三十路のΩ

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 伊織は巴の事を上司として尊敬している。
 そして、背中を預けてくれること、自分を誰よりも信頼してくれる事に誇りと優越感を感じていた。

 巴と伊織の生まれは正反対である。

 巴は公爵家の次男と恵まれた生まれであり、文武両道、誰からも愛されていた。
 本来なら騎士団などには入らず、王の側近としても務まる実力と生まれである。
 それを騎士団に入隊し、エリートとしてではなく、下積みから団長まで登りつめたのだ。
 我儘も多いが実力も有り、努力も出来る人である。
 巴に憧れを抱く人は多かった。
 そして誰にも靡かない高嶺の花の様でもあった。

 一方、伊織は孤児である。
 物心つく頃には施設におり、周りの面倒をよく見る皆のお兄ちゃん的立ち位置だった。
 自分の食べ物も率先して周りに分け与えてしまい、空腹な事が良くあった。

 そんな時だ。
 孤児院に施しにやってきた巴に出会ったのは。

 巴はおそらく伊織を覚えてはいないだろう。
 会ったのは3回ぐらいである。
 子供の頃から巴は目立っていた。
 美しい容姿に綺麗に輝く髪、宝石の様に煌めく瞳。
 伊織から見て、同じ人間とは思えなかった。
 伊織が周りに自分の食べもを分け与えてしまう事に気づいた巴は、こっそり伊織にサンドイッチを手渡した。
 
「目を離すと君はすぐに別の子供にあげてしまいそうだ。今すぐ僕の目の前で食べて欲しいな」

 と、微笑みかけてくれたのだ。
 まるで天使だった。
 
 それから巴は訪れる度に伊織を気にかけてくれた。
 荒れた庭で一緒に畑を作って、巴が持ってきてくれた種を一緒に植えた。
 野菜や薬草を色々と教えてくれた。
 伊織が巴に憧れを抱くには十分だ。

「僕、騎士団に入りたいんだ。両親や兄は反対してるけどね。もし良かったら君は応援して欲しいな」

 そう言った巴に、伊織は「頑張って下さい」と応援した。
 そして、自分も騎士になろうと決意した。

 伊織を引き取ったのは農家の老夫婦であった。
 農作業を手伝える健康的で体力のある男児を求めていた様だ。 
 伊織が畑仕事をしている姿を見て決めた。
 とても優しい人達で、伊織が騎士に入団したい気持もくんでくれ、認めてくれた。
 もちろん今も仕送りして恩返しをしている。
 老夫婦は伊織以外にも二人子供を引き取っており、本人達もまだまだ現役だ。
 伊織が贈った最新式の農機具に喜んでいた。
 それはそうと、無事に騎士団に配属になった伊織と同じ騎士団に巴が居た事は殆ど奇跡だった。 

 団長になる前から巴は伊織をよく気にかけてくれた。

「君はヒールが得意そうだね。薬草の心得も有って。頼りになる」

 そう、褒めてくれたのが嬉しくて、薬草をもっと勉強したり、ヒールに力を入れた。
 そのおかげで、今や薬草とヒールに関しては伊織の右に出るものは居ないと言われる程だ。
 巴を守れるようにと体を鍛え、鍛錬を怠らず、日々精進した。
 その事を巴は見くれていて、いつも褒めてくれたものだ。

「君はいつも鍛錬を頑張っているよな。筋肉がすごい。僕は細身だから君を尊敬するよ」

 そう褒めるものだから、より頑張ってしまい、今では筋肉ダルマとあだ名を付けられている。

「君は加減を知らないから心配になるよ」

 と、巴に笑われる程であった。
 多分、ちょっと引かれていた。
 
 巴が団長に昇進した時、何故かサポート的役割に指名したのは伊織だった。
 
「君の事を僕は大親友だと思っているんだ」 

 なんて言うのである。
 本当に人誑しだと思った。


 それからはよく一緒に行動する事が増えた。
 巴は本当に伊織には気兼ねなく接してくれた。
 巴は割と壁を作るタイプの人間で、気兼ねなく接するのは伊織だけだった。
 それを伊織は知っていて、優越感を感じていたのだ。
 この高貴で綺麗な人は自分だけを側に置いてくれている。
 そう思うと胸が熱くなった。
 
 巴は伊織との距離感だけゼロだったので、彼の愚痴もよく聞く事があった。
 巴は兎に角、Ωが嫌いだ。

「今日もΩに迫られてうっとおしかった」
「Ωの匂いが気持ち悪い」
「Ωと見合いさせられそうになった」
「全裸で発情したΩに襲われた」

 など、山ほど聞かされているのだ。

 だから伊織は怖かった。

 自分は巴が何よりも嫌っているΩになってしまったのだ。

 今はまだ嫌悪感を抱かれていないが、いつ抱かれるか解らない。

 もし、結婚して、一緒にいる内に抗えないΩの本当で巴の嫌がる事をしてしまったらと思うと気が気でなかった。

 巴の嫌な匂いを発し、全裸で発情して迫ったりなんかしてしまったらどうしようと、怖くなった。

 伊織にとって巴に嫌われる程に恐ろしく、怖くて耐えられない事は無いのだ。

 だから結婚はしたくなかった。

 それなのに巴が追いかけて来るから、伊織は怖くて怖くて堪らなかった。

 嫌われたくないのに……

 それなのに結局は婚姻届けにサインさせられ、国の人が持って行ってしまった。

 伊織の恐怖感はピークだったのだ。

 それで倒れてしまった訳である。
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