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 取り敢えず、一旦落ち着こうと三人は黙々とカツ丼を食べたいわけであるが、そのおかげで少し頭の中も整理出来た。

 自分の中でも意外だったのは雪那さんだ。
 雪那さんはカッコよくて男前なスパダリイメージしか無かったのだが、意外とオタク気質のようだ。
 通ってきたジャンルも同じみたいだし、話が思いのほか合うかも知れない。

 話を整理しよう。

 俺は雪月を激推している腐男子。
 雪那さんは俺の長年のファン。
 月さんは…… 多分、お買い物を手伝わされた人だ。
 月さんに至っては多分、オタクでも無いだろうし、同人誌ってナニ?
 みたいな所謂パンピだろう。
 雪那さんに雪月サークルに並ばされるってのも結構なセクハラだと思うのだが、その並ばされたサークルの主が同グループのベース担当だなんて地獄すぎる。
 そもそも自分が受けのエッチな同人誌に長蛇を成す人々に挟まれてるってトラウマレベルだろうし、周りのサークルだって雪月だし、ひでぇ変態プレイに巻き込まれた人だよ。
 この人よくそんな目にあって平静でいられるものだ。
 よくカツ丼なんて食べてられる。
 でも、内心はきっと穏やかじゃないだろう。
 平静を装うのが上手いだけだ。
 絶対そうだ。

「ん、どうしたの? 米粒でもついてた? 取って」
「何もついてません」

 不意に目が合って首を傾げられた。
 月さんは食べ方も綺麗で、上品だ。

「その、気持ち悪く無いんですか? 俺、月さんと雪那さんで変な妄想して変な本作って同人即売会で頒布してたとんてもない変態野郎なんですけど……」
「気持ち悪いと思ってたらタマと一緒に来ないよ」
「月さんは優しいから、雪那さんもですけど、もっと俺を罵って罵倒して下さい。お二人が望むのなら俺、脱退します!」
「脱退なんて言わないで」

 ニコニコ話を聞いていた月さんだが、『脱退』には酷く怒った表情になった。

「そうだぜタマ。脱退なんて言うなよ。俺は別に気にしないぜ。って、言うか、憧れの柴犬先生が俺たちに興味を持ってくれてるって知った時は俺、バンドして良かったなって思ったし、雪月のエロ同人誌だって、美麗な柴犬先生の絵で見れば芸術作品だし、芸術作品って全裸でもエロく見えないだろ? アレと同じだ。あと、俺、スパダリじゃねぇしな。別人だよ。月だってあんな可愛くねぇって」

 雪那さんも乗り出して力説してくれる。

「そうそう、別人。僕も雪那に聞いてそう言うのが有るって知ってから興味本意で月花を読んでみたんだけど、全然違い過ぎて無理。俺もタマも別人過ぎて。解釈違いって言うんだっけ? そもそも月花がマイナー過ぎだし、何で女体化するの?」
「え? なんて??」

 ヤレヤレみたいな呆れた表情で月さんは何を言い出しているんだ。
 月花って事は、俺と月さん?
 寧ろそんなマイナーなの描いてる人いるの??
 なんで読んだの??
 
「月花は顔カプ過ぎるだろ。月花なら雪花の方がまだ有りだ」
「どう言う意味?」
「そんな事より、俺は花厳しめとか有るの許せないんだけど」
「解る。花が当馬なのも許せない」
「SNSで雪月に花邪魔とか言う奴も許せない」
「花は贔屓して欲しい、花必要だよ!」

 カツ丼を食べ終え、酒も進んだからか、二人は結構酔っているのかも知れない。
 不満を向ける方向が違う気がする。
 と、言うか、二人共もしかしてめちゃくちゃ雪月とかでエゴサしてるのか!?
 と、言うか、なぜ月花や雪花もエゴサしてる?
 元々二人でやっていたバンドに後から俺が入ったわけで、雪月推しの人から見たら邪魔だし厳しめ書かれるのも仕方ない。
 俺としては当馬バンザイなんだけど。
 雪月の味付けに使って貰えるなら本望である。
 いやいや、そうじゃない。

「あまりそういうのは見ないほうが良いかと思いますよ」

 精神衛生上よくない気がする。

「柴犬先生、因みに俺はコレ」
「えっ、刹那さんて雪那さんだったんですか!?」

 雪那さんがSNSのアカウントを見せてくれる。
 刹那さんだったなんて。
 本当に昔からフォローしてくれている人だ。
 作品を上げれば良くコメントもくれるし、感想もくれる。
『柴犬先生の新刊楽しみです』『通販戦争絶対勝つ!』『新刊読ませて頂きました。最高でした。先生の雪那カッコいいです。月も可愛いくてめちゃくちゃ滾りました!』みたいなのが履歴にも残っている。
 刹那さんの方は特に何か呟く事は無く、俺のツイートの反応だけを書いてくれていた。
 一番新しいのは『柴犬先生がサークル参加するなんて、6年ぶりぐらいじゃないですか! 絶対会いにいく』である。

「会いに来てくれませんでしたね」

 刹那さんじゃなくて、何故か月さんが来た。
 苦笑いしてしまう。 
 雪那さんが来ても月さんの様に驚いて泣きそうになったと思うけど……

「いや、だって憧れの柴犬先生に会うのはやっぱり緊張したんだよ! そもそも雪那の攻め描いている先生の前に俺が行くのも何か、やっぱ恥ずかしいじゃねぇかよー」
 
 酒のせいなのか、羞恥心からか雪那さんは赤面して顔を隠している。
 普段ミステリアスな雰囲気で妖艶なスパダリイケメンが意外なギャップで尊くなる。
 可愛い。

「自分が恥ずかしいからて月の受け描いているサークルさんに僕を並ばせるって本当ひどいよねぇ」
「大抵は、推しが受けなんだよ! 先生だって攻めより受けが来た方が良いんだよ! しょせん俺は攻めだよ! 先生の推しは月なんだぁーー」

 呆れた様子の月さんに、うわぁーんと、泣き出してしまう雪那さん。
 
「ち、違います! 俺は二人の推しであって、どっちが上とか下とか無いですよ」

 雪月固定厨なので、受け攻めは確定だが、どっちの方が好きだとかはない。
 泣かないで雪那さん、大好きです!

「放っておいていいよ。雪那は泣き上戸なの。酔うと直ぐに泣き出すんだよ」

 溜め息を吐く月さん。

「なにそれ可愛い」

 雪那さんギャップ萌えヤバい。
 エモ過ぎる。

「で、直ぐ寝るわけ」
「本当だぁ……」

 気づくと、ソファーに横になり、スヤスヤ寝だした。

「見てよこれ、全然スパダリなんかじゃないからね」
「普段スパダリなのに呑むとダメになっちゃうなんて可愛さカンストする」
「え? 可愛いは僕の専売特許じゃなかったの?」
「月さんも勿論可愛いですよ。二人共カッコよくて可愛いくて、最高ですよ」
「僕はタマが一番可愛いと思うけどね」
「え?」

 唇に何が触れ、チュと、吸われた。
 
「僕は酔うとキス魔になるらしい」

 フフッと綺麗に笑う月さん。
 え、一瞬過ぎて分からなかった。
 月さんにき、き、き、キスされた?
 しかも唇に!?
 カァーと、顔が熱くなるのを感じる。

「雪那はこうなるとダメだし、面倒だから部屋を取ってあるんだよ。行こう」

 月さんは人を呼ぶと、荷物を預ける。

「ほら雪那、ここで寝ないでよ。部屋まで歩いて。雪那ー!」

 雪那さんを起こそうとする月さんだが、熟睡モードに入ったらしく、全然動こうとしない。

「駄目か。もう、無駄にデカいんだから」

 よっこらしょっと雪那さんを抱き上げる月さん。
 わぁ、力持ちだぁ。
 月さんも高身長であるが、雪那さんの方が背が高いうえに、体重だって雪那さんの方が重いはずだ。

「ほら、タマも行くよ」
「あ、えっと、俺は帰り……」
「もう夜遅いから」

 帰ろうとするが、月さんに手を掴まれた。
 片腕で雪那さんを抱えながらだ。
 もしかして、月さんの方が本当はスパダリ属性なのかもしれない。
 キス魔だって言っていたし。
 と、言う事はだ。
 普段、二人で呑んでいるの時は寝てしまう雪那さんに月さんがチュチュしてるって事である。
 そして、この手慣れた感じ。 
 毎回寝てしまう雪那さんの為に部屋を取ってるはず。
 寝たら起きない様子の雪那さんに、キス魔の月さん。
 二人っきりの部屋。
 キスだけで済まないのでは!?
 何か興奮してきた!
 
「なんか、息切れしてない? 大丈夫?」

 ハァハァと、鼻息を荒くしてしまったらしい。
 手を繋いだままの月さんに不信感を与えてしまった。

「ごめんなさいごめんなさい」

 二人を目の前に不埒な事を考えてごめんなさい。

「何が?」

 月さんは意味がわからなそうだ。
 解らないでほしい。
 これはやっぱりセクハラだよな。
 もう、寺にでも修行に出た方が良いよ俺。




「ここが僕達の部屋ね」

 先に入った荷物持ちのボーイさんは荷物を部屋に入れると、鍵を俺に預ける。
『801』だって!?
 そんな、狙ったのか!?

「ほら、早く入って。雪那を落とすから。本当に重いんだよコイツ」
「は、はい……」

 部屋に入ると直ぐに月さんは雪那さんをベッドに寝かせた。
 雪那さんは良く寝ている。
 ベッドはちゃんと三人分あった。
 三人部屋を取ってくれていたらしい。

「こうなると分かっていたならはじめっから此方で呑んだ方が良かったのでは?」

 わざわざラウンジからここまで連れてくるのは大変だっただろうに。

「タマは雪那の事情とか知らないだろうし、僕達にビジネスライクだからいきなり部屋を取ったと連れ込まれても困ると思ったんだ。普通は怖がるよね」
「何だか気を使わせてしまったみたいで……」
「良いよ。隣においで。僕はまだ呑み足りない」

 ソファーに座る月さんは、雪那さんを眺める俺を呼ぶ。
 大人しく言われた通りに隣に座った。
 テーブルには酒が用意されてある。
 月さん、意外とザルなんだなぁ。
 知らないから同人誌では月さんを下戸に、雪那さんをザルに描いていた。
 まぁ、しょせんは創作物である。
 生きている生の月さんと雪那さんとはやっぱり別物になるのは仕方ない。
 それでもエモいもんはエモい。
 
「タマは呑めないか。カクテル頼む?」

 よく解らないが、月さんが呑んでいるのは多分、ウィスキーだ。
 首を振って断る。
 僕はカシスオレンジだけで、もう、ちょっと酔っている気がする。
 結構、俺も眠い。
 今日は疲れた。

「タマも眠い?」

 月さんに付き合ってあげたいが、やっぱり眠い。
 コクコク頷く。

「キスしていい?」

 もう半分ボーッとしている俺は、月さんの言葉に良く考えずコクコクしてしまう。

 月さんの美しい顔に見惚れ、ボーッとなっていた。
 熱い唇を押し当てられ、先程よりも長い口づけに感じる。
 チュッチュッと、唇を吸われ、自分の唇はもしかしたら溶けてしまうのでは無いかと感じる程熱を与えられていた。

「る、月さん…… ダメです……」

 とんでもなく凄いキス魔だ。
 これは雪那さんと二人っきりでなければ呑ませられないな。

「月さん!? わっ、ちょっと、るっ……」

 胸を押し返そうとしたが、腕を取られ、ソファーに押し倒されてしまった。

「んっ、ンン!」

 唇を合わせるだけでは済まず、舌まで入ってくる。
 どうしよう、本当に熱い。
 アルコールの強い香りに酔いが回る。
 
「だめっ… 地雷」

 月さんは雪那さんとじゃないと。
 月花なんて良くない。
 月さん攻め解釈ちがいです!!

「ごめん、泣かせちゃったね……」

 いつの間にか涙が溢れてしまっていたらしい。

「泣くほど嫌?」
「…地雷です」

 嫌じゃない。
 嫌で泣いた訳じゃない。
 き、気持ち良すぎて……
 
「ごめんね」
  
 月さんは何とも言えな表情で僕を抱きしめると、頭を撫でてくれる。

「僕は、タマが好きだよ」
「俺も月さん好きです」
「うん……」

 ハハッっと苦笑する月さん。
 僕を抱きかかえる。

「わぁ、月さん、俺、歩ける」
「泣かせちゃったお詫び」

 月さんは僕をベッドまで運んでくれた。
 優しくねかせて布団を掛けてくれる。
 側に座ると綺麗な声で歌ってくれた。
 月さんの子守唄を聞きながら眠るなんて、とても贅沢なきがした。










「タマ、起きて、タマ。キスしちゃうよ?」

 チュッと頬に何が当たる感覚に目が覚め、起きがある。

「おはようタマ。朝食の準備が出来たよ。食べられそう?」
「はい…… 食べます」

 月さんと目が合う。
 朝から美人な月さんが見られるなんて贅沢。
 と、言うか変な夢見たな。
 月さんにチュチュされる夢だった。
 解釈違いな地雷見ちゃった……

「タマ、おはよう」
「雪那さんおはようございます」

 朝食が並ぶテーブルには、先に雪那さんの姿がある。
 朝から雪那さんは素敵でかっこいい。

「昨夜は寝落ちして悪かった。大丈夫だったか? 月に変な事されなかったか?」
「何も無いですよ」

 雪那さんの隣に座り、苦笑する。
 キスされまくったのは夢かも知れないし。
 
「食べよー、頂きまーす」

 月さんも座ると、手を合わせてから箸を持った。
 俺と雪那さんも月さんに続いて手を合わせてから朝食に手を付けた。

「今日の予定は何だっけ?」
「9時から雑誌のインタビューが入ってますよ」
「急がなくても良いけど、ゆっくりもしてられないな」
「タマ、シャワー浴びて来る?」
「俺は一旦家に帰って着替えたり、化粧したり、眼鏡変えたり、ウイッグつけたり、カラコン入れないと」

 ゆっくり朝食してる暇も無かった。
 二人はこのままでも完璧美人さんとイケメンが出来上がっているが、俺は違う。
 雪那と月は実在するが、花蓮は俺が作り上げる別人なので、幻想だ。
 早く帰って作らなきゃ!

「そんなに急がなくても、僕の車出させるから」
「大丈夫です。タクシーで帰れます」
「荷物も有るんだから甘えてよ」
「時間が惜しいので、部屋の代金は後で請求して下さい」
「あー、タマ、待ってってば!」

 急いで朝食を胃に入れて立ち、荷物を持って早歩きで部屋を出た。
 月さんが追いかけて来たが、振り切る。
 月さんの家は金持ちで送り迎えに運転手を雇っていたりするのだが、二人にはゆっくりしていて欲しい。
 優雅に朝食を取っていてくれ。

 ホテルを出ると、止まっていたタクシーを掴まえて直ぐに自宅に帰る俺だった。






「脈、無さすぎじゃないか?」
「うっさいな」

 部屋に残された雪那と月。
 月は溜息を漏らしている。
 雪那は、ドンマイと、声をかけるのだった。
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