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音路町ナビゲーション

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 羽田空港のターミナルでコーヒーを飲みながら、徳田は快晴の空を見ていた。隣には乃月がいる。真っ赤なスーツケースを引っ張りながら、発着ロビーに向かうベンチに座る。フライトまでは時間がある。 
 俺達、つまり【捜し屋】プラスヒメ子さんにマドカさんは、車から降りて空港の中に入る。やはりこの雰囲気にはあまり慣れない。元々あまり飛行機は好きじゃない。

「とうとう、ハリさん来いひんかったなぁ」
「ウブなんだよ。あの人……」
「そんな歳じゃねぇだろうに…」

 発着ロビーに向かう乃月を見つけると、俺は声をかけた。

「乃月!」
「……アマさん…」
「頑張れよ!」
「…うん!」
「徳田さんも!」
「僕もかい!」

 俺が乃月に手を挙げた時、隣にひゅうと風が吹いたように感じた。すると黒い影が乃月にいつの間にか近付いていた。

「ハリ……さん」
「君に渡すものがある」

 天峰は乃月に何かを手渡した。

「これ……」
「使えるものじゃないんだけど」

 四角の壁飾り。木枠の中に陶器製の合掌した手にぶら下げられたロザリオ。下には小さく天峰のロゴが。

「船乗りの無事を祈る、プレイシングハンドっていうシンボルだ。オレが作ったんだ。大事にしてくれよ」
「ハリ…さん」
「その……頑張って…」

 そのすぐ後だ、だっと駆け出した乃月は天峰の首に腕を回すと、その唇を唇で塞いだ。

「あっ!」
「うわぉ!」
「うらやま…!」

「ちょ、ちょちょ……」
「同じアーティストとして、頑張りましょうね!」
「ちょ、ちょ、ちょ」
「貴方に会えてよかった」
「ちょ、ちょ、ちょ…」
「またね!」

 にこやかな顔をして、乃月は徳田と一緒に搭乗口に向かっていった。天峰は手を前に出したまま、呆然としている。

「ちょ、ちょ、ちょ」
「ちょ、ちょじゃないよハリさん!やるじゃないですか!」
「あれをずっと、作ってたんですね?」
「…ちょ、ちょ、ちょ」
「だめだこりゃ。ほら、行くぞ」

 フライトの時間。乃月と徳田の乗った旅客機が滑走路を走り、ふわりと空中に浮くのを、俺達はただ見ていた。

「乃月!待ってるからな!」
「頑張りや!」
「元気でね!」
「ちょ、ちょ、ちょ、」
「黙んなさいよ!ちょ、ちょじゃないわよ!」

 帰りの車の中でも、天峰は一生分のちょ、を言ったかのようにうわの空だった。



 これは後日談なんだが、徳田の作った曲【デイジーの花言葉】は乃月のボーカルでリリースされ、これがまたバカ売れした。全米ヒットチャートでも上位に食い込んだようだ。そのジャケット写真ではテーブルに肘をついている乃月の手に、天峰の作ったプレイシングハンドが握られていた。
 徳田とは今だにちょいちょい連絡をとっている。また俺の今川焼きを食べに帰ると言っている。俺はその度に、1グロスは焼かないぞと冗談をかます。

「1グロス?」
「そうだよ」
「冗談だろ?笑えないって」
「いや、ホントに焼いたことがあってさ」

 俺と徳田は前から知ってる親友みたいだった。音路町のイメージソングをいつか作りたいと息巻いている。そうなれば、【甘納豆】にでも歌ってもらおうかな。
 いつもと変わらないおやつ時を迎えながら、俺は笑って生地に餡子を落とす。
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