三十路のΩ

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 騎士団長の巴は公爵家の次男であった。
 綺麗なプラチナブロンドの髪に、サファイアの様な青い瞳。
 誰がどうみても美形である。
 文武両道に秀でており、非の打ち所のなち男だ。
 優秀なα遺伝子を持っている事から、引く手数多。
 ひっきり無しに縁談が来ていた。

『自分は騎士の団長として先陣を切らなければない。いつ失うかも解らない命、世帯を持つ余裕は無い』と断って来た。
 しかし、ここに来てかなり時勢は安定して来ている。
 この断り方も通じなくなって来た。
 今まで適度に精子を提供する等して乗り切って来た訳だが、流石に身を固めるなればならなくなりそうだと巴も感じていた。
 
 そもそも巴はΩが嫌いである。
 抗えない誘惑で理性を失い、獣の様にされるのも嫌だし、運命だのなんだのと言い寄ってこられるのもウンザリだった。
 そもそも『運命』なんてものは勘違いだと学術的にも証明されていると言うのに。
 男だろうと女だろうと、Ωを相手にするのは虫酸が走る。
 しかし、自分ほどの優秀なαがβと結婚させてもらえそうに無い。 
 そもそも今から相手を探すのも正直面倒くさい。
 こんな時に現れたのが気心の知れた部下がΩである。
 こんなの殆ど飛んで火に入る夏の虫だ。
 巴としてもちょうどよかったのである。


「僕と結婚するのかしないのか。返事はどうした?」

 呆けた様子の伊織に返事を要求する巴。

「むっ、無理です。無理無理…あり得ない!」

 全力で首を振る伊織。
 何だと?
 僕ほどの男を全力で振りやがると?
 ありえないとは何だ!

「じゃあ、お前は見ず知らずのαと結婚するのか? 騎士団を辞めて」
「そうするしか無いでしょう。Ωだって言うんだから」
「目の前に優良物件が有るのに何故事故物件で妥協しようとするんだ」
「事故物件って何ですか」
「あのなぁ、相手の居ないΩにあてがわれるαなんてたかが知れてるだろう。なんか問題がある奴で間違いない」
「そうかも知れませんが、自分も事故物件ですし……」

 伊織は思わず強い口調が出たが、相手が上司であることを思い出してか、視線を彷徨わせた。

「兎に角、団長と結婚は出来ません。謹んでお断りします」
「僕の何が嫌だと言うんだ」
「じゃあ貴方がΩだったとして、総司令官が結婚しようと言ってきたらするんですか?」
「それとこれとは話が違うだろう!」
「何が違うんですか!」

 総司令官はもう50近い貫禄のある御仁である。
 三十路の伊織と、28歳の巴は歳も近い。
 全然違う話である。

「兎に角、僕は伊織に辞められると困る」
「自分の代わりは沢山居ますよ」
「居ないから言っている。僕が背中を安心して任せられるのは伊織だけだ!」

 思わずテーブルを叩いてしまい、書類が崩れる。
 しかし、巴は伊織を本当に信頼していた。
 代わりが沢山居るだなんて思わないで欲しい。
 代わりが居ないからこんなに必死に引き止めているのに。
 そして何なら結婚して欲しい。

「……解りました。辞表はとりやめます」

 巴の剣幕に、申し訳なくなる伊織は、巴が倒した書類を拾って元に戻す。

「じゃあ結婚するんだな?」
「いえ、団長と結婚する気はありません」
「じゃあ国が決めた相手と結婚すると?」

 何でそんなに僕が嫌なんだ。
 なんか、悲しくなってきた。

「取り敢えず、国が開く未婚のΩとαの集いに顔を出してみようと思います」
「良い奴と出会えるといいな」

 書類を綺麗にまとめ直して机に置いてくれる伊織。
 巴は腕を組んでフンと、顔を反らす。

「そうですね。運命の相手と出会えるかも知れません」
「運命なんて無いと学術的にも……」
「ロマンの無い人ですね。小指に赤い糸が繋がってるとか言うじゃないですか」
「お前は以外とロマンチストだったんだな」
「冗談です」

 ハハッっと笑う伊織は、何事も無かった様に自分の仕事を取りに行くのだった。
 
 何なんだアイツは。
 一人だけ腹を立てている事に、巴は更に腹を立てるのだった。
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