三十路のΩ

文字の大きさ
上 下
21 / 35

21

しおりを挟む
 長い柵を抜け、門をやっとくぐったと思っても馬車はまだ動いている。
 ここは巴の実家なのであるが、かなり大きくて伊織は圧巻されていた。
 建物も多く、迷子になりそうだ。
 やはり住む世界が違うのだと思ってしまう。

 やっと止まったので着いたようだ。

「ここは僕の使っていた離れなんだ。呼ばれるまで休もう」

 そう言って、建物に入る巴に付いて行く。
 どうやら巴の部屋らしい。
 自分のログハウスより大きそうな一軒家のお部屋だ。
 伊織はもはや何も考えたくなくなってきた。

「ずいぶんと可愛らしいお部屋ですね」

 巴に通された部屋には、熊のぬいぐるみが大から小までたくさん置いてある。

「小さい時の抱き枕だよ。どうも僕は熊のぬいぐるみが好きだったらしくてね。今でもたまに戻ってくると新しい熊のぬいぐるみがシレっと増えている」

 ハハッと苦笑する巴だ。
 ここは巴が幼少の頃に使っていた寝室である。
 巴も可愛いし、巴のお兄様も可愛いと思う伊織だ。

 巴の両親は既に他界している。
 旅先で魔物に襲われたのだ。
 当時は本当に魔物や隣国の悪漢に襲われて亡くなる人が多かった。
 それが12歳の時だと伊織は聞いる。
 その頃にはもう巴は幼稚舎で寮に入っており、聞かさらたのは寮を出た16歳の時だった。
 葵が巴を不安にさせまいと、知らせないようにしていたのだ。
 葵は巴を今でもものすごく可愛がっている。
 

「ともちゃーん」

 いきなり部屋に入って来て、巴に抱きついたのは、葵である。

「久しぶり。家に全然帰ってきてくれないんだから。お兄ちゃんは寂しかったよ!」

 もー、と怒る葵。

「挨拶が遅れて申し訳ありません。巴さんのΩです」

 そう、伊織は慌てて頭を下げる。
 さすが巴にそっくりの兄、本当に美人で一瞬見惚れた。
 自分と似た服を着ているが、葵はすごく似合っている。

「お兄様が忙しそうだったので、挨拶は控えました」

 巴は苦笑している。
 婚姻は二人の問題なので、あまり家族に報告したり、挨拶をするいう仕来りは無い。
 逆に家族に相談する等は、自立出来てないとタブー視させる事もあるぐらいなのだ。

「孤児院で巴が気に入った子だよね? すごい別人みたいに育ったな」

 葵は伊織を見て驚く。

 当時は葵も心配になる程に痩せていた。
 自分の食べ物まで他人に分けてしまっていたからである。
 放っておいたらいつ亡くなってしまうか解らない様な有り様だった。
 だから巴も気にかけていたのだ。
 その子が今や筋肉ダルマになっているとは。
 巴から『あの子と運命的に再会したんだ』『とても美人で可愛いんだ』『愛しのΩだ』等と手紙に書かれていたので、勝手に深窓の令嬢みたいな子だと思っていた葵。
 だが、しかし、たしかに美人で可愛くも見える。
 そこはかとなく色っぽさを感じた。
 たしかに、巴の好みはこっちだろうと、感じる葵だ。

「急に里親が見つかって引き取られてしまったし、もう会え無いって巴はしばくずっと泣いてたよ」 

 葵はそう、苦笑した。
 巴は恥ずかしそうにしている。

「その熊のぬいぐるみだって、イオって名前付けてたもんな」
「お兄様、黙って下さい!」

 全部バラしてしまう葵に、巴は自分の顔をおさえる。
 巴の顔は茹でたダコだ。

「そうなんですか」
 
 なんだか伊織も恥ずかしい。

 確かに、巴は伊織の事を『イオ』と、呼んでいた。
 伊織は巴を『トー』と、呼んでいた気がする。
 あの頃は学も無く、あまり会話が得意では無かったのだ。『ともえ』と、いう三文字があの頃はとても難しかった。
 伊織自身も名乗りの時に『いおり』が言えず『イオ』と言った気がする。
 

 コンコンと、部屋の扉がノックされ、メイドが顔を覗かせた。

「葵様、お時間です」

 時間を知らせに来てくれたらしい。

「会場でまた会おう」

 葵はそう言ってメイドと一緒に出ていく。

「僕たちも行こう」

 手を差し出して、エスコートしてくれる巴。

 やはり噂は嘘だったらしい。
 どこが氷の天使だ。普通に、明るくて優しい人だ。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

君の番として映りたい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全9話/オメガバース/休業中の俳優アルファ×ライター業で性別を隠すオメガ/受視点/ 『水曜日の最初の上映回。左右から見たら中央あたり、前後で見たら後ろあたり。同じ座席にあのアルファは座っている』 ライター業をしている山吹は、家の近くのミニシアターで上映料が安い曜日に、最初の上映を観る習慣がある。ある時から、同じ人物が同じ回を、同じような席で見ている事に気がつく。 その人物は、俳優業をしている村雨だった。 山吹は昔から村雨のファンであり、だからこそ声を掛けるつもりはなかった。 だが、とある日。村雨の忘れ物を届けたことをきっかけに、休業中である彼と気晴らしに外出をする習慣がはじまってしまう。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

処理中です...