8 / 8
終、あんたを手放す気はさらさらない
しおりを挟む
その後、ふたりは何度も何度も獣のごとく睦みつづけた。
夜が更け、月と太陽が入れ替わり、空が明るくなりはじめた頃にようやく意識を途切れさせ、泥のような眠りの後に、また互いを求めて愛し合う。
理性に立ち返る時間すら惜しんで、寝台で、バスルームで、窓辺で、ひとり用の一等客室のあらゆる場所で、ふたりは溺れるように繋がった。
時折口にするのは、部屋に用意されていた水と酒と、メリアデューテの買い込んだ露店のジャンクフードだけ。
それすら行為の中で戯れに与え合うみたいにして、目も眩むようなめくるめく怠惰な生活は、ゆうに三日に及んだ。
「一生こうしていたいところだが……さすがにそうもいかないな」
そして、淫蕩の限りを尽くした三日目の晩。
もう何度至ったかわからない情交の果てに、ふたりは寝台で心地よい疲労の余韻に浸っていた。
ふとサイオンがつぶやけば、腕の中で子猫のように丸まっていたメリアデューテが、ぴくりと小さく肩を竦ませる。その言葉の中に、終わりの時が近いことを感じ取ったのだろう。
「……ええ、そうね……。夢のような時間を、ありがとう」
「なあ、デューテ。俺の国に来ないか」
この女を抱くと決めた時から心に浮かんでいた、とあるヴィジョンを告げる。
乱れた髪のひと房をシーツから掬い上げて口付けると、サイオンを見上げた翠緑の瞳は、不思議そうに瞬きをした。
「ごめんなさい。よく意味がわからないわ……?」
「このままあんたを手放す気はさらさらないってことだ。この国を出て、俺の国へ来い。――結婚しよう」
はっきりと告白してようやく伝わったようだ。メリアデューテはみるみるうちに真っ赤になって、それからじわりと目に涙をにじませる。
「うれしい……。でも、わたくし……」
「こんな爛れた生活を送っておいて、今さら貞淑な神の花嫁を気取るつもりか? 修道女は諦めて、俺のものになれ」
出会ってたった半月。身体を繋げて数日。
それでも、サイオンはこの女こそが己の生涯ただひとりの伴侶だと確信していた。
抱きしめて赤髪を梳くと、メリアデューテは何度も何度もしゃくりあげて頷いた。
「サイオンは、どちらのご出身なの?」
「グランディオニスだ」
グランディオニス王国。
この国の隣国で、非常に豊かなことで知られている。リットミンスターからさらに半月ほど西へ行けば、国境にぶつかる。
「実は、だいぶ前から『戻ってこい』とせっつかれていたんだ。そろそろ気楽な冒険者稼業は廃業して、本来の立場に戻るべきかもしれないと思っていた頃合いでな」
「ご家業を継がれるということ?」
「いや、家は兄が継いでいる。俺はまあ……手伝いってところか」
「そう、ですか」
メリアデューテは何かを考えるように目蓋を閉じた。そして数秒の後に、まっすぐ迷いのない目でサイオンを見つめる。
「ではサイオン。わたくしを攫ってくださる? 依頼の報酬はいかほどかしら」
「――金貨三枚。それから、あんただ」
わざとらしく口の端を持ち上げてみせると、メリアデューテはクスクスと朗らかに笑った。
「わかりました。貴方についていきます。今はまだ、何もできないただの“元令嬢”だけど……。どんな生活でも、きっと慣れてみせるわ」
彼女の強さと勤勉さ、そして好奇心があれば、どんな環境でもきっとうまくやれるだろう。
たとえ、サイオンの家の規模が少々大きいとしても。
サイオンは目を細めて、「それは心強いな」と愛しい額にキスをした。
それから、約ひと月後。
グランディオニス王国は、十年前に王位継承権を返上して出奔した王弟殿下が、美しい妻を連れて戻ってきたと、国中がお祭り騒ぎになるのだった。
〈了〉
夜が更け、月と太陽が入れ替わり、空が明るくなりはじめた頃にようやく意識を途切れさせ、泥のような眠りの後に、また互いを求めて愛し合う。
理性に立ち返る時間すら惜しんで、寝台で、バスルームで、窓辺で、ひとり用の一等客室のあらゆる場所で、ふたりは溺れるように繋がった。
時折口にするのは、部屋に用意されていた水と酒と、メリアデューテの買い込んだ露店のジャンクフードだけ。
それすら行為の中で戯れに与え合うみたいにして、目も眩むようなめくるめく怠惰な生活は、ゆうに三日に及んだ。
「一生こうしていたいところだが……さすがにそうもいかないな」
そして、淫蕩の限りを尽くした三日目の晩。
もう何度至ったかわからない情交の果てに、ふたりは寝台で心地よい疲労の余韻に浸っていた。
ふとサイオンがつぶやけば、腕の中で子猫のように丸まっていたメリアデューテが、ぴくりと小さく肩を竦ませる。その言葉の中に、終わりの時が近いことを感じ取ったのだろう。
「……ええ、そうね……。夢のような時間を、ありがとう」
「なあ、デューテ。俺の国に来ないか」
この女を抱くと決めた時から心に浮かんでいた、とあるヴィジョンを告げる。
乱れた髪のひと房をシーツから掬い上げて口付けると、サイオンを見上げた翠緑の瞳は、不思議そうに瞬きをした。
「ごめんなさい。よく意味がわからないわ……?」
「このままあんたを手放す気はさらさらないってことだ。この国を出て、俺の国へ来い。――結婚しよう」
はっきりと告白してようやく伝わったようだ。メリアデューテはみるみるうちに真っ赤になって、それからじわりと目に涙をにじませる。
「うれしい……。でも、わたくし……」
「こんな爛れた生活を送っておいて、今さら貞淑な神の花嫁を気取るつもりか? 修道女は諦めて、俺のものになれ」
出会ってたった半月。身体を繋げて数日。
それでも、サイオンはこの女こそが己の生涯ただひとりの伴侶だと確信していた。
抱きしめて赤髪を梳くと、メリアデューテは何度も何度もしゃくりあげて頷いた。
「サイオンは、どちらのご出身なの?」
「グランディオニスだ」
グランディオニス王国。
この国の隣国で、非常に豊かなことで知られている。リットミンスターからさらに半月ほど西へ行けば、国境にぶつかる。
「実は、だいぶ前から『戻ってこい』とせっつかれていたんだ。そろそろ気楽な冒険者稼業は廃業して、本来の立場に戻るべきかもしれないと思っていた頃合いでな」
「ご家業を継がれるということ?」
「いや、家は兄が継いでいる。俺はまあ……手伝いってところか」
「そう、ですか」
メリアデューテは何かを考えるように目蓋を閉じた。そして数秒の後に、まっすぐ迷いのない目でサイオンを見つめる。
「ではサイオン。わたくしを攫ってくださる? 依頼の報酬はいかほどかしら」
「――金貨三枚。それから、あんただ」
わざとらしく口の端を持ち上げてみせると、メリアデューテはクスクスと朗らかに笑った。
「わかりました。貴方についていきます。今はまだ、何もできないただの“元令嬢”だけど……。どんな生活でも、きっと慣れてみせるわ」
彼女の強さと勤勉さ、そして好奇心があれば、どんな環境でもきっとうまくやれるだろう。
たとえ、サイオンの家の規模が少々大きいとしても。
サイオンは目を細めて、「それは心強いな」と愛しい額にキスをした。
それから、約ひと月後。
グランディオニス王国は、十年前に王位継承権を返上して出奔した王弟殿下が、美しい妻を連れて戻ってきたと、国中がお祭り騒ぎになるのだった。
〈了〉
1
お気に入りに追加
231
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
憧れだった騎士団長に特別な特訓を受ける女騎士ちゃんのお話
下菊みこと
恋愛
珍しく一切病んでないむっつりヒーロー。
流されるアホの子ヒロイン。
書きたいところだけ書いたSS。
ムーンライトノベルズ 様でも投稿しています。
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。
入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。
大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます
スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!?
「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!!
『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。
・R18描写のある話には※を付けています。
・別サイトにも掲載しています。
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ありがとうございます!
たしかにこのふたりの子世代のおはなしはすごーくたのしそうですね!
相変わらずらぶらぶな親に呆れつつも愛されてしあわせいっぱいの家族になりそうです
めっちゃ面白かったー♡
その後の2人や、元国の方々のざまぁもぜひ見たかったですψ(`∇´)ψ
ありがとうございます!
きっと元国の人たちがおくちあんぐりしてしまうようなざまあが後日あったと思います