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客足が鈍る時間帯というのはなぜか存在するらしい。この居酒屋一銭とて同じである。そもそもが広い店ではない。僕はなにげにこの時間が好きだ。
何故ならこの時間帯を狙って訪れる客がいるからだ。その客は兄やん。美少女を描かせたらピカイチの画家である兄やんだ。元は姐さんと同じバンドでドラムを叩いていたという兄やんは、しれっと僕に色々とアドバイスをくれたりする。
「そういやめいちゃんよ。こないだのあのマブい女の子はどないしたねん?」
「知ってて言うとこがまたやらしいっすねぇ…」
「なんやねんそれ、あんさんの口から聞きたいんやないか?なんやて?ん?」
「兄やん、あんまいじめんといたってや。またやけ酒食らってまうで。弱いんやから」
姐さんはそう言いながらも何だか楽しそうである。
「あ、そや。姐さん。これ見たって」
「?」
「何ですか?これ、凄い綺麗ですね」
深い青と淡い水色のコントラストが何より美しい。素人の僕から見ても素晴らしいタンブラーだ。何処かの伝統工芸品だろうか。
「これな、知り合いが作ってん」
「え?兄やん、陶芸家の知り合いがおんねや?」
「そや、俺もなんだかんだで文化人やで?」
「何て人なんですか?」
「針生天峰って言うねん」
まさか、と僕は思った。確かこの街に個性的なアトリエがあると訊いたことがある。話のネタにちらと見に行ったことがある。近寄り難い雰囲気のアトリエ。入り口には手製のようなガマガエルとナメクジと大蛇のオブジェが置いてある。かと思えばいつの間にか手製のようなトルソーが並び…確かにどんな人が住んでいるんだろうと気にはなっていたが…
「ほんで?これがどないしてん?」
「お、姐さん訊いてくれはる?」
兄やんは何やら含みをもたせた笑みを浮かべる。
「今度この人とコラボすんねん。俺」
「え!ホントっすか兄やん」
「なんか凄いのか凄くないのか微妙ですけど、おめでとうございます!」
「いっちゃんったら、結構グサッとくるなぁ」
そりゃそうだ、ほぼ毎日のように無邪気な顔でさらっと毒を吐かれる僕なんかどうなるんだろう。きっとズタボロになってるだろうけれど、それを感じさせないようにしている。きっと強くなったのかもしれない…
「いらっしゃいませ」
いち姉は腰を上げて元気な声をあげた。入ってきたのは白黒のキャスケットの中肉と、茶色い髪のふわっとした小柄な男。
「ほ、ここだね」
「ほんまや、わい気になってはいたねんけど、結構空いてんねんな」
「あ、あなた方もしかして…」
二人はにやりと笑った。
「せや、二人合わせて【甘納豆】や」
「どもども」
ギター担当の志堂夜湾と、キーボード担当の角田彩羽だ。茶色い髪の関西弁のほうが夜湾、キャスケットの軽い喋り方のほうが彩羽だ。
「にしても、この値段設定まじすか?」
「せや、うちは良心的やねんから。ってか夜湾くんやったかいな?あっちの人なん?」
「お、嬉しいっすわ。わいの名前まで覚えててくれはるなんて」
「当たり前やないかい、新しいミュージシャンは一通りチェックしとんねんから」
「さすがっすねぇ。因みにこいつ、生まれも育ちも音路町っすよ」
「親が向こうの人なんすわ」
兄やんが腕を組んで頷く。
「そうそう、ここにいるうえの姐さんはな。かつて伝説と言われたバンドのボーカルやってん。あ、そん時のドラムが俺やねんけどな」
「恥ずかしいから言わんといてや!」
「いいじゃないですか?すっごく歌もギターも上手いんですよ?姐さん」
「んな言っても今日は歌わへんで~」
「あの、何になさいますか?」
いち姉は甘納豆の二人にメニューを渡した。
「うぅわっ、これ値段ギャグっしょ…」
「枝豆10円って!」
「嘘つかへんからな。ほら、何にすんねん」
まさかの有名人の来訪に少しテンションが上がった。やはり色んな人が訪れる居酒屋で働くのは楽しい。
しかし、その気持ちも明日には破壊されてしまうのだった…
何故ならこの時間帯を狙って訪れる客がいるからだ。その客は兄やん。美少女を描かせたらピカイチの画家である兄やんだ。元は姐さんと同じバンドでドラムを叩いていたという兄やんは、しれっと僕に色々とアドバイスをくれたりする。
「そういやめいちゃんよ。こないだのあのマブい女の子はどないしたねん?」
「知ってて言うとこがまたやらしいっすねぇ…」
「なんやねんそれ、あんさんの口から聞きたいんやないか?なんやて?ん?」
「兄やん、あんまいじめんといたってや。またやけ酒食らってまうで。弱いんやから」
姐さんはそう言いながらも何だか楽しそうである。
「あ、そや。姐さん。これ見たって」
「?」
「何ですか?これ、凄い綺麗ですね」
深い青と淡い水色のコントラストが何より美しい。素人の僕から見ても素晴らしいタンブラーだ。何処かの伝統工芸品だろうか。
「これな、知り合いが作ってん」
「え?兄やん、陶芸家の知り合いがおんねや?」
「そや、俺もなんだかんだで文化人やで?」
「何て人なんですか?」
「針生天峰って言うねん」
まさか、と僕は思った。確かこの街に個性的なアトリエがあると訊いたことがある。話のネタにちらと見に行ったことがある。近寄り難い雰囲気のアトリエ。入り口には手製のようなガマガエルとナメクジと大蛇のオブジェが置いてある。かと思えばいつの間にか手製のようなトルソーが並び…確かにどんな人が住んでいるんだろうと気にはなっていたが…
「ほんで?これがどないしてん?」
「お、姐さん訊いてくれはる?」
兄やんは何やら含みをもたせた笑みを浮かべる。
「今度この人とコラボすんねん。俺」
「え!ホントっすか兄やん」
「なんか凄いのか凄くないのか微妙ですけど、おめでとうございます!」
「いっちゃんったら、結構グサッとくるなぁ」
そりゃそうだ、ほぼ毎日のように無邪気な顔でさらっと毒を吐かれる僕なんかどうなるんだろう。きっとズタボロになってるだろうけれど、それを感じさせないようにしている。きっと強くなったのかもしれない…
「いらっしゃいませ」
いち姉は腰を上げて元気な声をあげた。入ってきたのは白黒のキャスケットの中肉と、茶色い髪のふわっとした小柄な男。
「ほ、ここだね」
「ほんまや、わい気になってはいたねんけど、結構空いてんねんな」
「あ、あなた方もしかして…」
二人はにやりと笑った。
「せや、二人合わせて【甘納豆】や」
「どもども」
ギター担当の志堂夜湾と、キーボード担当の角田彩羽だ。茶色い髪の関西弁のほうが夜湾、キャスケットの軽い喋り方のほうが彩羽だ。
「にしても、この値段設定まじすか?」
「せや、うちは良心的やねんから。ってか夜湾くんやったかいな?あっちの人なん?」
「お、嬉しいっすわ。わいの名前まで覚えててくれはるなんて」
「当たり前やないかい、新しいミュージシャンは一通りチェックしとんねんから」
「さすがっすねぇ。因みにこいつ、生まれも育ちも音路町っすよ」
「親が向こうの人なんすわ」
兄やんが腕を組んで頷く。
「そうそう、ここにいるうえの姐さんはな。かつて伝説と言われたバンドのボーカルやってん。あ、そん時のドラムが俺やねんけどな」
「恥ずかしいから言わんといてや!」
「いいじゃないですか?すっごく歌もギターも上手いんですよ?姐さん」
「んな言っても今日は歌わへんで~」
「あの、何になさいますか?」
いち姉は甘納豆の二人にメニューを渡した。
「うぅわっ、これ値段ギャグっしょ…」
「枝豆10円って!」
「嘘つかへんからな。ほら、何にすんねん」
まさかの有名人の来訪に少しテンションが上がった。やはり色んな人が訪れる居酒屋で働くのは楽しい。
しかし、その気持ちも明日には破壊されてしまうのだった…
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