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ひとつめのねこ
しおりを挟む『猫の命は九つある。
そんな噂を聞いたことはないでしょうか?
もしもそれが本当で、その九つの命の代償が、誰かの命をいただくことで成り立つのだとしたら……。
あなたは、隣りにいる猫を……どうしますか?』
ジリリリリリリ……
ああ、うるさい。
今日は日曜日なのに目覚ましかけたの誰!?
……って私じゃん。
「……て……ねえ……」
あー……しかも誰か起こそうとしてるし……。
うるさいなあ、私まだ寝てたいんだっての!
「起き…て…ちょっと…!」
「後五分…後五分だけえ…」
だってね?昨日ちょっと夜更かししちゃって寝たのは深夜だったしそれに休みだから寝坊も許してほしい。
目覚ましはきっとそのうち止まるしね!
そう思いつつ、私は再び睡眠という甘い甘ーい誘惑にこの身を任そうと船をこいで……
「……起きなさい!!」
……みることはかないませんでした。
「ごめんなさいごめんなさい! 起きますうううう!」
あまりの大声&気迫に私は大好きな布団から飛び起きた。
そりゃもうそれってどのくらいだよ、って聞かれたら、掛布団なんかはベットの下に落ちました、ってくらいの勢いでしたね。
もし掛布団ぶっ飛ばし大会があったら確実に10位以内には入る実力を持っているといってもいいかもしれない。
無いけどね!!!!
「ったく! やっと起きた!!起きなさいって何回鳴いたとおもってるの!?」
いやいやいや、10位以内ってなんだね。
せめて空想なんだから自信もって3位以内とかにしとけよ、謙虚かよってツッコミは受け付けていないんでそこんトコロよろしくお願いします。
「いつもいつも! 私が何度鳴いたって起きやしないんだから!」
え?お前さっきから誰に話しかけてんだ?っていうツッコミも受け付けていませんよ?何言ってるんですか?
さっきから私とアナタ対話してるじゃないですかー。
「それで二度寝して遅刻した!って騒ぐでしょう!?」
……すみません、調子乗りました。
私は誰とも対話してませんし、強いて言えば脳内の自分に語り掛けております、現在進行形で!
なんでそんなことしてるんだ?って?
「ね…」
……それはね……。
「あんなに鳴いて起きなさいって言ってあげてるのにありがとうも言ってくれなくて!」
人間、有り得ないことが起こると現実逃避したくなりますよね?
「猫が…」
それが、今だとしたら
「コッチが寝てる時にバタバタして!うるさくって迷惑ったらないんだからね!!!」
少しは私のこの奇行も、理解していただけるんじゃないかと思えるわけで。
「猫が…っ」
それでも理解できないって人は
「ちょっと!!聞いてるの!?」
こういう行動を起こすと思います。
「猫がしゃべってるううううううううう!!」
バッチーーーー―ン!
「うるっさい!! 今私が喋ってるでしょう!?聞きなさい!!」
……猫パンチされました。(チーン)
私の主張などただの大声でしかないと、迷惑そうな顔をする目の前の猫は、目を瞑れば人間が話していると錯覚してしまう位の流暢な日本語を話しております。
猫パンチ…肉球気持ちよかったな…。
などと余計な事を考える事が出来るくらいの余裕はあるようです。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!! ただ目の前の事実に寝起きの頭では到底処理しきれなかっただけで!」
「私はいつも喋ってるわよ!!アナタが聴いてくれないだけで!」
「そうですね!喋ってますね! でも私たちにはニャアとしか聞こえない訳でして!!」
「ああああ!人間て何て不便!」
そして理不尽!!
猫は機嫌悪そうに私のベットでバリバリと爪とぎをしてます。
満足したところでフンス!と鼻息を漏らした猫は、半身を起こしただけで未だベッドに座る私の膝に乗り、下から見つめてきます。
「まあそんなことはどうでもいいのよ!」
だとしたら今までのやり取りは何だったというのでしょう……?
全然良くはないと思うけど、なんだろう、この状況をすんなり受け入れてる自分が怖い。
呆然としている私に猫はお構いなくしゃべります。
「やっとアナタが私の言葉を理解できるようになったんだから、この際ガンガン言わせてもらうわね!?」
「え、ええ~……」
「い・い・わ・ね・!?」
「はい」
たとえ猫とはいえど、文句や日ごろの不満を言われるのは誰だって嫌だと思うんですよ。
などという私の二度目の主張はあっさりと却下され、猫はどんどんと不平不満、文句嫌味、ありとあらゆる、考えつく限りの怒りや悪口その他諸々を吐き出しました。
やれ目覚ましがうるさい。
(本日二度目)
自分は寝坊する私を親切にも起こしているのに、何故起こしてくれないと怒られる。
(これに関しては謝った)
謝ったことに関して、本当に悪いと思っていない、とまた怒られる。
(そして怒った後、脱ぎ散らかした洋服までもちゃんとしていないと怒られた)
猫は喋る。
これでもか、と言わんばかりに次々と。
私はその言葉を噛みしめつつ、目の前の猫を見つめた。
私の視線に気付いた猫が、説教を止めると、元からくりくりの眼をさらに丸くさせる。
「な、なに泣いてるのよ! これじゃ私がいじめたみたいじゃないよ!」
「ち、違うの! 怒られて悲しくなって泣いてるんじゃないの! 私、うれしくて……」
「うれしい? 怒られたことが?」
猫は私の膝の上で右往左往し、しっぽを揺らし不安げに見上げる。
落ちてくる涙が顔にかかったのか、ぷるると顔を振った後、そっと背を伸ばし、前足を私の頬にちょん、とのせた。
「どうしたの?ちょっといい過ぎた?ごめんなさいね」
いつも私が悲しんでいると、猫はこうして慰めてくれるのだ。
失恋したとき、大会で負けた時、喧嘩したとき。
そして……母が死んだ時。
いつもいつも、猫は私の傍に居てくれていた。
「違うの……私、こうして話せる事がうれしいの。
うれしくなって泣いてしまったの。
いつも思ってたんだよ。 話せたらいいなあって。」
「私はいつも話してたわよ……」
猫は恥ずかしそうにつぶやくと、私の頬から前足を引いた。
相変わらず涙は止まらなかったけれど、どこにも行かず、傍に寄り添ってくれるこの距離感はやっぱり私の猫なんだ、と思った。
たとえ突然喋ったとしても。
母が亡くなった時、私は小さくて、何がどうなっているかなど解らなかった。
丁度その時、先住猫がいなくなった時期も重なり、大事なものが一気になくなった、という感情しか覚えていないのだ。
幼いながらも母がいない、それはずっとそうなのだと理解するまで時間はかからなかった。
塞ぐ私に、父が連れてきたのが、今居る猫だった。
少しでも悲しみが和らぐように、と。
最初こそ、猫を拒否していた私だったが、頭のいい猫は私が心を開くまで傍に居てくれた。
私がこうして元気になれたのは、この猫のおかげといっても過言ではないのだ。
私は願っていた。
猫と話せますように、と。
だからだろうか、こうして突然目の前の猫がしゃべり始めても驚かなかったのは。
「あのね、ありがとうって伝えたかったの。私が辛い時や悲しい時はいつも一緒に居てくれたね。
私、それがうれしかった。決まってほっぺに前足置いてさ? まるで泣かないでって言ってくれてるようで」
「昔も今も、泣き虫なんだから……。こうして私が前足で慰めないと泣き止まないのよね」
母の変わりの様に居てくれた猫。
こうして喋るようになっても、やっぱり母の様だ、と思ったらまた泣けてきた。
にゃあ、ではなく。小言でもいい、わたしの言葉に、ちゃんと言葉としてかえってくる。
それが、これほどにまでうれしいのだ。
「ねえ、どうしてこうやってお喋り出来るようになったの?」
「……それは、そうね。ほら、猫又になったからじゃないかしらね?」
「猫又…? って、妖怪の!? あ、そっか……もうそんな年齢なんだね……忘れてた」
「アンタね! 飼い猫の年齢くらい覚えてなさいよ!」
「あ、はは……ごめんなさい……」
また怒られた……。
猫はさっきよりも機嫌悪くしっぽをぶんぶん振っている。
そのしっぽを見つめても、二つに裂けているわけでもなさそうだったけど。
「猫又になった、ってことはこれからもずっとずっと長く一緒に居られるんだよね?
ほら、妖怪って寿命長いんでしょ?」
びくっと猫の体が僅かに跳ねた。
その反応に不思議そうに首を傾げると、私の顔に額を擦り付けた。
「そうね。これからずっと一緒に居られたらいいわね」
「……え……それって……?」
くらりと目がまわる。
急な睡魔に襲われ、私はベットに横たわった。
ひとしきり泣いて疲れたからだろうか。
猫は枕の傍らに座ると私を見下げる。
「夜遅くまでパソコンなんてしてるからよ。画面に向かって何か話してるし、かとおもったら叫んでるし……」
「そ、れは……趣味事で……」
「いいから寝なさい。 おやすみ……」
頬に当たる柔らかなぬくもりに誘われ、私は瞼を閉じる。
まだ言いたいことはあるのに。
抗えない睡魔に、深い眠りにつく。
まあいいか、起きたらまたお喋りできる。
そう、思いながら……。
「ごめんなさい。私にはできません。」
猫の声が聞こえた。
正確に言うと、今日初めて聞いた、人間の言葉を話す猫の声。
猫は窓辺に座ってる。
そこは猫用にいつもクッションを置いてあるくらい、大好きなお気に入りの場所。
空を見上げて、誰かと喋っているようだった。
「……っ、……」
声をかけようと、ベットから起き上がろうとしても、まるでできなかった。体が固まっているような。
これが世に言う金縛りというものなのだろうか?
声も出せない。
「はい……わかっております。
あの子を殺さないと私がふたつめになることができないということも、あの子でなければ意味がないということも」
殺す……!?
自分の猫から、物騒な言葉が出てきて、私はびくりと体を跳ねさせた、と思う。
なんせ、金縛りにあっているのだから事実そうなっているかなどは解らない。
私は、その単語を正しく理解するまでに相当な時間が掛かったということははっきりと覚えています。
猫は、しっかりとした声で、喋り続けた。
「ごめんなさい。私にはできません。
あの子を殺してふたつめになることなど出来ません。
あの子を犠牲にしてまでふたつめの命をいただくなど、そんな事はできません。
出来るはずがないのです。
私はずっとあの子を見てきました。
ダメな所も見てきました。
いいところはもっと見てきました。
我が子の様に、見守ってきました。
時には怒ったこともあるでしょう。
しかし、それが何だというのか。
そんなあの子に、どうして自分かわいいのために命を貰うことが出来ましょうか。
私には出来ません。
出来るはずがないのです。
だって、愛しているのですから。
私はもう十分です。
このままひとつめで死んでいく。
もう決めたのです。
ごめんなさい、ごめんなさい…。」
猫は悲しそうに言いながら、涙を流していました。
私は、猫に、声をかけようとしましたが、やはり声は出ず、私は猫が泣いているのを見つめることしかできませんでした。
そして、気が付くと、いつも通りの朝が私を迎え入れていたのです。
「……夢……?」
時間は、日曜日の、朝でした。
隣にいる猫に話しかけてみても、あの優しい声は、もう聞こえませんでした。
「ねえ。あれは夢だったのかな?
私の妄想が生み出した優しい世界だったのかなあ?」
猫は、耳をぴくぴくと動かすだけ。
丸まって寝てるのを起こすな、と言いたげで。
ああ、いつもの朝なのだ、と納得するけど、どこか悲しく思う自分が居た。
それと同時に、涙も、また出ていた。
「ああ……駄目だね、いつまでたっても泣き虫だ。
これじゃまた怒られちゃうね?」
はは、とから笑いし、丸まる猫の背を撫でると、気持ち良さそうにゴロゴロとのどを鳴らし、一つ伸びをした後に、お気に入りのあの場所へと飛び移っていった。
「あ。もうこんな時間! 待ち合わせの時間に遅れちゃう!」
バタバタと支度する私に、猫が溜息をついた気がして、少し笑ってしまった。
あんな夢を見たからだろうか?
きっと、あの夢の猫だったら今頃「だから言ったでしょ!昨日から用意しないから!」なんてことを言っているのだろう。
そして、今、目の前にいる猫も、そんな顔をしているようにしか見えなくなってた。
「夢だとしても、私はずっと一緒にいたいと思っているし、ありがとうって毎日感謝しているんだからね?
それに、私は長生きしてくれるなら自分の命だって渡しても構わないよ。
だって……私だって、愛しているからね!」
眠る猫に抱き着き告げると、嫌そうにひとつ、にゃあと鳴いた。
けど、腕から逃れることはしない猫に、私は調子にのってちゅうもしてやった。
「じゃ、行ってきます! お土産買ってくるからね!」
そう告げて、猫に背を向けた瞬間。
「いってらっしゃい」
あの、優しい声が聞こえた気がした。
急いで振り向くと、不思議そうな顔をした猫が「にゃあ」と鳴いただけで。
うれしくなった私は、また、元気な声で
「いってきます!!」
そういって、家を出た。
猫に持ち帰るお土産は、何にしようと考えながら。
そして
翌朝から。
猫は私の前から、姿を消した、のでした。
『猫の命は九つある。
そんな噂を聞いたことはないでしょうか?
もしもそれが本当で、その九つの命の代償が、誰かの命をいただくことで成り立つのだとしたら……。
あなたの、隣にいる猫は、どうするのでしょう、ね……』
END
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