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疑惑

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 加々谷橋高校二年二組の教室の入り口の引き戸がからからと開かれた。もう既に数人の生徒がそこにいる中、松永朱莉まつながあかりが中に入り、小さな声で呟く様に言った。

「おはよう…」

 朱莉が中に入った途端、すっと何かが去って行ったように沈黙が訪れた。数人はまるで朱莉がいなかったかのように前に向き直り、数人は朱莉を冷ややかな目線で眺める。
 朱莉は机の横にカバンを掛けると、スカートをなおし、前髪をさっと整えた。
 机の前には立ちはだかるように音流とまゆらがいる。ついこの間まで一緒に放課後、お茶したり遊んだりする仲だったというのに…

「よく学校に出て来れたよね?」
「…」
「あんた人の彼のストーカーなんかやっておいて、よくもしらっと出て来れるよね?」

 まゆらが言う。勿論人の彼というのは、音流の彼氏である久根のことだ、陸上部のエースにして成績優秀。おまけにピアノも弾け、眉目秀麗なイケメン。確かにカッコいいなとは思っていたが、ストーカーとは言い掛かりだ。

「どうして?そんな風になるの?」
「ほら、これ見てごらんよ」

 まゆらが突きつけたスマホには、久根とにこやかに笑う朱莉の姿と、その後久根を微笑みながら見送る朱莉の姿。果たしてこれの何がストーカーなのだろうか?

「前からね、あんたならストーカーやりかねないなって思ってたのよ。音流とつるみ出したのも、あんた久根君に近づきたいからだったんじゃないの?」
「違う!」
「黙んなさいよ!」

 音流は腕組みして一喝した。何だ何だ?と顔を出してきたのは久根と河西だ。

「まぁまぁ、そんなに虐めてやんなって音流」
「だって、こいつムカつくんだもん」
「とりあえずだな、朱莉ちゃんだっけ?」
「…」
「こいつには逆らわない方がいいよ」

 それだけ言うと、笑いながら去っていった。結局は久根もイジメの主犯だ。同類なんだ。

「覚悟しときなさいよね」

 チャイムが鳴った。朱莉は溜息をついて肩を落とす。

「…」

 斜め向かいの席に座っている小山亮こやまりょうは口をへの字に曲げてその様子を見ていた。いつもはイジメのグループにも所属していない、どちらかといえば地味な生徒だ。いつもは音流達のグループに入り楽しそうにしている朱莉を見ていたが、蓋を開けてみればイジメの主犯グループ。中学時代は密かに彼女に恋をしていた小山はやや幻滅してきていたのだ。
 しかし、今や音流やまゆらのターゲットになってしまっている。イジメグループの脆弱な友人関係に呆れながらも、小山は再び彼女への想いを募らせつつあった。

「あの、松永…」

 一人になったその時、こっそりと一枚のノートの切れ端を小山は朱莉に差し出した。朱莉は恐々したような目線を小山に向けた。その時にはもう既にそこには小山はいなかった。
 朱莉はそれをこっそりと開いた。そこには【負けるな。こんな形で悪いけど、松永が好きだよ】と書いてあった。

「小山くん…」

 朱莉はメモ紙をカバンにそっと仕舞った。その瞬間、何か嫌な胸騒ぎがした。小山は何か企んでいるのかもしれない…朱莉はすっと立ち上がると、足早に廊下に出て行った。



「失礼します」

 職員室の扉を開く小山。その真っ正面のデスクに目当ての人物がいた。新任の教師であり、新しく担任になった教師、桐原だ。小山は桐原に近づくと言った。

「どうしたんだ?」
「お話があります。時間、ありますか?」
「あぁ、大丈夫だけど」
「ここじゃなんですから、廊下で…」

 廊下に出ると、声を顰めるようにして小山は桐原に言った。

「あの、うちのクラスのイジメのことで」
「何だって?」

 しっ!と声をあげる小山、キョロキョロと周りを見渡して言った。

「うちのクラス、組織的なイジメがあるんです」
「…まさか」
「ご存知だったんですか?」

 桐原は言えなかった。あの時の諸橋と学長と教頭の態度…触れてはいけないパンドラ

「いや…」
「主犯は久根です。それと、冬原」
「あの、久根と冬原?」
「えぇ、それ以外の取り巻きもいますが、彼らの機嫌を損ねた奴らが次から次に…」
「何てことだ。今は?」
「僕が言ったなんて、言わないでくださいね?」
「あぁ」
「…今の冬原のターゲットは、松永です」
「えっ?あの?」

 桐原は音流と朱莉は仲がいいものだと思っていた。

「昨日からなんです」
「そんな…」
「僕が言ったなんて、知られたらただじゃ済まないでしょう。だから先生の耳に少し入れておきたくて、すいません。失礼します」
「ちょ、小山…」

 桐原が声をかけると小山はすぐに帰って行った。眉間に皺を寄せた桐原が振り返ると、そこには一人の生徒が立っていた。

「…松永?」
「…先生、小山くんは…?」
「今、ちょっと話をしたんだけど」
「あいつの言う事なら、気にしないでください」
「あっ、松永…」

 朱莉もすぐに去っていった。この学校には、やはり闇がある。そう感じた桐原の胸には黒い疑念が渦巻いていた。そして、校門で立っていたあの男の映像が浮かんだのだった。
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