気になさらないわ」
「あ…ありがど~」
 一気に気が緩んだアリスは滂沱の涙を流した。
「あ~、泣かないで。大丈夫よ」
 新入生に慰められ励まされ荷物を持って貰いながらアリスは入寮した。

 マジカル学園は国が貴族の為に設立した格式ある教育機関で魔力保持が絶対条件プラス成績優秀である事も求められ家の財力も必須(奨学金付の特待制度有り) という貴族であっても簡単には入れない超難関校。卒業すればステータスになる、家の格式キープor出世したかったら是非入りたい、子供を入れたい学校だ。平民でも魔力が有り超優秀なら入学可能。他国からも留学生が来る程の名実共に超名門校である。
 16才から2年間全寮制で学ぶ。一年間は全員が教養コースで平民貴族の分け隔て無く基礎学問と魔法の制御等を学び、ニ年目からは各専門科に分かれ社会マナー等も学ぶ事となる。
 学園の敷地内に寮が建てられており男女別棟、学年でも分かれている。一階は食堂や共用の談話室等があり2~3階は下位貴族用個室、4階は食堂や浴室等が全て揃った専用メイドも置ける専用フロアで公爵以上の上位貴族用。王族はペントハウスを使用するしきたりとなっている。アリスがいるのは3階、下位貴族は自分専用のメイドを置く事は許されない代りに各フロア毎にフロア専属メイド達がいて日常の世話をしてくれる。が基本自分の事は自分で。これも勉強の内となっていた。その為にアリスは事前に別便で送っていた荷物をせっせとクローゼットや棚にしまっていたのだが、
「片付かない…」
 ゲームアリスは小さなトランクひとつだったが現実アリスは出す時の事を考えずついついアレコレ詰め込んでしまった。
 ルミアの忠告を聞き流したばっかりに。本当に何で入学出来たんだろ、私。本当の家柄、学力、光の魔力を足してもまぁまぁアウトだったのではなかろうか。
 そのせいだろう。ゲームアリスは特待生として在籍中は全ての経費が全額国持ちだったが現実アリスは特待扱いで入学金免除、授業料、寮費は国負担だが他雑費は自分持ちになっていた。
 ゴメンね、父さん。私が馬鹿で魔力もハンパなばかりに。
 アリスははぁっと溜め息をついた。
 後少しだ。ガンバろう。
 コンコン。
 そこにドアをノックする音がした。
「伝言をお持ちしました」
 フロアメイドの声と同時にドアの隙間から便箋が差し込まれる。?アリスは便箋を手に取り、
「えっ?もう?」
 アリスは焦ってまだ片付けきれていない部屋を見回した。
「まいっか」
 残りの荷物を適当に積み上げるとアリスは荷物からクッキーの袋を引っ張り出してウキウキと部屋を後にする。この時のアリスは部屋を綺麗に使っていないとメイド長に怒られるという事を知らなかった。

「ごめんなさい、なかなか片付けが終わらなくて」
 メモにあった一階の談話室にはアリスが平伏をやらかした時に居合わせた新入生を中心に数人集まっていた。アリスの声に振り返った新入生達は揃って目を丸くする。アリスがクッキーの大袋を頭上に掲げて入ってきたからだ。
「これ昨晩泊まった宿屋の女将さんがオヤツにって持たせてくれたの。皆で一緒に食べよう」
 アリスはテーブルにクッキーの袋を置くとパーティ開きにしようとしてその寸前で一人が止めた。
「待って、待って。そんな大袋食べ切れないよ?」
「え~、5人もいるじゃん。大丈夫だよ」
「無理無理、そんな大袋」
「ああ、遠慮しなくても大丈夫。もう一袋貰ってある」
「そういう事じゃ無いの」
 結局アリスはクッキーの袋をパーティ開きにしてしまった。とはいえここにいるのは16才の育ち盛りの少女達、先に用意されていた紅茶と共にクッキーは順調に量を減らしていた。
「美味しいね、このクッキー。女将さん手作りかな」
「紅茶風味にオレンジピール入りにと色々な味があってつい食べちゃう」
「ヤバい、止まらない。制服が入らなくなってたらアリスのせいよ」
「作り直しなんて勿体ない。私は部屋で腹筋百回する」
 そう言いながらクッキーをまた一つ摘んだのはユリアンヌ・シーブス、スラッと長身の知性派美人の彼女はやらかしたアリスに最初に声を掛け立たせてくれたりした新入生だ。平民だが王室御用達の王都の有力商人の娘だったりするのだがアリス一人がピンときていなかった。
「流石シーブス商会。でもどうして二階の部屋にしたの?一昨年卒業したお兄さんは三階よね?」
 時々足を浮かせるという悪足掻きをしながらもクッキーを食べる手は止めないのはサーシャ・フェイマン。クレーエ領内のフェイマン男爵令嬢で明るく気さくな人柄の彼女はアリスの荷物を寮まで運んでくれていた。
「兄は父に直談判したのよ。余計に掛かった経費は倍にして返すから投資してくれって」
「えっ、二階の倍の寮費を倍返しなんて凄すぎる」
「私はコストパフォーマンス重視だから。今兄貴はいつ寝ているのかっていう位働いてるよ」
「ウチの兄に聞かせてやりたい」
「ウチも~」
 そう言ってケラケラ笑う新入生達はゲームの中では画面の片隅にいるモブキャラだろう。その中にしっかりと馴染んでいるアリスは掴むようにクッキーを食べてお茶をがぶ飲みしていた。
「アリス、お茶のお代わりはいかが?」
「いただきまーす」
 下位とはいえ貴族令嬢にお茶を入れて貰うアリス。貴族平民分け隔て無くという学園ルールとか実は侯爵令嬢だもんとかそういう事は全て脳外に置いて自然体のアリスだった。
「はい」
 ティカップをアリスに手渡すとサーシャは興味深々の顔でアリスを覗き込んだ。
「でどうだった?王太子様をご覧になったんでしょ?!」
「えっ、いや私は平伏したし」
「その前よっ。馬車を真正面から見たんでしょ、どうだった?王太子様、噂通りのイケメンだった?!」
 ユリアンヌを除く女子全員がサーシャのセリフに色めき立つ。全員固唾を呑んでアリスの言葉を待った。アリスは必死で記憶を巻き戻し、
「……ゴメン、紋章しか覚えてない」
 皆肩を落とした。
「近隣国にも轟く、女神も嫉妬するという美貌を生で見るチャンスを逃すなんて罪だわ」
「万死に値すると思う、私」
「アリス、平伏する以上に残念な行為よ」
 残念令嬢の烙印を追加押しアリス。
 でも女神が嫉妬する美貌なんて王太子のプロフィールにあったっけ?
 意味不明な非難を浴びるアリスと浴びせる新入生面食い女子。しょんぼりアリスにユリアンヌが一番先に我に返った。
「やめましょう。過ぎた時は元には戻らないわ。大丈夫、明後日の入学式で会えるわ。私達は御学友なんだから」
 努めて冷静に言うユリアンヌにサーシャは意地悪い視線を送った。
「そりゃあシーブス商会のお嬢様なら王家主催のお茶会とか夜会にだって出席する機会もあるでしょうけど」
「いや、数回お見掛けしただけだって」
「いいなぁ、何度見ても眩しくて直視出来ないって本当?」
 今度は自分が詰め寄られユリアンヌは目をパチパチとさせた。
「いやいや、私は遠巻き組よ。近くになんてとてもとても。オーラが眩し過ぎるし」
「やっぱりキラキラ?!」
「勿論イエス!カイル様も双子の弟君のアラン様もすっごい美形よ。周りの男が石ころに見える。同じく今年学園に入学される花や宝石に例えられるグレース・ネルド公爵令嬢やクラリア・ヴァニタス公爵令嬢もいらっしゃったお茶会に一度呼ばれた事があって、四人揃って談笑されるお姿は正にクレムラート社交界の華だった」
 ユリアンヌの言葉にアリス以外は空想に胸を膨らませてポーっとなっている。一方、重要なキーワードが出ているのにも係わらず、アリスはクリラブ1の流麗なスチルと残念なゲーム画面を思い出してぷぷぷと吹き出していた。険しい視線がアリスに集中する。
「笑う所じゃないっ」
「いや、生カイル様凄いよ。実際にお会いすると半端ないのよ」
「美に対する冒とくは神に対する冒とくよ」
「違うのーっ!」
 そりゃ袋叩きになるよねなアリスは失態を取り戻すべく部屋の隅に置いてあったペンと紙を取るとサラサラとゲーム画面のカイルを描いた。
「これっ」
 アリスはドット数の関係でガタガタカイルを皆に見せる。
「ねっ」
 皆はじーっとイラストのガタガタカイルを見つめて、
「可愛い…」
 ユリアンヌが呟いた。サーシャが叫ぶ。
「激しく同意です!」
 …ん?
 アリスは改めて自分の描いたイラストを見た。無意識にアリスはガタガタカイルをデフォルメして描いていた。
 ……チビカイルになっとる。
 アリス以外皆チビカイルに釘付け。
 取り敢えずフルボッコは回避出来たみたいね。アリスはホッと胸を撫で下ろし、
 コンコン、コンコン、そこにドアがノックされた。
「やばっ」
「煩かったかな」
 慌てて皆居住まいを正してユリアンヌが応える。
「どうぞ」
「失礼しますよ」
 落ち着き払った声と共に入室してきたのは、アルプスの少女が都会に連れ出されるお話に出てくる厳し目系女史にソックリの女子寮寮長と右に同じくな三階メイド長だった。メイド長はアリスを真っ直ぐに見るとにっこりと笑顔を見せた。しかし二人共目が全く笑っていなかった。
「アリス・ブラウン壌、先程お部屋へ伺わせて頂きました。少しお話が在りますのでお部屋へ戻って戴けますか?」
 アリスは積んだだけの荷物が残る自分の部屋を思い出し二人の御婦人の用件を理解した。同時に御学友達もそれを察した。
「はい…」
 ドナドナアリスは気分は荷馬車に乗せられて、静かな怒りを背中に滲ませる二人の後に続く。
「あの…」
 三人が部屋を出る一歩手前でユリアンヌがメイド長に声を掛けた。
「ブラウン壌は私達との約束を守ろうとしてくれたんだと思います。お詫びを伝えたいので後でブラウン壌の部屋のある3階へ上がる事をお許し頂けますか?」
 ユリアンヌの申し出に寮長とメイド長は顔を見合わせ、
「彼女なら良いアドバイスをしてくれるでしょう」
「そうですね、許可します。」
「私達も一緒にお伺いしてもよろしいですか?」
 サーシャや他の新入生も手を上げる。
「…許可します。30分後にいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
 つまり説教は30分。仔牛アリスは背中でドアが閉まる音を聞いてガックリと頭を垂れた。
 ……皆寮長達に見えないようにチビカイルを指していたよね。片付けを手伝う代わりに描けって事かな、やっぱり。
 その後アリスは持ち込み禁止の物を持ち込んでいた事が発覚し説教は更に30分伸びた。ヘトヘトになったアリスは部屋に来たユリアンヌの、
「物が多過ぎ!使い勝手も全く考えられていない!」
 とのダメ出しを喰らって1からやり直し。
「自分でしまわないと何処に何があるか判らない」
 とのもっともな意見の下、アリスは自力でだと一日では終わらないのでちょこちょこ友人達に手助けして貰いながら何とかメイド長の及第点を貰えるレベルにまで丸一日掛けて部屋を片付けた。
「よろしい」
 のメイド長の言葉を頂けたのは次日の夕方。そしてアリスは息つく暇も無くチビカイル、チビアランを描き続けた。
 初っ端からこんなんで無事にゲームクリア出来るのかな、私。
 明日は入学式。


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