三十路のΩ

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 巴が神官を呼んだのは、ある程度の医療行為は自分たちでも出来るからだ。
 巴も伊織もヒールは心得ている。
 そもそもヒールは伊織の方が得意であるため、自己治癒も伊織の得意なとろだ。
 それがままならないとなると、分野が違う事になる。
 呪い等の類を疑ったのだ。
 しかし、神官にも原因は特定出来なかった。
 そうなると、Ω特有の症状なのかも知れない。
 巴は伊織を自宅で寝かせ、Ω専門の医師を自宅に呼んだ。


「どうだ?」
「おそらくは、酷い不安状態で出る症状なのだと思います」
「そうだろうな……」

 伊織は僕を怖いと言っていた。
 いままで仲良くやってきて、お互い背中を預ける仲だった。
 それが実は上司であるから守っていただけであったのだろうか。
 彼は仕事で仕方なくやっていた事だったのだろうか。
 一緒にお風呂に入ったり、飯を食ったりして笑いあったのも、本当に楽しかったのは僕だけで、伊織は内心楽しくも無いのに作り笑いをしていたのだろうか。
 ずっと僕を怖いと思っていたのだろうか。
 
 巴は自分の中にある伊織の記憶が全てまやかしに思え、頭が混乱していた。
 今の状況は確かに怖い。
 いままでの伊織が全部嘘だったのなら、本当の伊織は何処に居るんだ。
 僕は伊織の事を何も知らなかったのか。
 そう思うと、悲しくて怖い。

「伊織さんの不安が強く出てしまったのは正しく発情出来てない事にあります。発散出来ない熱が頭に集まってしまっています」
「額に触れたが熱は無かったぞ」
「出ないから悪いのです。せめて熱が熱として出たら楽になるのでしょうが……」
「どうしたら良い?」
 
 よく解らないが、他の分野では原因不明なので、もうこのΩ専門医師に頼るしか無いので話を聞く。

「伊織さんは三十路でも発情してない訳ではなく、発情が解りにくいタイプのΩなので、発情をしっかりと促す試みをしてみようと思います。本人がはっきりと自覚する必要があります」
「あんた、言い方が回りくどいぞ、端的に話してくれ」
 
 兎に角、このさい原因とかはどうでも良い。
 聞かされたところで理解出来ないだろう。
 早く解決策を言ってくれ。
 目の前で冷や汗をかいて苦しそうにしている伊織を早く楽にしてやりたいのだ。
 巴は伊織の汗をタオルで拭いてやりながら、気持ちが急ぐ。

「座薬を処方しておきますね」
「座薬?」
「尻に入れて発情を促す薬です」
「なるほど……」

 医師は、巴に座薬を渡す。

「僕が入れるのか!?」
「そりゃあ勿論、Ωもパートナーのαが直接入れた方が発情しやすいので」
「でも、僕、怖がられてて……」

 まだパートナーとして認めてくれてないし……

「何か思い当たる節は無いんですか?」
「ちょっとストーカーっぽい事をしたとは思う……」

 強引すぎて気持ち悪がられたのだろう。
 
「それか、仕事で厳しくしすぎたか」

 伊織が優秀過ぎて甘えてしまったかも知れない。

「僕の事が生理的に受け付けないという可能性も……」

 言っててなんだか悲しくなってくる巴だ。
 理由なんて解らないが、山程ある事に気づいてしまった。
 気づきたく無かった。

「全部的違いだと思います」

 首を振るΩ医師。

「伊織さんは巴さんの前で倒れたのですよね? 発情してないΩはαには警戒心が強いものです。中でも伊織さんは特に警戒心が強いタイプのΩです。それが、巴さんの前で意識手放すという事は、それだけ巴さんを信頼して頼っているという事ですよ」
「なら、どうして伊織は僕が怖いと?」
「それが解らないから心当たりが無いかと尋ねたんですよ」

 溜息まじりの医師。
 そうなると、巴にも全く心当たりは無かった。
 ただ、嫌われてないと知り、安心する。
 
「巴さんと伊織はよく話し合う必要がありますね。この座薬で様子を見て下さい」

 医師はそれだけ言うと、席を外した。

 室内には巴と伊織が二人っきりだ。
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