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第一章 討伐騎士団宿舎滞在編

23 触れてはいけない

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 昼のあの金色の獣はなんだったんだろう。
 
 今は時間が過ぎて厨房で夜の準備を始めるところだ。
 お昼のあの光景が心に刻まれたままで、なんとなく気合いが入らない。
 溜め息が出てしまう。

 ちなみに昼食は大盛況で、もう騎士達は居ないだろうと自分のお昼ご飯を食べる為に食堂に行ったら、わざわざ私を待ってたという騎士達がいてめちゃくちゃ崇められた。

「え!?なにごと!?」
「お料理聖女様!今日の施しをありがとうございました!」
「ほ、施しってなに!?何もしてないんだけど!?」
「何をおっしゃる!貴女様のおかげで神の食べ物を食べられております!」
「お料理聖女様ー!ばんざーい!」
「お料理聖女様!!私の命はあなたの為にー!」

「「「お料理聖女様!ばんざーい!」」」

 と、祭りごとになってしまったので半ば呆れつつ、こちらもそんなに褒められるとは思ってなかったので感謝しつつ私はお料理聖女じゃないと訴えて解散させた。

 なんか知らないが、騎士達に勝手に崇められて宗教確立させてしまってて、熱心な信徒出来てて私、なんだか逃げ場無くされてる気がするんだが。

 確信犯なのか?そうなの!?ねえ!騎士達!

 ……けど、あの様子じゃご飯作る度にまた騒ぐだろうなあ、と先が思いやられた。

 そりゃこれじゃ、ライオネルも怒るわけよなぁ……なんてね。
 まあ、そういうことも団長さんが何とかするって言ってたし、私もお料理教室開いて場を収めるつもりだからゆっくりやっていこうかな。
 それまでお料理聖女様って言われるのかな……かなり嫌だな……。

 団長さんに持っていった昼食も、綺麗に食べられていたのを確認した。
 やっぱり出されたものは全部食べます系の人だったわ。
 食べてた、とわかったのは他の騎士さんが団長さんに頼まれ洗い物を持ってきたから分かったことなんだけど。
 持っていった時に顔を見せなかったから洗い物持ってくる時にでも居なかったことについて何か言うかな?と思ってたので拍子抜けだ。
 なんとなく腑に落ちない。

 まあ、食べてくれたならそれで良しとしよう。美味しいです、との顔は見られなかったけども。

 そんなこんなでまとめると、お昼は大成功したと言えよう。

 ……なのだけど、私はそれよりもあの森の中で駆けて行ったあの金色の獣が気になって仕方なかった。

 たった一瞬、されど一瞬。

 あの獣は私を認識していた気がする。
 絶対目が合ったもんね。

 というか、ここの宿舎は端と言っても一応王宮内なのだからそういう獣の類がいてもいいのかな?
 むしろあの馬鹿王子が飼っていたりするんだろうか?……ありえる。あの馬鹿王子ならば珍しいとか強そうだとかで衝動買いしそうじゃないか?

 ……さすがに腐っても王族だからそんなことしないか。

 ここは私にとっては夢のファンタジー世界だけど、こちらからしたら立派に世を営んでいる現実の世界なんだもんね。

 いつまでも夢見心地ではいけない。
 嫌いだからって決めつけも良くない。

 と、いいつつ来て間もないから自覚してても心はついていかないんだけど。
 特にあの、馬鹿王子のことはね。

「はあ……考える事多いわ」

 私が溜め息をついたら、心配そうにルーがやってきた。

「ケイ様……?どうされたのですか?お昼から元気がないようですが」
「あ、ごめん!……ちょっと考え事してね」
「考え事ですか?」
「大した事じゃないから大丈夫!……あ、そうだ、ルーはさ、金色の……獣って見た事ある?」

 話題を逸らそうと私がお昼に見た金色の獣について質問したら、四人がぴたっと止まった。
 そして目を合わせては視線を泳がす四人……。

「え……私何か変なこと言った?」
「ケイ様、ご覧になられたのですか?」
「うん……見たってか、一瞬だけ、かな」
「そうですか……」

 私の返答にザワつく四人。
 なんだろう、踏み込んでは行けない所をぶち抜いた感ある。
 やってしまった、んだろうなあ……。
 この世界に来てからというもの本当こういうことばっかりだ。何も知らない、無知というのは本当に恥ずかしく裸で世間を闊歩するような感覚だ。

 無知は時に犯罪となることもある、知らぬ存ぜぬとか知らぬが仏では居られないのだ、この世界も。

「えーと……?」

 妙な空気に、戸惑う私にルーが決心したように重い口を開いた。

「これは、討伐騎士団の暗黙の了解なのですが……」
「おい!ルー!」
「僕の独り言です、ダン。そういうことにしてください」
「……それなら……」
 
 空気が重くなった。
 私はいよいよパンドラの箱をあけてしまうのだろうか。

「討伐騎士団と近衛騎士団……この違いはケイ様が知っての通りなのですが、おかしいと思いませんか?団長様が、この討伐騎士団の団長をしていること」

 ルーの言っている意味、それは……頭の悪い私でも分かっていて敢えて口に出さなかったことだ。

 そう、団長さんは貴族だ。
 貴族でありながら、近衛騎士でなく“討伐”騎士団長であること。

 普通なら貴族である団長さんは近衛騎士にいるべきはずの人物。なのに“討伐”騎士団長という肩書きなのだ。これには、何か事情があるのだと分かっていたけどそれと私が見た金色の獣とどう関係があるのだろう。

「団長様のお家……ウルファング家は他の貴族とは異なり、代々王宮討伐騎士団に入るという仕来りがあるんです。そして、例に漏れず団長様も。それは、ウルファング家の血筋とスキルに関係がある為なのです」
「血筋とスキルに……」
「珍しいスキルと、血筋の為に団長様はこの討伐騎士団にいらっしゃるのです。そして……それが団長様が、お食事をあまり召し上がらない理由と共に、あの金色の獣は……」
「それ以上はご法度だぜ、ルー」

 ダンに止められてルーは、ぐっと口を噤んだ。
 
「後は団長に詳しく聞けよ。……答えてくれる、なら……だけど」
「そっか……」

 彼らの反応から私も納得した振りをした。

「ごめんなさい、スキル問題はあまり触れてはいけない事なので……公表されてる貴族等は例外として、本当は親しい人以外にあまり自分のスキルは明かさないんです。そして、それを他人がペラペラと話してはいけないんです」

 スキル。
 きっと、いいことも悪い事もある未知の力。
 多分、ルーが言いたいことは良いスキルは口外出来ても、殺人や盗賊など負の印象があるスキルは口を噤む……ということなんだろう。
 そして団長さんのスキルは……後者なんだと解った。

 きっとそれを敢えて団長さんは騎士団に周知してもらうために暗黙の了解として公表しているのだ。
 それを知らない私は、この騎士団員でもない、ただの保護下にある異世界人だからで……。

 だから、これ以上知りたければ団長さんに直接聞くしかない、とダンが言ったのだ。
 好奇心で聞きたければその無知をさらけ出し、人の恥部を探ればいい、と。そしてそれを快く話してくれるなら……、とダンはいいたいんだろう。

 団長さんなら、私が聞けば嫌な事でも笑顔で絶対話してくれる自信がある。

 だから、私は決心した。


「よし、晩御飯を作ろう!」
「「「「へ?」」」」

 四人が間抜けな声を出して、私を見る。

「ちょ、なんでいきなりそうなる?」
「うん、事情は分かったからもういいの。ありがとう、ダン。心配してくれて」
「いや、俺は別に……っ」
「そういうことなら、ぼくははやくごはんが食べたいんだなあ」

 珍しく黙っていたポールがうきうきと満面の笑みで言うので、重かった空気が一気に軽くなった。

「そうそう!晩御飯の準備、お昼に隠れてしてたの見逃してませんからね!」

 ヤックも、お茶目たっぷりに言う。
 ああ、みんなに気を使わせてしまった。

「みんなには勝てないなあ……」

 私は私がしたいことをしよう。
 女神様や団長さんがそう言っていたから。

 だから、私は、ただひたすらに美味しいご飯を作るだけなのだ。



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