三十路のΩ

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「あと少しって所で夕立に降られてしまったな」

 あとは家に帰るだけと言うときに土砂降りに見舞われてしまった。
 二人はびしょ濡れである。

「巴さん、早くお風呂へ!」
「一緒に入ろう」
「俺は後で良いです」

 タオルで体は拭いたが、冷えてしまっただろう。
 伊織は普段から水風呂に入っているようなものなので構わないが。
 
「家の風呂はでかいから一緒に入れるぞ」
「知ってますよ」

 巴の風呂は源泉掛け流しである。
 まったく贅沢の極みだ。
 まぁ、湖での水浴びも源泉掛け流しか。 
 伊織は一人苦笑した。

「そう言わず、一緒に入ろう。夜はもっと恥ずかしい事をするんだぞ」
「俺は今、発情してないので夜は致しませんよ?」

 αとのセックスはなかなかにハードだ。
 男はΩでも発情の時でないとキツイものがあるらしい。
 Ωだと解った時に講習を受けさせられた。
 慣れれば大丈夫らしいが……

「本番までしなくても愛撫ぐらい良いだろう?」
「そうですね……」

 愛撫とは何だろうか。
 ボティータッチ?

「今夜、君の項を噛みたい」
「まだ早いです」
「僕達、婚姻しているんだぞ。早いものか」
「まだ心の準備が出来てません」

 Ωはαに項を噛まれる事で番になるが、αは番を切っても新しくΩを噛んで番えるが、Ωはそう簡単にはいかない。
 下手すると一生新しく番えない場合も有るぐらいに精神的に傷がつく。
 中には立ち直れずにどうしようもなく自害してしまうΩもいるぐらいだ。
 結婚しても政略や、国が決めた相手なんかとは番わずに子作りだけをするカップルの方が多い。
 巴と伊織は国が決めたと言えばそうだが、お互いに想い合っている。
 伊織としても、いずれは番いたいと思うが、
まだ怖いのだ。

 巴がよく愚痴っていたΩの話を思い出してしまう。 

 伊織は巴を信頼しているし、番った相手を捨てる様な外道では無いと知っていても、怖かった。
 もし、嫌われたとしても巴は我慢して番続けるだろう。
 番を解消されるのも怖いが、我慢して番われるのも怖い。


「解った。ちゃんと待つよ。項は噛まないから一緒にお風呂に入ろう」

 巴としても、伊織を無理やり番にする気は無い。
 
「……解りました」

 少し迷ったが頷く伊織に、巴は伊織の手を引いた。
 このまま押し問答をしていても巴の体が冷えるので、伊織は着いていく。
 確かに濡れた体は気持ち悪かった。



 服を脱ぎ、軽く絞ってから洗濯かごに入れる。
 お風呂なんて何度も二人で入ったのに、何だかドキドキして伊織は巴を見れずにいた。

「相変わらず綺麗な筋肉だな」

 さっと胸筋に触れてくる巴にビクッと体を跳ねさせてしまう。

「悪い、冷たかったか? 早く風呂に入ろう」

 伊織の手を引く巴。

「筋肉なら、巴さんも綺麗ですよ」

 白い滑らかそうな肌には傷ひとつ無く、綺麗だ。
 彼の肌に傷が無いのは防御が上手いのも有るが、自分が身を挺して守った証でもある。
 伊織は誇らしい。
 
「いつ見ても傷だらけだな」

 そう、風呂に浸かりながら背筋をなぞる巴。
 そこに傷が有るのだろう。

「巴さんほど防御が得意では無いので」

 どっちかと言えば攻撃は最大の防御である伊織は、前線に突っ込みガチである。
 前のめりになる伊織を巴が挺する事が良く有るぐらいだ。

「これは僕を庇って出来た傷だ。こっちも、こっちは知らん。誰を庇ったんだ?」

 傷にイチイチ口づけする巴。 
 見知らぬ傷には歯を立てた。

「痛いです」
「傷を上塗りしてやった」
「変な事してないで体でも洗ったらどうですか?」
「伊織の?」
「ご自分の!」

 伊織は恥ずかしくて、体を顎まで湯につけるのだった。
 しかし、温かいお風呂には久しぶりに入ったが、気持ちの良いものだ。
 
「寝そうで心配なんだが、寝るなよ?」
「大丈夫ですよ」

 そう言いながらも、縁に体を預けて目を閉じてしまう伊織。
 やはり巴は心配だ。

「うわっ! ちょっと! 何?」

 伊織を抱きかかえると一旦、洗い場に出る。
 
「そのまま目を瞑ってろ。僕が洗ってやるから」
「良いです! 結構です!」

 ワーワーと、やり取りし、伊織は巴から体を洗うタオルを奪うと、自分でさっさと洗うのだった。

 巴はチエッと、小さく舌打ちするのだった。
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