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第三章 奔流
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「あっ、気がついた」
久住医院のベッドで、香澄はゆっくりと目を開けた。大輝の隣には心配そうな顔をした健斗がいる。
「焦ったよ。でもよかった。怪我もそんなになかった」
「悪かったな、健斗」
「いや、僕よりも父さんのお陰さ。にしても、どうしたんだ?」
健斗には言うわけにはいかなかった。これ以上誰かを巻き込んでしまうわけにはいかない。
「いや…」
「……大輝…」
「香澄、悪かった…」
「ごめん、健斗、はずしてくれないかな?」
健斗は何も言わずに頭を小さく下げて病室を出ていった。
「香澄…」
「大輝、あたしには教えてよ」
「何を?」
「おじさんよ。あの蜘蛛男が言ってた。大輝のお父さんが自分達を裏切ったんだって…」
「……」
「大輝…」
「ごめんな。香澄。お前やおじさんやおばさんを巻き込む訳にはいかないんだ」
「何を言ってんのよ?」
大輝はひざで拳を握った。
「俺にも、わかんないんだ。でも、これは俺が背負わなきゃいけないってことはわかる」
「どうして、大輝だけなの?」
「香澄?」
「大輝、まさかこの街を出ようって考えてるんじゃ?」
図星だった。
「みんな、あの化け物の一味にやられたんでしょ?」
「…」
「ねぇ、あんなのに立ち向かうつもりじゃないよね?」
「…だったら…どうだって……」
「ねぇ、大輝…」
「…」
「それなら、一緒に街を出る」
香澄は大輝をじっと見ている。
「だめだよ。それは…」
「大輝がいなくなっちゃうくらいなら…」
「……」
「大輝」
「俺は、お前を守れる自信はないよ」
大輝は椅子から立ち上がり、膝を軽く手で払う。
「父さんが何者か、それを知るのは俺だけでいい」
「…」
「じゃあな。香澄」
引き留める香澄を振り払うように病室をあとにした。香澄の泣き声が聞こえてくる。廊下に出たその時、香澄の母親にばったり出会した。
「おばさん…」
「大輝くん、どうしたの?一体何が…」
「おばさん。おじさんによろしくお伝えください。お世話になりました」
「え?どういうこと?ちょっと、大輝くん!」
病院の廊下だというのも構わず、大輝はだっと駆け出した。胸にはもやもやとした熱いものが渦巻いたまま…
†
「運転手さん、ここでいいから」
タクシー運転手は後ろをミラーで確認するようにして、えっ?と訊いた。サングラスを鼻まで下げると、椎葉リョウは軽くパーマのかかった髪をいじりながら言った。
「え?ここでですか?」
「あぁ、ここでいいよ」
「でも、ここじゃ、お宅よりも全然」
「いいって。ほら、これで文句ないっしょ。釣りはいらないからね」
札束をぱさりと置くと、ひらひらと手を振る。もやっとしたような顔をして運転手は後部のドアを開いた。
椎葉リョウは、ネオンに染まったような繁華街に出た。サングラス姿で少し顔を隠している。酔っ払いだらけの街の中に紛れるようにしてリョウはへらへらとしながらスマホを取り出した。
「あ、俺」
【終わり?】
「まぁな。ちょっと夜風にあたろうかと思ってさ」
【聞かれないでしょうね?】
「さぁね。今まだ街なんだよ」
【そう。一人になったらかけ直して】
「いや、このままでいい」
リョウは膝を曲げると、ポンとジャンプした。背中から翅が生えている。スズメバチの翅だ。
ひょいと雑居ビルの屋上に降りたつと、へらへら笑いながらそのまま話し出す。
「もういいぜ、話してくれよ」
【どうやら、あの場所に錦織虎之介がいたみたいよ】
「へぇ、見てたんだぁ」
【この街に、あたしに見られないものなんてないわ】
「浮気なんかできなそうだね。フィア」
【大丈夫。あんたには興味ないから】
「ひっど。俺はこれでも…」
【俗物には興味ないの】
リョウはからからと笑う。
「そっか、お前らしいな。まるで…」
【余計な事は喋らないでよ】
「悪い悪い。じゃあフィア、ジャンクはどこだ?」
【彼女、気がついたみたいよ。ドライ、さっさと始末すればよかったのに】
「あいつもオトコだからな。ポリシーに反する」
【馬鹿じゃないの】
「わかってないなぁ。まぁいいや」
【でも、別れたみたい】
「へぇ、それで?」
【それ以上何がいる?さっさと始末してくれないかしら】
「分かってるよ。フィア」
話しだそうとした時、フィアは通話を切った。ポケットにスマホを仕舞うと、ツヴァイは夜空を見上げてにやりと笑った。
久住医院のベッドで、香澄はゆっくりと目を開けた。大輝の隣には心配そうな顔をした健斗がいる。
「焦ったよ。でもよかった。怪我もそんなになかった」
「悪かったな、健斗」
「いや、僕よりも父さんのお陰さ。にしても、どうしたんだ?」
健斗には言うわけにはいかなかった。これ以上誰かを巻き込んでしまうわけにはいかない。
「いや…」
「……大輝…」
「香澄、悪かった…」
「ごめん、健斗、はずしてくれないかな?」
健斗は何も言わずに頭を小さく下げて病室を出ていった。
「香澄…」
「大輝、あたしには教えてよ」
「何を?」
「おじさんよ。あの蜘蛛男が言ってた。大輝のお父さんが自分達を裏切ったんだって…」
「……」
「大輝…」
「ごめんな。香澄。お前やおじさんやおばさんを巻き込む訳にはいかないんだ」
「何を言ってんのよ?」
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「どうして、大輝だけなの?」
「香澄?」
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図星だった。
「みんな、あの化け物の一味にやられたんでしょ?」
「…」
「ねぇ、あんなのに立ち向かうつもりじゃないよね?」
「…だったら…どうだって……」
「ねぇ、大輝…」
「…」
「それなら、一緒に街を出る」
香澄は大輝をじっと見ている。
「だめだよ。それは…」
「大輝がいなくなっちゃうくらいなら…」
「……」
「大輝」
「俺は、お前を守れる自信はないよ」
大輝は椅子から立ち上がり、膝を軽く手で払う。
「父さんが何者か、それを知るのは俺だけでいい」
「…」
「じゃあな。香澄」
引き留める香澄を振り払うように病室をあとにした。香澄の泣き声が聞こえてくる。廊下に出たその時、香澄の母親にばったり出会した。
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†
「運転手さん、ここでいいから」
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「え?ここでですか?」
「あぁ、ここでいいよ」
「でも、ここじゃ、お宅よりも全然」
「いいって。ほら、これで文句ないっしょ。釣りはいらないからね」
札束をぱさりと置くと、ひらひらと手を振る。もやっとしたような顔をして運転手は後部のドアを開いた。
椎葉リョウは、ネオンに染まったような繁華街に出た。サングラス姿で少し顔を隠している。酔っ払いだらけの街の中に紛れるようにしてリョウはへらへらとしながらスマホを取り出した。
「あ、俺」
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【聞かれないでしょうね?】
「さぁね。今まだ街なんだよ」
【そう。一人になったらかけ直して】
「いや、このままでいい」
リョウは膝を曲げると、ポンとジャンプした。背中から翅が生えている。スズメバチの翅だ。
ひょいと雑居ビルの屋上に降りたつと、へらへら笑いながらそのまま話し出す。
「もういいぜ、話してくれよ」
【どうやら、あの場所に錦織虎之介がいたみたいよ】
「へぇ、見てたんだぁ」
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【俗物には興味ないの】
リョウはからからと笑う。
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【余計な事は喋らないでよ】
「悪い悪い。じゃあフィア、ジャンクはどこだ?」
【彼女、気がついたみたいよ。ドライ、さっさと始末すればよかったのに】
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【馬鹿じゃないの】
「わかってないなぁ。まぁいいや」
【でも、別れたみたい】
「へぇ、それで?」
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