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1話

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 深夜、春岳の側近である今井伊吹(いまいいぶき)は、主の部屋から怒号と泣き声が聞こえ、何事かと駆けつけた。

 部屋の外に追い出され、土下座させられている色小姓。
 そして腰に手をあて、仁王立ちでカンカンに怒っている主が見えた。

「伊吹! コイツが俺の布団中に潜り込んで来たぞ!!」

 伊吹に気付いた春岳は苦情を言う。

「は、はぁ…… 彼は色小姓ですので、私が行けと命じましたゆえ……」

 伊吹が近づくと、可愛らしい色小姓は泣きながら伊吹の後ろに隠れてしまった。

「だから私では駄目だと言いましたのに」

 伊吹様が行けと言うから~と、恨めしそうな目で見つめられるが、それはお前の仕事だろうと、伊吹も恨めしく見つめ返す。


「俺には必要ない」
「彼には暇を出すのですか?」

 折角、友好的な城からの贈り物だと言うのに……

「居たければ居れば良いし、出ていきたいなら出て行きなさい」

 春岳は冷たく言い放った。
 色小姓は、追い出すの? と、悲しげな瞳で伊吹を見詰める。
 流石に可哀想だ。

「全くこれだから色小姓は嫌いなんだ。直ぐ色目を使って、俺が駄目なら伊吹を誘うのか?」

 春岳は色小姓を毛嫌いしていた。
 だが、そう本人を前に嫌味を言うのはやめてあげてほしい。
 彼だって仕事でやっている事である。

「彼をそう虐めないでください。私が悪かったです。もう殿の寝所に色小姓を潜ませたりしません」

 伊吹は腰が抜けた様子の色小姓に手を差し出す。

「それで、その色小姓をどうする気だ。お前が可愛がるのか?」
「そうですね。有理(ゆうり)私の寝所に来なさい」

 有理と言う名の色小姓の手を引いて連れて行く伊吹。
 春岳はそれを気に食わない顔で見ていた。




 有理を自分の部屋に招き入れた伊吹だが、別に抱く積りなど無かった。
 ただ自分の命令に従っただけの彼が殿に怒られ、色小姓は嫌いだ等と暴言を吐かれてしまい傷つけられたのが申し訳なく思ったからだ。
 少しでも慰められたらと思った。

「有理、申し訳なかった」

 自分の布団に入れて抱きしめ、ヨシヨシと背中を撫でれば少し落ち着いてくれた様で、涙は引いてくれた。

「私は、暇を出されるのですか?」

 来たばかりなのに、もう追い出されるの?
 と、有理は不安そうである。

「うちの殿はどう言う訳か色小姓も抱かなければ女性にも興味を示さない。困ったものだ」

 伊吹は溜め息を吐いてしまう。
 色小姓にも色々あるので、色んなタイプの色小姓を試してみたが、全く駄目だった。 
 有理も日を開けて3回程行かせたのだが駄目だった。
 今日、とうとう殿の堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
 色小姓を囲う事は武将の嗜みの様なものだ。
 我が城主が色小姓も抱かないと周りに知られたら、田方城の城主は腰抜けである。等と、笑い者にされかねない。
 
「他の充てがった色小姓はどうなったんですか?」

 皆、暇を出されてしまったのだろうかと、有理は不安そうな面持ちのままだ。

「自主的に城を離れ者が多いが、殿相手でなくても他の門番や家来達、来賓の方への奉仕などしてもらっている」

 なんせ、こんな山城である。
 居残りたがる物好きは、そうそう居ないのだ。

「色小姓の仕事が嫌だと言うなら俺の雑務を手伝って貰えたらそれでも助かる。仕事が無いわけじゃない」
 
 そう言葉を続ける伊吹。
 人手は少なくて困ることは有れど、多くて困る事は無いからな
 

「本当ですか?」

 自分は、ここに残っても良いのだろうか?
 と、有理は伊吹を見つめる。
 なんせ自分は殿の機嫌を損ねてしまっているのだ。
 本当に良いのだろうかと、まだ不安そうであった。

「追い出したりしないさ。安心しろ。殿の相手ではなくて品位が下がる様で気に食わないなら他の城に行ってくれても構わないが……」

 有理は色小姓になる為に訓練を受けた上物の美人であった。
 色事ならどんな趣向でも任せろだろうが、その他の仕事となると馴れずに苦痛に思うかも知れない。
 力仕事なんて、した事が無いだろう。
 きっと箸より重たい物は持たせられていない。
 それに高貴な方しか相手しない上級の色小姓が、その辺の足軽を相手にしたくは無いだろう。
 彼にもプライドがある筈だ。

「私、ここに居ても良いのですか? 何でもします」

 伊吹の考えを他所に、やる気満々に答える有理。
 逆に何故こんな所に居たがるのか解らない。
 常に人手不足では有るので、残って貰えるなら助かる。

「そうか、有理は美人だから皆喜ぶよ。乱暴な奴は居ないから安心してくれ。万が一酷い事をする様な奴が居たら俺に言えよ?」

 伊吹は有理の頭をヨシヨシ撫でてやった。

「あの、伊吹様は私を抱かないのですか?」

 チラリと伊吹を遠慮がちに見つめる有理。

「ん? ああ…… 殿がやらない事を私がすると言うのも気が引けてな。やる気になれないのだ」

 ハハっと苦笑する伊吹。
 
「今日は、もう寝なさい」

 伊吹は有理の頭を存分に撫で、先に目を瞑ってしまう。
 有理は少しムッとしつつも、伊吹に抱きついたまま自分も目を閉じるのだった。




 伊吹の部屋の屋根裏には人影が有った。

 チッと舌打ちする影。

 何だあの色小姓は、伊吹に色目を使って布団に潜り込んだ上、あんなに抱きついて寝て。
 俺だって伊吹と寝たなんて記憶もない赤子の頃ぐらいだろうと言うのに忌々しい。
 許せん。

 伊吹は他の色小姓の面倒も良く見てはいるが、布団の中まで入れたのはあの色小姓が初めてだ。 
 馴れ馴れしく名前なんて呼んで。
 何が伊吹様だ。
 仕える人間が名前を気安く呼ぶんじゃない。今井様だろうが。
 伊吹も伊吹だ。注意をしろ。
 あの色小姓に甘いんじゃないのか?
 なんだ? 好みなのか?
 俺の方がずっと美人だろう。
 まぁ、行為には及ばす普通に寝ているので多めにみてやるか。

 布団を共にして抱かれない等、色小姓にとってはこれ以上ない侮辱であるが、伊吹は解って無いのだろ。
 俺よりお前の方が余程彼を傷つけている事に。
 ざまぁ見ろと思ってしまうがな。


 フフっと屋根裏の影は笑って消えるのだった。

 
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