三十路のΩ

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 葵と尊明は乳兄弟であり、巴としても兄の様に幼い頃は慕っていた。 

 幼い頃、親友の様に二人は馬でかけっこをしたり、狩りを楽しんだり、勉学に励んだりしていたものである。
 切磋琢磨しあえる良い関係であった。
 巴はそんな二人を『仲が良くて良いなぁ』と、羨ましく思っていた程である。
 しかし、葵がΩだと判明した後の尊明の葵への態度は、巴から見ても異常であった。

 尊明は幼い頃から后候補が居たが見向きもせず、后が決まった後も番う事は無かった。
 葵も心配し、口うるさく指摘したので尊明は仕方なくハーレムの女性やΩを相手にし、子供を作りはしたが、ずっと葵に一途である。
 それは誰が見ても明らかであった。

 葵は葵で、婚姻してはみたが関係は続かず、番になる事も無かった。
 義務的な婚姻である為に1年で離婚する事を繰り返し、今に至っている。

 尊明は既に世継ぎをもうけている為、義務的な行為はしなくて良くなり、葵も葵で出来ないものは出来ないと子作りを諦めた。
 義務的行為をする必要が無くなったので、心置きなく一緒になろうと、尊明は葵に迫っているのだ。

 確かに何の問題もない。
 
 二人が良いのなら、周りも否定する事はしないだろう。
 尊明の想いは周知の事である。
 しかし、葵は尊明をあくまでも兄弟の様にしか思えないでいた。
  
 尊明はしつこく迫っているが、葵が他のαのモノになる様な事が無いと知っているから無茶な事はせずに居られているのだ。
 それは間違いなく、葵の一番近くに居る存在が自分だと思っているからだ。
 
 それがいつの間にか葵は何処かの誰かに恋に落ちてしまった様なのである。

 巴は気が気ではない。

 まだ尊明は気づいていない様子であるが、解ったら血の雨が降るだろう。

 巴がそれに気づいたのは、先日の火竜事件等の話も有り、兄の所へ訪れた時だ。
 仕事の話はそこそこに、兄は紅茶を入れて巴を持て成した。

「伊織さんとはどうなんだ? 仲良くしているのか?」
「はい、伊織も割と発情にも馴れて来て座薬を使わずとも発情するようになりました」
「座薬? よく解らないが大変なんだな」

 葵は深くは追求せずに、二人が仲良くやっているなら良いと微笑んだ。

 聞かずとも、巴は依然より明るくなった。
 顔色も良いし、順風満帆なのだろう。
 そう葵には解る。

 葵は巴と伊織が羨ましい。

「伊織さんとはどんな所へ行くんだ?」
「これと行って何処かへ行く事は無いですね」
「お家デートか」
「二人共に読書が好きなので、一緒に本を読んだりしています」
「なるほど……」

 葵は興味津々といった様子だった。
 巴は最初、葵は普通に自分たち二人の様子を気にかけているんだと思った。

「今度、友人とお茶をするんだが、何処が良いだろうか」
「友人ならば家に誘えば良いのでは?」

 葵の煎れるお茶は、お店の物に引けを取らない。
 葵はティータイムが好きである。
 中庭には素敵なテラスが有り、ティータイムにはピッタリだ。
 葵も良く客人を招いては、お茶会を開いている。
 
「流石に急に家に呼ぶのはどうなんだろうか」

 何故か照れた様子の葵に、巴は違和感を覚えた。

「服装はどうしようか。クローゼットを一緒に見てくれ。これだと可愛すぎるか?」

 いきなり衣装部屋に連れて行かれ、あれこれ聞かれるが、どれもΩを際立たせる様な服装ばかりだ。
 葵は器用で裁縫も得意なので、自分で仕立てた服も何着かある。
 いままで着た所を見たことも無い様な服まで有るので、自分で仕立てたばかりだろう。

「お兄様、友人と会うのではないのですか?」
「友人だ!」

 葵は友人だと言い張るが、どう見ても、恋人に会うような雰囲気だ。
 しかも葵は『友人』と言い張る。
 これは自覚していない。
 無自覚に初恋している。
 
 兄の初恋を応援したい。
 しかし、兄に恋をしている相手が凶悪過ぎて恐ろしい。
 兄はまだ相手を『友人』だと思っているし、巴が『お兄様、恋してますよ』と、言っても『友人』だとして聞かないだろう。
 葵はそういうタイプである。

 結局、何も出来ずに愛の巣に帰ってきた巴は、伊織に話すしか無かった。
 ほとんど王様の耳はロバの耳だと穴を掘って言う様な感覚である。
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