三十路のΩ

文字の大きさ
上 下
30 / 35

30

しおりを挟む
 葵と尊明は乳兄弟であり、巴としても兄の様に幼い頃は慕っていた。 

 幼い頃、親友の様に二人は馬でかけっこをしたり、狩りを楽しんだり、勉学に励んだりしていたものである。
 切磋琢磨しあえる良い関係であった。
 巴はそんな二人を『仲が良くて良いなぁ』と、羨ましく思っていた程である。
 しかし、葵がΩだと判明した後の尊明の葵への態度は、巴から見ても異常であった。

 尊明は幼い頃から后候補が居たが見向きもせず、后が決まった後も番う事は無かった。
 葵も心配し、口うるさく指摘したので尊明は仕方なくハーレムの女性やΩを相手にし、子供を作りはしたが、ずっと葵に一途である。
 それは誰が見ても明らかであった。

 葵は葵で、婚姻してはみたが関係は続かず、番になる事も無かった。
 義務的な婚姻である為に1年で離婚する事を繰り返し、今に至っている。

 尊明は既に世継ぎをもうけている為、義務的な行為はしなくて良くなり、葵も葵で出来ないものは出来ないと子作りを諦めた。
 義務的行為をする必要が無くなったので、心置きなく一緒になろうと、尊明は葵に迫っているのだ。

 確かに何の問題もない。
 
 二人が良いのなら、周りも否定する事はしないだろう。
 尊明の想いは周知の事である。
 しかし、葵は尊明をあくまでも兄弟の様にしか思えないでいた。
  
 尊明はしつこく迫っているが、葵が他のαのモノになる様な事が無いと知っているから無茶な事はせずに居られているのだ。
 それは間違いなく、葵の一番近くに居る存在が自分だと思っているからだ。
 
 それがいつの間にか葵は何処かの誰かに恋に落ちてしまった様なのである。

 巴は気が気ではない。

 まだ尊明は気づいていない様子であるが、解ったら血の雨が降るだろう。

 巴がそれに気づいたのは、先日の火竜事件等の話も有り、兄の所へ訪れた時だ。
 仕事の話はそこそこに、兄は紅茶を入れて巴を持て成した。

「伊織さんとはどうなんだ? 仲良くしているのか?」
「はい、伊織も割と発情にも馴れて来て座薬を使わずとも発情するようになりました」
「座薬? よく解らないが大変なんだな」

 葵は深くは追求せずに、二人が仲良くやっているなら良いと微笑んだ。

 聞かずとも、巴は依然より明るくなった。
 顔色も良いし、順風満帆なのだろう。
 そう葵には解る。

 葵は巴と伊織が羨ましい。

「伊織さんとはどんな所へ行くんだ?」
「これと行って何処かへ行く事は無いですね」
「お家デートか」
「二人共に読書が好きなので、一緒に本を読んだりしています」
「なるほど……」

 葵は興味津々といった様子だった。
 巴は最初、葵は普通に自分たち二人の様子を気にかけているんだと思った。

「今度、友人とお茶をするんだが、何処が良いだろうか」
「友人ならば家に誘えば良いのでは?」

 葵の煎れるお茶は、お店の物に引けを取らない。
 葵はティータイムが好きである。
 中庭には素敵なテラスが有り、ティータイムにはピッタリだ。
 葵も良く客人を招いては、お茶会を開いている。
 
「流石に急に家に呼ぶのはどうなんだろうか」

 何故か照れた様子の葵に、巴は違和感を覚えた。

「服装はどうしようか。クローゼットを一緒に見てくれ。これだと可愛すぎるか?」

 いきなり衣装部屋に連れて行かれ、あれこれ聞かれるが、どれもΩを際立たせる様な服装ばかりだ。
 葵は器用で裁縫も得意なので、自分で仕立てた服も何着かある。
 いままで着た所を見たことも無い様な服まで有るので、自分で仕立てたばかりだろう。

「お兄様、友人と会うのではないのですか?」
「友人だ!」

 葵は友人だと言い張るが、どう見ても、恋人に会うような雰囲気だ。
 しかも葵は『友人』と言い張る。
 これは自覚していない。
 無自覚に初恋している。
 
 兄の初恋を応援したい。
 しかし、兄に恋をしている相手が凶悪過ぎて恐ろしい。
 兄はまだ相手を『友人』だと思っているし、巴が『お兄様、恋してますよ』と、言っても『友人』だとして聞かないだろう。
 葵はそういうタイプである。

 結局、何も出来ずに愛の巣に帰ってきた巴は、伊織に話すしか無かった。
 ほとんど王様の耳はロバの耳だと穴を掘って言う様な感覚である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

拾った駄犬が最高にスパダリ狼だった件

竜也りく
BL
旧題:拾った駄犬が最高にスパダリだった件 あまりにも心地いい春の日。 ちょっと足をのばして湖まで採取に出かけた薬師のラスクは、そこで深手を負った真っ黒ワンコを見つけてしまう。 治療しようと近づいたらめちゃくちゃ威嚇されたのに、ピンチの時にはしっかり助けてくれた真っ黒ワンコは、なぜか家までついてきて…。 受けの前ではついついワンコになってしまう狼獣人と、お人好しな薬師のお話です。 ★不定期:1000字程度の更新。 ★他サイトにも掲載しています。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...