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60話

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 殿は毎日の様に可愛い愛していると言ってくれるし、優しい接吻をくれる。
 毎晩、閨に誘って頂けるし、二日に一回は一緒に抜き合いをしてくださる。
 そんな関係だ。

 伊吹はとてもを幸せだと思うと同時にとてとも不安である。
 いつまで自分を相手して下さるのだろう。
 いつ、飽きたから終わりだと言われるのだろう。
 伊吹は幸福感と同時にそんな不安感に襲われるのだ。

 殿の可愛い愛している等は、きっと特に重い意味は無く、軽口で、今までにもきっと沢山の人に言って来たに違いない。
 そして過去にした人達だ。

 自分もいつか過去になり、殿は別の人に愛を囁くようになる。
 それは別にそこまでおかしい事では無い。
 春岳は世継ぎを残さなければいけないのだから、いつまでも自分の様な者を相手にしていないで正室を娶って欲しい。
 だから、もう飽きたと言ってくれたら良いのだ。
 そして、一周して普通の可愛い姫様と幸せになってくれたら良い。

 それが殿にとって、一番幸せな筈なのに……


「有理ーー有理ーー! 全くあの子たら何処に行ったの?」

 中庭から千代が有理を探す声が聞こえる。

「どうかしたのか?」

 ただならぬ様子を感じ、伊吹は千代の様子を見に向かった。



 城内の冬支度も終わり、もう、いつ雪が降っても良い状態になっている。
 殆どの者は帰っえてしまったし、残っている家臣達は通常の三分の一程度だ。
 
「ああ今井様、有理を見ませんでしたか? また今井様の所で甘やかされているのかと思ったんですが……」
「いや、最近、有理は俺の所に来ないぞ?」
「有理は実家に帰る等言ってましたか?」
「いや聞いて無いから残ると思っていたが……」

 どうやら今朝から有理の姿が見えないらしい。不思議がる千代。
 最近では千代と有理は仲良くしていて、良く一緒に居たのだが。

「まぁ、今日は特にする事も無いですし、散歩にでも出掛けたんでしょう。お騒がせしました」

 腑に落ちない様子の千代だが、伊吹に頭を下げると、自分も休憩する様子だ。
 特に今は何もする事がない。 
 人が少なくなったので、城の使う部屋等も絞った。
 掃除する範囲も極力減らしている。
 見張りも櫓の上に二人立たせるだけの最低限の守りである為に、人が少なくても仕事も少ないのだ。
 割と冬は落ち着いて過ごせる。



「伊吹、そろそろ出かけようか」

 春岳が伊吹を迎えに来た。
 もういつ雪が降るか解らないので、以前約束した温泉へ、今日、連れて行ってくれるのだ。

「はい」

 そう返事をして春岳の隣に並ぶ伊吹。

 他の者にも外に出る事を伝え。
 二人で城の外へと出かけるのだった。




「殿はいつも一人で私を置いていかれるので、こうして二人で出かけるのは初めてかも知れませんね」

 今日は手を繋ぎ、徒歩で出かける。
 こんなにゆっくり殿と散歩出来るなんて。伊吹は嬉しい。

「そうかもな。晴れて良かった。紅葉も見頃は終わったが、まだ綺麗だな」

 ハハっと笑う春岳。

 春岳も伊吹と手を繋ぎ、ゆっくりと散歩する事に楽しさを感じていた。
 それと同時に、あれ? 何だか前にこんな事が有ったような気がする。 
 夢でも見たのかもしれない。


「此方ですか? 随分と険しい道ですね」
「ああ、俺の手を離すなよ」

 楽しい散歩気分は、本当に最初だけだった。
 伊吹も見知らぬ温泉なのだから、それはそうだろうな。と、は思っていた。
 直ぐに道を反れて獣道へ、春岳は上手に木を手でかき分けて進む。
 跳ねっ返りに気をつかい、伊吹を抱き寄せながら進んでいた。
 暫く進むと開けた場所に出た。断崖絶壁の様な場所だ。

「わぁ……」
 
 直ぐ側は滝になっていて、凄い見晴らしの良い場所だった。

「ちょっと、ここで休みましょう」

 ハァハァと、軽く息を上げている春岳。

 一人で来る分には平気だったが、伊吹を気にしながら藪を抜けるのは大変だった。
 万が一にも藪で伊吹に怪我をさせてしまったらと気が気では無かったのだ。 
 無事に出れてホッとした。
 帰りは別のルートにしよう。
 遠回りになるが、川沿い下れば良い道に出られる。

「殿、とても景色が良いですね。向こうの山まで見えますよ。あちらは花田城の方でしょうか?」

 伊吹は楽しそうに景色を眺めている。
 こんなに喜んでいるのだ。
 ちょっと大変だったが、この道を選んで良かったと思う春岳。
 
「ああ、よく意見を聞きに来るな。有理を贈ってよこしたのもあそこだったか?」

 春岳も景色を見ながら疲れを取りる。
 風が気持ちいい。

「はい、そうです。あ、干し柿食べますか?」
「干し柿?」
「まだ干しが甘いですが、渋は抜けてます。おやつにと思って持ってきたんです」

 伊吹は懐から干し柿を取り出すと、一つ春岳に差し出した。
 それを受け取る。 

 何だか不思議な感覚がした。

「…… なぁ、変な事を聞くようだが。前にも無かったか? こんな事」

 やっぱり変だ。
 前にも伊吹からこうやって干し柿を貰った気がする。

「いえ、これは今年の初物ですから。私も渋みか取れたか味見をした程度です」

 伊吹はそう返答しつつ、干し柿を食べる。

「そうか……」

 やはり夢を見たのだろう。 

 春岳も干し柿に口をつける。

 何だか凄く懐かしい味がした。 
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