上 下
15 / 27

7

しおりを挟む
 その男は、カウンセラーというよりも気の良さそうな教育実習生のような感じの男であった。聞いた話だと年齢は30歳手前だという話だが、それよりも大分若く見える。若作りしている訳ではなく、元々が若く見える顔立ちのようだ。彼の名は磯本昴といった。榛名や越川に会ったその時に手渡された名刺に書いてあった。

「これから、宜しくお願いしますね」

 越川は磯本に言った。緊張しないでくださいと言わんばかりに磯本は柔和で人懐っこい笑顔を向けた。

「実はあの学校には、懇意にしている後輩の教員がいるんですよ」
「ほう、それは……」
「なので、私もそれとなく気にはしていたんです」

 磯本はスイマセンと告げて水で唇を潤す。

「その先生からも、話が?」
「オフレコでお願いしたいのですがね。そうなんですよ」

 榛名の印象は越川や渕上らのそれとはやや違っていた。柔和で人懐っこい印象の中、たまに見せる鋭い目つき。微かな闇を抱えているような雰囲気。

「越川さんは、あの…」
「そうなんです」

 越川は小さく震えだした。

「あの学校には、本当に不信感しかない。誠実さというものがありません」
「ほう、詳しくお聞かせ願いますか?」

 越川は口を開く。

「息子はイジメを受けていました。もう死んでしまいましたが、今でも無念そうに語りかけてくる気がするんです。それまで何もなく、五体満足に明るく過ごしてきたハズなのに、それが、あっという間に壊れていくんです。私は、何も知らなかったんだ」
「……」
「今となっては、もう…」

 磯本はカバンから一冊の冊子をがさっと取り出した。

「息子さんのような生徒を、もう二度と出してはいけないんです」
「全くですね」
「私は、このお話を戴いてから調査を進めていました」
「えっ?」
「確かに、この学校では陰湿で組織的なイジメは存在しています、イジメは人間の尊厳をかくも簡単に破壊する。しかし、そんなものをつながりに築かれた人間関係というのは脆い。突けば、軽く崩れてしまう砂の城みたいにね」

 磯本が顔を近づけて言った。

「主犯となっている生徒は、久根嘉樹という生徒です」
「え?」
「学校ではさわやかで、スポーツも万能な優等生として通っています。そして交際相手である同学年の冬原音流も、イジメの加害者です」
「そんな…」
「しかし久根と冬原の間に主従服従関係はないようです。これは多分、共鳴に近い」
「同じ穴のムジナってわけか」

 憎々しげに越川は言った。榛名は一人俯いて何かを考えていた。
ー久根、何処かで聞いたような気がする。

「私が出来るのは、ここまでです。あくまで私の使命はイジメの加害者を糾弾する事ではなく、被害者と被害者のご家族のケアですから」
「しかし、何故そんな事を調べて我々に教えて下さったんで?」

 渕上は訊いた。

「このケースは、また次元が違うと判断したからです。加害者は狡猾だ」

 榛名は頷く。磯本の言葉にではない。彼の闇は恐らくそこにありそうだ。それを訊くことはしない。これからの付き合いで徐々に分かってくるかもしれない。

「これから、頑張りましょう」

 越川と磯本は握手を交わす。榛名ははっとした。久根…恐らく崇彦と同じ中学だったような気がする。あまり馴染みのない苗字なので、頭の片隅のどこかにその苗字が焼きつけられていたようだ。
 崇彦の口から、彼に関する話は何もなかった。もしこの久根が崇彦をイジメていたとするなら、何かきっかけがあったのか、それとも…
 榛名の頭にとある人物の顔が浮かんだ。同級生の崇彦の友人、松金。彼に尋ねる事が一番手っ取り早いかもしれない。

 久根嘉樹。彼の事を探る必要がありそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぺしゃんこ 記憶と言う名の煉獄

ちみあくた
ミステリー
人生に絶望した「無敵の人」による犯罪が増加する近未来、有効な対策など見つからないまま、流血の惨事が繰り返されていく。 被害者の記憶は残酷だ。 妻と娘を通り魔に殺されたトラウマは悪夢の形でフラッシュバック、生き残った「俺」を苛み続ける。 何処へも向けようのない怒りと憎しみ。 せめて家族の無念を世間へ訴えようと試みる「俺」だが、記者の無神経な一言をきっかけに自ら暴力を振るい、心の闇へ落ち込んでいく。 そして混乱、錯綜する悪夢の果てに「俺」が見つけるのは、受け入れがたい意外な真実だった。 エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しております。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
ミステリー
オカルトに魅了された主人公、しんいち君は、ある日、霊感を持つ少女「幽子」と出会う。彼女は不思議な力を持ち、様々な霊的な現象を感じ取ることができる。しんいち君は、幽子から依頼を受け、彼女の力を借りて数々のミステリアスな事件に挑むことになる。 彼らは、失われた魂の行方を追い、過去の悲劇に隠された真実を解き明かす旅に出る。幽子の霊感としんいち君の好奇心が交錯する中、彼らは次第に深い絆を築いていく。しかし、彼らの前には、恐ろしい霊や謎めいた存在が立ちはだかり、真実を知ることがどれほど危険であるかを思い知らされる。 果たして、しんいち君と幽子は、数々の試練を乗り越え、真実に辿り着くことができるのか?彼らの冒険は、オカルトの世界の奥深さと人間の心の闇を描き出す、ミステリアスな物語である。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田
ミステリー
 刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!  そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。  機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!  サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか? *追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね! *他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。 *現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。

No.15【短編×謎解き】余命5分

鉄生 裕
ミステリー
【短編×謎解き】 名探偵であるあなたのもとに、”連続爆弾魔ボマー”からの挑戦状が! 目の前にいるのは、身体に爆弾を括りつけられた四人の男 残り時間はあと5分 名探偵であるあんたは実際に謎を解き、 見事に四人の中から正解だと思う人物を当てることが出来るだろうか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 作中で、【※お手持ちのタイマーの開始ボタンを押してください】という文言が出てきます。 もしよければ、実際にスマホのタイマーを5分にセットして、 名探偵になりきって5分以内に謎を解き明かしてみてください。 また、”連続爆弾魔ボマー”の謎々は超難問ですので、くれぐれもご注意ください

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

白昼夢 - daydream -

紗倉亞空生
ミステリー
ふと目にした一件の新聞記事が、忘れていた遠い昔の記憶を呼び覚ました。 小学生時代の夏休みのある日、こっそり忍び込んだ誰もいないはずの校舎内で体験した恐怖。 はたしてあれは現実だったのだろうか? それとも、夏の強い陽射しが見せた幻だったのだろうか? 【主な登場人物】 私………………語り手 田母神洋輔……私の友人      ※ シンジ…………小学生時代の私 タカシ…………小学生時代の私の友人 マコト…………同上 菊池先生………小学校教師 タエ子さん……?

処理中です...