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1、おはようございますマイマスター

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 【魔導人形マギ・オートマタ】とは人間を模し、人間の生活を支えるために作られた自律思考型の魔法製の人形である。

 あらゆる知識をインプットした高度な知能、騎馬や小型魔獣をも凌ぐ身体能力、芸術のごとき造形美――。

 いずれも性能の良いものは非常に高価で、家一軒に等しい価値を持つ個体もある。
 美しく優れた魔導人形マギ・オートマタを側に仕えさせることは人々の憧れであり、貴族のひとつのステータスともなっている。


 ◇


 春の気配を纏う陽光が、溶けかけの雪に反射してきらきらと輝いていた。

 ここは国内でも有数の富豪であるスローン侯爵の邸宅である。
 侯爵の愛娘である令嬢・リリベットの寝室で、ひとりの執事があるじに遅い朝の目覚めを促していた。

「リリベットお嬢様。いい加減にお目覚めください」

 折り目正しい燕尾の裾をなびかせる執事は、見た目は若い男だ。
 リボンで束ねられた白髪に、象牙のように白い肌。
 非の打ち所のない美に彩られた、どこか造り物めいた男――。

 それもそのはず、執事エリオスは魔導人形マギ・オートマタ。それも最上級品である。
 エリオスは長身を折り曲げ、ベッドの上でもぞもぞと動く塊をゆすり、しまいには容赦なく叩く。

「お嬢様、朝食の時間はとうに過ぎています。早く起きてください」

 一方、彼の主人である侯爵令嬢リリベットは、羽毛布団を頭まで被り白いメレンゲ菓子のようにベッドの上で丸まっていた。

「いやよ起きない。絶対いや」
「今日こそは王城へ行かなければ、不敬罪で首が飛びますよ」
「具合が悪いの……。行けないわ」

 ふたりのこのやり取りはすでに三日目。
 リリベットは三日前からずっと、「お腹が痛い」「熱っぽい」とありきたりな嘘で部屋に引き籠もっていた。

 リリベットは素直な性格だが、時にとても強情だ。エリオスは彼女を起こすことを一旦諦め、先にお茶の支度をはじめることにした。
 可愛らしいピンクのクロスの掛けられた丸テーブルに茶器を並べ、陶器のポットからガラス製のティーメイカーにお湯を注ぐ。

「すっきりと目が覚めるよう、ミントの入ったフレーバーティーはいかがですか? お嬢様のお好きなクローバーのはちみつに、薔薇の砂糖漬けもありますよ」

 金縁のカップに湯気が立つと、爽やかな香りが部屋に立ち上る。丸まった布団の隙間から、リリベットの金の髪がちら、と覗いた。

「…………。いつもみたいにしてくれたら、起きる」
「しょうのない方だ」

 エリオスは白手袋の嵌められた指で小皿の上の薔薇の砂糖漬けをひとつ摘んで、再びベッドサイドへ舞い戻る。先ほどは力づくで引き剝がそうとした布団を、今度は優しく、端だけを捲った。

「“リリベット姫”、扉をお開けください。暁の使者、闇を切り裂く一条の光。勇敢なる騎士ナイト、貴女のエリオスです」

 コンコン、と木扉をノックする音を口で真似て、長い口上を述べる。
 それはリリベットが幼いころ好んだおとぎ話に登場する王子の台詞だ。ふたりの間で今もつづく“ごっこ遊び”の延長だった。

 やがて布団の中から、“リリベット姫”がごそごそと厳かに這い出てくる。ゆるやかに波打つ金の髪に、大きく澄んだ蒼い瞳。十九という歳のわりに幼さの残る、愛らしい少女だった。

「…………。口付けを許します、騎士エリオス」
「ありがたき幸せ」

 もったいぶったリリベットの台詞に恭しく礼をして、口付けの代わりに薔薇の砂糖漬けをちゅ、と唇に押し付けた。
 リリベットは寝惚けまなこで砂糖漬けを咀嚼しつつ、すっかりお茶の準備の整えられた丸テーブルの元へふらふらと歩いてきた。エリオスは彼女の動きに合わせて優雅に椅子を引き、長い髪が椅子の背に挟まれぬよう持ち上げてやる。

「マイマスター、もう“囚われの姫ごっこ”も三日目です。そろそろ仮病の理由わけを教えてはいただけませんか?」
「……言えないわ」
「つまり、仮病であることはお認めになるんですね?」
「あっ……!」

 仮病をあっさり看破されて、ティーカップを手にしたリリベットは思わず声を上げた。

「ひ、卑怯よ」
「簡単な鎌かけです」

 むう、と口を尖らせてみせても、いつでも沈着なエリオスはどこ吹く風である。

「いつまでも登城の要請を無下にするわけにはいきませんよ。なにせ貴女は――――未来の王太子妃なのですから」
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