【R18】人形執事の最後の恋

灰ノ木朱風

文字の大きさ
上 下
8 / 8

終、恋のあと

しおりを挟む
 翌日リリベットが目覚めたのは、昼をとうに過ぎてからのことだった。
 空は雲ひとつない快晴で、カーテンからはまばゆいばかりの陽光が差し込んでいる。

「エリオス……?」

 リリベットは無意識のうちにエリオスの姿を探していた。シーツをごそごそとまさぐり、彼の温もりを見つけ出そうとする。

 だが、広いベッドに寝ているのは自分ひとりだけだった。
乱れたリネンは整えられ、リリベット自身も綺麗に身体を清められ新しい夜着を着せられた状態で寝かされていた。
 昨夜の情事を思い起こさせるものはひとつもない。
 なにせリリベットの肌には、あれだけしつこくされていたはずのキスのあとひとつ残されていないのだから。

「エリオス?」

 もう一度名前を呼ぶ。エリオスは睡眠を必要としないので、普段はリリベットの部屋の扉の向こうに控えていた。
 そして彼女がひと言呼べば、いつも慇懃無礼いんぎんぶれいな笑顔でやって来るのだ。「おはようございます、お嬢様」と。

 だが、今日は彼は現れない。

 リリベットは不思議に思って起き上がる。布団をまくって床に揃えられているスリッパを履くと――――ぐらり。
 突然脚が震え、身体が傾いだ。

 リリベットはぺたんとその場に尻もちをついた状態で、しばし放心する。
 そしてようやく思い出した。
 昨夜ひと晩中エリオスと繋がりつづけ、ほとんど腰も立たなくなっていたことを。

 不意に、じゅん、と身体の奥で熱い湿りが生み出されたのがわかった。
 エリオスとの一夜はリリベットの身体になんの痕も残しはしなかったが――間違いなく、彼女の最奥に息づく消えない傷となっていた。

「エリオス……」

 リリベットは立ち上がり、よたよたと老人か赤子のような足どりでピンクのクロスが掛けられた丸テーブルの元へ歩いた。
 いつもならエリオスが目覚めの一杯のための茶器を並べるその場所に、代わりにガラスの水差しが置かれていた。
 仕方なく自分でグラスに水を注いで喉を潤していると、水差しが載せられた銀盆の下に白い紙が挟まっているのが目に入る。

 何気なくその紙を取り出して開いたリリベットは――――次の瞬間、自分が夜着のままであることも、脚の筋肉がままならないことも忘れて部屋を飛び出していた。

「エリオス、エリオス!」

 リリベットが握りしめた白い紙には、タイプライターのように正確無比な筆跡でメッセージがつづられていた。


 “リリベットお嬢様。

 本日より暇をいただくことになりました。
 今日この日をもって私はスローン邸を去り、魔法工房へ戻ります。
 恐らくそのまま分解されて、中古のパーツはジャンクにもならない骨董品として二束三文で売られるでしょう。

 いえ、お気になさらず。

 これはスローン邸にやって来た時から決まっていたことなのです。
 私は元々、お嬢様の嫁入りまでの御守りを申し付けられておりました。
 私の魔法回路は少々年季の入ったものでしたから、いずれにしてもそのぐらいの間しか稼働することはできませんでしたので。

 それが今回の夜伽指導で、少々早まっただけのことです。
 夜伽指導自体が魔法回路に負荷がかかることに加え、お嬢様が私に情を移してしまうことを旦那様が危惧されておいででした。

 ですから、今回の夜伽指導にはふたつの条件がありました。
 ひとつは、決してお嬢様の身体に痕を残さないこと。
 そしてもうひとつは、夜伽指導が済めば私はこの屋敷を去ること。
 それを承知の上で、私はこの役を引き受けました。”


「エリオス! 行かないでエリオス!」


 “お嬢様は覚えておいででしょうか。
 私の左眼に傷が付き、お嬢様が泣いてすがったあの日のことを。
 貴女はこの傷をいとわれたが、この傷は私を唯一無二にした。
 貴女のために付いたこの傷が、私を他の誰でもない、世界でただひとりのエリオスにしたのです。

 だから私は――。
 いえ、この話はやめておきましょう。

 私の目覚めは、貴女のために
 私の夢の終わりは、貴女とともに

 貴女の執事 エリオス”


 屋敷中を探した。
 書斎、キッチン、食堂、応接間、女中部屋から庭の隅の物置小屋まで。
 だがかの美貌の魔導人形マギ・オートマタが、ふたたびリリベットの前に姿を現すことは、これきりなかった。


 ◇


 先進的な魔導人形マギ・オートマタの技術を有し、人形と人が手を取り合って生きる国、クライノーツ王国。
 その豊かなクライノーツの王立博物館に、王家由来の美しい首飾りが所蔵されている。

 第十三代王妃リリベットが嫁入り道具として身に付けていたというその首飾りは、通称「黄昏たそがれの瞳」と呼ばれている。
 豪奢な銀細工の中心に、まるで昼と夜の間の空を閉じ込めたような一粒の大きな紫黄水晶アメトリンめ込まれているからだ。

 その美しい宝石の中心を横切るひとすじの大きな傷が、何かの事故によるものなのか、あるいははじめからったものなのか――――


 その真実を知るものは、今はない。


〈了〉
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

Melina
2024.09.07 Melina

めっっちゃ良かったです!
とんでもなく切ないけどあったかい素晴らしい作品でした!
たくさんの人に読んでほしい

解除

あなたにおすすめの小説

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。