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31話
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湯浴みを済ませた春岳。
伊吹が乾かして梳かせば、いつもの艶やな髪に戻った。
だが顔色は、やはり悪い。
春岳は徐に、何やら化粧道具を出した。
パパッとやる。
伊吹が見ていると、いつもの綺麗な春岳に変わった。
まるで魔法である。
「毎朝なさってるのですか?」
綺麗に隈も無くなり、顔色も明るくなった様に見える。
唇だって薔薇色だ。
「そんなわけ無いでしょう。今日はいつもの顔を作っただけですよ」
ハハっと笑う春岳。
表情も明るくなって、伊吹はホッとした。
「そうなんですか」
いつも普通に綺麗だって事か。
すごい。
何か解らないが、春岳が何をしても、すごい。と、なってしまう伊吹だ。
支度を整えた春岳を上座に座らせると、千代が客人を連れて来る。
さて朝餉を食べさせる前に毒味だと、伊吹が手を叩こうとしたが、春岳に止められた。
「私は私の舌しか信じません」
春岳は客人の分の毒味までして、大丈夫だと頷くのだった。
「いやぁ、春岳殿は本当に肝が座っておりますなぁ」
アハハと、豪快に笑う客人。
「万が一毒に当たっても毒消しが有りますので」
フフっと微笑む春岳だが、伊吹はヒヤヒヤである。
「今井殿も元気になられた様子。いつもより肌艶も良く、スッキリされた顔をなされているな」
客人は伊吹に視線を移す。
「ええ、殿の薬が効いたのでしょう。昨日はお迎え出来ず、大変申し訳有りませんでした」
深々と頭を下げる伊吹。
「良い良い」
客人は笑って伊吹の肩を叩くのだった。
朝餉が済むと、客人は直ぐに立つと言うので見送った。
最後まで無事に粗相なく、おもてなしを終える事が出来た。
帰りには、また千代を連れて行かれそうになったが、それは何とか阻止した。
「いやぁ、無事に済んで良かったです。殿は話を聞いて下さらないし、人手は足りないし、どうなる事かと思いました」
客人を見送り、ホッと肩の荷が降りた伊吹は、片付けをしながら小言を零す。
「そうだな。伊吹が過労で倒れるし、私はまだこの城に来たばかりで不慣れだと言うのに、本当にどうしようかと思いましたね」
小言を小言で返す春岳。
言葉遊びを楽しんでいた。
「も、申し訳有りません。ああ、殿! 片付けの手伝いは止めて下さい」
つい気分が良くなり失礼な事を言ってしまった事に謝る伊吹。
気付けば、春岳はさり気なく片付けを手伝い初めてしまっている。
「寝不足なのでしょう? 寝てください」
伊吹は春岳に寝る事を勧めた。
「二度寝は良くないのでしません」
春岳は、二度寝はしない主義である。
と、言うか、訓練されているので、こんな時間に二度寝は難しい。
「それに片付けが終わりませんと、伊吹が私の面倒見れないでしょう」
「どう言う理屈なんです?」
寝不足のせいか意味のわからない事を言っている春岳。
いや、よく考えたら、殿はいつも意味不明だった。
「三人でやった方が早いでしょう」
そう言うと綺麗に笑って見せる春岳。
その表情からは、手伝いを止めないと言う圧力も感じた。
伊吹は仕方なく、三人で片付ける事を受け入れるのだった。
確かに三人で片付けると早かった。
千代もテキパキ動いてくれたので、直ぐ終る。
「後の掃除などは、いつも通り私がしておきますので」
そう言うと千代は、城の掃除に向かう。
「この広い城を千代と休憩中の家臣たちが代わる代わるやってくれてるんですが、やっぱり大変ですよね」
千代を見送りながら呟く伊吹。
「今まで私もやっていたんですが、殿の面倒を見なければいけないので、これからは手伝えませんし……」
困ったものだと溜息を吐いた。
「伊吹の主は私だと思っていたんですが、どうやら千代だったみたいですね」
なんだか邪魔者が来てしまった様な言い草だ。
不機嫌になる春岳。
今日は、やけに生意気だ。
やっぱり昨夜の事を怒っているのかな……
「そうですね。本末転倒な事を言いました。早く家臣達や小姓、女中達が戻って来れば良いのですが」
伊吹は、どうやら本当に困っている様子だ。
過労で倒れてしまう程である。
切羽詰まっているのだろう。
それか、やっぱり怒っているのかだ。
小姓や女中が戻ってきたら、俺の相手はそちらに任せられるのに、と言いたいのかも。
「そうですね…… 取り敢えず村の井戸を確かめて来たいので良いですか。半刻程で戻って来ますよ」
春岳は居たまれなくなり、逃げ口を作る。
本当に見に行かなければいけないし……
「流石に半刻は無理でしょう。ですがもう諦めましたのでどうぞ行ってきて下さいませ。私は千代と掃除でもしてます」
ああ、やっぱり言い方が冷たい気がする。
「そうして下さい」
春岳はバッと、服を翻すと忍者服に変える。
次の瞬間にはサッと消えていた。
馬の足でも往復三時間かかる道中を半刻とは、もう瞬間移動である。
馬が通れない様な近道が有るのだろか。
それにしたって、まだ来たばかりで土地勘も無い春岳が解るはず無いと思うのだが……
伊吹は本当に半刻で帰ってきたら逆に怖すぎるなぁと思いつつも、千代の手伝いに向かったのだった。
伊吹にな他の意は無く、本当に人手が足りなくて困っている事をつい愚痴ってしまっただけであった。
伊吹が乾かして梳かせば、いつもの艶やな髪に戻った。
だが顔色は、やはり悪い。
春岳は徐に、何やら化粧道具を出した。
パパッとやる。
伊吹が見ていると、いつもの綺麗な春岳に変わった。
まるで魔法である。
「毎朝なさってるのですか?」
綺麗に隈も無くなり、顔色も明るくなった様に見える。
唇だって薔薇色だ。
「そんなわけ無いでしょう。今日はいつもの顔を作っただけですよ」
ハハっと笑う春岳。
表情も明るくなって、伊吹はホッとした。
「そうなんですか」
いつも普通に綺麗だって事か。
すごい。
何か解らないが、春岳が何をしても、すごい。と、なってしまう伊吹だ。
支度を整えた春岳を上座に座らせると、千代が客人を連れて来る。
さて朝餉を食べさせる前に毒味だと、伊吹が手を叩こうとしたが、春岳に止められた。
「私は私の舌しか信じません」
春岳は客人の分の毒味までして、大丈夫だと頷くのだった。
「いやぁ、春岳殿は本当に肝が座っておりますなぁ」
アハハと、豪快に笑う客人。
「万が一毒に当たっても毒消しが有りますので」
フフっと微笑む春岳だが、伊吹はヒヤヒヤである。
「今井殿も元気になられた様子。いつもより肌艶も良く、スッキリされた顔をなされているな」
客人は伊吹に視線を移す。
「ええ、殿の薬が効いたのでしょう。昨日はお迎え出来ず、大変申し訳有りませんでした」
深々と頭を下げる伊吹。
「良い良い」
客人は笑って伊吹の肩を叩くのだった。
朝餉が済むと、客人は直ぐに立つと言うので見送った。
最後まで無事に粗相なく、おもてなしを終える事が出来た。
帰りには、また千代を連れて行かれそうになったが、それは何とか阻止した。
「いやぁ、無事に済んで良かったです。殿は話を聞いて下さらないし、人手は足りないし、どうなる事かと思いました」
客人を見送り、ホッと肩の荷が降りた伊吹は、片付けをしながら小言を零す。
「そうだな。伊吹が過労で倒れるし、私はまだこの城に来たばかりで不慣れだと言うのに、本当にどうしようかと思いましたね」
小言を小言で返す春岳。
言葉遊びを楽しんでいた。
「も、申し訳有りません。ああ、殿! 片付けの手伝いは止めて下さい」
つい気分が良くなり失礼な事を言ってしまった事に謝る伊吹。
気付けば、春岳はさり気なく片付けを手伝い初めてしまっている。
「寝不足なのでしょう? 寝てください」
伊吹は春岳に寝る事を勧めた。
「二度寝は良くないのでしません」
春岳は、二度寝はしない主義である。
と、言うか、訓練されているので、こんな時間に二度寝は難しい。
「それに片付けが終わりませんと、伊吹が私の面倒見れないでしょう」
「どう言う理屈なんです?」
寝不足のせいか意味のわからない事を言っている春岳。
いや、よく考えたら、殿はいつも意味不明だった。
「三人でやった方が早いでしょう」
そう言うと綺麗に笑って見せる春岳。
その表情からは、手伝いを止めないと言う圧力も感じた。
伊吹は仕方なく、三人で片付ける事を受け入れるのだった。
確かに三人で片付けると早かった。
千代もテキパキ動いてくれたので、直ぐ終る。
「後の掃除などは、いつも通り私がしておきますので」
そう言うと千代は、城の掃除に向かう。
「この広い城を千代と休憩中の家臣たちが代わる代わるやってくれてるんですが、やっぱり大変ですよね」
千代を見送りながら呟く伊吹。
「今まで私もやっていたんですが、殿の面倒を見なければいけないので、これからは手伝えませんし……」
困ったものだと溜息を吐いた。
「伊吹の主は私だと思っていたんですが、どうやら千代だったみたいですね」
なんだか邪魔者が来てしまった様な言い草だ。
不機嫌になる春岳。
今日は、やけに生意気だ。
やっぱり昨夜の事を怒っているのかな……
「そうですね。本末転倒な事を言いました。早く家臣達や小姓、女中達が戻って来れば良いのですが」
伊吹は、どうやら本当に困っている様子だ。
過労で倒れてしまう程である。
切羽詰まっているのだろう。
それか、やっぱり怒っているのかだ。
小姓や女中が戻ってきたら、俺の相手はそちらに任せられるのに、と言いたいのかも。
「そうですね…… 取り敢えず村の井戸を確かめて来たいので良いですか。半刻程で戻って来ますよ」
春岳は居たまれなくなり、逃げ口を作る。
本当に見に行かなければいけないし……
「流石に半刻は無理でしょう。ですがもう諦めましたのでどうぞ行ってきて下さいませ。私は千代と掃除でもしてます」
ああ、やっぱり言い方が冷たい気がする。
「そうして下さい」
春岳はバッと、服を翻すと忍者服に変える。
次の瞬間にはサッと消えていた。
馬の足でも往復三時間かかる道中を半刻とは、もう瞬間移動である。
馬が通れない様な近道が有るのだろか。
それにしたって、まだ来たばかりで土地勘も無い春岳が解るはず無いと思うのだが……
伊吹は本当に半刻で帰ってきたら逆に怖すぎるなぁと思いつつも、千代の手伝いに向かったのだった。
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