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 木に登る可憐な女性、アリアは綺麗なストロベリーブロンドの髪が痛む事も気にかけず、林檎を収穫していた。
 ちょうど食べ頃に成った林檎をカゴに入れていく。
 豊作だ。

「おーい、お嬢さーん」

 夢中で収穫していたアリアだが、下から声をかけられ、振り向いた。

「あら、サブ」

 最近、よく遊びに来るサブだった。
 野暮ったい風貌で、黒い髪が顔にまでかかっている。
 表情も良く解らないが、悪い人では無い。

「お嬢さん、城の舞踏会には行かないのかい?」

 遠くに見える城では、今夜、舞踏会が行われるらしい。
 アリアの家にも招待状が届いていた。
 母と姉は出席すると出掛けたが、アリアは留守番である。

「私は行かないわ。林檎食べる?」

 アリアは首を振って、サブに笑いかける。

「ああ、頂こう」
  
 収穫したばかりの林檎を、エプロンで拭ってサブに差し出すアリアだった。


 アリアは、れっきとした侯爵令嬢である。
 色白の肌にストロベリーブロンドの髪、青い瞳。
 着飾って正装すれば、誰もが振り返る令嬢になるだろう。 
 それが今は、下働きの様なエプロン姿で、適当に縛った髪には葉っぱが付いている。
 日焼け対策もしていないのだろう、顔が少し赤くなってしまっていた。
 
「食べないの?」

 せっかく拭いて差し出した林檎を食べないサブに首を傾げるアリア。
 
「皮も剥かないで食べるのか?」
「あら、皮を剥かないと食べないの?」

 怪訝な表情のサブに、アリアも怪訝な表情を浮かべた。
 林檎の皮を剥くなんて、貴族しかしない食べた方だ。
 割と甘やかされているのかしら。
 アリアはそんな風に考えながらナイフで桂剥きしてあげる。
 おお! スゴイと、手を叩くサブを不思議に思うアリアだった。

 
 アリアとサブが出会ったのは、ついこの間である。
 アリアが川で洗濯をしていた時だ。

「わああぁぁ!!」

 と、悲鳴が聞こえ、視線を向ければ暴れ馬にしがみついている人が見えた。
 アリアは除草がてらに連れて来ていた山羊に跨がると、後を追いかけた。
 飼っている山羊が異常に早い山羊で助かった。
 
「落ち着いて、どうしたの?」

 並走して馬に話しかけるアリア。

「急に暴れだしたんだ!」
「貴方に聞いてないの。馬に聞いてるのよ」
「君、馬と話が出来るのか?」
「出来る訳ないじゃない」

 何をメルヘンチックな事を言っているのだろうと思いつつ、アリアは「どうどう」と、馬に話しかけながら優しく撫でてやった。
 馬はしだいに落ち着き、足を止めてくれる。
 ちゃんと人の話を聞ける良い子だ。

「馬は声をかけて撫でてやれば落ち着くものよ。さては馬泥棒ね! 警察に突き出してやるわ!」

 馬はちゃんとしているのに、乗っている人がダメダメだと、アリアは男を睨んだ。

「これは僕の馬だ」

 落ち着いた馬は申し訳無さそうな顔で男の顔を舐めていた。
 どうやら本当に飼い主の様ね。

「有り難う、助かったよ」

 そうお礼を言って手を差し出して来たので、握手した。

 それがサブとの出会いだ。

 サブは見すぼらしい格好で、髪もボサボサし、表情も良く解らない姿だった。
 だから浮浪者かと思い、馬泥棒だと怪しんだのだ。
 
「僕は城で下働きをしているサブだ。君は?」
「私はそこの侯爵家の娘よ」

 名乗られたからには名乗らなければと、アリアも自己紹介する。

「侯爵家の娘が何故、山羊に跨ってこんな所に居るんだ?」

 訝しげ首を傾げるサブ。

「貴方が馬に跨って暴れていたから止めてあげたんじゃないの」

 アリアも好きで山羊に跨がり、こんな所に居るわけでは無い。
 ちょっと変な人だ。
 助けない方が良かったかも知れない。

「今、洗濯をしていたの。お礼に手伝って貰うわ」

 アリアは変な人だと思いつつも、サブの手を引いて元いた場所まで戻るのだった。
 
 変な人では有るが、悪い人では無さそうであるし、このまま置き去りにして森で迷われても目覚めが悪いと思ったのだ。
 洗濯はそのついでである。

 結局、サブは洗濯もしたことが無かった様で、何の役にも立たなかったけど。
 あの後、サブは良く遊びに来る様になった。

 城の下働きも暇なのね。




 アリアが林檎の収穫やら洗濯やら下働きの様な事をしているのには勿論、理由がある。
 継母と連れ子の姉が経済力の無い人で、借金まみれなのだ。
 アリアの母親はアリアを産んで直ぐに病気で亡くなり、父は新しい母とその連れ子を迎え入れた。
 二人とも美人であったが、金遣いの荒い人だ。
 父が亡くなってからは更に酷くなり、侯爵家はみるみる貧乏に。
 もう首が回らない程だ。
 仕方なく、使用人は全て解雇し、アリアが使用人代わりになっている。 
 なんせ母と姉は家事も農作業も全く出来ない根っからのお嬢様なのだもの。
 仕方ない。

「母親と姉は城の舞踏会に行ったんだろう? 何故君は行かないの? ドレスが無いのかい?」

 アリアが切り分けた林檎を食べながら聞いてくるサブ。
 だが、検討外れな事を言う。

「別に興味が無いだけよ。家の掃除や洗濯をしたり、畑仕事をしたり、林檎の収穫をしたりするのが好きなの。やってみたら楽しいわよ」

 アリアとしては城で見ず知らずの男性に媚を売ってダンスを踊るより、家事をしてた方がよっぽど性に合っていた。

「社交界ってギスギスしているし、あらゆる思惑が渦巻いていて大変そうじゃない。お母様やお姉様は王子様に見初められたらなんて夢を見ているけど、私は嫌ね。後宮なんて妬みに嫉み、毒殺に暗殺、恐ろしいったらありゃしないわ」

 そんな空間、息が詰まってしまいそう。
 何が良いのかさっぱり解らないアリアだ。
 そっち方面は母と姉に任せる事にした。
 これこそ適材適所だと思う。
 ちょうど良い。

「そ、そうだね……」

 サブは苦笑していた。

「お母様かお姉様が王子様と結婚してくれたら良いわね。借金も無くなるし、侯爵家としての地位も回復するわ。そして私は林檎を売ってのんびり過ごすの」

 それが私にとってのハッピーエンドだわ。
 と、目を輝かせて話すアリア。
 
「うーん、王子様にも好みってものが有るんじゃないかな……」

 何故かサブは気が乗らなそうである。
 どうせ夢は夢だ。
 もう少し乗ってくれたって良いんじゃないかしら。
 アリアはムスッとしてしまう。
 それに

「あら、お母様とお姉様は本当に美人なのよ?」

 きっと王子様も一目惚れするんじゃないかな。
 なんて期待しているアリアだ。
 でも、落ちぶれている借金まみれの侯爵令嬢では駄目なのかしら……
 由緒は正しいのだけど……

「美人でも性格が悪い女性はちょっとね」

 ため息まじりのサブ。
 何故、サブが王子様の気持ちを代弁するのか解らない。
 城の下働きって、そんなに王子様と接点が持てるのだろうか?
 アリアには良く解らない。
 それに母と姉が性格が悪いなんて言っていない。
 ただちょっとお金にズボラで家事や農作業の出来ないお嬢様ってだけである。
 お嬢様なら普通だと思う。
 どっちかと言えば自分の方が変わっているのだろうと思うアリアだ。

「お母様とお姉様も社交界では上手く立ち回ってくれるわよ。私は林檎を売るわ。それで片手間で喫茶店とか開きてみたりして。サブも手伝ってちょうだいね?」

 どんどん夢は広がるアリアだ。

「そうだね。頑張ってみるよ」

 ハハっと苦笑するサブ。
 本当に歯切れが悪い。
 現実になるわけでも無いし、もうちょっと話に乗って欲しいものである。
 夢はどれだけ見ても悪いものじゃないはず。

「ねぇ、サブは何か無いの? やってみたい事とか」
「僕は、そうだね。お嬢さんと喫茶店をするよ」
「まぁ、ちょっとは気が使えるのね」
 
 フフと、笑うアリア。
 使うならはじめっから使ってくれたら良かったのに。
 でも、ちょっと気分が良くなったので許してやる事にする。
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